ガチケモナーは猫耳男子を許せない

某千尋

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45 別れ

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 国の発表は国民にどう受け止められたか。
 実のところユージーンにその情報は届いていない。輿入れのための準備が忙しく、自分のこと以外に気が回る状態ではなかったのだ。
 すれ違いざまになんぞ呟いていく貴族はいるが、あまりに時間がなくていちいち気にしていられない。
 しばらく前までの穏やかすぎる日常はなんだったのか、アンニュイな気持ちになっていたことももはや懐かしい。

「私が着る服などなんでもいいだろう!」

「いいわけがないだろう!お前が適当な格好では、向こうを軽んじていると思われてしまうだろう!」

 針子に囲まれああでもないこうでもないと次々布を身体に当てられ、ユージーンには違いがわからないレースの柄やら色やらをこれは違うあっちの方がいいとデザイナーたちに姦しく騒がれるのに、ついに我慢の限界を迎えて噴出するも、なぜか同席しているマリウスに一喝される。
 不機嫌を隠さずに睨みつけても、慣れているマリウスは素知らぬ顔。

「ではあそこで見比べられてるレースの違いがわかるのか!?」

「あの一番右側のはミケラーレ領の伝統的な織物だ。前王妃様のご実家の領の特産品で、王室でも多く使われているものだ。格式は十分だが、真ん中の今王都で流行りのレースも捨てがたい。あれはユースフォティス領で新しく見つかった素材から作られた糸を使っていて、陽の下で見るとキラキラと光沢が」

「もういい!わかった!着せ替え人形になっていれば文句はないんだろう!」

 父と歳の変わらないマリウスが饒舌にレースについて語るのに、なぜだか負けた気がした。
 イライラしながらも大人しくしていると、大きなため息が耳に入る。

「しかし、お前を嫁に出すとはな」

「嫁と言うな!伯父のくせに父親面もするな!」

「お前が研究室に入ってからは、ずいぶん面倒を見ていたと思うが?気分としては第二の父だよ」

「やめろ気持ち悪い!世話になった覚えもない!」

「全く……恩知らずなやつだ」

 憎まれ口しか叩かないユージーンに、マリウスは眉を下げる。

「私も忙しいからな。今この時間しかお前とゆっくり話す時間がないんだ。少しくらい感傷に浸らせてくれ。お前がどう思っているか知らんが、私にとっては可愛い甥なんだ」

「33の男に可愛いはやめてくれないか」

「……すまなかったな」

「わかってくれれば」

「セシリアが亡くなったあと、私がもっとお前を気にかけることができていればあんなことは起きなかったかもしれない」

 突然の懺悔に、ユージーンは口を開いたまま固まった。その視線を受け止めたマリウスは、ぽつぽつと抱えていた後悔を口にする。

「妹の婚家の事情に立ち入るべきではないと思っていた。心配はしていたんだ。だが、クライスはすぐに再婚してしまうし、前妻の兄弟がしゃしゃり出るのは違うだろうと引いてしまった。領地に戻っていた前侯爵たちよりよっぽど近くにいたのに」

 少しずつ、すれ違っていた。
 ユージーンは、父や祖父母との会話を思い出す。父も、祖父母も、使用人さえ後悔していた。
 ユージーンの周りにいた多くの人間たちが、少しずつ少しずつ間違えてしまったんだろう。ほんの少しでも誰かの行動が違えば、まったく違う結果になったのかもしれない。もしかしたら、ソフィアたちと睦まじく過ごす未来すらあったのかもしれない。

「……ふん。私は今の自分に満足している。そんな昔のこと、今更なんだと言うんだ」

 けれど、そんな未来は幻だ。もしそんな未来を進んでいれば、今のユージーンはなかった。侯爵を継ぐために邁進し、獣人言語の研究などしなかった。ヴァイツにも、出会わなかった。
 そんな未来は、今のユージンが望むものではない。

「もし向こうで不当な扱いを受ければすぐ連絡を寄越しなさい。次こそはお前を守ってみせる」

 朧げな記憶の中の母と同じ色の瞳がユージーンを射抜く。あまりに真剣なそれに、思わず視線を逸らす。

「助けなどいらない。いらないが、まぁ……その気持ちはもらっておく」

 前のユージーンだったら、差し伸べられた手を信じられず拒んでいただろう。辛かった時に助けてくれなかった人間の言うことなど、唾棄していただろう。
 今だからこそ、受け止められた。

 答えを聞いて柔らかく微笑んだマリウスは、時間だと告げて部屋を出ていく。
 宰相であるマリウスが、ユージーンの衣装選びに付き合う余裕があるはずない。相当苦労して捻り出した時間だったのだろう。

「世界は、思っていたより優しかったのかもしれないな」

 慌ただしく動く人々の中でぽつりと呟いた言葉を拾う者はいなかった。









 そうして、息をつく間も無くスターヴァー王国へ出国する日を迎えた。
 蓋を開けてみれば、ユージーンの輿入れにそこまで反発はないらしかった。ヘンリックの婿取りのニュースがセンセーショナル過ぎて陰に隠れてしまった、というのもある。
 いち研究員でしかなかった、表にほとんど顔を出したことのない貴族がどうなろうと、世間は関心がないようだ。騒がしいことを好まないユージーンにとっては幸運なことだった。

「まさかさー、お前があっちにいくとは思わないじゃん」

 最後に見ておこうと起きて早々に向かった研究室の中は、すっかり空っぽになっていた。もうユージーンがここで研究をすることはない。しばらくすれば、また別の誰かの城になるのだろう。
 胸にくるものを感じていると、いつもより静かな声で邪魔が入った。

「……私はここでの時間にゆっくり思いを馳せていたところなんだが?」

「いいじゃねぇか。俺もその一部だろ」

「相変わらず図々しい」

「これが最後かもしれないのに、最後まで邪険にすんなよ」

 いつもと違って少し弱々しい声に、ユージーンはまじまじとトムソンの顔を見る。

「なんだよ」

「いや、殊勝なお前などあまりに珍しくてな」

「失礼すぎるだろ」

「……最後にするつもりなのか?」

「あ?」

「せっかく国交が回復するというのに、お前はあちらの国に行くつもりはないのか」

「!」

「今後行き来が増えれば通訳の需要は増すだろうな。そうなっても、お前は研究室で紙と睨めっこするだけか?」

「っ抜かせ!俺以上の通訳なんているわけねぇだろ!上の爺さんたちは耳が遠いからな!ふん、俺がお前の通訳してやるよ!」

「私に通訳は不要だが?」

 一気に元気を取り戻したトムソンは、いつものように憎まれ口を叩いて出ていった。
 あいつもそれなりの年齢だろうに幼いな、などと自分のことを棚上げしながら部屋の中をゆっくり歩く。10歩も歩けば端から端まで到達してしまう小さな小さな箱。この中だけがユージーンの世界だったことが、ずいぶん前のことのようだった。

「臆病な私は、ここに置いていく」

 ここだけが安心できる場所で、ここだけでしか生きられなかったユージーン。
 埃が残った窓枠に手をかけ、外に視線を移す。思えば、ここから外を見たことすらなかった。
 今では、自分の視野がいかに狭かったかわかっている。これからはそのままではいられないこともわかっている。
 これまで逃げてきた貴族の役目からも、もう逃げられないだろう。

 どくどくと緊張で高鳴る鼓動に、目を閉じて耳を傾ける。

「時間か」

 そろそろ割り当てられた部屋に戻って準備をしなければならない。結局どのレースが選ばれたのかユージーンにはわからないが、きっと輿入れにふさわしいものが誂えられたはずだ。

 部屋を後にしたユージーンの顔に、迷いはなかった。
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