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5.消える君と愛なき君
死の真相
しおりを挟むコンコン。
「えっ、今、窓からノックがした?」
暗い夜の外からノックされたと少し怯えたのは、ミシェル。
恐る恐る窓を開けると、そこには黒蜜蜂がいた。
「きゃっ。」
黒蜜蜂はミシェルの口を手で覆った。
「静かにしろ。」
「??」
「…お前が逃げるなら今だ。」
「どういうこと?」
「…お前の兄は?」
「……」
ぺリシエ王国が自分の兄を本気で殺すつもりなのだと、ようやく実感した。
「いるのか?」
「巣の東側の王台よ。兄上は寝るのが早いから、今頃寝てるわ。」
「…お前は早く逃げるといい。」
「……」
黒蜜蜂が去ったことを確認してミシェルは部屋を出ようとした。
「……」
家族の肖像画が目に入った。
フレアとルイ、リシャールにミシェル、ロベールも皆写っている。
そしてミシェルは、自分が唯一、フレアから遺された指輪も外して、肖像画の前に置いた。
部屋の外に少しずつ黒蜜蜂が集まってきた。油の入った瓶を持っているのが見えた。
「兄上。起きて、兄上。」
「…ミシェル?どうしたの。」
「これを持って。」
「え?」
ミシェルは逃げずに、リシャールの元へ行ったのだ。
リシャールには大切にしているイエローダイヤの品々を持たせ、ヨハンもたたき起こした。
「何事ですか。」
「静かに。」
「?」
「貴方は母上からの物をまとめて。」
「なんで?」
「いいから。」
「ミシェル様?」
何やらミシェルが動いていることを察してカトリーヌも来た。
「兄上。これを着て。」
ミシェルは自分が着ていた羽織を着させた。
「ミシェル?だからどうしたの?」
「何も聞かないで!」
「ヨハン、カトリーヌ。リシャールと働き蜂たちを連れてどこか遠いところに行って。」
「遠いところ?」
「早く!」
「リシャール様、言う通りにした方が良いのでは?」
ヨハンはまだ状況が把握できていないリシャールの手を無理やり引いた。
「え?ミシェルはどうしたの、どうするの??」
「カトリーヌ。兄上をお願い。」
「……」
カトリーヌは外から微かに聞こえる羽音で今の状況を察した。
「……ミシェル様を置いてはいけません。」
「…お願い。」
カトリーヌは顔を上げて、ヨハンの方を向いた。
「ヨハン、言う通りに支度して!リシャール様の働き蜂を連れて行って。」
「…分かりました。」
真剣な眼差しのミシェルを見て、ヨハンはすぐに取り掛かった。
「ねぇ、ミシェル…」
「兄上は黙ってて!」
「えっ…」
すぐに支度は整って、リシャールの働き蜂達が集まった。
「行きましょう、リシャール様。」
「え?…ミシェル?」
リシャールは何もわからないまま、ヨハンに無理やり連れられて巣を去った。
「カトリーヌ。行きなさいよ。」
「…いいえ。フレア様からの指示で、ミシェル様にお仕えすると。」
「はぁ、物分かりが良い人だと思っていたのに。」
「…私が代わります。」
「やめてよ。」
「……」
「皆も逃げなさいよ。こんなクズと最期は嫌でしょう?」
ミシェルの目線の先には、自身の働き蜂達が集まっていた。
「お仕えさせてください。」
「はぁ、嫌な子たちだわ……!」
リシャールの王台にミシェルは座りこんだ。
働き蜂達もミシェルの周りを囲むように座った。
「……悪いことしてごめんなさい兄上。こんな私でごめんなさい母上、父上。」
ミシェルは目を瞑り、王台に横になった。
外からは巣に油をかけられる音がする。
そして、灯りがついた。
ミシェルの左耳に、リシャールのイエローダイヤのイヤリングが輝いた。
「ヨハン、あれはどういうこと?」
リシャールは、何者かに巣を囲まれた状況を指して言った。
「……」
「どこに向かうの?」
ヨハンの手には黒いリボンのついた小さな鍵が握られていた。
「遠いところです。」
「?」
シャンパー二の国境を越えようとしたとき、リシャールは後ろを振り返った。
真っ暗な夜の街に、大きな光が見えた。
「……ねぇ、あれって…」
「……見てはなりません。」
「ヨハン!!ミシェルとカトリーヌは?!」
「……リシャール様。」
「ねぇ、答えてよ。」
「……」
ヨハンは黙ったまま。
リシャールは状況を一気に把握してしまったせいで、混乱し始めた。
「リシャール様。」
「まだ助けれるかも…」
