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30 家族の軋轢2
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ユージーンは決して虐げられたわけではなかった。けれど、気難しく愛想がなく、幼い頃から飼っている猫とばかり一緒にいるユージーンの扱いには使用人たちも困っていた。
対して、愛想が良く人懐っこいウィルフレッドは使用人たちからも愛されていた。
そして、ユージーンを気遣い歩み寄ろうとしては拒絶されていたソフィアにはみな、同情的だった。
悪意は突然生まれるものではない。また、あからさまなものでもない。じわじわと積み重なる不満。将来の家への不安。ウィルフレッドが後継になればいいのに、という空気は少しずつ屋敷の中に広がっていった。
それが使用人たちの口にのぼるのに時間はかからなかった。
「仕えるならウィルフレッド様が」
「家を任せるならばウィルフレッド様の方が」
ソフィアはそれを抑えることをしなかった。
そして家にほとんど帰らないクライスはそれを知らなかった。
悪意は次第に形になっていく。それは態度に、気遣いに滲み出てくるようになった。
世話はされるが、必要以上の対応はされない。ユージーンの体調が悪くても、それを慮ることはない。
ウィルフレッドには笑顔で接する一方でユージーンには冷たい表情で接する使用人たち。
特にソフィアが伯爵家から連れてきた使用人たちはあからさまだった。そして、ソフィアは敢えてそういった使用人ばかりをユージーンの周囲に配置した。
その居心地の悪さに気付かぬほど、ユージーンは鈍くなかった。
クライスはたまに帰ってきても、食事を共にするくらいですぐ部屋に引っ込んでしまう。ユージーンはクライスに助けを求めることもできなかった。
ソフィアはクライスとのわずかな時間にユージーンの至らぬ点を少しずつクライスに伝えた。ウィルフレッドの優れた点を伝えることも忘れずに。
「お前を疎んでいたわけではない。ただ、至らぬ点ばかりが報告されるから、励んでほしかっただけだった」
クライスはソフィアの話を聞くにつけ、ユージーンに苦言を呈した。
「少しはウィルフレッドを見習うように」
「そのままでは社交で役に立たない」
口下手なクライスは鋭い言葉しかかけることができなかった。ただ、そんなに至らないのであればその分ウィルフレッドに補ってもらう必要がある。彼にも同等以上の教育を施さねばならぬと考えた。
クライスがウィルフレッドにも領地経営に関する教師をつけることを伝えた時、屋敷の誰もが思った。
あぁ、ついに後継をウィルフレッドにすることにしたのだと。
それは、ユージーンも同じだった。それを知った時、ユージーンは父に見放されたのだと感じた。そして、さらに自分の殻に閉じこもるようになったのだ。
そして12歳を迎える時、ユージーンの唯一の心の支えだったターニャが亡くなった。ひどく気落ちしたユージーンだったが、その頃の彼の周りには彼に悪感情を持つ者しかいなかった。誰もユージーンを慰めることなく、それどころか塞いだ彼の心の弱さを至らぬ点として主人に報告した。
「いつまでも周りに迷惑をかけるな」
その言葉は、ユージーンの心を抉った。ユージーンは一体誰に迷惑をかけたのだろうか。真面目に教師からの教えを聞き、マナーも学力も優秀でなんら問題ない言われる程度になっていた。
ただ、人との関わり方だけが絶望的に苦手だっただけ。
僅かに残っていた父への期待を失い、ユージーンはターニャを求めて言語学者になることを志すようになった。
どうせ自分が後継になるわけではないからと。
そうして13になる年に貴族の子息が集う王立学院に進学した。王都にタウンハウスがあったため通うこともできたが、寮に入ることにしたユージーンは在学中一度だって家に戻らなかった。
長年悪意に晒されてきたユージーンは人間嫌いになっていたため、侯爵家嫡男という肩書きに擦り寄ってくる者やその美貌に群がる者たちを一切寄せ付けなかった。
それでも周囲はずっとユージーンをなにかとちやほや持ち上げていたが。
煩わしさは感じていたが、家にいた頃よりよっぽど息がしやすい生活だった。
最終学年の年、ウィルフレッドが学院に入学してきた。
彼はユージーンと違ってソフィアに似ていたが、クライスの美貌も受け継ぎ柔和な美形に育っていた。
ウィルフレッドは幼い頃から周囲の期待を抱いて育ち、嫡男たるユージーンがいるにも関わらず自身が後継であると疑っていなかった。
そしてそれが決定事項のように周りに知れた時。
それまでユージーンを持ち上げていた者たちが波が引くように離れていった。中には騙していた、などと責める者もあった。
ユージーンはただの一度も自身が後継などと言ったことはないのに。
これによって一層人間嫌いが深まったユージーンは、学院卒業後に家に戻らず研究室に入ることを一人で決めた。
「私は、なにも知らなかった」
クライスは再び自身の無知を嘆く。クライスはユージーンがずっと家に帰ってないことも、卒業後研究室に進んだことも知らなかった。
だからそれを知ったとき、すぐさまユージーンを家に呼び出して伝えたのだ。
いつまで研究を続けるのか、お前は私の後継なのだからいつまでも研究室にいることはできない、と。
驚いたのはユージーンだけではなかった。ソフィアも、ウィルフレッドも、家の使用人たちも。誰もが耳を疑った。
「旦那様、ウィルフレッドが後継では……?」
だからソフィアがそう聞いたのは自然なことで。
けれどそれに対してクライスは。
「なんのことだ?最初からお前との子はユージーンのスペアだと伝えていただろう」
当たり前のようにそう告げてソフィアを絶望させた。
そしてソフィアは思った。でも、ユージーンがいなくなればウィルフレッドが後継になれるのだと。
「私は、なにも見えていなかった」
顔を曇らせるクライスを見て、ユージーンは言葉が出なかった。
対して、愛想が良く人懐っこいウィルフレッドは使用人たちからも愛されていた。
そして、ユージーンを気遣い歩み寄ろうとしては拒絶されていたソフィアにはみな、同情的だった。
悪意は突然生まれるものではない。また、あからさまなものでもない。じわじわと積み重なる不満。将来の家への不安。ウィルフレッドが後継になればいいのに、という空気は少しずつ屋敷の中に広がっていった。
それが使用人たちの口にのぼるのに時間はかからなかった。
「仕えるならウィルフレッド様が」
「家を任せるならばウィルフレッド様の方が」
ソフィアはそれを抑えることをしなかった。
そして家にほとんど帰らないクライスはそれを知らなかった。
悪意は次第に形になっていく。それは態度に、気遣いに滲み出てくるようになった。
世話はされるが、必要以上の対応はされない。ユージーンの体調が悪くても、それを慮ることはない。
ウィルフレッドには笑顔で接する一方でユージーンには冷たい表情で接する使用人たち。
特にソフィアが伯爵家から連れてきた使用人たちはあからさまだった。そして、ソフィアは敢えてそういった使用人ばかりをユージーンの周囲に配置した。
その居心地の悪さに気付かぬほど、ユージーンは鈍くなかった。
クライスはたまに帰ってきても、食事を共にするくらいですぐ部屋に引っ込んでしまう。ユージーンはクライスに助けを求めることもできなかった。
ソフィアはクライスとのわずかな時間にユージーンの至らぬ点を少しずつクライスに伝えた。ウィルフレッドの優れた点を伝えることも忘れずに。
「お前を疎んでいたわけではない。ただ、至らぬ点ばかりが報告されるから、励んでほしかっただけだった」
クライスはソフィアの話を聞くにつけ、ユージーンに苦言を呈した。
「少しはウィルフレッドを見習うように」
「そのままでは社交で役に立たない」
口下手なクライスは鋭い言葉しかかけることができなかった。ただ、そんなに至らないのであればその分ウィルフレッドに補ってもらう必要がある。彼にも同等以上の教育を施さねばならぬと考えた。
クライスがウィルフレッドにも領地経営に関する教師をつけることを伝えた時、屋敷の誰もが思った。
あぁ、ついに後継をウィルフレッドにすることにしたのだと。
それは、ユージーンも同じだった。それを知った時、ユージーンは父に見放されたのだと感じた。そして、さらに自分の殻に閉じこもるようになったのだ。
そして12歳を迎える時、ユージーンの唯一の心の支えだったターニャが亡くなった。ひどく気落ちしたユージーンだったが、その頃の彼の周りには彼に悪感情を持つ者しかいなかった。誰もユージーンを慰めることなく、それどころか塞いだ彼の心の弱さを至らぬ点として主人に報告した。
「いつまでも周りに迷惑をかけるな」
その言葉は、ユージーンの心を抉った。ユージーンは一体誰に迷惑をかけたのだろうか。真面目に教師からの教えを聞き、マナーも学力も優秀でなんら問題ない言われる程度になっていた。
ただ、人との関わり方だけが絶望的に苦手だっただけ。
僅かに残っていた父への期待を失い、ユージーンはターニャを求めて言語学者になることを志すようになった。
どうせ自分が後継になるわけではないからと。
そうして13になる年に貴族の子息が集う王立学院に進学した。王都にタウンハウスがあったため通うこともできたが、寮に入ることにしたユージーンは在学中一度だって家に戻らなかった。
長年悪意に晒されてきたユージーンは人間嫌いになっていたため、侯爵家嫡男という肩書きに擦り寄ってくる者やその美貌に群がる者たちを一切寄せ付けなかった。
それでも周囲はずっとユージーンをなにかとちやほや持ち上げていたが。
煩わしさは感じていたが、家にいた頃よりよっぽど息がしやすい生活だった。
最終学年の年、ウィルフレッドが学院に入学してきた。
彼はユージーンと違ってソフィアに似ていたが、クライスの美貌も受け継ぎ柔和な美形に育っていた。
ウィルフレッドは幼い頃から周囲の期待を抱いて育ち、嫡男たるユージーンがいるにも関わらず自身が後継であると疑っていなかった。
そしてそれが決定事項のように周りに知れた時。
それまでユージーンを持ち上げていた者たちが波が引くように離れていった。中には騙していた、などと責める者もあった。
ユージーンはただの一度も自身が後継などと言ったことはないのに。
これによって一層人間嫌いが深まったユージーンは、学院卒業後に家に戻らず研究室に入ることを一人で決めた。
「私は、なにも知らなかった」
クライスは再び自身の無知を嘆く。クライスはユージーンがずっと家に帰ってないことも、卒業後研究室に進んだことも知らなかった。
だからそれを知ったとき、すぐさまユージーンを家に呼び出して伝えたのだ。
いつまで研究を続けるのか、お前は私の後継なのだからいつまでも研究室にいることはできない、と。
驚いたのはユージーンだけではなかった。ソフィアも、ウィルフレッドも、家の使用人たちも。誰もが耳を疑った。
「旦那様、ウィルフレッドが後継では……?」
だからソフィアがそう聞いたのは自然なことで。
けれどそれに対してクライスは。
「なんのことだ?最初からお前との子はユージーンのスペアだと伝えていただろう」
当たり前のようにそう告げてソフィアを絶望させた。
そしてソフィアは思った。でも、ユージーンがいなくなればウィルフレッドが後継になれるのだと。
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顔を曇らせるクライスを見て、ユージーンは言葉が出なかった。
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