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6.新しい始まり

ロナルド・フィグラルツ

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 そして、リシャールには出産が始まった。


「…痛い…!!」
「リシャール様?!」


 シャンパーニから連れてきた働き蜂達も大忙しになった。それは嬉しい悩みであった。アンドレがリシャールのために作った小さな巣には、喜びであふれていた。


「う…うぅっ…!!!」
「リシャール様!もう少しです!もっと力んで!」

 リシャールの出産は、通常の蜜蜂より期間は短いものであった。生まれた卵は二つ。生まれた卵をずっと優しく抱きしめていた。

「早くでておいで。早く会いたいな。ママに会いに、でておいで。」
 抱きしめては卵に話しかけていた。

 この子たちは、アンドレとの子ども。会いたくて会いたくてたまらない。いとおしくて、いとおしくて。



 しかき、幸せはそう長く続かないものだと、すっかり忘れていた。




「…ここは何?」


 次の日の深夜に訪れた雌蜂。

 赤黒い肌に、赤い瞳、綺麗に巻かれた黒髪。先端に向かって赤が濃くなる羽根。

 リシャール達の元に、赤蜜蜂の雌がずかずかと入り込んできた。巣の周りには、兵隊のような働き蜂が巣を囲むように立っていた。…これじゃ、あの夜と同じではないか。


「…あ、貴方は…?」

「何よ。王子にすがる貧乏人のくせに。」
「…。」

 リシャールは咄嗟に卵たちの前に立った。

「何。卵?あんたの子供?…まさか。アンドレ様の子だとは言わないわよね…。」

「…貴方は、誰なのですか。」

「知らないでいたの。アンドレ様の妻よ。マデリーン妃と呼びなさいよ。」

「…マデリーン妃…」

「毎晩毎晩、アンドレ様がどこに行っているのかと思えば。あんたに会っていたのね。その上に子供まで作って…!!!」

「…?」

「私との子なんて、欲しいとも、作ろうともしてくれないのに。あんたとの子は作っていたのね……!!!」


 マデリーンは感情が荒ぶっているようだった。血眼で、早口で、でも涙を堪えていたのは分かった。アンドレを愛してやまないのもわかった。


「…この子たちだけは。」


「アンドレ様との子だから?それは大事よね。でも忘れないで。私がアンドレ様の妻なの。あんたはアンドレ様の何?この巣は何?…出て行って!二度と、アンドレ様の前に現れないで!!」


