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31 家族の軋轢3
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ユージーンはユージーンで、クライスに怒りを感じた。
今まで散々放っておいて、自分を後継にするなどふざけていると。
だから後継になるつもりはないと主張したが、クライスは受け入れなかった。
「お前しか、お前が後継になることしか私は考えていなかった。だから、ならないと言われて受け入れることができなかった」
ユージーンは時間を作ってクライスの説得を図ろうとした。だが、二人ともコミュニケーション能力に問題があったためその思いをそれぞれうまく伝えられず、毎回言い合いになってしまった。
そうしてユージーンとクライスの話は進まず。
そうこうしているうちに、ソフィアが行動を起こしてしまう。
ある日クライスから家で話があるから帰宅せよとの連絡を受け、慌てて家に帰ったユージーン。しかしそこにクライスの姿はなかった。
聞くと急な仕事が入って王宮へ戻ったという。
呼び出しておいて、と怒りに震えたユージーンに茶と菓子が用意された。
そんなことこれまでになかったため訝しんだが、後継が自分になると知って使用人たちが媚びているのか、とユージーンは解釈した。
そこでその菓子を口にしていたら、きっとユージーンは今ここにいなかっただろう。
だが、ちょうどその時期は学会の発表前で一刻一秒すら惜しかった。
だからユージーンは、出された菓子をいくつか紙に包んで研究室へ持ち帰ったのだ。
部屋を出て帰ろうとするユージーンを目を丸くして見ていた使用人がいたが、ユージーンはあまり気に留めなかった。
「お前に、毒を盛るなど……!」
そう、その菓子には毒が練り込まれていた。
ユージーンは、その菓子を口にした。
当時まだまだ下っ端のユージーンは個人の研究室など持っておらず、複数の研究補助で共同で用いる研究室を利用していた。
そして学会前だったため、普段以上に人の出入りがあった。普段は会わない畑違いの研究をする者も多くいた。
だからユージーンが倒れた時、それに迅速に対応できるだけの人がいた。数という意味でも、知識という意味でも。
ユージーンにとって幸運な、犯人にとっては不幸な偶然が重なった結果ユージーンは一命をとりとめた。そして中立な第三者が原因を調査したことで菓子に毒が含まれていたことが判明した。
あっという間に、犯人は捕まった。
指示をしたのはソフィアだった。菓子に含まれていた毒は植物由来の自然毒で、心臓発作に似た症状が起こるものだった。ユージーンが家で食べていれば、それは不幸な病として処理されていただろう。研究棟というあらゆる研究者が集う場所でユージーンが倒れたがために、その毒が特定されたのだ。植物毒を研究していた者がその場にいたのが、ユージーンにとってなによりも幸運なことだった。
この件に関わった使用人たちはすべて捕まり、また、同時にこれまでのユージーンへの対応も明らかになった。
ウィルフレッドは計画に直接関わっていなかったが、毒の知識に乏しいソフィアにさりげなく発覚しにくい毒の存在を仄めかしていた。
「私は、お前に兄弟を作る前にやらねばならぬことがあった。そう言われていたのに、聞かなかった」
そう言って葡萄酒を一気に煽ったクライスは、ユージーンをじっと見つめる。
「……すまなかった、ユージーン」
ユージーンは、クライスの言葉をどう受け止めてよいかわからなかった。
クライスの語る出来事とユージーンの認識に齟齬はなかった。
母を亡くした悲しみを共有できるはずの父は仕事ばかりで帰宅せず。それどころか早々に新しい母としてソフィアがやってきた。
そんなの、受け入れられるはずがない。
ユージーンは彼女を拒絶し、薄情な父に失望した。
そしてユージーンとは違って周りに愛されるウィルフレッドが生まれ、疎外感に苛まれ。
一度拒絶したソフィアに自分から歩み寄ることもできず、周囲からの態度が少しずつ冷たくなっていったことに傷ついて。
まだ母が生きていた頃に「きっと将来優秀な侯爵様になるでしょう」と笑顔を向けてくれていた使用人がウィルフレッドを後継に望む言葉を吐くのを聞いてまた傷ついて。
たまに会う父からは苦言だけ冷たく投げつけられ、ユージーンの気持ちや希望などなにひとつ聞いてもらえず。
熱を出してもそばで手を握ってくれる人なんていなかった。ウィルフレッドのときはソフィアや使用人たちが代わる代わる看病していたのに。
寂しくて寂しくて、悲しくて虚しくて。いつからか誰かに期待することをやめた。
「いまさら……今更謝られたって、そんなの……」
「ああ。私を許す必要などない。ただ、私がお前のことを大事に思っていることは知っていてほしい。だから、お前が駒のように使われることを許せない」
「私は……」
事件が起こったのはユージーンが19歳の頃だった。快復してから、クライスが会いにきてもすべて拒絶した。事件をきっかけに王宮での職を辞したクライスは領地に戻ったため、偶然会うこともなく。
クライスの思いを知ることもなく、ユージーンはクライスを嫌悪し続けてきた。
10年以上会っていなかった父。その目尻には皺が刻まれ、髪の毛には白髪が混じり、明らかに老いていた。果たして今、父は何歳だっただろうか。
「今回どうしてもお前に会いたかったのは、後継のことだ」
「……私に継げと?」
「違う。……私がお前に後継の座をずっと残していたのは、お前が研究でうまくいかなかったとき、戻る場所を残しておいてやるためだった」
だが、お前は研究者として立派に身を立てた、とクライスは呟く。
「私も歳だ。さすがにもう後継を立てねばならない。だから、最後にお前の意志を確認したかった」
「私の意志?」
「ああ。私の後継となるかならないか。お前が継がないなら、妹のところの孫を一人養子にもらうつもりだ」
今ここで答えなくてもいい、考えてみてほしい、と言われユージーンは小さく頷いた。
後継になるつもりなんてなかったのに、すぐにそう伝えることはできなかった。
今まで散々放っておいて、自分を後継にするなどふざけていると。
だから後継になるつもりはないと主張したが、クライスは受け入れなかった。
「お前しか、お前が後継になることしか私は考えていなかった。だから、ならないと言われて受け入れることができなかった」
ユージーンは時間を作ってクライスの説得を図ろうとした。だが、二人ともコミュニケーション能力に問題があったためその思いをそれぞれうまく伝えられず、毎回言い合いになってしまった。
そうしてユージーンとクライスの話は進まず。
そうこうしているうちに、ソフィアが行動を起こしてしまう。
ある日クライスから家で話があるから帰宅せよとの連絡を受け、慌てて家に帰ったユージーン。しかしそこにクライスの姿はなかった。
聞くと急な仕事が入って王宮へ戻ったという。
呼び出しておいて、と怒りに震えたユージーンに茶と菓子が用意された。
そんなことこれまでになかったため訝しんだが、後継が自分になると知って使用人たちが媚びているのか、とユージーンは解釈した。
そこでその菓子を口にしていたら、きっとユージーンは今ここにいなかっただろう。
だが、ちょうどその時期は学会の発表前で一刻一秒すら惜しかった。
だからユージーンは、出された菓子をいくつか紙に包んで研究室へ持ち帰ったのだ。
部屋を出て帰ろうとするユージーンを目を丸くして見ていた使用人がいたが、ユージーンはあまり気に留めなかった。
「お前に、毒を盛るなど……!」
そう、その菓子には毒が練り込まれていた。
ユージーンは、その菓子を口にした。
当時まだまだ下っ端のユージーンは個人の研究室など持っておらず、複数の研究補助で共同で用いる研究室を利用していた。
そして学会前だったため、普段以上に人の出入りがあった。普段は会わない畑違いの研究をする者も多くいた。
だからユージーンが倒れた時、それに迅速に対応できるだけの人がいた。数という意味でも、知識という意味でも。
ユージーンにとって幸運な、犯人にとっては不幸な偶然が重なった結果ユージーンは一命をとりとめた。そして中立な第三者が原因を調査したことで菓子に毒が含まれていたことが判明した。
あっという間に、犯人は捕まった。
指示をしたのはソフィアだった。菓子に含まれていた毒は植物由来の自然毒で、心臓発作に似た症状が起こるものだった。ユージーンが家で食べていれば、それは不幸な病として処理されていただろう。研究棟というあらゆる研究者が集う場所でユージーンが倒れたがために、その毒が特定されたのだ。植物毒を研究していた者がその場にいたのが、ユージーンにとってなによりも幸運なことだった。
この件に関わった使用人たちはすべて捕まり、また、同時にこれまでのユージーンへの対応も明らかになった。
ウィルフレッドは計画に直接関わっていなかったが、毒の知識に乏しいソフィアにさりげなく発覚しにくい毒の存在を仄めかしていた。
「私は、お前に兄弟を作る前にやらねばならぬことがあった。そう言われていたのに、聞かなかった」
そう言って葡萄酒を一気に煽ったクライスは、ユージーンをじっと見つめる。
「……すまなかった、ユージーン」
ユージーンは、クライスの言葉をどう受け止めてよいかわからなかった。
クライスの語る出来事とユージーンの認識に齟齬はなかった。
母を亡くした悲しみを共有できるはずの父は仕事ばかりで帰宅せず。それどころか早々に新しい母としてソフィアがやってきた。
そんなの、受け入れられるはずがない。
ユージーンは彼女を拒絶し、薄情な父に失望した。
そしてユージーンとは違って周りに愛されるウィルフレッドが生まれ、疎外感に苛まれ。
一度拒絶したソフィアに自分から歩み寄ることもできず、周囲からの態度が少しずつ冷たくなっていったことに傷ついて。
まだ母が生きていた頃に「きっと将来優秀な侯爵様になるでしょう」と笑顔を向けてくれていた使用人がウィルフレッドを後継に望む言葉を吐くのを聞いてまた傷ついて。
たまに会う父からは苦言だけ冷たく投げつけられ、ユージーンの気持ちや希望などなにひとつ聞いてもらえず。
熱を出してもそばで手を握ってくれる人なんていなかった。ウィルフレッドのときはソフィアや使用人たちが代わる代わる看病していたのに。
寂しくて寂しくて、悲しくて虚しくて。いつからか誰かに期待することをやめた。
「いまさら……今更謝られたって、そんなの……」
「ああ。私を許す必要などない。ただ、私がお前のことを大事に思っていることは知っていてほしい。だから、お前が駒のように使われることを許せない」
「私は……」
事件が起こったのはユージーンが19歳の頃だった。快復してから、クライスが会いにきてもすべて拒絶した。事件をきっかけに王宮での職を辞したクライスは領地に戻ったため、偶然会うこともなく。
クライスの思いを知ることもなく、ユージーンはクライスを嫌悪し続けてきた。
10年以上会っていなかった父。その目尻には皺が刻まれ、髪の毛には白髪が混じり、明らかに老いていた。果たして今、父は何歳だっただろうか。
「今回どうしてもお前に会いたかったのは、後継のことだ」
「……私に継げと?」
「違う。……私がお前に後継の座をずっと残していたのは、お前が研究でうまくいかなかったとき、戻る場所を残しておいてやるためだった」
だが、お前は研究者として立派に身を立てた、とクライスは呟く。
「私も歳だ。さすがにもう後継を立てねばならない。だから、最後にお前の意志を確認したかった」
「私の意志?」
「ああ。私の後継となるかならないか。お前が継がないなら、妹のところの孫を一人養子にもらうつもりだ」
今ここで答えなくてもいい、考えてみてほしい、と言われユージーンは小さく頷いた。
後継になるつもりなんてなかったのに、すぐにそう伝えることはできなかった。
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