19 / 59
19 向き合うということ
しおりを挟む
ユージーンはその日、残りの時間を部屋に篭りきりで過ごした。
晩餐への誘いも断り、嘘だ嘘だとぶつぶつ呟きながら一夜を明かした。
「……すごい隈だね。それは昨日ヴァイツ殿下を怒鳴ったことと関係あるのかな?」
翌朝になっても部屋から出てくる様子がなかったユージーンを心配してやってきたヘンリックは、ドアを開けたユージーンを見て目を見開く。
髪はボサボサで顔は青白く、目の下にはくっきりとした陰ができていた。
「とりあえず部屋に入れてもらうよ。というか、昨日一体なにがあったんだい。なんだかヴァイツ殿下は落ち込んでるし……」
ヘンリックの声にピクリと眉を揺らすだけのユージーンを押し退けずかずかと部屋に入ったヘンリックは、入ってすぐの応接スペースのソファに部屋の主の許可も取らずに当然のように腰掛けた。そしてゆっくりを足を組んで部屋の主を見上げ、対面のソファに目配せをする。ユージーンは「はあ」とため息をついてからヘンリックの前に座った。
「……放っておいてくれないか」
「ご挨拶だね。君は私を説得しにきたんじゃなかったのかい?職務放棄甚だしいね」
「じゃあ帰還を了承してくれるのか」
「そんな話はしていないよ。ねぇ、どうしたんだユージーン」
優しい声音で尋ねるも、ユージーンは口を固く引き結んで俯くばかり。
少し瞳が揺れていて、珍しく不安そうなその姿にヘンリックは驚く。そんなユージーンを見るのは初めてだった。
「君は確かに短気だが、理由もなく癇癪を起こしているところはみたことがないよ。それに、君は貴族としての振る舞いも知っている。学生時代に私を拒絶しなかったのは私が王子だからだろう?そんな君が、ヴァイツ殿下を怒鳴るなんてよっぽどのことだと思ったのだけど」
「……守りたいと言われたんだ」
観念したようにポツリと呟く。
一夜明けて冷静になったユージーンは、ヴァイツを怒鳴りつけたことを改めて後悔していた。獣人にとっても人間は憎い存在のはずで、和平を結ぶのに反対する勢力はいるだろう。そんな中王子が人間に怒鳴られたとなれば、和平の話がひっくり返ってしまうかもしれない。あの時は周りに護衛もいた。目撃している獣人はたくさんいるはずだ。
とんでもないことをしてしまったのに、ユージーンを責めずに話を聞こうとするヘンリックに、これ以上黙っていることはできなかった。
「うん、それでどうしたの?」
「私は……守られなくとも自分の力で生きてきた。それを、否定されたように思ってしまって……」
「……ねぇユージーン、私は君に起きた悲しい出来事を知っているよ。君が全身に棘を纏っているのも、そうならざるを得ない環境だったと理解しているつもりだ。そんな中で腐らず身を立てている君のことを尊敬もしている。でも……」
躊躇うようにヘンリックが詰まる。
俯いていたユージーンが顔を上げると、困ったように眉を下げたヘンリックと目が合った。
「こんなこと言ったら怒るかな。私が言いたいのはね、そろそろ寄りかかれる相手がいてもいいんじゃないかってこと。まぁ、それがヴァイツ殿下である必要はないけれど。これからもずっと一人で生きていくつもりなのかい?それで本当に寂しくないのかい?」
「……私は、人間が嫌いだ」
「知ってるさ。君の境遇なら、私だって人間嫌いになったかもしれない。でも、だからこそ君は獣人を求めたのではないの?本当に一人でいいのなら、そもそも誰かを求めたりなんてしないだろう?」
ユージーンは再び俯く。寂しいなんて感情はとっくに無くしたはずだった。一人で生きていけると思っていた。けれど、ならばなぜ獣人を、愛せる相手を求めたのか。
「ユージーンは、きっと諦める癖がついているんだね。自分が望んでも、手に入らないと思っているんだろう?だから、そもそも欲しくないって思い込もうとしている。……もう少し、自分の心に向き合ったほうがいい」
再び顔を上げて見たヘンリックは、今度は真剣な顔をしていた。ユージーンの心まで見透かすような目にぞくりと背筋が震える。
