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第七話
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CLUB K.E.E.Gの開店は夜の九時。
面談を終えて晴れて会員となった秀亮は、マスターの勧めで早速クラブを利用することにした。
開店時間が近くなると店員の若い女性も出勤してきたが、やはり名前は告げられず会釈だけを受けた。このクラブでは、店員は徹底的に黒子なのだと理解する。
開店してもすぐに客は来ず、手持ち無沙汰な秀亮はとりあえず酒を楽しむことにした。幸い、酒のラインナップは充実しており、それだけでも十分楽しめそうだった。
「あら、初めて見る顔ね。もしかして新しい会員かしら?」
一人で来店した小柄な女性がカウンターのスツールに腰掛けていた秀亮に話しかけてきたのは、二杯目のグラスを傾けた頃だった。はい、と応じた秀亮に、女性はやっぱり、と嬉しそうに言う。
「私、宇賀実咲。はじめまして新人さん」
そう言って秀亮の隣に座った女性は、蠱惑的に微笑んだ。
仄暗い店内でもわかるほどに艶やかなダークブラウンの髪はゆるやかに巻かれている。大きな瞳には意志の強さを感じ、滑らかな肌はあらゆる女性が理想とするであろう瑞々しさ。
容姿も選別の対象とされているだけあって、実咲は文句なしに美しかった。
「長谷川秀亮です」
「ふふ、素敵な男性がいるなと思って、つい声かけちゃった」
慣れた仕草でカウンター内のマスターを呼んだ実咲は、メニューを一瞥してから秀亮には聞こえない小声で注文する。
「秀亮さんは何を飲んでいるの?」
「ウィスキーが充実していたので、カリラを」
「アイラね。スコッチが好きなの?」
「そこまでこだわりはないですが、比較的」
確認することもなく、実咲は秀亮の下の名を呼ぶ。しかし、不思議と馴れ馴れしさは感じなかった。
「宇賀さんは何を?」
「私、そんなにお酒飲めないの。だから……」
ちょうどマスターが実咲に出したカクテルを見て、秀亮はああ、と納得する。
「もしかして、ファジーネーブルですか」
「そう。なんか女子大生みたいでちょっと恥ずかしいのだけど」
洗練された都会の女性に見える実咲の初々しさを感じるギャップに、秀亮は好感を持った。はたまたそれは、彼女の計算なのかもしれない。
どちらでもいい、と秀亮は思った。秀亮は久しぶりにリラックスした気持ちでやりとりを楽しむことにした。
「このクラブの会員になった、ということは相手を求めてるってことよね? 私、立候補してもいいかしら」
実咲は実業家の女性だった。大学時代に海外へ留学し、そこで趣味のヴィンテージ物のアクセサリーを買い漁って輸入販売をしはじめたのを皮切りに、自身の目利きで選んだアンティーク等幅広く商品を取り扱い、今では法人化して順調に輸入販売会社を経営しているという。偶然にも、年齢は同じだった。
起業し、堅実に経営をしている姿は尊敬に値するものだった。秀亮は純粋に、実咲を魅力的な女性だと感じた。
弁護士といっても未だアソシエイトの秀亮は、まだまだ雇われの身だとつい自虐し、そんなこと言って、と実咲に笑われた。
そうやってお互いの経歴を雑談を交えて話して一段落ついたところで、実咲は本題とばかりに交際を提案してきた。
「まだ、さっき知り合ったばかりなのに?」
まさか今日の今日でそんなアプローチを受けると思っていなかった秀亮は戸惑った。
その様子を見て、意外そうに実咲は言う。
「だって、欲しいものは早く欲しいって言っておかないと。ぐずぐずしていたら誰かに取られちゃうでしょう?」
「ほーんと、そうですよね。お話、私も加わっていいですか?」
秀亮が実咲からの突然の申し出に動揺していると、実咲の後ろから別の女性が顔を出してきた。
「……あら? 七瀬ちゃん、確かこの前彼氏ができたって言ってなかった?」
「野暮なこと聞かないでくださいよ。なんかしっくりこなくて。やっぱりこのクラブの会員くらいの人じゃないと満足できないみたい」
カツカツと凶器のような細さのヒールを鳴らして歩く七瀬と呼ばれた女性。彼女は実咲とは逆側の、秀亮の隣のスツールに当然のように腰かけてから興味深そうに秀亮を上から下まで眺める。
「私、七瀬。お兄さん、私も候補に入れてくれない?」
七瀬は、二十代前半くらいの華やかな女性だった。長い睫毛に縁取られたアーモンド型の目は猫を想起させ、小悪魔的な印象を受ける。整った小ぶりな輪郭に小さな鼻とぷくりとした肉感のある唇が配置され、秀亮は思わず感嘆した。
「本当に、美人ばっかりだ」
すると、左右から同時にクスクスと笑い声が溢れた。
「そりゃだって、ちゃーんとここの審査に通ってますもん」
悪戯っぽい笑みで七瀬は言う。
「しれっとクールな感じに見えたのに、そんなこと考えていたのね」
見透かすように実咲が微笑む。
「まだ初日なんですから、お手柔らかにお願いしたいところです」
たじたじと、秀亮は言葉を捻り出す。決して保守的なつもりはなかったが、二人の女性からの積極的なアプローチに、どうしていいか考えあぐねていた。
このクラブでは、そんなに気軽に付き合いを始めるのだろうかと。
「ま、付き合う付き合わないは置いといて、まずは相性の確認なんてどう?」
「もう、七瀬ちゃんたらあけすけすぎないかしら」
「だって、ここのクラブの会員ってことは身元はばっちりなわけでしょー? じゃあ、あと何が大事かって、ね? 彼と別れたばっかで寂しいの」
「よく言うわ。さっきしっくりこなかったって言ってたじゃない。振ったのは七瀬ちゃんでしょ?」
「あー、これだから賢い女は嫌。でも、実咲さんだって、そのつもりだったんじゃないの?」
目の前でテンポ良く繰り広げられる二人のやりとりに、秀亮は全くついていけない。
何を言われているかはわかっているが、ほんの数時間前まで仕事人間だったことが嘘のような状況の変化に頭がついていかないのだ。
「今日はそういうつもりで来たわけではなく……」
「え? こんな美女二人に誘われて断るの? チャンスは何度もこないんだよ? それに、明日土曜じゃん。仕事休みじゃないの?」
「……休みですね」
秀亮は普段土曜日も仕事をしていることが多い。しかし、今日は秀亮を心配したボスから週末しっかり休むようにと厳命されているのだ。
明日も仕事だと嘘をつくことはできたが、そもそも秀亮は利害の一致した相手を見繕うためにクラブへきたのだ。そのことを思い出し、そうであればせっかくのチャンスを逃すべきではないのでは、と考えを改めた。
確かに展開は急だが、ゆっくり関係を構築することが正解、というわけではない。時間をかけたところで崩れるのは一瞬であることを秀亮はもう知っている。
「秀亮さん、真面目そうだから羽目を外したことないんじゃない? ちょっと刺激的な夜も、たまにはいいと思わない?」
それでも、普段の秀亮なら、友梨との別れを経験する前の秀亮なら、例え恋人がいなくとも乗らない誘いだった。
この時の秀亮はやはり、少し自棄っぱちだったのだ。
「刺激的な夜の過ごし方って?」
一転して乗り気になった秀亮の様子に、実咲と七瀬は満足そうに微笑んだ。
面談を終えて晴れて会員となった秀亮は、マスターの勧めで早速クラブを利用することにした。
開店時間が近くなると店員の若い女性も出勤してきたが、やはり名前は告げられず会釈だけを受けた。このクラブでは、店員は徹底的に黒子なのだと理解する。
開店してもすぐに客は来ず、手持ち無沙汰な秀亮はとりあえず酒を楽しむことにした。幸い、酒のラインナップは充実しており、それだけでも十分楽しめそうだった。
「あら、初めて見る顔ね。もしかして新しい会員かしら?」
一人で来店した小柄な女性がカウンターのスツールに腰掛けていた秀亮に話しかけてきたのは、二杯目のグラスを傾けた頃だった。はい、と応じた秀亮に、女性はやっぱり、と嬉しそうに言う。
「私、宇賀実咲。はじめまして新人さん」
そう言って秀亮の隣に座った女性は、蠱惑的に微笑んだ。
仄暗い店内でもわかるほどに艶やかなダークブラウンの髪はゆるやかに巻かれている。大きな瞳には意志の強さを感じ、滑らかな肌はあらゆる女性が理想とするであろう瑞々しさ。
容姿も選別の対象とされているだけあって、実咲は文句なしに美しかった。
「長谷川秀亮です」
「ふふ、素敵な男性がいるなと思って、つい声かけちゃった」
慣れた仕草でカウンター内のマスターを呼んだ実咲は、メニューを一瞥してから秀亮には聞こえない小声で注文する。
「秀亮さんは何を飲んでいるの?」
「ウィスキーが充実していたので、カリラを」
「アイラね。スコッチが好きなの?」
「そこまでこだわりはないですが、比較的」
確認することもなく、実咲は秀亮の下の名を呼ぶ。しかし、不思議と馴れ馴れしさは感じなかった。
「宇賀さんは何を?」
「私、そんなにお酒飲めないの。だから……」
ちょうどマスターが実咲に出したカクテルを見て、秀亮はああ、と納得する。
「もしかして、ファジーネーブルですか」
「そう。なんか女子大生みたいでちょっと恥ずかしいのだけど」
洗練された都会の女性に見える実咲の初々しさを感じるギャップに、秀亮は好感を持った。はたまたそれは、彼女の計算なのかもしれない。
どちらでもいい、と秀亮は思った。秀亮は久しぶりにリラックスした気持ちでやりとりを楽しむことにした。
