23 / 69
23 胸の中のなにか
しおりを挟む
ヘンリックとヴァイツの様子を不思議に思いながらもあまり気にせず部屋へ戻ったユージーンは、寝室に直行して不作法にもそのままベッドに倒れ込んだ。今のユージーンには二人の様子よりもっと重大な関心ごとがあった。
「頭がパンクしそうだ」
ユージーンの頭は昼間のことを思い出していた。
膝の上に座らされて菓子を食べさせられ、茶を飲まされて。罰を望んだのはユージーンであるとはいえ、屈辱的で嫌悪すべき出来事のはずだった。
しかしなぜか、その逞しい身体に包まれることが嫌ではなかった。恥ずかしさはあったし、この出来事をマリウスにでも知られたらしばらくユージーンは研究室に引きこもるだろうけれど。
「人とは、温かいのだな」
ユージーンは人に抱きしめられたことがなかった。もしかしたら幼い頃に亡くした母に抱きしめられたことならあるかもしれないが、母との記憶はほとんど朧げだ。
学生時代ユージーンの許可なく腕を絡めて胸を押し付けてくる女や馴れ馴れしく肩を組んでくる男はいたが、煩わしくてすぐ追い払っていた。その時の接触には、明確に嫌悪があった。
だからユージーンは自身が人との接触を嫌っていると思っていたのに、ヴァイツの大きな腕に包まれて今まで感じたことのないなにかが胸に広がったのだ。それは嫌悪ではなかった。
手ずから菓子を食べさせられるなど憤死してもおかしくない恥辱だが、ユージーンのペースに合わせて口に運ばれる菓子はいつもより甘かった。
時折遠慮がちに髪を撫でる手は優しく、それが止まるとなにか物足りなく感じた。
ふわふわとくすぐったいような温かいような感情を持て余し、そんな状態であることに気付かれたくなくて必死に無感情を装った。
この感情はなんなんだ。
問うてもユージーンの中に答えはなかった。
自分のことなのにわからないことが気持ち悪くて、だんだん苛立ってくる。
先ほどの晩餐会だって、なぜだかヴァイツの方を見られなかった。胸の辺りがそわついて、いつもより鼓動が大きくて。顔を見ると背中に感じた温かい体温や、腹に回された腕の逞しさを思い出してしまう。思い出すと顔が熱を帯びてしまい、そんな自分に気づかれたくなくてまた目を逸らす。
なんだこれは。なんなんだこの状態は。
手を伸ばされたとき、もしかしてまた撫でられるかもと期待した。そんな自分に驚いて思わず体を揺らした。まさかこの男に撫でられたいと思っているのかと。
そして手が戻されたとき、一瞬胸が引き絞られるような痛みを感じた。
ずっと昔に経験したことがあるような、初めてのことのような。それがなんなのか、ユージーンには分からなかった。
ヴァイツがいなくなったことでいつもの状態に戻って落ち着いて食事をすることができたが、この意味不明な発作はこれからも続くのだろうか。
こんなとき、誰かに相談でもできればいいのだろうが、ユージーンはこれまで人に相談などしたことがない。
するとすれば……と思い浮かべたのはヘンリックの顔だった。
付き合いは長いといえど、ユージーンにとってヘンリックは煩わしい知人でしかなかった。学院を卒業した後はほとんど会うことすらなく、今回の出来事がなければ一生関わることはなかったかもしれない。そんな関係だったため、以前はなにか悩むことがあったとしてもヘンリックを思い浮かべることはなかった。
それがたった数日で、ユージーンの中でのヘンリックの印象は大きく変わっていた。その変化に、ユージーン自身は無自覚だったが。
「だが、あいつなんか変だったな」
改めて晩餐会でのヘンリックの様子を思い出す。よくわからないが異様な雰囲気を纏っていたし、最後はひどく疲れているようにみえた。
胸に生じたその感覚がなんかのかすぐにでも解決したいが、あんな状態のヘンリックのもとを訪ねるのはさすがに非常識が過ぎるだろう、と今すぐヘンリックのもとを訪れることは諦める。
もう寝てしまおう。
寝てしまえば気にならないはずだ、と考えることを放棄したユージーン。柔らかいシーツに沈むに任せて目を閉じ、微睡の世界へ引き寄せられ始めたころ。
突然ガチャリと寝室のドアが開く音が聞こえ、すわ襲撃かと身を固くして音の出所に視線を向けると。
『まあまあギュスターブ様、そんな格好のまま寝てはお身体に悪うございます。それに寝られる前にきちんとお手入れをしなくては』
『湯浴みの準備は整ってございます。身体を温めることで血の巡りが良くなって睡眠の質も上がりますわ。お手伝いしますから、起き上がってくださいまし』
入ってきたのは昼間ユージーンをこれでもかと飾り立てた使用人たちだった。お髪が乱れていますよとユージーンの身体を軽々起こして髪を整え、そのまま風呂へ連行する。
もはや抱えられているような体勢だった。彼女たちとの体格差を考えると、彼女たちにとってユージーンを抱えることなど子供をそうするのと変わらないのかもしれない。
ユージーンは想定外の事態に目を白黒させながら、これは言っておかなければと訴える。
『ちんちつだじょ!しぇめてノックはちてくれ!』
「頭がパンクしそうだ」
ユージーンの頭は昼間のことを思い出していた。
膝の上に座らされて菓子を食べさせられ、茶を飲まされて。罰を望んだのはユージーンであるとはいえ、屈辱的で嫌悪すべき出来事のはずだった。
しかしなぜか、その逞しい身体に包まれることが嫌ではなかった。恥ずかしさはあったし、この出来事をマリウスにでも知られたらしばらくユージーンは研究室に引きこもるだろうけれど。
「人とは、温かいのだな」
ユージーンは人に抱きしめられたことがなかった。もしかしたら幼い頃に亡くした母に抱きしめられたことならあるかもしれないが、母との記憶はほとんど朧げだ。
学生時代ユージーンの許可なく腕を絡めて胸を押し付けてくる女や馴れ馴れしく肩を組んでくる男はいたが、煩わしくてすぐ追い払っていた。その時の接触には、明確に嫌悪があった。
だからユージーンは自身が人との接触を嫌っていると思っていたのに、ヴァイツの大きな腕に包まれて今まで感じたことのないなにかが胸に広がったのだ。それは嫌悪ではなかった。
手ずから菓子を食べさせられるなど憤死してもおかしくない恥辱だが、ユージーンのペースに合わせて口に運ばれる菓子はいつもより甘かった。
時折遠慮がちに髪を撫でる手は優しく、それが止まるとなにか物足りなく感じた。
ふわふわとくすぐったいような温かいような感情を持て余し、そんな状態であることに気付かれたくなくて必死に無感情を装った。
この感情はなんなんだ。
問うてもユージーンの中に答えはなかった。
自分のことなのにわからないことが気持ち悪くて、だんだん苛立ってくる。
先ほどの晩餐会だって、なぜだかヴァイツの方を見られなかった。胸の辺りがそわついて、いつもより鼓動が大きくて。顔を見ると背中に感じた温かい体温や、腹に回された腕の逞しさを思い出してしまう。思い出すと顔が熱を帯びてしまい、そんな自分に気づかれたくなくてまた目を逸らす。
なんだこれは。なんなんだこの状態は。
手を伸ばされたとき、もしかしてまた撫でられるかもと期待した。そんな自分に驚いて思わず体を揺らした。まさかこの男に撫でられたいと思っているのかと。
そして手が戻されたとき、一瞬胸が引き絞られるような痛みを感じた。
ずっと昔に経験したことがあるような、初めてのことのような。それがなんなのか、ユージーンには分からなかった。
ヴァイツがいなくなったことでいつもの状態に戻って落ち着いて食事をすることができたが、この意味不明な発作はこれからも続くのだろうか。
こんなとき、誰かに相談でもできればいいのだろうが、ユージーンはこれまで人に相談などしたことがない。
するとすれば……と思い浮かべたのはヘンリックの顔だった。
付き合いは長いといえど、ユージーンにとってヘンリックは煩わしい知人でしかなかった。学院を卒業した後はほとんど会うことすらなく、今回の出来事がなければ一生関わることはなかったかもしれない。そんな関係だったため、以前はなにか悩むことがあったとしてもヘンリックを思い浮かべることはなかった。
それがたった数日で、ユージーンの中でのヘンリックの印象は大きく変わっていた。その変化に、ユージーン自身は無自覚だったが。
「だが、あいつなんか変だったな」
改めて晩餐会でのヘンリックの様子を思い出す。よくわからないが異様な雰囲気を纏っていたし、最後はひどく疲れているようにみえた。
胸に生じたその感覚がなんかのかすぐにでも解決したいが、あんな状態のヘンリックのもとを訪ねるのはさすがに非常識が過ぎるだろう、と今すぐヘンリックのもとを訪れることは諦める。
もう寝てしまおう。
寝てしまえば気にならないはずだ、と考えることを放棄したユージーン。柔らかいシーツに沈むに任せて目を閉じ、微睡の世界へ引き寄せられ始めたころ。
突然ガチャリと寝室のドアが開く音が聞こえ、すわ襲撃かと身を固くして音の出所に視線を向けると。
『まあまあギュスターブ様、そんな格好のまま寝てはお身体に悪うございます。それに寝られる前にきちんとお手入れをしなくては』
『湯浴みの準備は整ってございます。身体を温めることで血の巡りが良くなって睡眠の質も上がりますわ。お手伝いしますから、起き上がってくださいまし』
入ってきたのは昼間ユージーンをこれでもかと飾り立てた使用人たちだった。お髪が乱れていますよとユージーンの身体を軽々起こして髪を整え、そのまま風呂へ連行する。
もはや抱えられているような体勢だった。彼女たちとの体格差を考えると、彼女たちにとってユージーンを抱えることなど子供をそうするのと変わらないのかもしれない。
ユージーンは想定外の事態に目を白黒させながら、これは言っておかなければと訴える。
『ちんちつだじょ!しぇめてノックはちてくれ!』
0
あなたにおすすめの小説
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
待夜駅と碧翠堂
リリーブルー
BL
幻想耽美。路地裏に小さなお店がありました。待夜駅というショットバーと、碧翠堂という骨董屋。そこには美少年がいて……。時空をこえたラブストーリー。
<U様ご感想>言葉選びが美しく、繊細で、思わず音読したくなります。 朗読して音響つけたら、素敵な世界がもっと膨らみそうな、そんな作品だと思います。視覚からも聴覚からも、 沢山の色と音と香りを楽しむことが出来るそんな作品です。 作品の良さを、言葉で上手く説明できなくてもどかしいです。是非、読んで見て下さい。私の滅茶苦茶好きな作品です。
重複投稿:Fujossy
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
宮廷乙女ゲームの元恋人、親友、先輩は聖女の兄を逃さない
猫吉大福
BL
病弱な少年は幸せな生涯に幕を下ろした。
貴族として生まれた少年はヒロインで悪役令嬢の兄として生まれた。
悪事を働き、全ての罪を双子兄に着せて失踪した家族。
ヒロインは聖女としての力を覚醒させて宮廷に守られている。
処刑間近の時、助けてくれたのは懐かしい顔のあの人だった。
宮廷乙女ゲームに悪役転生した少年は、龍王子・聖騎士団長・災厄魔導士から求愛を受ける。
救えなかった人生、今度こそ君を守るよ。
王子・騎士団長・魔導士×悪役運命の少年執事
この世界は月読みによって支配されている。
押しても押してもダメそうなので引くことにします
Riley
BL
俺(凪)には愛して止まない幼馴染(紫苑)がいる。
押しても押してもビクともしない余裕の態度に心が折れた。
引いたらダメだと思っても燃え尽きてしまった…。
ちょっと休憩…。会えないと寂しいけど、引くと言ったからには自分からいけない…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる