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3 準備は万全
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再び喚き出したトムソンを身支度をするからと追い出したユージーンは、まずは鏡で自分の姿を確認することにした。資料の山から救出した姿見は埃をかぶっていて、それを適当にはたき落としてから自身を映す。
そこには薄汚れてほつれの目立つ服を身にまとった、ひょろ長い人間がいた。髪の毛は秩序なく方々に飛び跳ね、口周りには自然に任せるまま生えた髭。目が隠れるくらい長い前髪と髭の隙間から覗く肌には生気がなく、若干かさついている。お世辞にも清潔感があるとはいえない。
「さすがにこれはないな」
ユージーンは研究室に備え付けられている洗面台へ向かって机の中から見つけ出したカミソリで髭を剃り始めた。
「……すぐダメになるな」
しかし、せっかく見つけたカミソリも、髭を半分も減らさずに切れ味を失う。
「あー……くそ。面倒だが仕方ないか」
研究者の集う研究棟には、ユージーンのように身なりに無頓着な人間が多い。
けれど、研究者はただ研究していればいいわけでなく、学会で発表することもあれば、要人に研究の説明をしたり、何らかの褒賞を得るのに表舞台に立ったりすることもある。
そういった場によれよれの小汚い姿で来られては困ると、研究棟には専属の衣装係が待機している。にもかかわらず、せっかくここまでお膳立てしても身なりを整えずに公の場に出る研究者もいるため、国の上層部は頭を抱えているとか。
ユージーンも上の頭を悩ませるタイプの人間だったが、今日だけは違う。
「まるで別人のようですね……」
自分で整えておきながら想定外の完成形に目を丸くするのは、研究棟専属衣装係のアルバート。
鏡の前にはシャツとスラックスを着こなした美麗な男が立っていた。前髪と髭で埋もれていたが、それらをどかすと吸い込まれるような深い藍色の瞳にバランスの良いとおった鼻筋、薄めの唇に囲われた形のよい口が現れた。日頃の不摂生からか顔色は悪いが、そこから生じる退廃的な雰囲気が色気を醸し出している。いつもサイズの合わない服を身につけていたため酷く痩せているように見えていたが、身体のラインがわかると実はそれなりに筋肉がついていることがわかる。
運動なんかしていないはずのユージーンがどうして弛んでいないのか、アルバートは世の不条理に目を細めた。
もっとシャツを着崩せば、左右に女を侍らしていても違和感がないくらいの色男に見えるだろう。
先ほどまでの浮浪者とも見紛う男と同一人物とは誰が思おうか。
「これでも昔はモテたんだよ。トムソンは信じてくれないが」
「兄もこの姿を見たら納得すると思いますよ。さっきの姿しか知らなければ信じられないでしょうけど」
実はアルバートはトムソンの弟で、彼のおかげでトムソンの身なりはいつも整っている。決してトムソンがおしゃれで身なりに気を使う男というわけではない。
「しかもスタイルもいいんですね……もったいない。普段から俺が整えましょうか?ここまで通いますよ?」
「いや、遠慮する。また群がられても面倒だからな。昔ほどじゃないが、今でも割と見れるだろう?」
「割とってレベルじゃないですよ……。昔どんだけだったんですか。それに、今だって別にそんなに歳いってないですよね?」
「ふむ……何歳だったかな……」
誕生日なんてここ何年も意識したことがなく年齢を人に伝える機会もないため、ユージーンは自分が何歳か思い出せなかった。
「……たしか兄の5つ上ですよね?そしたらまだ33歳ですよ、ユージーンさん」
「そんなもんだったか。……やはりだいぶおじさんだな」
この国での成人年齢は18歳で、20代前半が婚姻適齢期である。ユージーンの年齢だと、それなりに大きな子供がいてもおかしくなかった。
けれどユージーンには子どもどころか恋人すらいない。研究者には珍しくもないが、それなりに功績があり家柄もいいユージーンは、実は周囲から結婚を急かされている。だが、当の本人はどこ吹く風。
「これでおじさんとか……おじさんの概念がわからなくなりそう……」
ぶつぶつ呟いていたアルバートだったが、携帯連絡機に次の予定の連絡が入ったため、名残惜しそうに部屋を出ていった。
ユージーンはアルバートが出ていった後もしばらく鏡の前で角度を変えながら自分の姿を確認していた。ひととおり確認してから満足そうにひとつ頷く。
「これなら第一印象も悪くはなるまい」
ユージーンは決して自分の姿に見惚れていたわけではない。彼にとっては相手に不快感を与えない程度の清潔感があるかどうかが重要なので、己の顔の美醜については関心がない。
それどころか、学生時代は顔のおかげで男にも女にも付き纏われ苦労したため、ユージーンにとって綺麗な顔は邪魔でしかなかった。
「顔が整っていて良かったと思うのは初めてだな」
今回のことをユージーンに依頼してきたこの国の宰相はユージーンの顔を知っている。トムソンには実力で選ばれたとは言ったが、いや実際それだって考慮されてはいるだろうが、選ばれた一因に顔だって含まれているはずだとユージーンは考えていた。
ユージーンは、この日のためにこの顔で生まれてきたのだと、人生で初めて親の遺伝子に感謝した。
そこには薄汚れてほつれの目立つ服を身にまとった、ひょろ長い人間がいた。髪の毛は秩序なく方々に飛び跳ね、口周りには自然に任せるまま生えた髭。目が隠れるくらい長い前髪と髭の隙間から覗く肌には生気がなく、若干かさついている。お世辞にも清潔感があるとはいえない。
「さすがにこれはないな」
ユージーンは研究室に備え付けられている洗面台へ向かって机の中から見つけ出したカミソリで髭を剃り始めた。
「……すぐダメになるな」
しかし、せっかく見つけたカミソリも、髭を半分も減らさずに切れ味を失う。
「あー……くそ。面倒だが仕方ないか」
研究者の集う研究棟には、ユージーンのように身なりに無頓着な人間が多い。
けれど、研究者はただ研究していればいいわけでなく、学会で発表することもあれば、要人に研究の説明をしたり、何らかの褒賞を得るのに表舞台に立ったりすることもある。
そういった場によれよれの小汚い姿で来られては困ると、研究棟には専属の衣装係が待機している。にもかかわらず、せっかくここまでお膳立てしても身なりを整えずに公の場に出る研究者もいるため、国の上層部は頭を抱えているとか。
ユージーンも上の頭を悩ませるタイプの人間だったが、今日だけは違う。
「まるで別人のようですね……」
自分で整えておきながら想定外の完成形に目を丸くするのは、研究棟専属衣装係のアルバート。
鏡の前にはシャツとスラックスを着こなした美麗な男が立っていた。前髪と髭で埋もれていたが、それらをどかすと吸い込まれるような深い藍色の瞳にバランスの良いとおった鼻筋、薄めの唇に囲われた形のよい口が現れた。日頃の不摂生からか顔色は悪いが、そこから生じる退廃的な雰囲気が色気を醸し出している。いつもサイズの合わない服を身につけていたため酷く痩せているように見えていたが、身体のラインがわかると実はそれなりに筋肉がついていることがわかる。
運動なんかしていないはずのユージーンがどうして弛んでいないのか、アルバートは世の不条理に目を細めた。
もっとシャツを着崩せば、左右に女を侍らしていても違和感がないくらいの色男に見えるだろう。
先ほどまでの浮浪者とも見紛う男と同一人物とは誰が思おうか。
「これでも昔はモテたんだよ。トムソンは信じてくれないが」
「兄もこの姿を見たら納得すると思いますよ。さっきの姿しか知らなければ信じられないでしょうけど」
実はアルバートはトムソンの弟で、彼のおかげでトムソンの身なりはいつも整っている。決してトムソンがおしゃれで身なりに気を使う男というわけではない。
「しかもスタイルもいいんですね……もったいない。普段から俺が整えましょうか?ここまで通いますよ?」
「いや、遠慮する。また群がられても面倒だからな。昔ほどじゃないが、今でも割と見れるだろう?」
「割とってレベルじゃないですよ……。昔どんだけだったんですか。それに、今だって別にそんなに歳いってないですよね?」
「ふむ……何歳だったかな……」
誕生日なんてここ何年も意識したことがなく年齢を人に伝える機会もないため、ユージーンは自分が何歳か思い出せなかった。
「……たしか兄の5つ上ですよね?そしたらまだ33歳ですよ、ユージーンさん」
「そんなもんだったか。……やはりだいぶおじさんだな」
この国での成人年齢は18歳で、20代前半が婚姻適齢期である。ユージーンの年齢だと、それなりに大きな子供がいてもおかしくなかった。
けれどユージーンには子どもどころか恋人すらいない。研究者には珍しくもないが、それなりに功績があり家柄もいいユージーンは、実は周囲から結婚を急かされている。だが、当の本人はどこ吹く風。
「これでおじさんとか……おじさんの概念がわからなくなりそう……」
ぶつぶつ呟いていたアルバートだったが、携帯連絡機に次の予定の連絡が入ったため、名残惜しそうに部屋を出ていった。
ユージーンはアルバートが出ていった後もしばらく鏡の前で角度を変えながら自分の姿を確認していた。ひととおり確認してから満足そうにひとつ頷く。
「これなら第一印象も悪くはなるまい」
ユージーンは決して自分の姿に見惚れていたわけではない。彼にとっては相手に不快感を与えない程度の清潔感があるかどうかが重要なので、己の顔の美醜については関心がない。
それどころか、学生時代は顔のおかげで男にも女にも付き纏われ苦労したため、ユージーンにとって綺麗な顔は邪魔でしかなかった。
「顔が整っていて良かったと思うのは初めてだな」
今回のことをユージーンに依頼してきたこの国の宰相はユージーンの顔を知っている。トムソンには実力で選ばれたとは言ったが、いや実際それだって考慮されてはいるだろうが、選ばれた一因に顔だって含まれているはずだとユージーンは考えていた。
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