「このクラブの会員になった、ということは相手を求めてるってことよね? 私、立候補してもいいかしら」
実咲は実業家の女性だった。大学時代に海外へ留学し、そこで趣味のヴィンテージ物のアクセサリーを買い漁って輸入販売をしはじめたのを皮切りに、自身の目利きで選んだアンティーク等幅広く商品を取り扱い、今では法人化して順調に輸入販売会社を経営しているという。偶然にも、年齢は同じだった。
起業し、堅実に経営をしている姿は尊敬に値するものだった。秀亮は純粋に、実咲を魅力的な女性だと感じた。
弁護士といっても未だアソシエイトの秀亮は、まだまだ雇われの身だとつい自虐し、そんなこと言って、と実咲に笑われた。
そうやってお互いの経歴を雑談を交えて話して一段落ついたところで、実咲は本題とばかりに交際を提案してきた。
「まだ、さっき知り合ったばかりなのに?」
まさか今日の今日でそんなアプローチを受けると思っていなかった秀亮は戸惑った。
その様子を見て、意外そうに実咲は言う。
「だって、欲しいものは早く欲しいって言っておかないと。ぐずぐずしていたら誰かに取られちゃうでしょう?」
「ほーんと、そうですよね。お話、私も加わっていいですか?」
秀亮が実咲からの突然の申し出に動揺していると、実咲の後ろから別の女性が顔を出してきた。
「……あら? 七瀬ちゃん、確かこの前彼氏ができたって言ってなかった?」
「野暮なこと聞かないでくださいよ。なんかしっくりこなくて。やっぱりこのクラブの会員くらいの人じゃないと満足できないみたい」
カツカツと凶器のような細さのヒールを鳴らして歩く七瀬と呼ばれた女性。彼女は実咲とは逆側の、秀亮の隣のスツールに当然のように腰かけてから興味深そうに秀亮を上から下まで眺める。
「私、七瀬。お兄さん、私も候補に入れてくれない?」
七瀬は、二十代前半くらいの華やかな女性だった。長い睫毛に縁取られたアーモンド型の目は猫を想起させ、小悪魔的な印象を受ける。整った小ぶりな輪郭に小さな鼻とぷくりとした肉感のある唇が配置され、秀亮は思わず感嘆した。
「本当に、美人ばっかりだ」
すると、左右から同時にクスクスと笑い声が溢れた。
「そりゃだって、ちゃーんとここの審査に通ってますもん」
悪戯っぽい笑みで七瀬は言う。
「しれっとクールな感じに見えたのに、そんなこと考えていたのね」
見透かすように実咲が微笑む。
「まだ初日なんですから、お手柔らかにお願いしたいところです」
たじたじと、秀亮は言葉を捻り出す。決して保守的なつもりはなかったが、二人の女性からの積極的なアプローチに、どうしていいか考えあぐねていた。
このクラブでは、そんなに気軽に付き合いを始めるのだろうかと。
「ま、付き合う付き合わないは置いといて、まずは相性の確認なんてどう?」
「もう、七瀬ちゃんたらあけすけすぎないかしら」
「だって、ここのクラブの会員ってことは身元はばっちりなわけでしょー? じゃあ、あと何が大事かって、ね? 彼と別れたばっかで寂しいの」
「よく言うわ。さっきしっくりこなかったって言ってたじゃない。振ったのは七瀬ちゃんでしょ?」
「あー、これだから賢い女は嫌。でも、実咲さんだって、そのつもりだったんじゃないの?」
目の前でテンポ良く繰り広げられる二人のやりとりに、秀亮は全くついていけない。
何を言われているかはわかっているが、ほんの数時間前まで仕事人間だったことが嘘のような状況の変化に頭がついていかないのだ。
「今日はそういうつもりで来たわけではなく……」
「え? こんな美女二人に誘われて断るの? チャンスは何度もこないんだよ? それに、明日土曜じゃん。仕事休みじゃないの?」
「……休みですね」
秀亮は普段土曜日も仕事をしていることが多い。しかし、今日は秀亮を心配したボスから週末しっかり休むようにと厳命されているのだ。
明日も仕事だと嘘をつくことはできたが、そもそも秀亮は利害の一致した相手を見繕うためにクラブへきたのだ。そのことを思い出し、そうであればせっかくのチャンスを逃すべきではないのでは、と考えを改めた。
確かに展開は急だが、ゆっくり関係を構築することが正解、というわけではない。時間をかけたところで崩れるのは一瞬であることを秀亮はもう知っている。
「秀亮さん、真面目そうだから羽目を外したことないんじゃない? ちょっと刺激的な夜も、たまにはいいと思わない?」
それでも、普段の秀亮なら、友梨との別れを経験する前の秀亮なら、例え恋人がいなくとも乗らない誘いだった。
この時の秀亮はやはり、少し自棄っぱちだったのだ。
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