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28 初めての親子喧嘩
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ユージーンは馬車の中で父親と無言で対峙する。
父であるクライスは、眉間に皺を寄せてむっつりとした顔で彼をじっと見つめるだけで、なにも言葉を発しない。
強引に連れてきておいて無言ってどういうことなんだ、とユージーンはイライラしてくるも、なにを話していいかわからず彼も黙り込む。
馬車には二人しかおらず、そのまま一言も言葉が交わされることなく近くの街に到着した。
馬車を降りてそのまま宿屋に連れて行かれ、なにも説明がないまま部屋へ案内されたユージーンは、さすがにこの対応はどうかと思って父親の護衛に文句を言う。クライス本人は早々に別の部屋に引っ込んでしまった。
「一体なんだっていうんだ。この部屋に入って私になにをしろというんだ」
「クライス様は、ユージーン様はお疲れだろうからゆっくりお休みいただきたいとのことです。それで、夜は一緒に食事を、と承っています」
「あの人が」
そんなこと言うわけがない、と言いそうになって口を噤む。護衛にそんなことを言ったところで意味はない。
護衛は表情を変えず、礼を取ってから踵を返した。父の意図はわからないが、さりとてなにをどうすることもできないので仕方なく部屋に入る。
「……相変わらずなにを考えてるんだかわからない」
ゆっくり休むように、など父が言うとは思えないがなにかしたいことがあるわけでもない。この数日ヴァイツを避けるのに気を張っていたこともあって疲れていたのは事実だったので、ユージーンは言われたとおり休むことにした。
晩餐会も、きっと会話などないまま終わるのだろうと思っていた。
しかしユージーンのその予想は外れ、見るからに貴族御用達の外観をしたレストランの個室に案内され着席すると、クライスは口を開いた。
「マリウスから聞いた。お前を獣人になどやるものか。王宮の駒になどさせない」
その声には怒りが滲んでいた。ユージーンは僅かに首を傾げた後、ある事実に思い当たって納得する。
「ああ、私があちらの国へ行ってしまっては後継がいなくなるからですか。ウィルフレッドに継がせればいいではないですか。彼ならば喜んで後継になるでしょう」
「なにをいっている。あれはもう除籍した。あのような者に継がせるわけがない」
クライスはそう言うと、はっとなにかに気付いたような顔をして、いや違う、そうじゃない、とぶつぶつ呟きながらユージーンから視線を逸らす。
そんな父の姿を見るのが初めてで僅かに目を丸くしていると、クライスはなにかを決意したような顔をしてじっとユージーンを見つめてきた。
「……私は話をするのは苦手だ。過程をかいつまんで話す技量はない。つまりだ、順を追って話す」
「はあ……」
「今回私はお前と改めて話がしたくて王都のお前の研究室へ訪れた。だがいつもいつも不在だ。お前が面会を拒否してるのだと思っていたが、他の研究者に確認したら確かにお前は不在だった。だがそんなの、おかしいだろう」
むっつりと口を引き結んで不満そうな顔をするクライス。この人はこんなにも感情がわかりやすい人だっただろうかとユージーンは記憶を遡る。もう10年以上没交渉だったため、昔の父がどうだったかあまり思い出せなかった。
「マリウスに聞いても回答はなかった。お前の身になにかあったのではと日参していたんだが、ある日コルトー伯爵子息に会った」
コルトー伯爵子息、と聞いて一瞬誰かわからなかったが思い出す。
セインだ。まさかあいつ、とユージーンは目を見開く。
「彼は息子さんのこと心配ですよね、大変でしたね、と私に話しかけてきた。……あの無礼さで宰相補佐室の業務は務まるのか?いや、それはいい。そこでお前が獣人どもの国へ赴いていると聞かされたんだ」
やはりあの時トムソンに口を滑らせたセインをちくっておくべきだったと後悔する。あの時左遷させておくべきだった。
「そこで私はマリウスを問い詰めた。和平交渉?そんなものは好きにすればいい。だがお前を巻き込むなど。それに相手の王子がお前に求婚していると言うではないか。お前が犠牲になる必要などない。私が徹底的に戦ってやる」
おそらくこれまでの人生でクライスから掛けられた言葉の全部を足しても今クライスが発した言葉を上回ることはないのではないか。
経緯はわかったが結局は。
「つまり、後継である私があちらの国に取られたら困ると?」
「違う!」
突然大きな声を出され、ユージーンはビクリと肩を揺らす。
「わ……私は、お前を心配して……」
真っ赤な顔をしたクライスは震えながらユージーンを心配していたと言う。しかし怒っているようにしか見えない顔で言われても素直を受け取れない。これまでのことがあるからなお。
それに、クライスの言葉をそのまま受け取れるほど、二人の間に信頼は築かれていない。
「私を心配?どの口がおっしゃるんですか。……私が死にかけたのは誰のせいだと……!」
ずっと溜め込んできた父への感情。父に関してはすべて諦めている。けれど、ユージーンが味わった悲しみや虚しさがなかったことになるわけではない。それは彼の心に澱のように降り積もってどんよりと心を曇らせ続けてきたのだ。
傷ついたのも、苦しんだのもユージーンであってクライスではない。なのになぜ、クライスが傷ついたような顔をするのか。
「貴方に守ってもらう必要などありません。自分のことは自分でやります。もう、私に関わろうとしないでください」
父とは呼んでやらない。父だなんて認めてやらない。そういう意志を込めて睨みつけると、クライスはビクリと肩を揺らした。
まだ食事の最中だったが、ユージーンは席をたつ。馬車を断り外へ飛び出し、冷たい風を吸って少し心を落ち着かせた。
宿に戻りたくなくてしばらく散歩でもしようかと思ったが、自身の格好があからさまに貴族の装いであることに気付き仕方なく宿へ戻ることにする。
きっとクライスはこのままユージーンを領地の屋敷へ連れていくつもりなのだろう。けれど明日、はっきりと拒否しようと心に誓った。
父であるクライスは、眉間に皺を寄せてむっつりとした顔で彼をじっと見つめるだけで、なにも言葉を発しない。
強引に連れてきておいて無言ってどういうことなんだ、とユージーンはイライラしてくるも、なにを話していいかわからず彼も黙り込む。
馬車には二人しかおらず、そのまま一言も言葉が交わされることなく近くの街に到着した。
馬車を降りてそのまま宿屋に連れて行かれ、なにも説明がないまま部屋へ案内されたユージーンは、さすがにこの対応はどうかと思って父親の護衛に文句を言う。クライス本人は早々に別の部屋に引っ込んでしまった。
「一体なんだっていうんだ。この部屋に入って私になにをしろというんだ」
「クライス様は、ユージーン様はお疲れだろうからゆっくりお休みいただきたいとのことです。それで、夜は一緒に食事を、と承っています」
「あの人が」
そんなこと言うわけがない、と言いそうになって口を噤む。護衛にそんなことを言ったところで意味はない。
護衛は表情を変えず、礼を取ってから踵を返した。父の意図はわからないが、さりとてなにをどうすることもできないので仕方なく部屋に入る。
「……相変わらずなにを考えてるんだかわからない」
ゆっくり休むように、など父が言うとは思えないがなにかしたいことがあるわけでもない。この数日ヴァイツを避けるのに気を張っていたこともあって疲れていたのは事実だったので、ユージーンは言われたとおり休むことにした。
晩餐会も、きっと会話などないまま終わるのだろうと思っていた。
しかしユージーンのその予想は外れ、見るからに貴族御用達の外観をしたレストランの個室に案内され着席すると、クライスは口を開いた。
「マリウスから聞いた。お前を獣人になどやるものか。王宮の駒になどさせない」
その声には怒りが滲んでいた。ユージーンは僅かに首を傾げた後、ある事実に思い当たって納得する。
「ああ、私があちらの国へ行ってしまっては後継がいなくなるからですか。ウィルフレッドに継がせればいいではないですか。彼ならば喜んで後継になるでしょう」
「なにをいっている。あれはもう除籍した。あのような者に継がせるわけがない」
クライスはそう言うと、はっとなにかに気付いたような顔をして、いや違う、そうじゃない、とぶつぶつ呟きながらユージーンから視線を逸らす。
そんな父の姿を見るのが初めてで僅かに目を丸くしていると、クライスはなにかを決意したような顔をしてじっとユージーンを見つめてきた。
「……私は話をするのは苦手だ。過程をかいつまんで話す技量はない。つまりだ、順を追って話す」
「はあ……」
「今回私はお前と改めて話がしたくて王都のお前の研究室へ訪れた。だがいつもいつも不在だ。お前が面会を拒否してるのだと思っていたが、他の研究者に確認したら確かにお前は不在だった。だがそんなの、おかしいだろう」
むっつりと口を引き結んで不満そうな顔をするクライス。この人はこんなにも感情がわかりやすい人だっただろうかとユージーンは記憶を遡る。もう10年以上没交渉だったため、昔の父がどうだったかあまり思い出せなかった。
「マリウスに聞いても回答はなかった。お前の身になにかあったのではと日参していたんだが、ある日コルトー伯爵子息に会った」
コルトー伯爵子息、と聞いて一瞬誰かわからなかったが思い出す。
セインだ。まさかあいつ、とユージーンは目を見開く。
「彼は息子さんのこと心配ですよね、大変でしたね、と私に話しかけてきた。……あの無礼さで宰相補佐室の業務は務まるのか?いや、それはいい。そこでお前が獣人どもの国へ赴いていると聞かされたんだ」
やはりあの時トムソンに口を滑らせたセインをちくっておくべきだったと後悔する。あの時左遷させておくべきだった。
「そこで私はマリウスを問い詰めた。和平交渉?そんなものは好きにすればいい。だがお前を巻き込むなど。それに相手の王子がお前に求婚していると言うではないか。お前が犠牲になる必要などない。私が徹底的に戦ってやる」
おそらくこれまでの人生でクライスから掛けられた言葉の全部を足しても今クライスが発した言葉を上回ることはないのではないか。
経緯はわかったが結局は。
「つまり、後継である私があちらの国に取られたら困ると?」
「違う!」
突然大きな声を出され、ユージーンはビクリと肩を揺らす。
「わ……私は、お前を心配して……」
真っ赤な顔をしたクライスは震えながらユージーンを心配していたと言う。しかし怒っているようにしか見えない顔で言われても素直を受け取れない。これまでのことがあるからなお。
それに、クライスの言葉をそのまま受け取れるほど、二人の間に信頼は築かれていない。
「私を心配?どの口がおっしゃるんですか。……私が死にかけたのは誰のせいだと……!」
ずっと溜め込んできた父への感情。父に関してはすべて諦めている。けれど、ユージーンが味わった悲しみや虚しさがなかったことになるわけではない。それは彼の心に澱のように降り積もってどんよりと心を曇らせ続けてきたのだ。
傷ついたのも、苦しんだのもユージーンであってクライスではない。なのになぜ、クライスが傷ついたような顔をするのか。
「貴方に守ってもらう必要などありません。自分のことは自分でやります。もう、私に関わろうとしないでください」
父とは呼んでやらない。父だなんて認めてやらない。そういう意志を込めて睨みつけると、クライスはビクリと肩を揺らした。
まだ食事の最中だったが、ユージーンは席をたつ。馬車を断り外へ飛び出し、冷たい風を吸って少し心を落ち着かせた。
宿に戻りたくなくてしばらく散歩でもしようかと思ったが、自身の格好があからさまに貴族の装いであることに気付き仕方なく宿へ戻ることにする。
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