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8 絶望の午後
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誰もユージーンの気持ちを汲んでくれず、ユージーンはシュタインに手を引っ張られて二人の滞在する宮へ連れて行かれた。
今回の訪問は秘されているため、滞在場所は王宮内ではなく少し離れた宮だった。かつての王が退位後に寵妃と過ごしたとされる宮。寵妃のために作られたとされるその建物は、絢爛豪華な王宮に引けを取らないくらいの装いで壁の彫刻ひとつとっても手が込んでいた。モチーフは寵妃が好んだ薔薇で統一されており、相当な華やかさでありながらも品を失わないところにセンスの良さが表れている。
ユージーンは人間の美醜には興味はないが、美しいものを愛でる感性はある。こんな時でなければ普段入ることのできないこの宮を楽しめたのに、とがっかりした気持ちで自分の手を引くシュタインについていく。
さっきまで大人しくしていたのが嘘のように、シュタインはきゃらきゃらと笑いながらユージーンを右へ左へと振り回す。
勝手に繋がれた手を解こうと何度か試みたが、なぜかちっとも離れなかった。確かにユージーンは運動不足で力はないが、こんな子供の手すら外せないほど弱かった覚えはなく、ひそかにショックを受けていた。
『ユージーン!一緒にお庭で遊ぼうよ!』
『わたちと?本気でいってりゅのでしゅか?』
ユージーンはこんなにも他人に振り回されるのは初めてで、どうしていいかわからなかった。さすがに彼らに無礼を働いたらまずいことはわかってはいても、逃げられるものならすぐにでも逃げ出したかった。
『シュタイン、ユージーンにはお前の教師を頼んだんだ。遊び相手じゃない』
『ちょっとくらいいいじゃん!せっかく人間の国まで来たのに勉強なんてしたくないよ』
『シュタイン、聞き分けろ。やるべきことをやれば、帰った時の言い訳を考えてやる。このままじゃ母上の雷が落ちるぞ』
『!!……わかったよ……ユージーン、人間の言葉教えて』
庭で走り回る羽目になるよりはマシかもしれない、と思ったユージーンは、抵抗せず案内されるまま部屋へ行く。
ヴァイツはどうするのかと思っていたら、一緒に部屋までついてきた。
『あの、ヴァイツ殿下もいっちょにくるのでしゅか?』
『シュタインを見張ってないといけないからな』
ならばなおのことお前が教えればいいだろうと思い、ユージーンは眉を顰める。しかしヴァイツは素知らぬ顔でシュタインの隣に座る。
ユージーンは、不満を覚えながらも向かいのソファに座った。全員が座ったタイミングで音もなく紅茶が提供され、役目を終えた侍従は気配を消して壁に並ぶ。
『なにを教えりぇばいいんでしゅか?』
『今からグラディア語だけで会話をする、話していておかしいところがあったら指摘してくれ』
ユージーンはヴァイツの提案を受けて目をみはる。つまり、シュタインもある程度グラディア語を話せるということだからだ。
「んと……ユージーン、こんにちは。僕シュタインです」
「知っている……いや失礼しました。知っています。こんにちは」
「僕、ユージーン会えて、うれし。ユージーン、きれい」
ユージーンは困惑した。そもそも、子供になつかれたのは初めてだったのだ。手を繋がれるのも、満面の笑顔を向けられるのも。初めてのことばかりで対応に困っているのに、あまつさえ綺麗などと言われるなんて。
確かにユージーンは若い頃その顔で散々モテてきたが、今はもうおじさんと言われる歳なのである。
対して、シュタインやヴァイツは整った顔をしている上に若かった。
ヴァイツは強面寄りの雄々しいつくりをしているが目鼻立ちは整っており、鋭い眼光を少しやわらげれば相当な男前といえた。シュタインはまだまだ発達途上というところだが、印象的な存在感ある黄金の瞳と整然と配置された形のよい顔のパーツを見る限り、将来は物語に出てくる王子様のような美男子に育つことが明らかだった。
