30 / 69
30 家族の軋轢2
しおりを挟む
ユージーンは決して虐げられたわけではなかった。けれど、気難しく愛想がなく、幼い頃から飼っている猫とばかり一緒にいるユージーンの扱いには使用人たちも困っていた。
対して、愛想が良く人懐っこいウィルフレッドは使用人たちからも愛されていた。
そして、ユージーンを気遣い歩み寄ろうとしては拒絶されていたソフィアにはみな、同情的だった。
悪意は突然生まれるものではない。また、あからさまなものでもない。じわじわと積み重なる不満。将来の家への不安。ウィルフレッドが後継になればいいのに、という空気は少しずつ屋敷の中に広がっていった。
それが使用人たちの口にのぼるのに時間はかからなかった。
「仕えるならウィルフレッド様が」
「家を任せるならばウィルフレッド様の方が」
ソフィアはそれを抑えることをしなかった。
そして家にほとんど帰らないクライスはそれを知らなかった。
悪意は次第に形になっていく。それは態度に、気遣いに滲み出てくるようになった。
世話はされるが、必要以上の対応はされない。ユージーンの体調が悪くても、それを慮ることはない。
ウィルフレッドには笑顔で接する一方でユージーンには冷たい表情で接する使用人たち。
特にソフィアが伯爵家から連れてきた使用人たちはあからさまだった。そして、ソフィアは敢えてそういった使用人ばかりをユージーンの周囲に配置した。
その居心地の悪さに気付かぬほど、ユージーンは鈍くなかった。
クライスはたまに帰ってきても、食事を共にするくらいですぐ部屋に引っ込んでしまう。ユージーンはクライスに助けを求めることもできなかった。
ソフィアはクライスとのわずかな時間にユージーンの至らぬ点を少しずつクライスに伝えた。ウィルフレッドの優れた点を伝えることも忘れずに。
「お前を疎んでいたわけではない。ただ、至らぬ点ばかりが報告されるから、励んでほしかっただけだった」
クライスはソフィアの話を聞くにつけ、ユージーンに苦言を呈した。
「少しはウィルフレッドを見習うように」
「そのままでは社交で役に立たない」
口下手なクライスは鋭い言葉しかかけることができなかった。ただ、そんなに至らないのであればその分ウィルフレッドに補ってもらう必要がある。彼にも同等以上の教育を施さねばならぬと考えた。
クライスがウィルフレッドにも領地経営に関する教師をつけることを伝えた時、屋敷の誰もが思った。
あぁ、ついに後継をウィルフレッドにすることにしたのだと。
それは、ユージーンも同じだった。それを知った時、ユージーンは父に見放されたのだと感じた。そして、さらに自分の殻に閉じこもるようになったのだ。
そして12歳を迎える時、ユージーンの唯一の心の支えだったターニャが亡くなった。ひどく気落ちしたユージーンだったが、その頃の彼の周りには彼に悪感情を持つ者しかいなかった。誰もユージーンを慰めることなく、それどころか塞いだ彼の心の弱さを至らぬ点として主人に報告した。
「いつまでも周りに迷惑をかけるな」
その言葉は、ユージーンの心を抉った。ユージーンは一体誰に迷惑をかけたのだろうか。真面目に教師からの教えを聞き、マナーも学力も優秀でなんら問題ない言われる程度になっていた。
ただ、人との関わり方だけが絶望的に苦手だっただけ。
僅かに残っていた父への期待を失い、ユージーンはターニャを求めて言語学者になることを志すようになった。
どうせ自分が後継になるわけではないからと。
そうして13になる年に貴族の子息が集う王立学院に進学した。王都にタウンハウスがあったため通うこともできたが、寮に入ることにしたユージーンは在学中一度だって家に戻らなかった。
長年悪意に晒されてきたユージーンは人間嫌いになっていたため、侯爵家嫡男という肩書きに擦り寄ってくる者やその美貌に群がる者たちを一切寄せ付けなかった。
それでも周囲はずっとユージーンをなにかとちやほや持ち上げていたが。
煩わしさは感じていたが、家にいた頃よりよっぽど息がしやすい生活だった。
最終学年の年、ウィルフレッドが学院に入学してきた。
彼はユージーンと違ってソフィアに似ていたが、クライスの美貌も受け継ぎ柔和な美形に育っていた。
ウィルフレッドは幼い頃から周囲の期待を抱いて育ち、嫡男たるユージーンがいるにも関わらず自身が後継であると疑っていなかった。
そしてそれが決定事項のように周りに知れた時。
それまでユージーンを持ち上げていた者たちが波が引くように離れていった。中には騙していた、などと責める者もあった。
ユージーンはただの一度も自身が後継などと言ったことはないのに。
これによって一層人間嫌いが深まったユージーンは、学院卒業後に家に戻らず研究室に入ることを一人で決めた。
「私は、なにも知らなかった」
