ガチケモナーは猫耳男子を許せない

某千尋

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6 二足歩行の動物説は否定された

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 扉を出てきたのは、小柄な少年だった。金色のまん丸の瞳を好奇心いっぱいに輝かせて、叫んだ後に膝から崩れ落ちたユージーンを見つめる。

「かぃ……しゃ?」

 その少年の頭の上には、丸くて黄色い耳が生えていて、後ろには細くて先だけフサフサしている尻尾が生えていた。

「そんな……そんな……」

 少年を見て、ユージーンは震わせた両手で顔を覆う。頭の中ではぐるぐると情報が整理されていく。

 きっと、彼が獣人なのだ。人間は頭に耳なんて生えていないし、尻尾も生えていない。だから、この目の前の人物が今回訪問してきた獣人で……。

 ユージーンの頭の隅で頑張る理性は早く立ち上がって礼をとるよう主張するが、あまりの衝撃でユージーンは現実を受け入れられなかった。

「解釈違いとは、穏やかではないな」

「ふぎゃっ」

 少年が不思議そうな顔でユージーンに近づこうと足を踏み出した時、部屋の中から筋肉質な手が伸びてきてその頭を掴んだ。
 訪問者であろう獣人の王族への無体に驚いて、やっと冷静さを取り戻したユージーンは反射的に立ち上がった。そして、同時に目に入ってきた失礼な腕の持ち主の姿を見て目を見開く。

『外に出てはダメだ、中に戻れ』

『怒らない?兄様が怒らないなら大人しくする』

『……今は怒らない。とにかく人目に触れる前に中に戻れ。そして静かにしていろ』

「ねこ……みみ……」

 思わずユージーンが呟くと、頭の上に猫耳を生やしたガタイのいい男が器用に片眉だけを上げる。そして何も言わずに少年を片腕に抱えて部屋の中へ入っていった。
 放心状態のユージーンを、先に冷静さを取り戻していた宰相が肘でつつく。

「あっ……」

「いいから、とにかく中へ入れ」

 二人にまともに挨拶もできないまま、宰相に押されるようにして部屋の中へ入ったユージーンは、やっと自分の状況を理解する。

『失礼しましゅた。本日ちゅうやくにまいりまちた、ユージーンともうちまちゅ』

 宰相に促されたユージーンは、二人の獣人に向かって獣人の言葉で挨拶をした。が、次の瞬間猫耳男が咳き込んだ。口を右手で覆って、猫耳をピクピク震わせている。その姿は笑いを堪えているように見えた。

「ユージーン、お前何を言ったんだ?いきなり冗談を言うタイプじゃないだろお前」

「いや、自己紹介をしただけなのだが……」

 ユージーンはなぜ猫耳男が笑いそうになっているのかわからず困惑する。

「ユージーン、いいから席に座るよう促してくれないか。何が何だかわからないが、先方にイレギュラーがあったようでな」

 声をかけられたことでやっと王の存在を確認したユージーンは、礼を取ってから二人を促すことにした。

『どうじょ、席に座ってくだちゃい』

 猫耳男は、今度は盛大に噴き出した。




「つまり、本来はヴァイツ殿下だけが王家の代表としてくる予定だったにもかかわらず、シュタイン殿下が護衛兵に紛れてついてきてしまったと」

 王は話を聞いて、猫耳男と少年を交互に見比べる。
 今回、獣人側の訪問者は猫耳男改め、獣人の国、スターヴァー王国の第三王子であるヴァイツであった。しかし、同行した少年兵のうちの一人になり代わった第五王子のシュタインがこっそりついてきてまった。

 会談の場について、何かおかしいと気づいたヴァイツがシュタインの被っていた兜を外したところ、バレて怒られると思ったシュタインが部屋から逃げ出そうとしてユージーンたちとかち合ったとのことだった。

 想定外の展開に王は困惑していたが、これはあくまで信頼の証を示すための訪問。王子二人に誠意が伝われば問題ないと思い、気を取り直した。
 それよりも、王には気になっていることがあった。

「なぜさっきヴァイツ殿下は噴き出したのだ?」

 昼食会の場に現れたヴァイツは無表情だった。王より頭一つ分ほど高い身長に隆々とした筋肉。鋭い目つきに凛々しい眉から、王は寡黙で気難しい印象を受けていた。いきなり噴き出す人物には見えなかった。

『なじぇ、さっきわらったのでしゅか?』

『いや、なんでもない、失礼した』

 王の質問を受けてユージーンが通訳すると、ヴァイツは何もないと否定する。
 先程は自分が喋った時に反応があったため、ユージーンは自分の通訳に問題があるのかと思った。だが、話は通じているようだったため、首を傾げる。
 それに、気になることもあった。

「ところで、ヴァイツ殿下は先ほどこちらの言葉を喋っていたのでは?」

 王が聞くと、ヴァイツは少し悩むようにしてから頷いた。
 そう、さっきユージーンは聞いたのだ、ヴァイツの口からグラディア語がこぼれたのを。

「母国では、こちらの言語を学んでいたのです。いつか再び共存する日がきたときのために」

 流暢なグラディア語を話すヴァイツに、ユージーンは思った。
 ならば、自分はいらないのでは?と。

 ユージーンは、何でもないような顔でヴァイツの横に控えているが、正直もう帰りたかった。
 憧れ焦がれた獣人が、自分の思っていた姿と全く違ったから。

 二足歩行の動物。ユージーンが思い描いた獣人は、そんな姿だった。
 かつて共に暮らした一番の友人である猫のターニャ。天寿を全うして今では空に輝く星の一つになってしまったターニャ。
 人間嫌いなユージーンが心を許したのは彼女だけだった。
 ターニャがいなくなり、ぽっかり心に穴が空いたユージーンは、ターニャが人間と同じくらいの寿命なら一生一緒にいられたのに、と考えるようになった。
 ターニャと話ができたら、ターニャと一緒に同じものを食べられたら。

 毎日毎日そう考えて、あるとき思ったのだ。獣人がまさに自分が望む理想の存在なのではないかと。
 まだ10代前半だったユージーンは、そこから獣人言語の研究者を目指すようになった。いつか出会えたとき、言葉の壁で苦しまないようにと。

 けれど、現実はユージーンにとって残酷だった。
 獣人は、人間と同じような姿だった。人間に、耳と尻尾を生やしただけの。

 実際、獣人フリークの間でも論争があったのだ。二足歩行の動物説と、耳尻尾説が。
 獣人の姿が描かれたもので残っているのは、化け物のように描かれたものばかりだった。獣人フリークの間では、そんな姿ではそもそも人間と共存ができないだろうから虚像に違いないと言われてきたが、そうはいっても何らか獣人の要素が描かれているだろうとユージーンは考えていた。
 絵の中の獣人に、人間に近しい部分は何もなかった。
 だからユージーンは、二足歩行の動物説が正しいと、そう思っていたのだ。

 しかし、今日耳尻尾説が正しかったことが証明されてしまった。
 耳尻尾説を唱える筆頭はトムソンだ。勝ち誇るトムソンの顔が頭に思い浮かび、ユージーンは今度トムソンが研究室に来たら、すごく苦いコーヒーを出してやろうと心に決めた。
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