「……幸い、ヴァイツ殿下は怒っていないし、見ていた周りもヴァイツ殿下の求婚を知っていたから痴話喧嘩と思われて問題視もされていない。獣人は愛の前に身分は関係ないという文化らしくて、王子といえども愛は自分で掴み取らねばならない、ということらしいよ」
「……そうか。しかし私のしたことは国の代表という立場で許されないことだ。処罰はいかようにも」
「処罰なんてしたら私がヴァイツ殿下に怒られてしまうよ。失態を反省しているなら、ヴァイツ殿下とお茶でもしてやってくれないか。そうしたら、失態には目を瞑ろう」
真剣な顔を崩して茶目っ気たっぷりにウィンクをするヘンリック。
普段のユージーンならば白けた視線を送るところだが、今日ばかりは神妙な顔で頷いた。
「いつもみたいな冷たい対応をされないとちょっと調子狂うな。さて、話は終わったし私は私のアドルフに会いに行かないと」
「ああ」
立ち上がったヘンリックに続いたユージーンは、扉を開けて出ていくヘンリックの後ろ姿に、聞こえるか聞こえないかわからないくらいの小さな声でありがとう、と呟く。
一瞬立ち止まったように見えたヘンリックは、しかし振り返ることなく片手をひらひらと振りながら部屋を出ていった。
晩餐への誘いも断り、嘘だ嘘だとぶつぶつ呟きながら一夜を明かした。
「……すごい隈だね。それは昨日ヴァイツ殿下を怒鳴ったことと関係あるのかな?」
翌朝になっても部屋から出てくる様子がなかったユージーンを心配してやってきたヘンリックは、ドアを開けたユージーンを見て目を見開く。
髪はボサボサで顔は青白く、目の下にはくっきりとした陰ができていた。
「とりあえず部屋に入れてもらうよ。というか、昨日一体なにがあったんだい。なんだかヴァイツ殿下は落ち込んでるし……」
ヘンリックの声にピクリと眉を揺らすだけのユージーンを押し退けずかずかと部屋に入ったヘンリックは、入ってすぐの応接スペースのソファに部屋の主の許可も取らずに当然のように腰掛けた。そしてゆっくりを足を組んで部屋の主を見上げ、対面のソファに目配せをする。ユージーンは「はあ」とため息をついてからヘンリックの前に座った。
「……放っておいてくれないか」
「ご挨拶だね。君は私を説得しにきたんじゃなかったのかい?職務放棄甚だしいね」
「じゃあ帰還を了承してくれるのか」
「そんな話はしていないよ。ねぇ、どうしたんだユージーン」
優しい声音で尋ねるも、ユージーンは口を固く引き結んで俯くばかり。
少し瞳が揺れていて、珍しく不安そうなその姿にヘンリックは驚く。そんなユージーンを見るのは初めてだった。
「君は確かに短気だが、理由もなく癇癪を起こしているところはみたことがないよ。それに、君は貴族としての振る舞いも知っている。学生時代に私を拒絶しなかったのは私が王子だからだろう?そんな君が、ヴァイツ殿下を怒鳴るなんてよっぽどのことだと思ったのだけど」
「……守りたいと言われたんだ」
観念したようにポツリと呟く。
一夜明けて冷静になったユージーンは、ヴァイツを怒鳴りつけたことを改めて後悔していた。獣人にとっても人間は憎い存在のはずで、和平を結ぶのに反対する勢力はいるだろう。そんな中王子が人間に怒鳴られたとなれば、和平の話がひっくり返ってしまうかもしれない。あの時は周りに護衛もいた。目撃している獣人はたくさんいるはずだ。
とんでもないことをしてしまったのに、ユージーンを責めずに話を聞こうとするヘンリックに、これ以上黙っていることはできなかった。
「うん、それでどうしたの?」
「私は……守られなくとも自分の力で生きてきた。それを、否定されたように思ってしまって……」
「……ねぇユージーン、私は君に起きた悲しい出来事を知っているよ。君が全身に棘を纏っているのも、そうならざるを得ない環境だったと理解しているつもりだ。そんな中で腐らず身を立てている君のことを尊敬もしている。でも……」
躊躇うようにヘンリックが詰まる。
俯いていたユージーンが顔を上げると、困ったように眉を下げたヘンリックと目が合った。
「こんなこと言ったら怒るかな。私が言いたいのはね、そろそろ寄りかかれる相手がいてもいいんじゃないかってこと。まぁ、それがヴァイツ殿下である必要はないけれど。これからもずっと一人で生きていくつもりなのかい?それで本当に寂しくないのかい?」
「……私は、人間が嫌いだ」
「知ってるさ。君の境遇なら、私だって人間嫌いになったかもしれない。でも、だからこそ君は獣人を求めたのではないの?本当に一人でいいのなら、そもそも誰かを求めたりなんてしないだろう?」
ユージーンは再び俯く。寂しいなんて感情はとっくに無くしたはずだった。一人で生きていけると思っていた。けれど、ならばなぜ獣人を、愛せる相手を求めたのか。
「ユージーンは、きっと諦める癖がついているんだね。自分が望んでも、手に入らないと思っているんだろう?だから、そもそも欲しくないって思い込もうとしている。……もう少し、自分の心に向き合ったほうがいい」
再び顔を上げて見たヘンリックは、今度は真剣な顔をしていた。ユージーンの心まで見透かすような目にぞくりと背筋が震える。
「……幸い、ヴァイツ殿下は怒っていないし、見ていた周りもヴァイツ殿下の求婚を知っていたから痴話喧嘩と思われて問題視もされていない。獣人は愛の前に身分は関係ないという文化らしくて、王子といえども愛は自分で掴み取らねばならない、ということらしいよ」
「……そうか。しかし私のしたことは国の代表という立場で許されないことだ。処罰はいかようにも」
「処罰なんてしたら私がヴァイツ殿下に怒られてしまうよ。失態を反省しているなら、ヴァイツ殿下とお茶でもしてやってくれないか。そうしたら、失態には目を瞑ろう」
真剣な顔を崩して茶目っ気たっぷりにウィンクをするヘンリック。
普段のユージーンならば白けた視線を送るところだが、今日ばかりは神妙な顔で頷いた。
「いつもみたいな冷たい対応をされないとちょっと調子狂うな。さて、話は終わったし私は私のアドルフに会いに行かないと」
「ああ」
立ち上がったヘンリックに続いたユージーンは、扉を開けて出ていくヘンリックの後ろ姿に、聞こえるか聞こえないかわからないくらいの小さな声でありがとう、と呟く。
一瞬立ち止まったように見えたヘンリックは、しかし振り返ることなく片手をひらひらと振りながら部屋を出ていった。
0
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
え?俺って思ってたよりも愛されてた感じ?
パワフル6世
BL
「え?俺って思ってたより愛されてた感じ?」
「そうだねぇ。ちょっと逃げるのが遅かったね、ひなちゃん。」
カワイイ系隠れヤンデレ攻め(遥斗)VS平凡な俺(雛汰)の放課後攻防戦
初めてお話書きます。拙いですが、ご容赦ください。愛はたっぷり込めました!
その後のお話もあるので良ければ
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
中年冒険者、年下美青年騎士に番認定されたことで全てを告白するはめになったこと
mayo
BL
王宮騎士(24)×Cランク冒険者(36)
低ランク冒険者であるカイは18年前この世界にやって来た異邦人だ。
諸々あって、現在は雑用専門冒険者として貧乏ながら穏やかな生活を送っている。
冒険者ランクがDからCにあがり、隣国の公女様が街にやってきた日、突然現れた美青年騎士に声をかけられて、攫われた。
その後、カイを〝番〟だと主張する美青年騎士のせいで今まで何をしていたのかを文官の前で語ることを強要される。
語らなければ罪に問われると言われ、カイは渋々語ることにしたのだった、生まれてから36年間の出来事を。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
偽物勇者は愛を乞う
きっせつ
BL
ある日。異世界から本物の勇者が召喚された。
六年間、左目を失いながらも勇者として戦い続けたニルは偽物の烙印を押され、勇者パーティから追い出されてしまう。
偽物勇者として逃げるように人里離れた森の奥の小屋で隠遁生活をし始めたニル。悲嘆に暮れる…事はなく、勇者の重圧から解放された彼は没落人生を楽しもうとして居た矢先、何故か勇者パーティとして今も戦っている筈の騎士が彼の前に現れて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる