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8.降り積もる想い
娘の誤解
しおりを挟む「お姉ちゃん、何してるの?」
次の朝、ナタリアは荷物を纏めていた。
「ここを出る。」
「え?」
「ママはパパが死んで良かったみたい。」
「どういうこと?」
「パパが死んだら、黒蜜蜂のおじさんと毎晩会って浮気してる。」
「う、浮気?おじさんと?」
「…どう考えても浮気でしょ。毎晩おじさんとこそこそ会ってさ。ママがそんな人なんて思ってなかった。パパも皆裏切られてたんだよ」
「……」
リビオは、感情的になっているナタリアの話を聞いて、黙り込んで考えた。
「…そんなこと、ないと思うけど。」
____ロナルドが亡くなる少し前。
部屋で寝たきりになっていたロナルド。頬は痩けて、顔色も悪かった。
「…リシャール、君がいれたお茶が飲みたいんだ。」
「分かったわ。すぐに持ってくる。」
リシャールが部屋を出たのを見て、ロナルドは部屋にいたリビオを呼んだ。
「リビオ。」
「どうしたの?」
「……きっと、ママは、パパとナタリアとリビオが思うより、辛い想いをしてきているんだ。…だから、もしママに何かあってもママを責めないで欲しい。…パパがいなくなっても、ママの味方でいて欲しい。」
「……分かった。」
リビオの頷きを見て、ロナルドは微笑み、静かに目を閉じた。
「……パパ…?」
茶を持ってきたリシャールは思わず手を離した。
「ロナルド…!」
ロナルドはリビオにその話をしてから、息を引き取っていた。
_______________
「……パパがそう言ってた…」
「…それとこれとは話が違くない?」
ナタリアは聞く耳を持たなかった。
「ママにちゃんと聞いたの?」
「聞いても答えてくれないの!」
「……」
「リビオもここを出ていったら?」
「そんなことしないよ。」
「あっそう。母親想いで良い子だね」
ナタリアは荷物を持って部屋を出た。
「ナタリア、どこ行くの?!」
リシャールは慌ててナタリアを引き止めたが、華奢な身体は直ぐに振り払われた。
「ママには、おじさんがいるから大丈夫でしょ?」
ナタリアはそう一言投げつけて、飛び立った。
「ナタリア…!」
リシャールは呆然とした。
「…ママ。」
「リビオ…!!」
「大丈夫。僕は何処にも行かないよ。ずっと、ママの味方だからね。」
「…リビオ。」
リシャールはリビオを抱き締めた。優しい微笑み方も母親想いなのも似ていた。
「ママ、お姉ちゃんは大丈夫だよ。多分、ダニエルのところだよ。」
「ダニエル…?」
「ほら、靴屋に来てくれてた人。お姉ちゃんの恋人みたいなんだ。だから、きっと大丈夫。」
リビオは笑った。
もうこの子達は子供じゃないんだと、リシャールは実感した。
「……ママ、部屋に戻ろう。」
リビオに肩を抱えられて、部屋へ戻った。
「はいどうぞ。」
暖かいお茶を出してくれた。甘い蜜が溶かされたお茶。ロナルドがよくいれてくれていたのと同じもの。
「……ありがとう。」
「あっ、ママ、ちょっとだけ待ってて!直ぐに戻る!」
「……?」
リビオは走って外へ出た。
「えーっと、確か…ここら辺に…あった!」
それは外に咲いていたサザンカ。
ロナルドが体調を崩していた日にも咲いていた。
「…ママも元気になるかな…?」
すると、リビオの横から雪を踏む足音がした。
「……あっ…おじさん……。」
アンドレが来た。今日のアンドレは来ている服が少し違った。
「…リビオ。元気にしてたか?」
「……はい。」
煌びやかな装飾がされた軍服のような。
「……おじさん、偉い人なの?」
「…まぁ…ね。」
「……?」
リビオは混乱した。アンドレが何をしている人なのかも、リシャールの過去すらも知らないから。
リビオの中では、アンドレは黒蜜蜂のおじさん、リシャールはシャンパーニ市民の一人。
なぜこんな正反対の二人が浮気など。
「……どうした?」
「いえ。……その。」
「?」
リビオは思い切って聞くことにした。
「……おじさん。」
「何だ?」
「……おじさんは、ママとどういう関係があるの?」
「…?」
アンドレは驚き、戸惑っていた。
「何故そんな事を聞くの?」
「…僕は見てないけど、お姉ちゃんが…その…」
「?」
「…ママとおじさんが浮気?してるって。」
「浮気……」
言われてみれば、確かにそうだった。
アンドレにも妻がいて、リシャールにも夫がいる。確かに、これは浮気だ。
「……」
アンドレが思いつくのは言い訳ばかりで、黙り込んでしまった。
「おじさん、偉い人なんでしょ?なんで、市民のママと関係があるの?」
「……君のママは貴族だよ。」
「えっ?」
「昔、ね。…今は違うみたいだけど。」
「……」
「…君のママと浮気してごめんね。」
「…いや…そ、そういう訳じゃ…」
「おじさん、そういういけないことは、もうしない。君のママから離れるから。」
「……おじさん。」
「君たちを傷付けるつもりは無かったんだ。……リシャールに伝えてくれないかな。 俺はペリシエに戻る と。…それじゃあ、また会えたら。」
「えっ……おじさん…!」
アンドレは笑顔だったけど、何処か悲しげな表情で去っていった。
リビオはアンドレが可哀想に思えた。
「……おじさん。」
摘んだサザンカはリビオの手で枝が折れてしまった。
「……ママ。」
「リビオ、まぁ、サザンカ?」
「凄く綺麗だったから。」
「ありがとう。」
リシャールの笑顔も、何処か寂しそうに見えてしまった。
「……ママ。」
「ん?」
「黒蜜蜂のおじさんがね、」
「……」
サザンカの花を瓶にさそうとしていたリシャールの手が止まった。
「…ペリシエに戻るって、伝えて欲しいって言われたんだ。」
「……おじさんが来ていたの?」
「うん、さっき。」
「…そう。分かったわ。」
リビオはリシャールに聞くのをやめた。
二人がどういう関係なのか。
聞きたいことは沢山あった。でも、二人が不憫な関係性であることは何となく察した。
「ママ、お部屋片付けてくるね。」
リシャールは席を立った。
「……。」
階段を上がるリシャールの足は重たかった。
アンドレが遠く離れていく気がして。
「……分かってる。しっかりしなきゃ。」
リシャールはロナルドの部屋に入った。
ロナルドの部屋は靴作りの物で溢れていた。
「……散らかってるのか分からないわ」
自然と涙が溢れてきた。
ものづくりの中でも、靴作りが好きだったロナルド。設計図や道具が机の上に散らかっていた。
リシャールは、机の引き出しを開けた。
「……?」
ロナルドの字で書かれた手紙を見つけた。
〝リシャールへ〟
「……どうして…?」
それを見た途端に手が震えた。リシャールは手紙を手に取った。
〝リシャールへ
俺と出会ってくれてありがとう。
子供達を俺に育てさせてくれてありがとう。
君と出会ってから、毎日が幸せだった。
ものづくりしかしない一生を終えるんだと思っていた時に、俺に天使が舞い降りたんだ。俺は幸せ者だよ。
俺に幸せを運んでくれたリシャールには、幸せになって欲しい。〟
手紙は二枚に渡って書かれていた。その途中で、字が変わっていた。初めはくっきりとした筆跡なのに、途中から震える手で書いたかのように弱々しい字だった。
ロナルドは、体調を崩した後にも書き続けていたようだ。
〝俺が居なくなったあとは、靴屋は任せるよ。店を閉まってもいいし、違う店を開いてもいいね。あと、お客の皆にもよろしく。
あとね、俺のことは気にしないで欲しい。
だから、黒蜜蜂の彼の元に戻ってもいいんだよ。それで俺が君を呪ったりとかしないからさ、なんてね。君にも子供達にも、幸せになって欲しいから俺は、空から見守ることにするよ。
幸せをくれた君を愛してる。
ありがとう、リシャール。
また会える日を夢見て。
ロナルドより〟
「……う…うぅ……」
リシャールは手紙を胸に当てて嗚咽した。
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