19 / 69
19 向き合うということ
しおりを挟む
ユージーンはその日、残りの時間を部屋に篭りきりで過ごした。
晩餐への誘いも断り、嘘だ嘘だとぶつぶつ呟きながら一夜を明かした。
「……すごい隈だね。それは昨日ヴァイツ殿下を怒鳴ったことと関係あるのかな?」
翌朝になっても部屋から出てくる様子がなかったユージーンを心配してやってきたヘンリックは、ドアを開けたユージーンを見て目を見開く。
髪はボサボサで顔は青白く、目の下にはくっきりとした陰ができていた。
「とりあえず部屋に入れてもらうよ。というか、昨日一体なにがあったんだい。なんだかヴァイツ殿下は落ち込んでるし……」
ヘンリックの声にピクリと眉を揺らすだけのユージーンを押し退けずかずかと部屋に入ったヘンリックは、入ってすぐの応接スペースのソファに部屋の主の許可も取らずに当然のように腰掛けた。そしてゆっくりを足を組んで部屋の主を見上げ、対面のソファに目配せをする。ユージーンは「はあ」とため息をついてからヘンリックの前に座った。
「……放っておいてくれないか」
「ご挨拶だね。君は私を説得しにきたんじゃなかったのかい?職務放棄甚だしいね」
「じゃあ帰還を了承してくれるのか」
「そんな話はしていないよ。ねぇ、どうしたんだユージーン」
優しい声音で尋ねるも、ユージーンは口を固く引き結んで俯くばかり。
少し瞳が揺れていて、珍しく不安そうなその姿にヘンリックは驚く。そんなユージーンを見るのは初めてだった。
「君は確かに短気だが、理由もなく癇癪を起こしているところはみたことがないよ。それに、君は貴族としての振る舞いも知っている。学生時代に私を拒絶しなかったのは私が王子だからだろう?そんな君が、ヴァイツ殿下を怒鳴るなんてよっぽどのことだと思ったのだけど」
「……守りたいと言われたんだ」
観念したようにポツリと呟く。
一夜明けて冷静になったユージーンは、ヴァイツを怒鳴りつけたことを改めて後悔していた。獣人にとっても人間は憎い存在のはずで、和平を結ぶのに反対する勢力はいるだろう。そんな中王子が人間に怒鳴られたとなれば、和平の話がひっくり返ってしまうかもしれない。あの時は周りに護衛もいた。目撃している獣人はたくさんいるはずだ。
とんでもないことをしてしまったのに、ユージーンを責めずに話を聞こうとするヘンリックに、これ以上黙っていることはできなかった。
「うん、それでどうしたの?」
「私は……守られなくとも自分の力で生きてきた。それを、否定されたように思ってしまって……」
「……ねぇユージーン、私は君に起きた悲しい出来事を知っているよ。君が全身に棘を纏っているのも、そうならざるを得ない環境だったと理解しているつもりだ。そんな中で腐らず身を立てている君のことを尊敬もしている。でも……」
躊躇うようにヘンリックが詰まる。
俯いていたユージーンが顔を上げると、困ったように眉を下げたヘンリックと目が合った。
「こんなこと言ったら怒るかな。私が言いたいのはね、そろそろ寄りかかれる相手がいてもいいんじゃないかってこと。まぁ、それがヴァイツ殿下である必要はないけれど。これからもずっと一人で生きていくつもりなのかい?それで本当に寂しくないのかい?」
「……私は、人間が嫌いだ」
「知ってるさ。君の境遇なら、私だって人間嫌いになったかもしれない。でも、だからこそ君は獣人を求めたのではないの?本当に一人でいいのなら、そもそも誰かを求めたりなんてしないだろう?」
ユージーンは再び俯く。寂しいなんて感情はとっくに無くしたはずだった。一人で生きていけると思っていた。けれど、ならばなぜ獣人を、愛せる相手を求めたのか。
「ユージーンは、きっと諦める癖がついているんだね。自分が望んでも、手に入らないと思っているんだろう?だから、そもそも欲しくないって思い込もうとしている。……もう少し、自分の心に向き合ったほうがいい」
再び顔を上げて見たヘンリックは、今度は真剣な顔をしていた。ユージーンの心まで見透かすような目にぞくりと背筋が震える。
「……幸い、ヴァイツ殿下は怒っていないし、見ていた周りもヴァイツ殿下の求婚を知っていたから痴話喧嘩と思われて問題視もされていない。獣人は愛の前に身分は関係ないという文化らしくて、王子といえども愛は自分で掴み取らねばならない、ということらしいよ」
「……そうか。しかし私のしたことは国の代表という立場で許されないことだ。処罰はいかようにも」
「処罰なんてしたら私がヴァイツ殿下に怒られてしまうよ。失態を反省しているなら、ヴァイツ殿下とお茶でもしてやってくれないか。そうしたら、失態には目を瞑ろう」
真剣な顔を崩して茶目っ気たっぷりにウィンクをするヘンリック。
普段のユージーンならば白けた視線を送るところだが、今日ばかりは神妙な顔で頷いた。
「いつもみたいな冷たい対応をされないとちょっと調子狂うな。さて、話は終わったし私は私のアドルフに会いに行かないと」
「ああ」
立ち上がったヘンリックに続いたユージーンは、扉を開けて出ていくヘンリックの後ろ姿に、聞こえるか聞こえないかわからないくらいの小さな声でありがとう、と呟く。
一瞬立ち止まったように見えたヘンリックは、しかし振り返ることなく片手をひらひらと振りながら部屋を出ていった。
晩餐への誘いも断り、嘘だ嘘だとぶつぶつ呟きながら一夜を明かした。
「……すごい隈だね。それは昨日ヴァイツ殿下を怒鳴ったことと関係あるのかな?」
翌朝になっても部屋から出てくる様子がなかったユージーンを心配してやってきたヘンリックは、ドアを開けたユージーンを見て目を見開く。
髪はボサボサで顔は青白く、目の下にはくっきりとした陰ができていた。
「とりあえず部屋に入れてもらうよ。というか、昨日一体なにがあったんだい。なんだかヴァイツ殿下は落ち込んでるし……」
ヘンリックの声にピクリと眉を揺らすだけのユージーンを押し退けずかずかと部屋に入ったヘンリックは、入ってすぐの応接スペースのソファに部屋の主の許可も取らずに当然のように腰掛けた。そしてゆっくりを足を組んで部屋の主を見上げ、対面のソファに目配せをする。ユージーンは「はあ」とため息をついてからヘンリックの前に座った。
「……放っておいてくれないか」
「ご挨拶だね。君は私を説得しにきたんじゃなかったのかい?職務放棄甚だしいね」
「じゃあ帰還を了承してくれるのか」
「そんな話はしていないよ。ねぇ、どうしたんだユージーン」
優しい声音で尋ねるも、ユージーンは口を固く引き結んで俯くばかり。
少し瞳が揺れていて、珍しく不安そうなその姿にヘンリックは驚く。そんなユージーンを見るのは初めてだった。
「君は確かに短気だが、理由もなく癇癪を起こしているところはみたことがないよ。それに、君は貴族としての振る舞いも知っている。学生時代に私を拒絶しなかったのは私が王子だからだろう?そんな君が、ヴァイツ殿下を怒鳴るなんてよっぽどのことだと思ったのだけど」
「……守りたいと言われたんだ」
観念したようにポツリと呟く。
一夜明けて冷静になったユージーンは、ヴァイツを怒鳴りつけたことを改めて後悔していた。獣人にとっても人間は憎い存在のはずで、和平を結ぶのに反対する勢力はいるだろう。そんな中王子が人間に怒鳴られたとなれば、和平の話がひっくり返ってしまうかもしれない。あの時は周りに護衛もいた。目撃している獣人はたくさんいるはずだ。
とんでもないことをしてしまったのに、ユージーンを責めずに話を聞こうとするヘンリックに、これ以上黙っていることはできなかった。
「うん、それでどうしたの?」
「私は……守られなくとも自分の力で生きてきた。それを、否定されたように思ってしまって……」
「……ねぇユージーン、私は君に起きた悲しい出来事を知っているよ。君が全身に棘を纏っているのも、そうならざるを得ない環境だったと理解しているつもりだ。そんな中で腐らず身を立てている君のことを尊敬もしている。でも……」
躊躇うようにヘンリックが詰まる。
俯いていたユージーンが顔を上げると、困ったように眉を下げたヘンリックと目が合った。
「こんなこと言ったら怒るかな。私が言いたいのはね、そろそろ寄りかかれる相手がいてもいいんじゃないかってこと。まぁ、それがヴァイツ殿下である必要はないけれど。これからもずっと一人で生きていくつもりなのかい?それで本当に寂しくないのかい?」
「……私は、人間が嫌いだ」
「知ってるさ。君の境遇なら、私だって人間嫌いになったかもしれない。でも、だからこそ君は獣人を求めたのではないの?本当に一人でいいのなら、そもそも誰かを求めたりなんてしないだろう?」
ユージーンは再び俯く。寂しいなんて感情はとっくに無くしたはずだった。一人で生きていけると思っていた。けれど、ならばなぜ獣人を、愛せる相手を求めたのか。
「ユージーンは、きっと諦める癖がついているんだね。自分が望んでも、手に入らないと思っているんだろう?だから、そもそも欲しくないって思い込もうとしている。……もう少し、自分の心に向き合ったほうがいい」
再び顔を上げて見たヘンリックは、今度は真剣な顔をしていた。ユージーンの心まで見透かすような目にぞくりと背筋が震える。
「……幸い、ヴァイツ殿下は怒っていないし、見ていた周りもヴァイツ殿下の求婚を知っていたから痴話喧嘩と思われて問題視もされていない。獣人は愛の前に身分は関係ないという文化らしくて、王子といえども愛は自分で掴み取らねばならない、ということらしいよ」
「……そうか。しかし私のしたことは国の代表という立場で許されないことだ。処罰はいかようにも」
「処罰なんてしたら私がヴァイツ殿下に怒られてしまうよ。失態を反省しているなら、ヴァイツ殿下とお茶でもしてやってくれないか。そうしたら、失態には目を瞑ろう」
真剣な顔を崩して茶目っ気たっぷりにウィンクをするヘンリック。
普段のユージーンならば白けた視線を送るところだが、今日ばかりは神妙な顔で頷いた。
「いつもみたいな冷たい対応をされないとちょっと調子狂うな。さて、話は終わったし私は私のアドルフに会いに行かないと」
「ああ」
立ち上がったヘンリックに続いたユージーンは、扉を開けて出ていくヘンリックの後ろ姿に、聞こえるか聞こえないかわからないくらいの小さな声でありがとう、と呟く。
一瞬立ち止まったように見えたヘンリックは、しかし振り返ることなく片手をひらひらと振りながら部屋を出ていった。
0
あなたにおすすめの小説
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
親友が虎視眈々と僕を囲い込む準備をしていた
こたま
BL
西井朔空(さく)は24歳。IT企業で社会人生活を送っていた。朔空には、高校時代の親友で今も交流のある鹿島絢斗(あやと)がいる。大学時代に起業して財を成したイケメンである。賃貸マンションの配管故障のため部屋が水浸しになり使えなくなった日、絢斗に助けを求めると…美形×平凡と思っている美人の社会人ハッピーエンドBLです。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
イケメンダブルセンターとアンチ>ファンな平凡な俺
スノウマン(ユッキー)
BL
アイドルグループ【オーバーウェルミング】は圧倒的な歌唱力の深山影月、圧倒的なパフォーマンス力の漣陽太、そして圧倒的な平凡力な俺間桐真緒の3人で結成されている。
大人気の二人と違いアンチしかいない俺だが、メンバーからもファンからも愛される日が果たしてくるのか!?
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる