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食事とコーヒー1
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仕事を終え、待ち合わせ場所に向かう。あっという間に今日になってしまった。まだ迷いがあり、足が重い。今更キャンセルできないことはわかっている。
金曜の夜、街は浮かれている。一週間の疲れを癒さんとするサラリーマンたち、夜遊びする若者たち、デートする恋人たち。この中でこんなにも重苦しい気持ちを抱えているのは私だけではないだろうか。そんなしょうもないことを考えつつ足を進めると、待ち合わせ場所には既に相手が待っていた。
「すみません、待たせちゃって」
声に気付いて振り返った勅使河原さんはふわりと微笑む。優しい笑顔に重苦しい気持ちが少し軽くなる。
「いいえ、さっききたところだよ」
すっと距離を縮められ、「さ、いこうか」と背に手を回される。あまりに自然な流れだったため流されそうになったところを止めにかかる。
「てっ……勅使河原さん……」
我ながら情けない声が出た。あの電話からどうしてこうもさらりと距離を縮めてくることができるのか。顔を向けるとやはりそこには優しげな顔があった。
「ごめんね、ちょっとはしゃいじゃった」
するりと私の背から手が離れていく。驚いたことで会うまでに抱えていた緊張はほぐれたが、違う意味でドギマギする。
ほどよい距離感で隣を歩きながら他愛もない話をする。勅使河原さんはこの前の電話のことなどなかったかのようだ。促されるまま歩く。
連れて行かれたお店は、お洒落なダイニングだった。
ソファテーブルに案内され腰を下ろすと、その柔らかさに一週間の疲れを包み込まれたような気持ちになる。店内を見回すと女性のグループやカップルが目立つ。私たちもカップルのように見えるのだろうなと思った。
「飲み物どうする?」
メニューを示され、聴き慣れないカクテルを頼むことにする。せっかくお洒落なお店に来たのだから、それに見合うものを頼みたい。勅使河原さんに会うまではあんなに重い気持ちだったにも関わらず、私好みの店にはしゃいだ気持ちになる。
勅使河原さんは私が悩んでいる間に頼むものを決めていたようで、店員を呼んで飲み物と軽いつまみを頼んだ。
「あの……」
いくらお店が好みだろうと、私には言わないといけないことがある。気がはやって声を出すと、勅使河原さんがそれを止める。
「この前の話はまた後で。まずは乾杯しよう」
そう言われると私も何も言えず、提供された青い色のカクテルを手に持ち乾杯する。
「あっ……美味しい」
口にした瞬間に素直な声が出る。
「ここ、カクテルの種類が豊富で女性に人気らしいよ?せっかくだから色々試してみたら?みずきさん、お酒好きなんでしょ」
「はい、ありがとうございます。普段カクテルはあまり飲まないんですけど……」
「あとそろそろ敬語やめよ?同い年だし」
「あっ……ごめんなさ……ううん、ごめん」
すっかり勅使河原さんのペースだった。程よいタイミングで届いたおつまみも美味しく、その後も気になる食事を頼みつつお酒も追加する。
勅使河原さんとの話は楽しく、私はいよいよ自分の話をするタイミングがわからなくなっていた。
そんな私の様子をわかっているのかいないのか、勅使河原さんは何も気にしていない風である。気付いたらメインも食べ終わっていた。
このままではいけない、と思い意を決して話そうとするとまた勅使河原さんに遮られる。
「近くに美味しいコーヒーの店があるんだ。話はそこでしよう。このお店で深刻な話をするのはちょっと、ね」
勅使河原の目線を追うと、窓向きの席で腕を組んでいるカップルや、机越しに顔を近づけて内緒話でもしているかのようなカップルが目に入る。
確かにここで暗い話をしては営業妨害になりそうだった。
「ここ、デザートも美味しいんだって。せっかくだから食べようよ」
すっかり勢いをなくした私は半分やけになってデザートを選ぶ。
「……なんだか勅使河原さんには敵わないな」
「褒め言葉かな?」
「さてどうでしょう」
「おっ、言うねぇ」
余裕のない私と比べてゆったりと構える勅使河原さん。この後の話をうまくできるか、自信がなくなってきた。
金曜の夜、街は浮かれている。一週間の疲れを癒さんとするサラリーマンたち、夜遊びする若者たち、デートする恋人たち。この中でこんなにも重苦しい気持ちを抱えているのは私だけではないだろうか。そんなしょうもないことを考えつつ足を進めると、待ち合わせ場所には既に相手が待っていた。
「すみません、待たせちゃって」
声に気付いて振り返った勅使河原さんはふわりと微笑む。優しい笑顔に重苦しい気持ちが少し軽くなる。
「いいえ、さっききたところだよ」
すっと距離を縮められ、「さ、いこうか」と背に手を回される。あまりに自然な流れだったため流されそうになったところを止めにかかる。
「てっ……勅使河原さん……」
我ながら情けない声が出た。あの電話からどうしてこうもさらりと距離を縮めてくることができるのか。顔を向けるとやはりそこには優しげな顔があった。
「ごめんね、ちょっとはしゃいじゃった」
するりと私の背から手が離れていく。驚いたことで会うまでに抱えていた緊張はほぐれたが、違う意味でドギマギする。
ほどよい距離感で隣を歩きながら他愛もない話をする。勅使河原さんはこの前の電話のことなどなかったかのようだ。促されるまま歩く。
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ソファテーブルに案内され腰を下ろすと、その柔らかさに一週間の疲れを包み込まれたような気持ちになる。店内を見回すと女性のグループやカップルが目立つ。私たちもカップルのように見えるのだろうなと思った。
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勅使河原さんは私が悩んでいる間に頼むものを決めていたようで、店員を呼んで飲み物と軽いつまみを頼んだ。
「あの……」
いくらお店が好みだろうと、私には言わないといけないことがある。気がはやって声を出すと、勅使河原さんがそれを止める。
「この前の話はまた後で。まずは乾杯しよう」
そう言われると私も何も言えず、提供された青い色のカクテルを手に持ち乾杯する。
「あっ……美味しい」
口にした瞬間に素直な声が出る。
「ここ、カクテルの種類が豊富で女性に人気らしいよ?せっかくだから色々試してみたら?みずきさん、お酒好きなんでしょ」
「はい、ありがとうございます。普段カクテルはあまり飲まないんですけど……」
「あとそろそろ敬語やめよ?同い年だし」
「あっ……ごめんなさ……ううん、ごめん」
すっかり勅使河原さんのペースだった。程よいタイミングで届いたおつまみも美味しく、その後も気になる食事を頼みつつお酒も追加する。
勅使河原さんとの話は楽しく、私はいよいよ自分の話をするタイミングがわからなくなっていた。
そんな私の様子をわかっているのかいないのか、勅使河原さんは何も気にしていない風である。気付いたらメインも食べ終わっていた。
このままではいけない、と思い意を決して話そうとするとまた勅使河原さんに遮られる。
「近くに美味しいコーヒーの店があるんだ。話はそこでしよう。このお店で深刻な話をするのはちょっと、ね」
勅使河原の目線を追うと、窓向きの席で腕を組んでいるカップルや、机越しに顔を近づけて内緒話でもしているかのようなカップルが目に入る。
確かにここで暗い話をしては営業妨害になりそうだった。
「ここ、デザートも美味しいんだって。せっかくだから食べようよ」
すっかり勢いをなくした私は半分やけになってデザートを選ぶ。
「……なんだか勅使河原さんには敵わないな」
「褒め言葉かな?」
「さてどうでしょう」
「おっ、言うねぇ」
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