クライスは再び自身の無知を嘆く。クライスはユージーンがずっと家に帰ってないことも、卒業後研究室に進んだことも知らなかった。
だからそれを知ったとき、すぐさまユージーンを家に呼び出して伝えたのだ。
いつまで研究を続けるのか、お前は私の後継なのだからいつまでも研究室にいることはできない、と。
驚いたのはユージーンだけではなかった。ソフィアも、ウィルフレッドも、家の使用人たちも。誰もが耳を疑った。
「旦那様、ウィルフレッドが後継では……?」
だからソフィアがそう聞いたのは自然なことで。
けれどそれに対してクライスは。
「なんのことだ?最初からお前との子はユージーンのスペアだと伝えていただろう」
当たり前のようにそう告げてソフィアを絶望させた。
そしてソフィアは思った。でも、ユージーンがいなくなればウィルフレッドが後継になれるのだと。
「私は、なにも見えていなかった」
顔を曇らせるクライスを見て、ユージーンは言葉が出なかった。
対して、愛想が良く人懐っこいウィルフレッドは使用人たちからも愛されていた。
そして、ユージーンを気遣い歩み寄ろうとしては拒絶されていたソフィアにはみな、同情的だった。
悪意は突然生まれるものではない。また、あからさまなものでもない。じわじわと積み重なる不満。将来の家への不安。ウィルフレッドが後継になればいいのに、という空気は少しずつ屋敷の中に広がっていった。
それが使用人たちの口にのぼるのに時間はかからなかった。
「仕えるならウィルフレッド様が」
「家を任せるならばウィルフレッド様の方が」
ソフィアはそれを抑えることをしなかった。
そして家にほとんど帰らないクライスはそれを知らなかった。
悪意は次第に形になっていく。それは態度に、気遣いに滲み出てくるようになった。
世話はされるが、必要以上の対応はされない。ユージーンの体調が悪くても、それを慮ることはない。
ウィルフレッドには笑顔で接する一方でユージーンには冷たい表情で接する使用人たち。
特にソフィアが伯爵家から連れてきた使用人たちはあからさまだった。そして、ソフィアは敢えてそういった使用人ばかりをユージーンの周囲に配置した。
その居心地の悪さに気付かぬほど、ユージーンは鈍くなかった。
クライスはたまに帰ってきても、食事を共にするくらいですぐ部屋に引っ込んでしまう。ユージーンはクライスに助けを求めることもできなかった。
ソフィアはクライスとのわずかな時間にユージーンの至らぬ点を少しずつクライスに伝えた。ウィルフレッドの優れた点を伝えることも忘れずに。
「お前を疎んでいたわけではない。ただ、至らぬ点ばかりが報告されるから、励んでほしかっただけだった」
クライスはソフィアの話を聞くにつけ、ユージーンに苦言を呈した。
「少しはウィルフレッドを見習うように」
「そのままでは社交で役に立たない」
口下手なクライスは鋭い言葉しかかけることができなかった。ただ、そんなに至らないのであればその分ウィルフレッドに補ってもらう必要がある。彼にも同等以上の教育を施さねばならぬと考えた。
クライスがウィルフレッドにも領地経営に関する教師をつけることを伝えた時、屋敷の誰もが思った。
あぁ、ついに後継をウィルフレッドにすることにしたのだと。
それは、ユージーンも同じだった。それを知った時、ユージーンは父に見放されたのだと感じた。そして、さらに自分の殻に閉じこもるようになったのだ。
そして12歳を迎える時、ユージーンの唯一の心の支えだったターニャが亡くなった。ひどく気落ちしたユージーンだったが、その頃の彼の周りには彼に悪感情を持つ者しかいなかった。誰もユージーンを慰めることなく、それどころか塞いだ彼の心の弱さを至らぬ点として主人に報告した。
「いつまでも周りに迷惑をかけるな」
その言葉は、ユージーンの心を抉った。ユージーンは一体誰に迷惑をかけたのだろうか。真面目に教師からの教えを聞き、マナーも学力も優秀でなんら問題ない言われる程度になっていた。
ただ、人との関わり方だけが絶望的に苦手だっただけ。
僅かに残っていた父への期待を失い、ユージーンはターニャを求めて言語学者になることを志すようになった。
どうせ自分が後継になるわけではないからと。
そうして13になる年に貴族の子息が集う王立学院に進学した。王都にタウンハウスがあったため通うこともできたが、寮に入ることにしたユージーンは在学中一度だって家に戻らなかった。
長年悪意に晒されてきたユージーンは人間嫌いになっていたため、侯爵家嫡男という肩書きに擦り寄ってくる者やその美貌に群がる者たちを一切寄せ付けなかった。
それでも周囲はずっとユージーンをなにかとちやほや持ち上げていたが。
煩わしさは感じていたが、家にいた頃よりよっぽど息がしやすい生活だった。