「……」

「じゃないと、この巣を燃やして、あんたもその子供も全部焼き尽くしてやる。…夜が明けるまで待ってやる。ここから出ていけ。ぺリシエから出ていけ!!!出ていけ!!」


 マデリーンが叫ぶと、外でも悲鳴が聞こえた。

「……!?」

 マデリーンは颯爽と巣を出て行った。そして窓の外を見ると、シャンパー二から連れてきた働き蜂達が、兵隊に捕らえられ、そのまま連れ去ってしまった。


「……いや…。」

 リシャールは呼吸を乱し、その場に座り込んだ。

「リシャール様!」

「ヨハン!」

「大丈夫です、僕がいますから。リシャール様。…外にまだ、兵隊がいます。マデリーン妃は本気かと。子供たちを連れて、一先ずシャンパー二に帰りましょう。」

「…そうね。この子たちが、いるから。逃げなきゃ。」



 不思議だった。

 我が子がいるだけで、こんなにも生きようと思えるだなんて。…この子たちは私が守る、リシャールは心の底からそう思った。


 また、あの日の夜のように巣を飛び出した。大切なものだけを抱えて。


「…リシャール様、寒くはないですか。」

「…私は大丈夫。でもこの子たちが心配なの。そろそろ孵化してもいい頃合いだし。そんな時にこんな冷え込むなんて。」

「雨が降りそうです。」

 ヨハンが嫌な予感がしたとき、雷が光った。

「「わっ!」」

「リシャール様、空を飛ぶのは危険です。降りましょう。」
「そうね。」

 ぺリシエ国境を越えてシャンパー二に入ったすぐにある小さな村に降りた。どの家も灯りはついていない。

「…宿も開いていませんかね。もう深夜ですし、どうしよう。」

「……どうしよう。」


 雷と共に、雨が降り出した。

 リシャールは必死に卵を守ろうとした。

 雨が降り出し、もっと冷え込んだ夜だった。

「ヨハン。」
「リシャール様?」

「卵が…」

 卵にひびが入り始め、孵化しようとしていた。

「誰か……!!リシャール様、雨宿りを。待っていてください。すぐに戻ります。」

「……もう少し、待っててね。まだ駄目よ、もう少し、もう少しだから。」

 リシャールは卵を温めるのに必死だが、自分の体温も低下していて手が悴む。


 ヨハンが小さな村をさまよっていると、一つだけ、村から外れたところにある、灯りがついた小さな家を見つけた。


「すみません!!どなたかいませんか!」

「…どうしたの、ここ俺の家だけど。」

 青年が傘をさして立っていた。たった今、どこからか帰ってきたようだった。

「た、助けてください。僕の主が。子供がいるんです!!」
「そうなの?今、どこに??」
「こっちです!」

 ヨハンは青年を連れて、リシャールの元に戻ってきた。


「リシャール様!」

 リシャールは雨に打たれても卵を守っていた。


「大丈夫?立てる?」
「……この子たちを。」
「卵…、孵化が……!早く!」

 青年はリシャールに上着を着せて、抱き上げて走った。青年の家は、小さなアトリエのようで可愛らしかった。暖色の照明で温かい雰囲気だった。


「…寒かったよね。服乾くまで、よかったらこれ着てて。」

 青年から渡されたのはシンプルで軽いドレス。

「あ、あぁ、それ、俺が作った。ものづくりが趣味で。町で靴を売っているんだ。」
「そうなんですね。これ、とっても可愛い。」
「喜んでもらえてよかった。」

「お付の君も、よかったら、これに。」
「ありがとうございます。」

 ヨハンにも着替えを渡された。

「卵が…」

「あっ。」

 リシャールが着替えて卵の元へ戻ると、ひびが入って、もうすぐ殻を破ってきそうだ。

「がんばれ、がんばれ」

 そして、ようやく殻を破り小さな部屋に可愛らしい産声が響いた。

「よかったぁ!!」
「おめでとう」

 青年もヨハンと共に喜んだ。

「ママのところにおいで。」

 第一子は雌だった。肌の色は白と黒が混ざったグレー。

「リシャール様…!」
「…ヨハン、抱いてあげて。」
「えっ、僕ですか。」
「いいじゃない。」

「よーしよーし…」

 ヨハンは遠慮しながらも嬉しそうに赤子を抱き上げた。

「可愛い。」
 青年も子供を見て微笑んでいた。

「よかったら、抱いてあげてください。」
「えっ、俺が?」
「はい。貴方に助けられましたから。」
「…じゃあ。」

 青年が赤子を抱き上げた。

「可愛い。初めまして。」

「……。」

 外が暗かったので分からなかったが、青年もグレーの肌色をしていた。そして、綺麗なイエローの瞳。優しく微笑む彼は、リシャールとヨハンを癒してくれた。



「貴方の名前を聞いていなかったわ。」

「え、俺?…ロナルド。ロナルド・フィグラルツ。」

 青年は、ロナルド・フィグラルツと名乗った。


「俺の名前より、この子。名前は決まっているの?」

「名前…決めてなかったわ。何かいい名前、ないかしら。」

 ロナルドは赤子を見て、少し考えた。

「…ナタリア。」

「ナタリア?素敵だわ。」
「いいですね。」

「部外者の俺が考えていいの?」
「いいの、助けてくれた恩人ですもの。嬉しいわ。」
「そ、そう…?」

 第一子は、ナタリアと名付けられた。

「ナタリア…。良い子ね。」
 リシャールは微笑んで、ナタリアを抱きしめた。なんだか温かくて、うとうとし始めた。

「リシャール様。お休みになられた方が。」
「…そう…ね。」

「二階に使ってない部屋がある。手作りなんだけど、ベッドも使って。」
「なんでも手作りですね。」
「作るのが好きだから。」

 ロナルドはナタリアとリシャールを部屋に連れて行った。 

「…良かった。」
 ヨハンは呟いた。


 少しして、ロナルドが戻ってきた。

「…大分、お疲れのご様子で。」
「まぁ、色々ありましたから。」
「…そうなんだね」

 ロナルドは台所に立ち、湯を沸かし始めた。

「何か、飲む?」
「いいんですか。」
「うん、よかったらお茶でも。」
「じゃあ、お言葉に甘えて。」

 湯を沸かす間、ロナルドがヨハンに照れくさそうに聞いた。

「…その、」
「?」

「君の主は、リシャール っていうの?」
「そうですよ。リシャール様です。」

「リシャール…」

 ロナルドが顔を赤くしているのを、ヨハンは見ていた。

「…素敵な方でしょう?」
「あぁ。」
「綺麗な方でしょう??」
「えっ、あぁ…そうだね。」

「君の名前は?」
「あぁ!僕は、ヨハン・クロードです。」

 ヨハンは格好つけて、お辞儀をした。

「ヨハン…。皆、いい名前だ。」

「ロナルドさんだって。素敵な名前じゃないですか。」
「そう?」
「はい、ロナルドって名前も、ご両親がつけてくださったのでしょう?」
「両親?…俺、両親の記憶がないんだ。」
「えっ」

「最後に会ったのは俺が小さい時だから、もう忘れたよ。」

「じゃあ、これまで、一人だったのですか。」
「そうだね、小さい時はおばさんが育ててくれた。それも、短い期間だったけど。それからずっと一人で生きてきた。だから、ものづくりが好きになったのかもしれないな。ほしいもの、使うものはみんな、自分で作ってたから。」

「…ロナルドさんは、強いお方なんですね。」
「…そうかな?」
「…はい、まだロナルドさんのこと、あまり知らないけど、そんな気がします。」
「なんか恥ずかしいな。」


 ロナルドは沸かした湯をマグカップに注ぎ、茶を出して、蜜を少し溶かした。

「はい、どうぞ。」
「あ、ありがとうございます。」



「…俺さ、体が弱いんだ。」
「そう…なのですか。」

 確かに、ロナルドの線は細かった。

「羽も脆くてね。ほら。」

 彼の羽は、ぼろぼろだった。先端は無くなり、穴が開いたように所々欠けている。

「か、欠けてる…?」
「そう。だから、空は飛べないんだ。」

「…」
「空を自由に飛び回る皆を見て、羨ましいって思うことも沢山あるけど。でも俺は今が楽しいと思ってる。」
「やっぱり、ロナルドさんは強いお方です。」
「…そんなこと、はじめて言われたよ。」

 ロナルドは笑った。
 二人はいつの間にか友達になったように打ち解けていた。同じタイミングで茶を啜って、また話し始める。

「そうだ、君の主の旦那さんは?」
「えっ」
「えっ、て…。子供がいるってことは、旦那さんもいるでしょ?」
「えっと、それは…。」

 ヨハンは何て説明していいか分からなかった。

「その、旦那様はいないですけど、いないわけでもありません。」
「…あははっ、分かったよ。」
 分かりやすく動揺するヨハンを見て、ロナルドは笑った。

「もしかして、旦那さんは黒蜜蜂かな。」
「…はい。」

「ナタリアは、俺と一緒だ。」
「え?」
「記憶はないんだけどね、おばさんが教えてくれた。俺の父さんは、黒蜜蜂で、母さんは白蜜蜂。俺は黒と白のハーフってわけ。ほら、肌が白と黒の混ざった色でしょ?」

「なるほど…。ロナルドさんも、ハーフ?だったんですね」
「あぁ。黒蜜蜂の血を引いてるなら、もっと強い雄になりたかったけどなぁ。」
「十分、強いですよ。」
「やだなぁ。」

 茶を飲みながら、二人は一息ついた。

「君たちの巣は?城の近くにあるのかい。」
「巣は…ありません。無くなったんです。」
「うーん…いろいろ、あったんだね。」
「…はい。」

「しばらく、ここに居るといいよ。君たちみたいな、には似合わないけどさ。」

「えっ?!何故それを!?」
「貴族でしょ?」
「えっと。」
「なぜ隠すんだい。」
「いや…なんでわかったんですか。」

 ロナルドはまた笑った。

「見れば分かるよ。身なりも、立ち振る舞いとか。それに、君の主は一般市民にしては綺麗すぎる。」
「そっか。」

 ヨハンは胸を張った。

「そうだよ。」

「あの…少しだけ、居候させてください。」
「居候なんて言わないで。」

「…俺がここに居てほしいんだ。」
 ロナルドはカップに入った茶を見つめて言った。

「…僕もそうしたい気分です。リシャール様も、きっと喜ばれますよ。」
「そうだといけどな。」

「そうですよ。」
 ヨハンは欠伸をしながら言った。

「もう疲れたよね。君にも部屋があるから、ゆっくり休んで。」
「ありがとうございます。何から何まで。」
「どういたしまして」

「おやすみなさい」


「俺も貴族だったらな…」
 ロナルドは呟いて茶を啜った。

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