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5.消える君と愛なき君
ペリシエ王子の結婚式
しおりを挟むペリシエでは、アンドレとマデリーンの結婚式の準備が着々と進んでいた。
その水面下でアンドレはクロヴィスを討とうと考えていた。しかし、彼は動くことが出来なかった。
「アンドレ様!」
「……マデリーン王女。」
「もぉ、だから私のことはマデリーンと。」
「……マデリーン…」
「はい、アンドレ様」
「……」
マルグリットのマデリーン王女が滞在しており、兵士の数も増えたからだ。
「そうだわ、食事をご一緒にと……!」
「あぁ……すまない、まだやることがあるんだ。私のことは気になさらずに。」
「…アンドレ様とご一緒したいのよ」
「すまない…」
アンドレはマデリーンにどう接していいのか分からなかった。彼女が、自分の妻になるなんて、考えられないし、考えたくない。
「はぁ……」
一人になった途端、いつもため息が出る。
マデリーンから逃げるように、自室に籠るようになった。
「アンドレ様、エリソンドです。」
「あぁ、入れ。」
「…アンドレ様、結婚式の日程が決まったそうです…」
「…そうか。」
「……つかぬ事をお聞きしますが、まさか…国王陛下を…」
「討つ。」
「え……」
「悪いか?」
「アンドレ様!今は動かない方が…」
「動けないんだ。お前が言いたいことも、分かっている。」
「あ…、申し訳ありません。」
エリソンドはアンドレを心配そうに見つめた
リシャールの訃報を聞いてから、彼の笑顔は一度たりとも見ていなかった。
このまま、結婚なさるのか。
エリソンドは心苦しいばかりだ。
「心配するな。」
「…?」
「…今は抗っても無駄なのは分かってる。時が来たら、俺は動き出す。その時は、協力してくれるか?」
「はい、勿論でございます。」
「……良かった。」
アンドレは少しだけ微笑んで見せた。その手にはイエローダイヤが握られていた。
_________________
それから数日後に、結婚式は行われた。
「アンドレ様、お似合いです。」
タキシードに身を包み、長い白銀の髪を結った。
代々受け継がれるガーネットの指輪を持つ。
「…。」
何も、嬉しくない。何も、感じない。結婚式なのに。国はこんなにも賑わっているというのに。
ガーネットの指輪を見つめた。
「…どんなに美しいか。」
リシャールのウェディングドレスの姿は。真っ白のドレスなのだろうな。ぺリシエではありえないような、純白の。君にしか似合わない、純白の可愛らしいドレス。ブーケはブッドレアだろうか。
「アンドレ様。」
「あぁ…エリソンドか。」
「これを。」
「…。」
エリソンドから渡されたのは、ブッドレアの花。
甘い香りが鼻を擽った。
「これを摘みに出かけていたというのか。」
「…はい。結婚式ですから、新郎が暗い顔をしていてはなりません。」
「…そうだね。」
アンドレは口角を無理に上げるような笑顔を見せた。瞳に光などなかった。
「アンドレ様、マデリーン王女がお会いしたいと。」
働き蜂がアンドレを呼びに来た。
「あぁ、今行くよ。…じゃあ、エリソンド、また後で。」
「はい…。」
アンドレは重い足取りで部屋を出た。エリソンドにはそう見えた。
マデリーンが待つという部屋に向かったアンドレ。
扉を開けると、純白のドレスを着たリシャールの姿が幻覚として見えた。
「…。」
振り返った花嫁姿のリシャールは美しい、気がした。
「アンドレ様!」
「…マデリーン。」
「…アンドレ様、とっても素敵でしょう?」
「あぁ、とてもよく似合っている。」
「まぁ、嬉しい。」
マデリーンはぺリシエに受け継がれるドレスを着ていた。生地は黒で、レースの刺繡が輝いている。
「アンドレ様、マデリーン様、お時間です。」
働き蜂が二人を呼んだ。
「…行きましょう。」
「はい。」
アンドレはマデリーンの手を取った。
…マデリーンとの結婚は、受け止めざるを得ないことなのかもしれない。
そう言い聞かせていた。
『私たちは、結ばれない運命なの。』
リシャール。本当にそうだとしても、俺は君のいない世界でどう生きていけば良い?
そして、ぺリシエ城で結婚式が行われた。
そこには、シャンパーニ国王夫妻も参列していた。
「アンドレ。」
「…ジルベール国王。ルシアン妃。お越しいただき感謝致します。」
二人は、アンドレの結婚を祝福出来るような気持ちではないようだった。
「結婚おめでとう。」
「ありがとうございます。今夜はどうぞ、楽しんでください。」
「……」
瞳に光のないアンドレを見て、もっと心苦しくなった。
____________________ ぺリシエ王子・アンドレと、マルグリット王女・マデリーン を夫婦とここに認める ___________________
結婚式に参加していた貴族や祝福する民の姿を見て、アンドレは心のどこか、この結婚を受け入れようとしていた。
ぺリシエの街では二人の結婚を祝福する祭りが開かれていた。
「アンドレ様、見て!とっても綺麗だわ!」
マデリーンは城の中から、初めて見る祭りの光景にはしゃいでいた。
「マデリーン。折角だから、祭りを見てくるといい。」
「まぁ、アンドレ様も、」
「私は休んでいるよ。」
「それなら私も…」
「気にするな。」
「…じゃあ、少しだけ。」
「あぁ、気を付けて。」
「…」
マデリーンが部屋を出ると、アンドレはまた無意識にため息をついた。
「…はぁ…」
ソファに座り込み、目を瞑った。
すると、エリソンドがやってきた。
「アンドレ様。」
「…エリソンド。…なんだ、また持ってきたのか?」
「喜んでくださるかと。」
エリソンドはまたブッドレアの花を摘んできた。アンドレも思わず笑みがこぼれたようで、少しほっとした。
「アンドレ様は行かれないのですか。祭りに。」
「行かないよ。疲れてしまってね。」
「…そうですか。街はとても賑やかですよ。灯りで輝いて、あぁそうだ、お店とか…」
「…。」
エリソンドが話す途中、アンドレの方を見ると、目を瞑り、眠っていた。アンドレの胸にはブッドレアの花があり、甘い香りに浸っているように見えた。
「おやすみなさいませ。」
エリソンドは囁いて、部屋をそっと出た。
「…。」
廊下の向こう側からクロヴィスが来た。
「エリソンド。」
「国王陛下。」
「祭りには行ったか。」
「はい、先ほど少しだけ回って参りました。とても盛り上がっているようです。」
「そうか。マデリーンが祭りに行ったようだが、アンドレも一緒なのか?」
「いいえ、アンドレ様はお休みになっております。さぞ、お疲れのご様子で。」
「そうか。まぁ、緊張していたようだからな。」
エリソンドは微笑むばかりで、目を合わせないようにした。
「エリソンド。物分かりの良いお前には言っておくが、…未熟なお前らに、私を討とうなど早すぎるとな。」
「…なぜそのようなことを…」
「まぁそんな気にするでない。ただ、忠告をしてやったまでよ。それじゃ、私も休むことにするよ。」
「…」
エリソンドは、クロヴィスの背中を睨むようにして見ていた。そして、確信した。リシャールを殺そうとしたのは、クロヴィスなのだと。
しかし、まだクロヴィスに対し、怯えているような気もする自分の腿を拳で殴った。
ドンッ
「…!」
祭で打ち上げられた花火の音に驚いて、目が覚めたアンドレ。
「……はぁ…」
夢を見て寝てしまっていた。
「アンドレ様…!」
「…マデリーン。帰ってきたか。」
「はい!アンドレ様、もうお休みになったと。」
「あぁ。」
「…アンドレ様。私、アンドレ様と結婚出来て、とても幸せです。ずっと憧れておりましたの。アンドレ様の妻になったからには、良き妻になれるように、精進致します。」
「……あぁ。」
「いつかは、アンドレ様との子供も…」
「子供…」
アンドレは、ふと思い出した。
リシャールの腹の中に、子供が。俺の血が流れている子供だ。俺の子供まで、殺されたというのか。
「……アンドレ様?」
「……。」
「アンドレ様、私、貴方との子が欲しいのです。跡継ぎのこともありますし…」
「……」
「アンドレ様?」
「あぁ…分かっている。」
「……急かすことはしません。」
「…ありがとう。…マデリーン、今夜は一人にしてくれるか?」
「結婚式の日に?夫婦になったというのに、花嫁を一人にするのですか?」
「そんなつもりは。疲れたんだ。」
「疲れた?…私といるのが、そんなに退屈なのですか?」
「……マデリーン。君の言うことも分かるが、私のことも分かってくれないか」
「…わかってるわ。」
「……申し訳ない。」
「…はぁ。分かりました。」
マデリーンは颯爽と部屋を出ていった。
「……」
窓の外はまだ賑やかであった。
音楽も微かに聞こえてくる。灯りは綺麗で、民の楽しむ声も聞こえる。
「…楽しそうだ。いつも、こうだったら良いのにな。」
窓にもたれかかって、外を見つめていた。
「……アンドレ様、エリソンドです。」
「あぁ。どうした?」
「…お休みになったかと。」
「いや、花火の音で目が覚めてしまって。なんだか、今夜は寝れなさそうだ。」
「そうですか。」
エリソンドはアンドレの近くに寄って、手を差し出した。
「それでしたら…アンドレ様、これを。」
「…?…これは…」
エリソンドの手のひらに、鍵があった。
「…眠れないのでしたら、見に行かれてはいかがてすか。」
「……もう、必要ない。」
「せっかく、働き蜂の皆さんが作ってくださったので。とても可愛らしく出来たそうですよ。アンドレ様のご要望通りに出来たと、自慢げに話していましたよ。」
「…今となっては、誰のための別荘になってしまったか。」
「……アンドレ様とリシャール様の巣に、変わりはありませんよ。」
「……。」
「気分転換と言っては何ですが、散歩がてら、良かったら中もご覧になってください。」
「……分かったよ。」
アンドレはエリソンドからリボンのついた鍵を受け取り、飛び立った。
_______________
ペリシエと隣国レステンクールの国境付近。小さなドールハウスのような、別荘が完成していた。
この別荘は、どうしたら良いか。
誰にも見つからないような場所に建ててしまい、一つだけ ぽつんと佇んでいるようだ。
「………。」
アンドレは扉の鍵を開けた。
辛かった。本当は、リシャールと共に暮らすはずだった。自分が未熟すぎたせいで、父が君に手を下したせいで。
不幸にしてしまっただろうか。
「リシャール…。」
アンドレは呟いて、扉を開けた。
「………」
あぁ、また幻覚だ。
奥に一つ、豪華絢爛な王台が設置されている。真っ白のレースに包まれているようで、可愛らしい。
そこにリシャールが座っていた。
「…綺麗だ。」
『……アンドレ様?』
「リシャール…?」
アンドレは足をふらつかせて、王台に歩みを進めた。
幻覚なのか。都合のいい夢か。分からない。
何度瞬きしても、そこにいるリシャールは消えない。
「……リシャール。リシャール、なのか。」
_______________ アンドレ様。私はここにいます。
アンドレは足が動かなくなったように佇んだ。
「……」
「アンドレ様、お顔を見せてください。お腹が膨らんで、上手く立ち上がれないのです。」
「夢じゃ、ないのか。」
「夢じゃありません。」
「リシャールは死んだと…」
「ここにいますよ。」
信じられなかった。ふらふらと足を運び、リシャールの元へ。
リシャールが、目の前にいた。
恋しくて恋しくてたまらなかった。
アンドレは涙を流しながら、震える手でリシャールの頬に触れた。温かかった。柔らかくて。
「アンドレ様。会いたかった。」
「リシャール…」
「…!」
リシャールの顔を引き寄せて、キスをした。
「…アンドレ様。」
____ リシャールは生きていた。
「…アンドレ様、ご結婚なさったのですか」
「あ…」
結婚式が終わってから、着替えるのも忘れて休んでしまっていた。リシャールはアンドレの正装の姿を見て、惚れ惚れとした。
「おめでとうございます。」
「リシャール…これは、国のためなんだ。」
「…?…アンドレ様がお妃様を愛されているから、ご結婚なさったのでしょう?」
「…君以外に誰を愛するというのだ。」
「アンドレ様。…私たちは、恋人などではありません。」
「…リシャール。」
リシャールは微笑んだ。
「…お妃様をお迎えしたのです。新しい始まりではありませんか。」
「……。」
切なかった。二人が結ばれない運命にあることを受け入れているリシャールが。
「…リシャールは、なぜここに戻ってきたのだ。」
「行く当てが無かったのです。そしたら、ヨハンがここの鍵を持っていたのです。私はアンドレ様にお返ししたと思っていたのですが。」
「…ヨハンが?」
「はい。でも、行先が決まったら、ここもお返ししますから。それまで、貸してくださいませんか。」
「返さなくていい。ここにいてくれ。リシャール。」
「それは…出来かねます…」
リシャールが微笑むたびに、アンドレの心が針で刺されていくように痛かった。
「リシャール、君の巣で一体何があったんだ。」
「それは…」
微笑んでいたリシャールの表情が暗くなった。
「話せば長くなるかと。」
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