16 / 58
5.消える君と愛なき君
リシャールの訃報
しおりを挟むジルベール夫妻はアンドレを呼んだ。
「アンドレ様。シャンパーニのジルベール国王がお呼びだそうです。」
「ジルベール国王が?」
「はい。」
「突然、珍しいな…。…行くか。」
アンドレの元に、エリソンドと二人でシャンパーニへ来てほしいとの内容の手紙が届いていた。
二人はすぐにぺリシエを出た。シャンパーニ城へ向かう途中に、黒く焼け焦げた巣が目に入った。
「火事があったのか?」
「そうみたいですね。かなり大きい火事だったのでしょうかね、巣が崩れてますよ。」
「……」
アンドレは何だか嫌な予感がした。
「ジルベール国王とルシアン妃にご挨拶を。」
「楽に。」
「感謝します。」
「アンドレ、エリソンドも遠くからありがとう。」
「いえ。…今日はどのようなご用件で?」
「…皆、我らだけにしてくれ。」
ジルベールは働き蜂達を退室させた。
「…実は、先日シャンパーニ内で大火事があったんだ。」
「はい、来る途中見かけました。かなり痛手を負ったのでは?」
「まぁな。」
「…修復の協力でしたら…」
「ち、違うんだ。」
「…?」
ジルベールは中々言い出せなかった。
「その……」
「?」
「……火事があったのは…リシャールの巣なんだ」
「……はっ…?」
ジルベールはアンドレの顔を見ることができなかった。
「…では…リシャールは…?」
「……」
黙り込んでしまったジルベールを見たルシアン妃がイエローダイヤと羽を出した。
「…これを。」
「……」
アンドレとエリソンドは、見覚えのあるイエローダイヤと羽を見て、言葉を失った。
「……リシャールは無事なのですか。」
「…火事があった部屋から、焼死体とこれらが見つかったの。その部屋は確かにリシャールのだと、リシャールの弟が…。」
「……」
「でも、遺体は焦げていて本当にリシャールかどうかはわからないの。」
「……」
アンドレの紅の瞳から光が無くなったのは、その場にいた皆がわかった。
そして、震える手をイエローダイヤに伸ばした。汚れがついたイエローダイヤのイヤリングは、出会った日にもつけていたものだった。
「……嘘だ。そんな訳ない。」
アンドレが口を開いた。
「アンドレ様。」
エリソンドもアンドレを心配そうに見つめた。
「その遺体がリシャールだと分かるまで、信じることは出来ません。」
「アンドレ、私たちも信じられないわ。でも」
「……遺体はどちらに?」
「まだ巣に安置されているはずだけど……」
「……見させてください。」
ジルベールはアンドレの希望通りに、働き蜂に連れて行かせた。
「……」
「アンドレ様、気分がすぐれないでしょうから…」
「構わない。遺体がリシャールではないと確認できれば、それでいいんだ。」
「……アンドレ様」
「こちらのご遺体です。」
「……」
ルシアン妃が言う通り、見ても全く分からなかった。
「このご遺体が、王台にあったと思われます。その周りに、働き蜂がいたのではないかと推測されています。」
「……そうか。」
「他を見ても?」
「はい、かなり崩れやすいので、怪我にお気を付けて。」
「あぁ、ありがとう」
「アンドレ様、私が見てきます。」
「……」
アンドレは焼死体をじっと見つめているばかりだった。
エリソンドが、残った部屋を見た。ミシェルの部屋にあった、ヤプセレ家の肖像画を見た。
「…これは…お母様か。リシャール様にそっくりだ。」
そして、ミシェルが置いた指輪を見た。
「琥珀、か。珍しいな。いや、シャンパーニでは普通なのか。」
部屋を出ると、エリソンドは、リシャールの部屋だけ燃えていることに違和感を覚えた。
「火元は、リシャール様の部屋なのか。」
エリソンドは、これは事故ではなかったと察した。自殺か他殺か。どちらもあり得ると思った。
「アンドレ様、戻りましょう。」
「……あぁ。」