すでに盛りを過ぎて枯れていく一方のユージーンを綺麗と評するその言葉を素直に受け止めるには、二人はいささか美し過ぎた。
「それは……ありがとうございます」
揶揄われているのだろうと思って一瞬嫌味を言いそうになったユージーンだったが、相手が誰かを思い出して渋々礼を言う。それに、相手はまだ子供であるのだから、評価はおかしいが本心での言葉の可能性もないわけではない、と納得しようとした。
「なんだ、照れているのか」
しかし、複雑な感情のせいで少しまごついたユージーンの態度に勘違いをしたのか、ヴァイツが明確に揶揄いの色を載せてニヤリと笑った。
その瞬間、ユージーンの頭の中で、ぷつりと何かが切れる音がした。
ユージーンは本来、気の短い人間である。人間のことは嫌いでできる限り人との交流は避けてきたし、研究者になってからは自由に生き過ぎて我慢することなどすっかり忘れていた。
それなのに今日は久しぶりに多くの我慢を強いられていた。しかも、期待を大きく裏切られた上で。
それでもユージーンは大人であって、今回の訪問の重要性は理解していた。絶対粗相してはいけないと、ここで何か失態を犯せばなんだかんだユージーンに甘い宰相も見逃してはくれないと。
わかっていても、人間には我慢の限界というものがある。そして、ユージーンにとってその限界はずいぶん低いところにあった。
明確に揶揄われたと感じたユージーンは、もう耐えられなかった。
「っ……!」
それでも僅かに残った理性が罵声を止める。顔を真っ赤にしたユージーンは不躾にも音を立てて立ち上がり、ヴァイツを睨みつけてから足速に扉へ向かった。
ユージーンの突然の行動に驚いたヴァイツとシュタインは驚きですぐには動けず、はっと気づいた時にはユージーンが出ていって扉が閉まるところだった。
『あんなに照れて……可愛い』
『……兄様、多分あれ怒ってるんだと思うよ』
そして、兄弟の会話の内容がわかる者はその場にいなかった。
今回の訪問は秘されているため、滞在場所は王宮内ではなく少し離れた宮だった。かつての王が退位後に寵妃と過ごしたとされる宮。寵妃のために作られたとされるその建物は、絢爛豪華な王宮に引けを取らないくらいの装いで壁の彫刻ひとつとっても手が込んでいた。モチーフは寵妃が好んだ薔薇で統一されており、相当な華やかさでありながらも品を失わないところにセンスの良さが表れている。
ユージーンは人間の美醜には興味はないが、美しいものを愛でる感性はある。こんな時でなければ普段入ることのできないこの宮を楽しめたのに、とがっかりした気持ちで自分の手を引くシュタインについていく。
さっきまで大人しくしていたのが嘘のように、シュタインはきゃらきゃらと笑いながらユージーンを右へ左へと振り回す。
勝手に繋がれた手を解こうと何度か試みたが、なぜかちっとも離れなかった。確かにユージーンは運動不足で力はないが、こんな子供の手すら外せないほど弱かった覚えはなく、ひそかにショックを受けていた。
『ユージーン!一緒にお庭で遊ぼうよ!』
『わたちと?本気でいってりゅのでしゅか?』
ユージーンはこんなにも他人に振り回されるのは初めてで、どうしていいかわからなかった。さすがに彼らに無礼を働いたらまずいことはわかってはいても、逃げられるものならすぐにでも逃げ出したかった。
『シュタイン、ユージーンにはお前の教師を頼んだんだ。遊び相手じゃない』
『ちょっとくらいいいじゃん!せっかく人間の国まで来たのに勉強なんてしたくないよ』
『シュタイン、聞き分けろ。やるべきことをやれば、帰った時の言い訳を考えてやる。このままじゃ母上の雷が落ちるぞ』
『!!……わかったよ……ユージーン、人間の言葉教えて』
庭で走り回る羽目になるよりはマシかもしれない、と思ったユージーンは、抵抗せず案内されるまま部屋へ行く。
ヴァイツはどうするのかと思っていたら、一緒に部屋までついてきた。
『あの、ヴァイツ殿下もいっちょにくるのでしゅか?』
『シュタインを見張ってないといけないからな』
ならばなおのことお前が教えればいいだろうと思い、ユージーンは眉を顰める。しかしヴァイツは素知らぬ顔でシュタインの隣に座る。
ユージーンは、不満を覚えながらも向かいのソファに座った。全員が座ったタイミングで音もなく紅茶が提供され、役目を終えた侍従は気配を消して壁に並ぶ。
『なにを教えりぇばいいんでしゅか?』
『今からグラディア語だけで会話をする、話していておかしいところがあったら指摘してくれ』
ユージーンはヴァイツの提案を受けて目をみはる。つまり、シュタインもある程度グラディア語を話せるということだからだ。
「んと……ユージーン、こんにちは。僕シュタインです」
「知っている……いや失礼しました。知っています。こんにちは」
「僕、ユージーン会えて、うれし。ユージーン、きれい」
ユージーンは困惑した。そもそも、子供になつかれたのは初めてだったのだ。手を繋がれるのも、満面の笑顔を向けられるのも。初めてのことばかりで対応に困っているのに、あまつさえ綺麗などと言われるなんて。
確かにユージーンは若い頃その顔で散々モテてきたが、今はもうおじさんと言われる歳なのである。
対して、シュタインやヴァイツは整った顔をしている上に若かった。
ヴァイツは強面寄りの雄々しいつくりをしているが目鼻立ちは整っており、鋭い眼光を少しやわらげれば相当な男前といえた。シュタインはまだまだ発達途上というところだが、印象的な存在感ある黄金の瞳と整然と配置された形のよい顔のパーツを見る限り、将来は物語に出てくる王子様のような美男子に育つことが明らかだった。
すでに盛りを過ぎて枯れていく一方のユージーンを綺麗と評するその言葉を素直に受け止めるには、二人はいささか美し過ぎた。
「それは……ありがとうございます」
揶揄われているのだろうと思って一瞬嫌味を言いそうになったユージーンだったが、相手が誰かを思い出して渋々礼を言う。それに、相手はまだ子供であるのだから、評価はおかしいが本心での言葉の可能性もないわけではない、と納得しようとした。
「なんだ、照れているのか」
しかし、複雑な感情のせいで少しまごついたユージーンの態度に勘違いをしたのか、ヴァイツが明確に揶揄いの色を載せてニヤリと笑った。
その瞬間、ユージーンの頭の中で、ぷつりと何かが切れる音がした。
ユージーンは本来、気の短い人間である。人間のことは嫌いでできる限り人との交流は避けてきたし、研究者になってからは自由に生き過ぎて我慢することなどすっかり忘れていた。
それなのに今日は久しぶりに多くの我慢を強いられていた。しかも、期待を大きく裏切られた上で。
それでもユージーンは大人であって、今回の訪問の重要性は理解していた。絶対粗相してはいけないと、ここで何か失態を犯せばなんだかんだユージーンに甘い宰相も見逃してはくれないと。
わかっていても、人間には我慢の限界というものがある。そして、ユージーンにとってその限界はずいぶん低いところにあった。
明確に揶揄われたと感じたユージーンは、もう耐えられなかった。
「っ……!」
それでも僅かに残った理性が罵声を止める。顔を真っ赤にしたユージーンは不躾にも音を立てて立ち上がり、ヴァイツを睨みつけてから足速に扉へ向かった。
ユージーンの突然の行動に驚いたヴァイツとシュタインは驚きですぐには動けず、はっと気づいた時にはユージーンが出ていって扉が閉まるところだった。
『あんなに照れて……可愛い』
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