「リシャール様!ミシェル様は、リシャール様を守ろうとしたんです。その気持ちも、リシャール様自身のお命も溝に捨てるようなことをしてはなりません!!」
「……!?」
リシャールは呼吸が乱れていた。
「早く。」
ヨハンがリシャールの手を引いて連れた先は、以前にアンドレが作ったという別荘だ。
レステンクールとぺリシエの国境付近で、シャンパーニからは少し遠かった。
「ここは…?」
「アンドレ様の別荘です。」
「え?」
ヨハンは鍵を見せた。
「ヨハン、なぜそれを?私はアンドレ様に手紙と一緒に返したはずよ?」
「リシャール様、申し訳ございません。僕が勝手にとってしまったのです。いつか、お二人が会う時があってもいいんじゃないかと思って。まさか、こんな形で使うとは思っていませんでしたけど。」
「……」
ヨハンは別荘の鍵を開けた。
外観は黒く、形は小さなドールハウスのようだった。ヤプセレ家の巣よりは小さい。
「さ、早く入ってください。」
「……」
中に入ると、景色が変わった。シャンパーニのように内装は真っ白だった。
「アンドレ様はお優しいのですね。」
「……」
リシャールには色んな感情が混ざりに混ざっていた。
妹を失った辛さ、ぺリシエが自分を狙っている恐怖、アンドレとまた別荘で会えるのではないかという期待。
「…もうどうしたいいの」
中央の奥に置かれた、レースがたっぷり使われている可愛らしい王台に座った。
「……」
ヨハンもほかの働き蜂達も俯いてしまった。
「ねぇ、ちゃんと説明して」
「……」
「あの光は、私たちの巣からでしょう?あの黒蜜蜂の大群が、燃やしたの?」
「……」
「僕にもはっきりしたことはわからないんです。」
「……え…?」
「でも、きっと、ぺリシエが動いていたのは事実です。」
「何のために?」
「分かりません。」
「私はアンドレ様との婚約は破棄したはずよ。」
「…僕もわかりません。」
「…アンドレ様に何かあったら…!」
「……」
「それにミシェルは…」
「……」
「もう、帰ってこないの?」
「…」
「はぁ…!!」
リシャールは頭をぐしゃぐしゃと抱えた。
「大人しく私に死なせればよかったのに。どうして」
「……」
「もう…消えてしまいたい」
リシャールは我慢していた涙と感情が、大波にさらわれるようにあふれ出した。
「…あの遺体はリシャールの妹だったんだね。」
「…きっと。」
俯いて涙を堪えているリシャールを気の毒に感じた。でもリシャールは涙を隠すように、笑ってみせた。
「アンドレ様、夜が更けてきましたから、お妃様の元へ戻られた方が。」
「…あぁ…そうか……。」
「おやすみなさい、アンドレ様。」
「…また来るよ。」
リシャールは微笑んだ。
そして、アンドレは城に帰ってすぐ、エリソンドを探した。
「エリソンド……!!」
「アンドレ様。…お会いできましたか。」
全てを知っていたかのように、エリソンドは安堵した微笑みを見せた。
「…お前は知っていて行かせたのか。」
「…はい、申し訳ありません。」
「なぜ知っていたんだ。」
「ブッドレアの花を摘みに行ったとき、そこにヨハンが。」
結婚式の日に笑顔が全くできないアンドレを悲観し、ブッドレアの花を摘みにあの花畑に来ていたエリソンド。
「アンドレ様は喜んでくださるだろうか。」
「…エリソンドさん。」
「…?!」
そこにいたのは、もういないはずのヨハンの姿だった。
「…ヨハン?…亡霊か?」
「まさか。生きています。」
「ヨハン。…リシャール様は?!」
「生きていますよ。」
「そ、そうなのか?!」
「はい。」
「今はどこに?」
「アンドレ様が作ってくださった別荘です。」
「あの別荘に?」
「はい。ごめんなさい、鍵は僕が持っていたのです。」
「通りで、リシャール様からの手紙の中に鍵だけなかったのか。」
「まさか、こんな形で使うなんて思ってもいませんでしたけど。」
「…君たちに何があったんだ。」
「それは。」
ヨハンはエリソンドに経緯を説明した。
「…そうか。それは災難だったな。」
「…リシャール様は混乱しているうえに、悲しみに暮れています。アンドレ様のお姿を一目見れたら、少しは笑顔を取り戻してくれるかと思って。」
「アンドレ様も、笑うことを忘れてしまったかのようですよ。」
「…エリソンドさん、今日は何か行事があるのですか。」
いつも見ていたエリソンドが正装をしているのに気付いたヨハン。
「あ…あぁ。…け、結婚式だ。」
「そうなんですね。それは、おめでたいですね。」
「ヨハン。」
「おめでとうございます。」
「…。」
「せめて、アンドレ様とリシャール様を会わせたいのです。少しでいいんです。」
「…私も同じ考えだ。それじゃあ、…今夜。」
「はい。」
エリソンドは複雑だった。嬉しいけど、心苦しくて。
エリソンドの話を聞いたアンドレは少しだけ笑った。
「生きていて良かった」
「はい。災難に巻き込まれて辛そうでしたが…。元気そうだったので良かったです。」
「…また一つ、エリソンドに借りができてしまったな。」
「いえ。」
「…本当に……、よかった。」
それから、アンドレは毎日のようにリシャールの元を訪れた。幾たびにブッドレアの花束を抱えて、リシャールを喜ばせようとしていた。その姿は誰が見ても輝いていて、幸せに溢れていた。
しかし、それをよく思わない者もいる。
「アンドレ様。」
「マデリーン。」
マデリーンはアンドレの背中に抱きついた。
「私は貴方との子が欲しいのです。結婚式も終えて、一段落ついたではありませんか」
「マデリーン。そんなに急がなくてもいい。」
「またそうやって、はぐらかすのですね」
「はぐらかしてなどいない。今でなくてもいいと言っているのだ。」
「私は欲しいのです!アンドレ様、貴方は私との子を作りたくないだけなのでは?」
「そんなことは。」
「…アンドレ様。いつもそう言って。」
「……今日は休め。」
アンドレはマデリーンとの寝室を離れ、自身の部屋へ戻った。
「…妻をそんな扱いして。酷すぎるわ」
また別の日も、
「アンドレ様、おやすみなさい。」
「あぁ。おやすみ。」
マデリーンが眠りについたのを見て、アンドレは起き出した。
「…アンドレ様、どちらへ行かれるのですか」
「眠れなくてな。外の空気吸ってくるよ」
「……」
マデリーンは、いつもより明るくなったアンドレに違和感を感じていた。
「どこに行ってるのよ。」
そして、自身の働き蜂を呼んだ。
「……アンドレ様を追って。くれぐれも気付かれないように。一人でいいわ。…暫く張ってなさい。」
「かしこまりました。」
数日経って、働き蜂がマデリーンの元へ帰ってきた。
「…恐れながら申し上げます。アンドレ様に、愛人かと思われる人物が。」
「愛人?」
「はい。レステンクールとの国境付近、小さな巣で白蜜蜂と密会を。」
「白蜜蜂ですって?」
「…はい。夜にアンドレ様が向かわれる場所は毎回、その白蜜蜂の元です。昼は公務でお出かけになる際に寄って帰られているかと。」
「はぁ…。…いいわ、下がって。」
「失礼いたします。」
マデリーンは日に日に嫉妬に狂った。
「アンドレ様、どちらへ行かれるのですか。」
「…公務だよ。」
「…」
何も言わずに出かけていくアンドレの背中を見届けるだけの日々に、うんざりとしていた。そして、アンドレの態度も前より冷たくなった。
次の日も、次の日も。
子供が欲しいと言えば、今じゃない、とだけ。
「…いつになったら、私の方を向いてくださるの?」
「アンドレ様。」
「マデリーン、どうした。」
「またお出かけですか。」
マデリーンは、深夜を回れば必ず出かけるアンドレを追った。
「…悪いか。」
「とぼけないでください。」
「私との結婚は、国のため。私に愛なんて、何にもない。そうでしょう?」
「マデリーン、何を言っているんだ。」
「私が我儘だから。国王陛下の言うことに従わざるを得なかったから。」
「…落ち着け。」
「落ち着いてるわ!!」
「私は貴方の妻で、貴方は私の夫よ。…少しくらい、貴方からの寵愛を受けてもいいでしょう?…アンドレ様」
マデリーンは大粒の涙をぼろぼろと流した。
「泣かないでくれ、マデリーン。」
アンドレはマデリーンを抱きしめた。
「…アンドレ様。今夜は私と一緒に寝ていてください。」
「…分かったよ。」
マデリーンはここで初めて、アンドレの温もりをようやく知れた気がした。
「私は貴方を愛しています。初めは一目惚れだったけど、今はそんなものじゃない。もっと、貴方の傍にいたい。もっと、貴方を知りたい。もっと、貴方に愛されたいの。」
「……」
アンドレは優しく微笑むばかりで、彼からの愛の言葉はなかった。
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