アンドレとエリソンドは、ジルベールの元は戻った。アンドレは一向に口が開かなかった。代わりにエリソンドが話していた。
「ジルベール国王。」
「あぁ。」
「妹さんの行方は?」
「それが、消息を絶っているんだ。」
「どういうことですか。」
「分からない。リシャールと妹のミシェルは、昔から仲が悪かったんだ。」
「そうなのですか。」
「どちらかというと、ミシェルが一方的にリシャールを嫌っていたかと」
「恐れながら申し上げますが、その妹さんが……リシャール様を殺したということはあり得ませんか?」
「…ない……とは断言できない。」
「なるほど。」
「…………か。」
ようやくアンドレが口を開いたが、聞き取れなかった。
「アンドレ様、今、何と?」
「…父上か。」
「え…?」
「父上なのだろう?」
「アンドレ様、それは…」
「リシャールがシャンパーニの貴族で、雄蜂だということも、全て、父上は知っていた。それに、父上が脅して婚約を破棄させた。そうだろう?」
「あ、アンドレ様。」
「アンドレ、落ち着いて。」
「落ち着いてますよ。」
ジルベールとルシアン妃は目配せした。
「…これは、アンドレに持っていてほしい。」
ジルベールはアンドレの手にリシャールのイエローダイヤを握らせた。
「……。」
イエローダイヤを見て、アンドレはよろめいた。
「アンドレ様!…お休みになった方が。」
「アンドレ、今日は戻って休んで頂戴。」
「…何かあったら、私たちが力を貸すよ。」
ジルベールは頷いてアンドレに言った。
「では、ジルベール国王、ルシアン妃、失礼いたします。」
エリソンドが代わりに挨拶し、
「では。」
アンドレはその後ろで礼をした。
「…アンドレ、大丈夫かしら。」
「これで良いんだよ、きっと。」
「アンドレの敵はクロヴィスであると、あの子も理解したと思うけど…」
「あぁ、心苦しいが…」
ジルベールとルシアン妃は、アンドレを心配していた。
「……アンドレ様…」
アンドレはペリシエに帰ろうとしなかった。
またリシャールの焼け崩れた巣に戻り、立ち竦むばかりであった。
「……リシャール…。……どこにいるんだい、リシャール…帰ってきてくれよ。これは嘘なのだろう?…俺を驚かそうとしているだけなのだろう?……リシャール…」
「……」
虚ろになっているアンドレの紅の瞳には、光がなかった。エリソンドはとにかく心が痛かった。
「……リシャール……」
リシャールの名前を呼んで、アンドレは膝を着いた。
「ぁ……ぁぁ…っ…!!」
「アンドレ様……」
「…なぁ、エリソンド。お前も俺を騙しているのだろう?なぁ、そう言ってくれよ。」
「……。」
「…エリソンド、頼むから……」
「……」
紅の瞳から、ぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちていた。
こんなに泣いている主人は、初めて見た。
「……私も辛いのですよ、アンドレ様。」
「………」
「いっそ、誰か俺を殺してくれ…」
「アンドレ様…なりません」
「……すれば、リシャールに会えるだろう?やっと二人で、いられるだろう?」
アンドレは何も考えられなかった。
「…アンドレ様。このままで宜しいのですか??」
「……何がだ?」
「…リシャール様の死の真相を知らずに…このままで良いのですか。」
「……死んだなんて、決めつけるな。」
「……アンドレ様。このイエローダイヤが、焼死体の元にあったと、それに、虹色の羽も。何より、弟さんが調査に入っても、何も進展がないというのですよ。」
「……だから、リシャールが死んだと決めつけるのか?」
「…受け止めるしか、ありません。アンドレ様。」
「……」
エリソンドの言葉で、もっと胸が苦しくなった。アンドレもリシャールは生きていると、無理やり言い聞かせている所があった。だから、否定出来なかった。
「…今世では、結ばれない運命なのだな。」
「……アンドレ様…。」
エリソンドに肩を抱えられ、ペリシエへ戻った。
城へ戻ると、何やら騒ぎが目に入った。
「……あれは何でしょうか…?」
「……?」
ここでは見慣れない蜜蜂達が、城の近くをずらりと並んでいた。
「赤蜜蜂……」
「…マルグリットから来たのか。」
「そのようですね。」
「父上の客だろう。……休みたいんだ。」
「かしこまりました。」
自室へ戻ろうとしたアンドレに誰かが抱きついた。
「……?!」
「アンドレ様!」
「?」
マルグリット王女、マデリーンであった。
「アンドレ様にお会いしたくて、来てしまいましたわ」
「……マデリーン王女。」
「やだ、アンドレ様ったら。私のことはマデリーン と。」
「……」
「…私たちは夫婦になるのですよ?」
「……」
アンドレは何も考えられなくて、黙ってマデリーンを見ていた。すると、エリソンドは気付いて、彼女を引き剥がした。
「マデリーン王女様。アンドレ様は体調が優れませぬ故、お休みなさると。」
「……まぁ、妻が会いに来たというのに。突き放すのね?」
「……」
「冗談よ。そうだ、じゃあ私が看病するわ!」
「…マデリーン王女、それには及びません。…では…」
アンドレが去ろうとした時、マルグリット国王のレイエスが来てしまった。
「アンドレ。君が出かけていると聞いて、待っておった。」
「…レイエス国王にご挨拶を。」
「あぁ、楽にするがいい。」
「感謝します」
「君が結婚を受け入れてくれたお陰で、マデリーンも喜んどる。」
「…マデリーン王女との婚約を認めて頂き、光栄です。」
「…まぁ、アンドレ様!私も嬉しいわ!」
「……」
レイエスとマデリーンは上機嫌だ。
「結婚式の準備は、近々進めると聞いた。」
「…えぇ、そのようで。」
「私、ペリシエで作られたドレスを着てみたいわ!」
「はっはっは!娘の花嫁姿が楽しみだ!」
「……」
アンドレは口角を上げただけの苦笑いで、その場は乗り切った。
「はぁ……!!」
ようやく部屋へ戻り、アンドレはベッドに倒れ込んだ。
「……」
焦げたのであろう汚れが付いた、イエローダイヤ。黒ずんでしまっても尚、美しかった。
ふと、リシャールの姿を思い出してしまう。
出会った日、再会した日、別れを告げた日。
どの日も美しい思い出。
「失礼致します。アンドレ様、国王陛下がお呼びです。」
「はぁ……」
やっと、部屋へ戻れたのに。
「……」
アンドレはクロヴィスの元へ向かった。
「父上、お呼びでしょうか。」
「……アンドレ。レイエス国王とマデリーン王女には会えたか。」
「はい。」
「…そんなに落ち込むな。お前が結婚するのは、国のためだ。第一王子なら、分かるよな?」
「……はい。」
何だか、父に反抗するのも疲れてしまった。
「……」
「……例の娘は元気なのか?」
「……?」
「お前を惚れさせたシャンパーニの白蜜蜂の事さ。もう忘れてしまったのか?」
煽るようなクロヴィスの表情を見た瞬間、腸が煮えくり返った。
「……知りません。」
「…それは残念。」
クロヴィスがアンドレに背を向けた時、アンドレの紅の瞳は燃え盛っていた。
俺の敵は、クロヴィスだ。
____ 俺は、必ずお前を討つ。
0
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
【完結】第三王子、ただいま輸送中。理由は多分、大臣です
ナポ
BL
ラクス王子、目覚めたら馬車の中。
理由は不明、手紙一通とパン一個。
どうやら「王宮の空気を乱したため、左遷」だそうです。
そんな理由でいいのか!?
でもなぜか辺境での暮らしが思いのほか快適!
自由だし、食事は美味しいし、うるさい兄たちもいない!
……と思いきや、襲撃事件に巻き込まれたり、何かの教祖にされたり、ドタバタと騒がしい!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる