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36 父の思い
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そしてその日はやってきた。
「ユージーン!会いたかった!」
再会の場は王宮の奥まったところにある貴賓向けの応接室。渋るマリウスを説得して同行したクライスは、ある決意をしていた。
嬉しそうに顔を綻ばせる猫耳を生やしたガタイのいい男に、ユージーンの隣にいたクライスは僅かに肩を揺らす。
「失礼。貴方様が、ヴァイツ殿下でいらっしゃいますか」
ユージーンに向かって真っ直ぐ進み、今にも抱きつきそうなヴァイツの動線に割り込み、ヴァイツに冷たい双眸を向ける。慇懃無礼な挨拶と共に。
「私はユージーンの父のクライス・ギュスターブでございます。この度はユージーンが殿下に大層お世話になったとか。ユージーンの父として、感謝申し上げます。殿下の寛大な御采配があってのこととはうかがいますが、尊き御身の前に侍るには未熟者でございます。これよりはふさわしき者にそのお役目を引き継がせていただきたく」
クライスの申し出にヴァイツは一瞬片眉をぴくりと動かした後、隙のない笑顔を作る。
「まさかユージーンのお父上にお会いできるとは。ユージーンが未熟者などとんでもない。むしろ彼には役不足ではないかと心配しているくらいだ。これからもよろしく頼みたい」
にこやかに友好的な話し方で、しかしはっきりとクライスの申し出を断るヴァイツの目は、よく見ると全く笑っていない。
「……過分な評価をいただけているようで、ユージーンの父として誇らしく思います。しかしながら!?」
言葉を続けようとするクライスとの距離を一気に縮めてきたヴァイツは、クライスの手を取り笑みを深めた。
「まさかここで想い人のお父上に挨拶できるとは。私はスターヴァー王国第三王子のヴァイツ・スターヴァー。クライス殿、いや、私の未来の父上。ぜひ親睦を深めたいのだが、いつ時間が取れるだろうか」
「み、未来の父上……!?きさ……い、いや……おそれ多いことでございます殿下。侯爵家といえど、領地に篭ってばかりのしがない貴族でございます。殿下のお時間を頂戴する価値のある話などはできませんから……」
顔を引き攣らせながらさりげなくヴァイツの手に包まれた自身の手を救い出そうとするクライス。しかしがっちりと掴まれた手は微動だにしない。
それどころか、ヴァイツはその身を屈ませクライスと目線を合わせながらさらに距離を縮める。
「私は価値のある話を求めているのではなく、未来の父上との交流を求めている。それにしても父上はユージーンとそっくりだな。髪と目の色は異なるが、顔は生写しのようだ」
うっとりとクライスの顔を眺めるヴァイツに、クライスは背筋を凍らせる。
もしかして同じ顔なら誰でもいいのかと危機感を覚える。
「……少し、近いのでは?」
クライスが嫌な汗をかいていると、冷え冷えとした声と共にクライスとヴァイツの手の上に、もう一つ手が載った。手首の先を追うと、不機嫌そうなユージーンの顔に辿り着く。
「まさか、ヴァイツ殿下が、同じ顔なら父上でも良いとは」
絞り出すような低い声に、ユージーンの怒りが感じられた。それはヴァイツの想いを疑うような言い方で、クライスは目を丸くする。その発言はまるで。
「待て、違うぞユージーン。私は貴方が歳をとったらこうなるんだろうと未来に思いを馳せていただけだ。私を節操のない獣のように扱わないでくれ」
すぐさま弁解するヴァイツは、しかし嬉しそうで。
「まさか、嫉妬してくれるとはな。大丈夫だユージーン、私の愛は貴方だけのものだ」
そう言ってクライスの手を離し、今度はユージーンの手を握る。
握られた手をまじまじと見たユージーンは、みるみるうちに顔を真っ赤に染め上げる。
「しっ……嫉妬など!なにを仰っているのやら!ただ、私の父をそういう目で見ているとしたら軽蔑すると、そういう意味で!」
二人の痴話喧嘩のようなやり取りを見て、クライスはなにを見させられているのだろう、と身体から力が抜けるのを感じた。
クライスは、ユージーンが獣人の男と結婚するなど気持ち的には全く受け入れられなかった。けれど、もしユージーンがそれを望むのなら、これまでのユージーンへの己の仕打ちの贖罪として応援しようと考えていた。ヴァイツに会おうと思ったのは、ユージーンの気持ちを自身の目で確かめるためだった。そしてヴァイツのユージーンへの想いも見極めようとしていた。
ユージーンを利用することは許さない、と。
しかしなんのことはない、誰がどう見たって想い合っている様子の二人。
はあ、とため息をつくと、いつの間にか隣に立っていたマリウスが二人には聞こえないくらいの小さな声で囁く。
「私たちは退散しよう」
マリウスの言葉に従うのは癪であったが、クライスとて同じことを考えていた。
これ以上、ユージーンが男に顔を赤らめる姿を見るのは辛いし、それを嬉しそうにしている男を見ていると憎しみが生まれそうだった。
やっと誤解が解けた息子と、やっと親子としての時間が取れると思っていたのに、どうやらその時間は猫耳男に奪われるらしいことに、嫉妬のような気持ちが生まれていた。しかも、ユージーンがスターヴァー王国へ行ってしまえば、きっとクライスはユージーンとは会うことすらままならない。
愛しいセシリアとの間に生まれたなによりも愛しい存在。けれど、自分のことで精一杯で顧みることができず傷つけてしまった。
もっと顧みていれば、あの時こうしていれば、など今更後悔したところで遅い。ユージーンの身に起こったことは、なかったことにはできない。だから、ユージーンが幸せになる邪魔だけはしないと心に決めていた。
クライスにできることは、胸の中で荒れ狂う感情を表に出さず、ユージーンの決めたことを否定しないことだけだった。
マリウスに促されて静かにその場を去りながら、クライスはもう一度ため息をついた。
「ユージーン!会いたかった!」
再会の場は王宮の奥まったところにある貴賓向けの応接室。渋るマリウスを説得して同行したクライスは、ある決意をしていた。
嬉しそうに顔を綻ばせる猫耳を生やしたガタイのいい男に、ユージーンの隣にいたクライスは僅かに肩を揺らす。
「失礼。貴方様が、ヴァイツ殿下でいらっしゃいますか」
ユージーンに向かって真っ直ぐ進み、今にも抱きつきそうなヴァイツの動線に割り込み、ヴァイツに冷たい双眸を向ける。慇懃無礼な挨拶と共に。
「私はユージーンの父のクライス・ギュスターブでございます。この度はユージーンが殿下に大層お世話になったとか。ユージーンの父として、感謝申し上げます。殿下の寛大な御采配があってのこととはうかがいますが、尊き御身の前に侍るには未熟者でございます。これよりはふさわしき者にそのお役目を引き継がせていただきたく」
クライスの申し出にヴァイツは一瞬片眉をぴくりと動かした後、隙のない笑顔を作る。
「まさかユージーンのお父上にお会いできるとは。ユージーンが未熟者などとんでもない。むしろ彼には役不足ではないかと心配しているくらいだ。これからもよろしく頼みたい」
にこやかに友好的な話し方で、しかしはっきりとクライスの申し出を断るヴァイツの目は、よく見ると全く笑っていない。
「……過分な評価をいただけているようで、ユージーンの父として誇らしく思います。しかしながら!?」
言葉を続けようとするクライスとの距離を一気に縮めてきたヴァイツは、クライスの手を取り笑みを深めた。
「まさかここで想い人のお父上に挨拶できるとは。私はスターヴァー王国第三王子のヴァイツ・スターヴァー。クライス殿、いや、私の未来の父上。ぜひ親睦を深めたいのだが、いつ時間が取れるだろうか」
「み、未来の父上……!?きさ……い、いや……おそれ多いことでございます殿下。侯爵家といえど、領地に篭ってばかりのしがない貴族でございます。殿下のお時間を頂戴する価値のある話などはできませんから……」
顔を引き攣らせながらさりげなくヴァイツの手に包まれた自身の手を救い出そうとするクライス。しかしがっちりと掴まれた手は微動だにしない。
それどころか、ヴァイツはその身を屈ませクライスと目線を合わせながらさらに距離を縮める。
「私は価値のある話を求めているのではなく、未来の父上との交流を求めている。それにしても父上はユージーンとそっくりだな。髪と目の色は異なるが、顔は生写しのようだ」
うっとりとクライスの顔を眺めるヴァイツに、クライスは背筋を凍らせる。
もしかして同じ顔なら誰でもいいのかと危機感を覚える。
「……少し、近いのでは?」
クライスが嫌な汗をかいていると、冷え冷えとした声と共にクライスとヴァイツの手の上に、もう一つ手が載った。手首の先を追うと、不機嫌そうなユージーンの顔に辿り着く。
「まさか、ヴァイツ殿下が、同じ顔なら父上でも良いとは」
絞り出すような低い声に、ユージーンの怒りが感じられた。それはヴァイツの想いを疑うような言い方で、クライスは目を丸くする。その発言はまるで。
「待て、違うぞユージーン。私は貴方が歳をとったらこうなるんだろうと未来に思いを馳せていただけだ。私を節操のない獣のように扱わないでくれ」
すぐさま弁解するヴァイツは、しかし嬉しそうで。
「まさか、嫉妬してくれるとはな。大丈夫だユージーン、私の愛は貴方だけのものだ」
そう言ってクライスの手を離し、今度はユージーンの手を握る。
握られた手をまじまじと見たユージーンは、みるみるうちに顔を真っ赤に染め上げる。
「しっ……嫉妬など!なにを仰っているのやら!ただ、私の父をそういう目で見ているとしたら軽蔑すると、そういう意味で!」
二人の痴話喧嘩のようなやり取りを見て、クライスはなにを見させられているのだろう、と身体から力が抜けるのを感じた。
クライスは、ユージーンが獣人の男と結婚するなど気持ち的には全く受け入れられなかった。けれど、もしユージーンがそれを望むのなら、これまでのユージーンへの己の仕打ちの贖罪として応援しようと考えていた。ヴァイツに会おうと思ったのは、ユージーンの気持ちを自身の目で確かめるためだった。そしてヴァイツのユージーンへの想いも見極めようとしていた。
ユージーンを利用することは許さない、と。
しかしなんのことはない、誰がどう見たって想い合っている様子の二人。
はあ、とため息をつくと、いつの間にか隣に立っていたマリウスが二人には聞こえないくらいの小さな声で囁く。
「私たちは退散しよう」
マリウスの言葉に従うのは癪であったが、クライスとて同じことを考えていた。
これ以上、ユージーンが男に顔を赤らめる姿を見るのは辛いし、それを嬉しそうにしている男を見ていると憎しみが生まれそうだった。
やっと誤解が解けた息子と、やっと親子としての時間が取れると思っていたのに、どうやらその時間は猫耳男に奪われるらしいことに、嫉妬のような気持ちが生まれていた。しかも、ユージーンがスターヴァー王国へ行ってしまえば、きっとクライスはユージーンとは会うことすらままならない。
愛しいセシリアとの間に生まれたなによりも愛しい存在。けれど、自分のことで精一杯で顧みることができず傷つけてしまった。
もっと顧みていれば、あの時こうしていれば、など今更後悔したところで遅い。ユージーンの身に起こったことは、なかったことにはできない。だから、ユージーンが幸せになる邪魔だけはしないと心に決めていた。
クライスにできることは、胸の中で荒れ狂う感情を表に出さず、ユージーンの決めたことを否定しないことだけだった。
マリウスに促されて静かにその場を去りながら、クライスはもう一度ため息をついた。
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