最終学年の年、ウィルフレッドが学院に入学してきた。
彼はユージーンと違ってソフィアに似ていたが、クライスの美貌も受け継ぎ柔和な美形に育っていた。
ウィルフレッドは幼い頃から周囲の期待を抱いて育ち、嫡男たるユージーンがいるにも関わらず自身が後継であると疑っていなかった。
そしてそれが決定事項のように周りに知れた時。
それまでユージーンを持ち上げていた者たちが波が引くように離れていった。中には騙していた、などと責める者もあった。
ユージーンはただの一度も自身が後継などと言ったことはないのに。
これによって一層人間嫌いが深まったユージーンは、学院卒業後に家に戻らず研究室に入ることを一人で決めた。
「私は、なにも知らなかった」
クライスは再び自身の無知を嘆く。クライスはユージーンがずっと家に帰ってないことも、卒業後研究室に進んだことも知らなかった。
だからそれを知ったとき、すぐさまユージーンを家に呼び出して伝えたのだ。
いつまで研究を続けるのか、お前は私の後継なのだからいつまでも研究室にいることはできない、と。
驚いたのはユージーンだけではなかった。ソフィアも、ウィルフレッドも、家の使用人たちも。誰もが耳を疑った。
「旦那様、ウィルフレッドが後継では……?」
だからソフィアがそう聞いたのは自然なことで。
けれどそれに対してクライスは。
「なんのことだ?最初からお前との子はユージーンのスペアだと伝えていただろう」
当たり前のようにそう告げてソフィアを絶望させた。
そしてソフィアは思った。でも、ユージーンがいなくなればウィルフレッドが後継になれるのだと。
「私は、なにも見えていなかった」
顔を曇らせるクライスを見て、ユージーンは言葉が出なかった。
0
あなたにおすすめの小説
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
黒獅子の愛でる花
なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。
中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。
深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。
サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。
しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。
毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。
そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。
王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。
王妃は現在、病で療養中だという。
幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。
サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
【完結】スパダリを目指していたらスパダリに食われた話
紫蘇
BL
給湯室で女の子が話していた。
理想の彼氏はスパダリよ!
スパダリ、というやつになったらモテるらしいと分かった俺、安田陽向(ヒナタ)は、スパダリになるべく会社でも有名なスパダリ…長船政景(マサカゲ)課長に弟子入りするのであった。
受:安田陽向
天性の人たらしで、誰からも好かれる人間。
社会人になってからは友人と遊ぶことも減り、独り身の寂しさを噛み締めている。
社内システム開発課という変人どもの集まりの中で唯一まともに一般人と会話できる貴重な存在。
ただ、孤独を脱したいからスパダリになろうという思考はやはり変人のそれである。
攻:長船政景
35歳、大人の雰囲気を漂わせる男前。
いわゆるスパダリ、中身は拗らせ変態。
妹の美咲がモデルをしており、交友関係にキラキラしたものが垣間見える。
サブキャラ
長船美咲:27歳、長船政景の年の離れた妹。
抜群のスタイルを生かし、ランウェイで長らく活躍しているモデル。
兄の恋を応援するつもりがまさかこんなことになるとは。
高田寿也:28歳、美咲の彼氏。
そろそろ美咲と結婚したいなと思っているが、義理の兄がコレになるのかと思うと悩ましい。
義理の兄の恋愛事情に巻き込まれ、事件にだけはならないでくれと祈る日々が始まる…。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる