ガチケモナーは猫耳男子を許せない

某千尋

文字の大きさ
30 / 59

30 家族の軋轢2

しおりを挟む
 ユージーンは決して虐げられたわけではなかった。けれど、気難しく愛想がなく、幼い頃から飼っている猫とばかり一緒にいるユージーンの扱いには使用人たちも困っていた。
 対して、愛想が良く人懐っこいウィルフレッドは使用人たちからも愛されていた。
 そして、ユージーンを気遣い歩み寄ろうとしては拒絶されていたソフィアにはみな、同情的だった。

 悪意は突然生まれるものではない。また、あからさまなものでもない。じわじわと積み重なる不満。将来の家への不安。ウィルフレッドが後継になればいいのに、という空気は少しずつ屋敷の中に広がっていった。
 それが使用人たちの口にのぼるのに時間はかからなかった。

「仕えるならウィルフレッド様が」
「家を任せるならばウィルフレッド様の方が」

 ソフィアはそれを抑えることをしなかった。
 そして家にほとんど帰らないクライスはそれを知らなかった。

 悪意は次第に形になっていく。それは態度に、気遣いに滲み出てくるようになった。
 世話はされるが、必要以上の対応はされない。ユージーンの体調が悪くても、それを慮ることはない。
 ウィルフレッドには笑顔で接する一方でユージーンには冷たい表情で接する使用人たち。
 特にソフィアが伯爵家から連れてきた使用人たちはあからさまだった。そして、ソフィアは敢えてそういった使用人ばかりをユージーンの周囲に配置した。

 その居心地の悪さに気付かぬほど、ユージーンは鈍くなかった。
 
 クライスはたまに帰ってきても、食事を共にするくらいですぐ部屋に引っ込んでしまう。ユージーンはクライスに助けを求めることもできなかった。
 ソフィアはクライスとのわずかな時間にユージーンの至らぬ点を少しずつクライスに伝えた。ウィルフレッドの優れた点を伝えることも忘れずに。

「お前を疎んでいたわけではない。ただ、至らぬ点ばかりが報告されるから、励んでほしかっただけだった」

 クライスはソフィアの話を聞くにつけ、ユージーンに苦言を呈した。

「少しはウィルフレッドを見習うように」
「そのままでは社交で役に立たない」

 口下手なクライスは鋭い言葉しかかけることができなかった。ただ、そんなに至らないのであればその分ウィルフレッドに補ってもらう必要がある。彼にも同等以上の教育を施さねばならぬと考えた。

 クライスがウィルフレッドにも領地経営に関する教師をつけることを伝えた時、屋敷の誰もが思った。
 あぁ、ついに後継をウィルフレッドにすることにしたのだと。

 それは、ユージーンも同じだった。それを知った時、ユージーンは父に見放されたのだと感じた。そして、さらに自分の殻に閉じこもるようになったのだ。

 そして12歳を迎える時、ユージーンの唯一の心の支えだったターニャが亡くなった。ひどく気落ちしたユージーンだったが、その頃の彼の周りには彼に悪感情を持つ者しかいなかった。誰もユージーンを慰めることなく、それどころか塞いだ彼の心の弱さを至らぬ点として主人に報告した。

「いつまでも周りに迷惑をかけるな」

 その言葉は、ユージーンの心を抉った。ユージーンは一体誰に迷惑をかけたのだろうか。真面目に教師からの教えを聞き、マナーも学力も優秀でなんら問題ない言われる程度になっていた。
 ただ、人との関わり方だけが絶望的に苦手だっただけ。

 僅かに残っていた父への期待を失い、ユージーンはターニャを求めて言語学者になることを志すようになった。
 どうせ自分が後継になるわけではないからと。

 そうして13になる年に貴族の子息が集う王立学院に進学した。王都にタウンハウスがあったため通うこともできたが、寮に入ることにしたユージーンは在学中一度だって家に戻らなかった。
 長年悪意に晒されてきたユージーンは人間嫌いになっていたため、侯爵家嫡男という肩書きに擦り寄ってくる者やその美貌に群がる者たちを一切寄せ付けなかった。
 それでも周囲はずっとユージーンをなにかとちやほや持ち上げていたが。
 煩わしさは感じていたが、家にいた頃よりよっぽど息がしやすい生活だった。

 最終学年の年、ウィルフレッドが学院に入学してきた。
 彼はユージーンと違ってソフィアに似ていたが、クライスの美貌も受け継ぎ柔和な美形に育っていた。
 ウィルフレッドは幼い頃から周囲の期待を抱いて育ち、嫡男たるユージーンがいるにも関わらず自身が後継であると疑っていなかった。

 そしてそれが決定事項のように周りに知れた時。

 それまでユージーンを持ち上げていた者たちが波が引くように離れていった。中には騙していた、などと責める者もあった。
 ユージーンはただの一度も自身が後継などと言ったことはないのに。
 これによって一層人間嫌いが深まったユージーンは、学院卒業後に家に戻らず研究室に入ることを一人で決めた。

「私は、なにも知らなかった」

 クライスは再び自身の無知を嘆く。クライスはユージーンがずっと家に帰ってないことも、卒業後研究室に進んだことも知らなかった。
 だからそれを知ったとき、すぐさまユージーンを家に呼び出して伝えたのだ。

 いつまで研究を続けるのか、お前は私の後継なのだからいつまでも研究室にいることはできない、と。

 驚いたのはユージーンだけではなかった。ソフィアも、ウィルフレッドも、家の使用人たちも。誰もが耳を疑った。

「旦那様、ウィルフレッドが後継では……?」

 だからソフィアがそう聞いたのは自然なことで。
 けれどそれに対してクライスは。

「なんのことだ?最初からお前との子はユージーンのスペアだと伝えていただろう」

 当たり前のようにそう告げてソフィアを絶望させた。
 そしてソフィアは思った。でも、ユージーンがいなくなればウィルフレッドが後継になれるのだと。

「私は、なにも見えていなかった」

 顔を曇らせるクライスを見て、ユージーンは言葉が出なかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

え?俺って思ってたよりも愛されてた感じ?

パワフル6世
BL
「え?俺って思ってたより愛されてた感じ?」 「そうだねぇ。ちょっと逃げるのが遅かったね、ひなちゃん。」 カワイイ系隠れヤンデレ攻め(遥斗)VS平凡な俺(雛汰)の放課後攻防戦 初めてお話書きます。拙いですが、ご容赦ください。愛はたっぷり込めました! その後のお話もあるので良ければ

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

中年冒険者、年下美青年騎士に番認定されたことで全てを告白するはめになったこと

mayo
BL
王宮騎士(24)×Cランク冒険者(36) 低ランク冒険者であるカイは18年前この世界にやって来た異邦人だ。 諸々あって、現在は雑用専門冒険者として貧乏ながら穏やかな生活を送っている。 冒険者ランクがDからCにあがり、隣国の公女様が街にやってきた日、突然現れた美青年騎士に声をかけられて、攫われた。 その後、カイを〝番〟だと主張する美青年騎士のせいで今まで何をしていたのかを文官の前で語ることを強要される。 語らなければ罪に問われると言われ、カイは渋々語ることにしたのだった、生まれてから36年間の出来事を。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

偽物勇者は愛を乞う

きっせつ
BL
ある日。異世界から本物の勇者が召喚された。 六年間、左目を失いながらも勇者として戦い続けたニルは偽物の烙印を押され、勇者パーティから追い出されてしまう。 偽物勇者として逃げるように人里離れた森の奥の小屋で隠遁生活をし始めたニル。悲嘆に暮れる…事はなく、勇者の重圧から解放された彼は没落人生を楽しもうとして居た矢先、何故か勇者パーティとして今も戦っている筈の騎士が彼の前に現れて……。

処理中です...