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18 欲しかった言葉は
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ユージーンは怒りのまま叫び、ヴァイツを睨みつけて踵を返した。
後ろから慌てたような様子で護衛がついてくる。
また癇癪を起こしてしまった。頭の隅では既に後悔が顔を覗かせているが、それ以上にユージーンは腹を立てていた。
守る、という言葉はユージーンにとっては禁句だった。
私は守られなきゃいけないような弱い人間ではない!これまでどんな時も歯を食いしばって生きてきた。研究者の地位も、貴族だからと得たわけではない。下っ端の研究補助から始めて、僅かしかなかった自分の時間を自身の研究に投じて成果を上げて勝ち得たのだ。
周りは敵だらけで、味方なんていなくて。
カツカツと大きく靴音を鳴らしながら、研究者になるまでの出来事を頭の中で巡らす。ユージーンのこれまでの人生は、その恵まれた生まれに見合わず苦労が多かった。
そうなったのはユージーンの気難しい性質も多分に影響しているが、庇護されるべき時に頼れる相手がいなかったことも大きな理由だった。
幼い頃は、誰かが助けてくれないかと願ったこともあった。
でも、ユージーンに寄り添うのは猫のターニャだけだった。
最後に見た家族の顔を思い出す。いや、ユージーンにとって家族と呼べるのはターニャと、幼い頃に死に別れた母だけだと頭を振る。
父も、継母も、異母弟も、ユージーンにとって家族などではない。
散々放っておきながら嫡男としての立場と義務を当然のように押し付けようとした父、そのせいでユージーンに敵意を持って自ら破滅した継母、自分の未来を潰されたとユージーンを逆恨みする異母弟。
今はもう、実家にユージーンを害する者はいない。たった一人、未だにユージーンを後継にすることを諦めていない父が見た目ばかり立派で空っぽな屋敷で彼を待っている。
「今さら、守るなんて」
ヴァイツはユージーンの過去など知らない。だから、こんなのは八つ当たりだとわかっている。
けれど、守られるべき時に守られなかったユージーンはひどく頑なに育ってしまった。誰かに心を許したり、誰かを信用したり。そういうことができないのだ。
手を差し伸べてくる者が、真実自分の味方だとなにが証明してくれるのか。
だからユージーンは差し出されたさまざまな手を振り払って誰にも頼らず生きてきた。そして、数年前にやっと自分の城を、研究室を手に入れたのだ。
ユージーンは、誰かに守られなくとも自分で道を切り拓いたことを誇りに思っていた。
幼い頃に欲しくて得られなかったものは、自分にとっては不必要なだけだったのだと、これまでの人生は正しかったのだと歓喜した。
それなのにユージーンを守るなど、守らなければいけないような存在だと思われたなど、屈辱でしかなかった。
部屋に着いたユージーンは、荷物を探る。
その中からボロボロの絵本を取り出し、ぎゅっと胸に抱え込む。
ほとんど残っていない母との記憶。しかし、曖昧な記憶は、いつもぽかぽかと温かい。
そうしていると、腹の中で煮えたぎっていた怒りが少しずつ冷えていく。
母やターニャのことを思い出す時だけ、ユージーンは穏やかな気持ちになれる。
そして思う。自分はヴァイツになにを言って欲しかったのだろうかと。
きっと、見た目を理由にされたら軽蔑しただろう。そんなものだけで求婚をしたのかと、なんと軽い気持ちなのだろうと。その愚かさを嘲弄して。
きっと、内面を理由にされても信じなかっただろう。自分のなにを知っているのだと、受け入れなかっただろう。
だとしたら、一体なにを期待して…。
そう考えたところで息を呑む。
「期待……していた?私が?」
じわじわと顔が熱くなっていくのを感じ、ユージーンは大きく首を振る。
「ない!違う!期待など!していない!!」
言い訳をするように大きな声を上げるが、ユージーン以外無人の部屋ではそれに反応する者はいない。
ユージーンは、誰かに愛を求めることなどとうの昔にやめたはずだった。
ただ、見返りなどなくても愛せる存在として、ターニャのような姿をした獣人を求めていた。獣人に愛されたいなどとは思っていなかった。ユージーンは、他人がなにかを自分に与えてくれると期待することを諦めていたのだ。
それが、ヘンリックの話を聞いて期待したというのか。
ヘンリックのアドルフへの想いを聞いて、ヴァイツが自分に向けたものもそうであればと願ったというのか。ヴァイツの口から、ヘンリックが語ったような言葉を欲しがったというのか。
そう考えて、真っ赤な顔で頭を勢いよく振る。
「絶対、違う!」
後ろから慌てたような様子で護衛がついてくる。
また癇癪を起こしてしまった。頭の隅では既に後悔が顔を覗かせているが、それ以上にユージーンは腹を立てていた。
守る、という言葉はユージーンにとっては禁句だった。
私は守られなきゃいけないような弱い人間ではない!これまでどんな時も歯を食いしばって生きてきた。研究者の地位も、貴族だからと得たわけではない。下っ端の研究補助から始めて、僅かしかなかった自分の時間を自身の研究に投じて成果を上げて勝ち得たのだ。
周りは敵だらけで、味方なんていなくて。
カツカツと大きく靴音を鳴らしながら、研究者になるまでの出来事を頭の中で巡らす。ユージーンのこれまでの人生は、その恵まれた生まれに見合わず苦労が多かった。
そうなったのはユージーンの気難しい性質も多分に影響しているが、庇護されるべき時に頼れる相手がいなかったことも大きな理由だった。
幼い頃は、誰かが助けてくれないかと願ったこともあった。
でも、ユージーンに寄り添うのは猫のターニャだけだった。
最後に見た家族の顔を思い出す。いや、ユージーンにとって家族と呼べるのはターニャと、幼い頃に死に別れた母だけだと頭を振る。
父も、継母も、異母弟も、ユージーンにとって家族などではない。
散々放っておきながら嫡男としての立場と義務を当然のように押し付けようとした父、そのせいでユージーンに敵意を持って自ら破滅した継母、自分の未来を潰されたとユージーンを逆恨みする異母弟。
今はもう、実家にユージーンを害する者はいない。たった一人、未だにユージーンを後継にすることを諦めていない父が見た目ばかり立派で空っぽな屋敷で彼を待っている。
「今さら、守るなんて」
ヴァイツはユージーンの過去など知らない。だから、こんなのは八つ当たりだとわかっている。
けれど、守られるべき時に守られなかったユージーンはひどく頑なに育ってしまった。誰かに心を許したり、誰かを信用したり。そういうことができないのだ。
手を差し伸べてくる者が、真実自分の味方だとなにが証明してくれるのか。
だからユージーンは差し出されたさまざまな手を振り払って誰にも頼らず生きてきた。そして、数年前にやっと自分の城を、研究室を手に入れたのだ。
ユージーンは、誰かに守られなくとも自分で道を切り拓いたことを誇りに思っていた。
幼い頃に欲しくて得られなかったものは、自分にとっては不必要なだけだったのだと、これまでの人生は正しかったのだと歓喜した。
それなのにユージーンを守るなど、守らなければいけないような存在だと思われたなど、屈辱でしかなかった。
部屋に着いたユージーンは、荷物を探る。
その中からボロボロの絵本を取り出し、ぎゅっと胸に抱え込む。
ほとんど残っていない母との記憶。しかし、曖昧な記憶は、いつもぽかぽかと温かい。
そうしていると、腹の中で煮えたぎっていた怒りが少しずつ冷えていく。
母やターニャのことを思い出す時だけ、ユージーンは穏やかな気持ちになれる。
そして思う。自分はヴァイツになにを言って欲しかったのだろうかと。
きっと、見た目を理由にされたら軽蔑しただろう。そんなものだけで求婚をしたのかと、なんと軽い気持ちなのだろうと。その愚かさを嘲弄して。
きっと、内面を理由にされても信じなかっただろう。自分のなにを知っているのだと、受け入れなかっただろう。
だとしたら、一体なにを期待して…。
そう考えたところで息を呑む。
「期待……していた?私が?」
じわじわと顔が熱くなっていくのを感じ、ユージーンは大きく首を振る。
「ない!違う!期待など!していない!!」
言い訳をするように大きな声を上げるが、ユージーン以外無人の部屋ではそれに反応する者はいない。
ユージーンは、誰かに愛を求めることなどとうの昔にやめたはずだった。
ただ、見返りなどなくても愛せる存在として、ターニャのような姿をした獣人を求めていた。獣人に愛されたいなどとは思っていなかった。ユージーンは、他人がなにかを自分に与えてくれると期待することを諦めていたのだ。
それが、ヘンリックの話を聞いて期待したというのか。
ヘンリックのアドルフへの想いを聞いて、ヴァイツが自分に向けたものもそうであればと願ったというのか。ヴァイツの口から、ヘンリックが語ったような言葉を欲しがったというのか。
そう考えて、真っ赤な顔で頭を勢いよく振る。
「絶対、違う!」
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