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29 家族の軋轢1
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ユージーンのこのまま王都の研究室へ戻る、との訴えはけんもほろろに却下された。
昨日のクライスの様子ならば押し通せる気がしたが、一夜明けていつもの感情を感じさせない顔に戻ったクライスは取りつく島ががなかった。
なんならユージーンがこっそり逃げると思っていたのか護衛たちに監視までさせる徹底ぶり。
そして再び二人きりの馬車。ただでさえ気まずいのに、昨日の言い合いのせいでさらに気まずい。
まだ領地までは距離があるためしばらくこの状態が続くに思うと気が滅入るが、かといって折れてやるつもりもない。
ユージーンは不機嫌を隠さずそっぽを向いて座っていた。どうせ話しかけてくることもないだろうからと。しかしその予想はまたもや外れる。
「ユージーン、私は大事なことを忘れていた」
「……大事なこと?」
その内容がまったく思いつかず、つい反応してしまう。
「ああ、お前に会ったらまず伝えなければならないと言われていたことだ」
「……なんですか」
早く言えとばかりに見据えると、クライスは少しまごつきながら口を開く。
「……すまなかった」
まさか父から謝罪を受けることになるとは思っていなかったユージーンは、目を丸くするだけで反応することができなかった。クライスもそれっきり黙り込んでしまったためその後の馬車内は沈黙に支配された。
ユージーンがやっと正気を取り戻したのは再び訪れた夕食の時間だった。
「さっきのはなんですか」
1日呆けてしまうほど、クライスの謝罪は衝撃だった。謝られるべきことは数多くあれど、あれは一体なにに対する謝罪なのか、そもそもあの父に悪いと思う心があったのかとユージーンの頭の中は様々な思考が飛び交って忙しかった。
「……謝罪だ。もはやなにを言ってもお前は信じてくれないのかもしれないが、私はずっとお前のために行動しているつもりだった」
「私のため?なにがです?」
ユージーンはクライスになにかをしてもらった記憶がない。むしろ期待したことはことごとくなされなかった。家に帰ってきて欲しい、話しかけて欲しい、認めてほしい。そのどれも叶えられたことはなかった。
「……順を追って話させてくれ」
そうしてクライスが語る話は、ユージーンが感じてきたものと大きく異なっていた。
ユージーンが齢3つを迎える頃、母であったセシリアが流行病で亡くなった。クライスとセシリアは貴族には珍しく恋愛結婚で、セシリアを亡くした現実から逃げるためクライスは仕事に没頭した。
当時クライスは王宮に官吏として出仕しており、自然当時暮らしていた王都のタウンハウスに帰宅することはほとんどなくなった。
「お前一人では、苦労すると思ったんだ」
ユージーンはクライスに似て愛想がなく気難しい性格だった。その性質は遡ればクライスの母から受け継いだものである。クライスの父である先代侯爵は真反対で、人好きのする穏やかな顔つきで物腰も柔らかく社交的だった。
「私の時は父が私の至らぬ点をフォローしてくれた。誤解されやすい私がそうされないよう、根回ししてくれた。だが、お前の時はどうすればいい」
クライスの父は結婚して子をもうけた彼に侯爵位を継がせると、愛する妻と共に領地に戻って早々に隠居した。
父が領地へ戻った後は社交が苦手なクライスをセシリアがさりげなくフォローしていた。とはいえ、先代侯爵がクライスを主要貴族に十分繋いでくれていたため、そこまで労はなかった。ただ、人見知りで子供らしさの乏しいユージーンも将来的にクライスのようになるだろうと予想したセシリアは、将来の懸念をクライスに相談していた。いくら侯爵家といえど、なにかあったときに大事になるのは人との繋がり。苦手だからと社交を怠ればいざというとき誰が助けてくれようか。ある程度彼女もフォローできるとはいえ母である彼女には限界がある。だから。
「お前に兄弟をつくろう、と話していたんだ。お互いが助け合えるような」
だが、セシリアは流行病であっけなく亡くなってしまった。悲しみと、焦りと。
「兄弟を作ってやらねばと、それしか考えていなかった」
クライスにとってセシリア以外の女は誰でも同じだった。ただ、ユージーンを可愛がってくれるような穏やかな女性を求めた。それがユージーンにとっての義母、ソフィアだった。伯爵家から嫁いだソフィアは、穏やかで控えめな気質だった。だからクライスは、彼女に任せておけば大丈夫だと思っていた。実際彼女は侯爵夫人として家の采配をうまく仕切っていたし、使用人たちの評判もよかった。伯爵家から彼女が連れてきた侍女や使用人たちと侯爵家の使用人たちもうまくやっていた。
「ウィルフレッドが生まれて、安心した」
ユージーンが5歳の頃に弟が生まれた。ウィルフレッドと名付けられた弟はユージーンとは異なりヤンチャで表情豊かな、子供らしい子供だった。
ああ、この子ならばユージーンの足りない部分を補って助けてくれるだろう。
クライスは心底安心し、自身の選択の正しさを確信した。
「もともとソフィアにも後継はユージーンだと伝えていた。ソフィアとの間に生まれる子は、ユージーンのスペアであって将来的にはユージーンのサポートを任せるのだと」
それはウィルフレッドにとっては不幸だったのかもしれない。けれど、クライスにとって大事だったのは愛するセシリアとの子であるユージーンだった。正直なところ、ソフィアとの子に思い入れはなかった。
「ウィルフレッドが生まれて、私の役目は終わったと思った。……もうセシリアではない者を抱く必要もないと」
クライスは一層帰宅することがなくなった。セシリアの思い出の詰まった家に帰ることも、セシリアの色を継いだユージーンに会うことも辛かった。
「知らなかった。私は、なにも知らなくて」
ソフィアが実はクライスを慕っていたことも、帰ってこなくなったクライスに思いを募らせ、次第にクライスとの間に生まれたウィルフレッドに執着するようになって彼を後継にしたいと考えはじめたことも。
そして、悲劇は起こる。
昨日のクライスの様子ならば押し通せる気がしたが、一夜明けていつもの感情を感じさせない顔に戻ったクライスは取りつく島ががなかった。
なんならユージーンがこっそり逃げると思っていたのか護衛たちに監視までさせる徹底ぶり。
そして再び二人きりの馬車。ただでさえ気まずいのに、昨日の言い合いのせいでさらに気まずい。
まだ領地までは距離があるためしばらくこの状態が続くに思うと気が滅入るが、かといって折れてやるつもりもない。
ユージーンは不機嫌を隠さずそっぽを向いて座っていた。どうせ話しかけてくることもないだろうからと。しかしその予想はまたもや外れる。
「ユージーン、私は大事なことを忘れていた」
「……大事なこと?」
その内容がまったく思いつかず、つい反応してしまう。
「ああ、お前に会ったらまず伝えなければならないと言われていたことだ」
「……なんですか」
早く言えとばかりに見据えると、クライスは少しまごつきながら口を開く。
「……すまなかった」
まさか父から謝罪を受けることになるとは思っていなかったユージーンは、目を丸くするだけで反応することができなかった。クライスもそれっきり黙り込んでしまったためその後の馬車内は沈黙に支配された。
ユージーンがやっと正気を取り戻したのは再び訪れた夕食の時間だった。
「さっきのはなんですか」
1日呆けてしまうほど、クライスの謝罪は衝撃だった。謝られるべきことは数多くあれど、あれは一体なにに対する謝罪なのか、そもそもあの父に悪いと思う心があったのかとユージーンの頭の中は様々な思考が飛び交って忙しかった。
「……謝罪だ。もはやなにを言ってもお前は信じてくれないのかもしれないが、私はずっとお前のために行動しているつもりだった」
「私のため?なにがです?」
ユージーンはクライスになにかをしてもらった記憶がない。むしろ期待したことはことごとくなされなかった。家に帰ってきて欲しい、話しかけて欲しい、認めてほしい。そのどれも叶えられたことはなかった。
「……順を追って話させてくれ」
そうしてクライスが語る話は、ユージーンが感じてきたものと大きく異なっていた。
ユージーンが齢3つを迎える頃、母であったセシリアが流行病で亡くなった。クライスとセシリアは貴族には珍しく恋愛結婚で、セシリアを亡くした現実から逃げるためクライスは仕事に没頭した。
当時クライスは王宮に官吏として出仕しており、自然当時暮らしていた王都のタウンハウスに帰宅することはほとんどなくなった。
「お前一人では、苦労すると思ったんだ」
ユージーンはクライスに似て愛想がなく気難しい性格だった。その性質は遡ればクライスの母から受け継いだものである。クライスの父である先代侯爵は真反対で、人好きのする穏やかな顔つきで物腰も柔らかく社交的だった。
「私の時は父が私の至らぬ点をフォローしてくれた。誤解されやすい私がそうされないよう、根回ししてくれた。だが、お前の時はどうすればいい」
クライスの父は結婚して子をもうけた彼に侯爵位を継がせると、愛する妻と共に領地に戻って早々に隠居した。
父が領地へ戻った後は社交が苦手なクライスをセシリアがさりげなくフォローしていた。とはいえ、先代侯爵がクライスを主要貴族に十分繋いでくれていたため、そこまで労はなかった。ただ、人見知りで子供らしさの乏しいユージーンも将来的にクライスのようになるだろうと予想したセシリアは、将来の懸念をクライスに相談していた。いくら侯爵家といえど、なにかあったときに大事になるのは人との繋がり。苦手だからと社交を怠ればいざというとき誰が助けてくれようか。ある程度彼女もフォローできるとはいえ母である彼女には限界がある。だから。
「お前に兄弟をつくろう、と話していたんだ。お互いが助け合えるような」
だが、セシリアは流行病であっけなく亡くなってしまった。悲しみと、焦りと。
「兄弟を作ってやらねばと、それしか考えていなかった」
クライスにとってセシリア以外の女は誰でも同じだった。ただ、ユージーンを可愛がってくれるような穏やかな女性を求めた。それがユージーンにとっての義母、ソフィアだった。伯爵家から嫁いだソフィアは、穏やかで控えめな気質だった。だからクライスは、彼女に任せておけば大丈夫だと思っていた。実際彼女は侯爵夫人として家の采配をうまく仕切っていたし、使用人たちの評判もよかった。伯爵家から彼女が連れてきた侍女や使用人たちと侯爵家の使用人たちもうまくやっていた。
「ウィルフレッドが生まれて、安心した」
ユージーンが5歳の頃に弟が生まれた。ウィルフレッドと名付けられた弟はユージーンとは異なりヤンチャで表情豊かな、子供らしい子供だった。
ああ、この子ならばユージーンの足りない部分を補って助けてくれるだろう。
クライスは心底安心し、自身の選択の正しさを確信した。
「もともとソフィアにも後継はユージーンだと伝えていた。ソフィアとの間に生まれる子は、ユージーンのスペアであって将来的にはユージーンのサポートを任せるのだと」
それはウィルフレッドにとっては不幸だったのかもしれない。けれど、クライスにとって大事だったのは愛するセシリアとの子であるユージーンだった。正直なところ、ソフィアとの子に思い入れはなかった。
「ウィルフレッドが生まれて、私の役目は終わったと思った。……もうセシリアではない者を抱く必要もないと」
クライスは一層帰宅することがなくなった。セシリアの思い出の詰まった家に帰ることも、セシリアの色を継いだユージーンに会うことも辛かった。
「知らなかった。私は、なにも知らなくて」
ソフィアが実はクライスを慕っていたことも、帰ってこなくなったクライスに思いを募らせ、次第にクライスとの間に生まれたウィルフレッドに執着するようになって彼を後継にしたいと考えはじめたことも。
そして、悲劇は起こる。
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