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2 獣人言語の研究者
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かつて、人間と獣人は共存して生活していたという。
けれどある時から対立し、その後何十年にも渡る戦いが始まった。きっかけがなんだったのか、もはやはっきりとはわからない。人間側の文献には獣人が人間の国との契約を破って人間を支配すべく侵攻してきた、というような記述が残っているが、なぜ獣人がそれまで良好な関係を築いていたはずの人間側に侵攻したのかは不明であるし、突然の侵攻を受けた割には人間側が遅れを取らずに応戦した記録も残っており、未だ定説がない。
きっかけは何にしろ、確かに人間と獣人は長きに渡って争った。
そしてちょうど100年前、戦乱の世は想定外の結末を迎えた。これ以上戦っても国が疲弊するだけだと判断したそれぞれの国の革新派と稀代の天才と呼ばれた魔術師の協力によって国境に強力な結界が張られ、人間と獣人間の行き来が物理的に断絶されたのだ。
つまり、お互い相手に攻め入ることすらできなくなったのだ。
その結果、人間は何十年ぶりの安寧を手に入れた。
けれど、その頃には人々の心に獣人に対する根深い憎悪が育っていた。
戦乱の最中、人間側では獣人とは野蛮で残酷、かつ醜悪であり、悪しき獣人を倒すことが正義であるとプロパガンダが掲げられていた。
そして、長きに渡る戦いの中で誰もが何かを失っていたため、全ての恨みの矛先は獣人へ向かった。
結界によって安寧がもたらされた後も獣人に関する話はタブーとなり、獣人にまつわる文書は戦乱の最中に焚書の憂き目にあっていたため、獣人に関する資料はほとんど残らなかった。
しかし、時間が経てば恨み辛みも薄まっていくものである。
なにせ、結界によって完全に国交が断絶されているため、人間が獣人と新たに衝突することはなく、恨みが更新されることがないのだ。
愛しい恋人や大切な家族を失った者たちも、そのうち天寿を全うする。
そうして苦い時代を生きた人々が減っていくことで、獣人への忌避感もなくなっていった。
未だに教科書には獣人がいかに悪辣かが書かれているが、若く戦争を知らない世代にとってそんなのは遠い昔のこと。
実際に獣人を目にすることもないため、どこか物語のようで、現実味もない。
100年も経てば親はもちろん、祖父母だって戦争を知らない世代ばかりで、語り部となる者が身近にいない。
会ったことがない獣人。歴史上は何やら人間に酷いことをしたらしいけれど、戦争なのだから人間だって獣人には酷いことをしたのだろう。もともとは共存していたというし、きっと、お互い様のところもあるんだろう。実際、どうして戦争が始まったのかはっきりしていないのだから。
平和を当たり前のように享受する若者たちに当事者意識はなく、他人事のようにそういった認識に傾いて獣人への悪感情が薄まっていき、反比例して人間の国にはいない獣人という未知への好奇心が溢れていった。
そして、ついには獣人に「萌え」を見出したのだ。
人間は、猫や犬をペットとして可愛がっている。犬や猫は家族の一員であるからと、ペットなどと家族とは一線を画する呼び方をすることすら嫌悪する人もいるくらい。
そして、ある時気づいた。獣人とは、彼らの愛する猫や犬等の動物の要素を兼ね備えているのだと。つまり、どういうことか。人間は考えた。
それが、醜悪なわけがないではないか。
猫がどれだけ気まぐれでわがままでも、それを悪であると断罪する者はおるまい。
犬がどれだけ餌を食べ散らかしても、その愛くるしさに頬を緩めるだけだろう。
野蛮?ワイルドな猫ちゃん尊い。
残酷?わんちゃんの意外な一面にときめいちゃう。
醜悪?だから猫ちゃんが醜悪なわけねぇだろふざけんな。
といった具合に。
かくして、見たことのない獣人に思いを馳せた人間たちは、想像で理想の獣人を思い描くようになった。
ユージーンも、獣人に魅せられた一人だった。
いつか実際の獣人と会えることを夢見て、そしてその時に胸の丈を余すことなく伝えられるように。それだけを人生の目標として研究者となったのだ。何かって、獣人の言語の。
どれだけタブー視されていても、こっそり研究する人間はどこにでもいる。獣人の言語についてもそうで、わずかに残った資料を用いて長年細々と知識を繋いできた。限られた少数の人間が、見つかったら糾弾されることを知りながらも抗えない好奇心にしたがって。
今では陰に隠れることなく堂々と研究ができるようになってはいるが、それでも研究者はごく少数のまま。
なにせ、どれだけ研究したところで、実際にそれを使って話す機会などないのだ。残された有用であろう獣人言語で書かれた資料の解読に役立つかもしれないとしても、わかりやすい功績が認められづらい分野の研究に人気が出ようはずもない。一握りの変わり者と言われる人間だけが携わっている。ユージーンや、トムソンのような。
しかも、「話す」という方向での研究は絶望的だった。正確な音を教えてくれる獣人がいないのだ。
読み書きについては完璧だと自負するユージーンとて、脈々と受け継いできた知識によるところの発音が果たして正しいものなのか判断する術がなく、話すと言う部分については全く自信がなかった。
けれどある時から対立し、その後何十年にも渡る戦いが始まった。きっかけがなんだったのか、もはやはっきりとはわからない。人間側の文献には獣人が人間の国との契約を破って人間を支配すべく侵攻してきた、というような記述が残っているが、なぜ獣人がそれまで良好な関係を築いていたはずの人間側に侵攻したのかは不明であるし、突然の侵攻を受けた割には人間側が遅れを取らずに応戦した記録も残っており、未だ定説がない。
きっかけは何にしろ、確かに人間と獣人は長きに渡って争った。
そしてちょうど100年前、戦乱の世は想定外の結末を迎えた。これ以上戦っても国が疲弊するだけだと判断したそれぞれの国の革新派と稀代の天才と呼ばれた魔術師の協力によって国境に強力な結界が張られ、人間と獣人間の行き来が物理的に断絶されたのだ。
つまり、お互い相手に攻め入ることすらできなくなったのだ。
その結果、人間は何十年ぶりの安寧を手に入れた。
けれど、その頃には人々の心に獣人に対する根深い憎悪が育っていた。
戦乱の最中、人間側では獣人とは野蛮で残酷、かつ醜悪であり、悪しき獣人を倒すことが正義であるとプロパガンダが掲げられていた。
そして、長きに渡る戦いの中で誰もが何かを失っていたため、全ての恨みの矛先は獣人へ向かった。
結界によって安寧がもたらされた後も獣人に関する話はタブーとなり、獣人にまつわる文書は戦乱の最中に焚書の憂き目にあっていたため、獣人に関する資料はほとんど残らなかった。
しかし、時間が経てば恨み辛みも薄まっていくものである。
なにせ、結界によって完全に国交が断絶されているため、人間が獣人と新たに衝突することはなく、恨みが更新されることがないのだ。
愛しい恋人や大切な家族を失った者たちも、そのうち天寿を全うする。
そうして苦い時代を生きた人々が減っていくことで、獣人への忌避感もなくなっていった。
未だに教科書には獣人がいかに悪辣かが書かれているが、若く戦争を知らない世代にとってそんなのは遠い昔のこと。
実際に獣人を目にすることもないため、どこか物語のようで、現実味もない。
100年も経てば親はもちろん、祖父母だって戦争を知らない世代ばかりで、語り部となる者が身近にいない。
会ったことがない獣人。歴史上は何やら人間に酷いことをしたらしいけれど、戦争なのだから人間だって獣人には酷いことをしたのだろう。もともとは共存していたというし、きっと、お互い様のところもあるんだろう。実際、どうして戦争が始まったのかはっきりしていないのだから。
平和を当たり前のように享受する若者たちに当事者意識はなく、他人事のようにそういった認識に傾いて獣人への悪感情が薄まっていき、反比例して人間の国にはいない獣人という未知への好奇心が溢れていった。
そして、ついには獣人に「萌え」を見出したのだ。
人間は、猫や犬をペットとして可愛がっている。犬や猫は家族の一員であるからと、ペットなどと家族とは一線を画する呼び方をすることすら嫌悪する人もいるくらい。
そして、ある時気づいた。獣人とは、彼らの愛する猫や犬等の動物の要素を兼ね備えているのだと。つまり、どういうことか。人間は考えた。
それが、醜悪なわけがないではないか。
猫がどれだけ気まぐれでわがままでも、それを悪であると断罪する者はおるまい。
犬がどれだけ餌を食べ散らかしても、その愛くるしさに頬を緩めるだけだろう。
野蛮?ワイルドな猫ちゃん尊い。
残酷?わんちゃんの意外な一面にときめいちゃう。
醜悪?だから猫ちゃんが醜悪なわけねぇだろふざけんな。
といった具合に。
かくして、見たことのない獣人に思いを馳せた人間たちは、想像で理想の獣人を思い描くようになった。
ユージーンも、獣人に魅せられた一人だった。
いつか実際の獣人と会えることを夢見て、そしてその時に胸の丈を余すことなく伝えられるように。それだけを人生の目標として研究者となったのだ。何かって、獣人の言語の。
どれだけタブー視されていても、こっそり研究する人間はどこにでもいる。獣人の言語についてもそうで、わずかに残った資料を用いて長年細々と知識を繋いできた。限られた少数の人間が、見つかったら糾弾されることを知りながらも抗えない好奇心にしたがって。
今では陰に隠れることなく堂々と研究ができるようになってはいるが、それでも研究者はごく少数のまま。
なにせ、どれだけ研究したところで、実際にそれを使って話す機会などないのだ。残された有用であろう獣人言語で書かれた資料の解読に役立つかもしれないとしても、わかりやすい功績が認められづらい分野の研究に人気が出ようはずもない。一握りの変わり者と言われる人間だけが携わっている。ユージーンや、トムソンのような。
しかも、「話す」という方向での研究は絶望的だった。正確な音を教えてくれる獣人がいないのだ。
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