honeybee

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8.降り積もる想い

募った想いに身を委ねた

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アンドレは辺りを見渡した。

夜が更けて辺りは暗く、かろうじて月明かりで見えるくらいだ。


「……?」

木陰に人影が見えた。

ゆっくりと近付いた。この静けさの中、自らの心拍数が上がっているのが音で分かる。


「……!!」
相手も驚いて逃げた。


薄い月明かりで、分かった。


「リシャール!!待ってくれ!!」


驚いて走り去るリシャールの背中を追いかけた。

積もった雪で、足が上手く上がらない。

それはリシャールも同じだ。リシャールの華奢な身体は尚更速度が出ない。アンドレは直ぐに追いついた。


「リシャール…!」
「はっ……!」

「…どうして逃げるんだ」
「……ごめんなさい、ご公務の邪魔をするつもりは無いの…!!」
「休んでいた所だ。」
「……」

リシャールは落ち着かない様子だった。

「…リシャール、何かあったのか?」
「…いえ…ただ…」
「?」

身体は震えて、目は泳ぎ、言葉が出ない。

「どうした…?」

リシャールの顔を覗き込んだ。

月明かりに照らされて反射するエメラルドグリーンは、この世のものとは思えない程 美しかった。

「……」
リシャールはアンドレに抱きついた。

「…リシャール…?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」

リシャールは何かに謝り続けてアンドレの背中を抱いた。


「……」
アンドレは戸惑った。


「……抱きしめて。強く…もっと強く…。」
リシャールは小さく震える声で言った。

「……」
アンドレは言われるままに強く抱きしめた。


「……リシャール。」
「…アンドレ様。」

リシャールは涙をぼろぼろと流していた。

この子に何があったのか分からないし、突然現れて、突然抱きしめてと言われても、何故か不思議に思わなかった。

胸が締め付けられるような。

「……リシャール、泣かないで。」

優しくキスをした。

唇と、流れる涙と、額と。

「……アンドレ様。」
リシャールはアンドレの頬に触れた。小さく震える手は冷たかった。

外の風が冷たいので、リシャールは頬や鼻先を赤くしていた。

「…アンドレ様…愛してる。」
「………?」

何があったんだろう。
今まで、こんなの駄目だと言い張っていた君が。抱きしめてほしいとか、愛してるだなんて。

「……。」

ただアンドレの紅の瞳を見つめて、頬に触れて、涙を流している。

「……!」

アンドレはリシャールの震える唇を奪うようにキスをした。初めは驚いていたリシャールも次第に、アンドレの首に手を回しては夢中になってキスをしていた。

リシャールの冷たい手は、アンドレの暖かい首元で徐々に暖かさを取り戻した。

「……君の甘い蜜が欲しい。」

二人は舌を絡めた。

月明かりに照らされながら、寒い外に居ることを忘れたように熱いキスを交わしていた。

呼吸も苦しくなるくらいに。

普段からブッドレアの蜜を作り出しているからか、リシャールの唾液は甘かった。


リシャールの細い腰を抱いて、より近くに引き寄せる。もうこれ以上、近付けないくらい。でも、もっと近くに引き寄せたい。

「…アンドレ様。」
「……俺も愛してる、リシャール。」


「……貴方の傍に居たいの…。」
リシャールがまた抱きついた。


「あぁ…。」
ただ抱きしめることしか出来なくて辛い。このまま、連れ去ってしまいたい。


「……アンドレ様、お願い…、何処にも…行かないで。」
「君の傍にいるから。」
「……ずっと、こうしていたい…」


アンドレの腕の中で泣き続けるリシャールの頭を撫でた。さらさらと落ちる金髪は甘く良い香りがした。

「また会いに来るよ、リシャール。子供達にも会いたいんだ。」
「…本当?」
「あぁ。」
「……また、会いに来…」

リシャールは微笑んだ。すると、我に帰ったかのように、アンドレの首から手を離して、一歩引いた。

「…やっぱり駄目よね。ごめんなさい、全部忘れて…。おやすみなさい。」

二人の恋を取り戻したような時間は束の間だった。

「………。」
アンドレは黙ってリシャールの後ろ姿を見届けるだけだった。




全部忘れてと言われても、毎晩会いに訪れた。



「何処にも行かないで…。」

アンドレはリシャールにそう言われる度に、強く抱き締めた。

「大丈夫、ここにいるよ。」

会う度に涙を流すリシャールにキスをする。

「ねぇ、もうペリシエに帰ってしまうの?」
「…もう少ししたら、帰るよ。」
「……そう…」
「大丈夫、また会いに来るよ。」
「ううん、ペリシエからなんて遠いから。」
「俺が会いたいんだ。」
「……」

リシャールは嬉しくて微笑んだ。

「…おやすみなさい、アンドレ様。」
「おやすみ。」

アンドレが飛び立つのを見届けて、少し寂しい想いを抱えたまま巣に戻ろうとした。


「……?」 

先にあった木の陰に、誰かがいた。足音も聞こえてくる。


「…誰かいるの?」

リシャールが近付くと、慌てた様子を見せた。

「…ナタリア?」

「…ママ……!」

その誰かの正体は、ナタリアだった。

「ナタリア、何故そこにいるの?」
「こっちの台詞だよ。」
「…えっ?」

「毎晩、何処かに出てると思ったら、黒蜜蜂のおじさんと会ってたの?」
「……」

ナタリアとリビオは二人の関係を知らない。

「ねぇ、ママ?おじさんとどういう関係なの?」
「……」
「答えてよ!」
「……」
「…ほらね、言えない関係なんでしょ?」
「違うの、ナタリア…」
「毎晩こそこそ会ってさぁ、ハグしてキスしてさぁ…気持ち悪い」
「……」

ナタリアの言うことは分かっていた。リシャールは下を俯いて黙っていることしか出来なかった。

「…パパが死んで寂しいからって、おじさんと会ってたの?…それとも何、パパが死んで嬉しかった?」

「そんな事ない!」


ロナルドは少し前に亡くなっていた。

元々身体が弱かったのもあり、病で急死した。

そんな時に、ヨハンの訃報も入ってきてリシャールは気が気でなかった。

アンドレも失ってしまうのではないかと思うと、ただ怖くなった。その想いが募りに募って身体が勝手に動いていた。


「最低。」

ナタリアはその言葉を吐き捨てて走り去った。


「…待って、ナタリア……。」

リシャールは泣き崩れた。ナタリアを追いかける気力も無かった。

勿論、ナタリアとリビオも ロナルドやヨハンが死んだことを悲しんでいた。


リシャールは失ったものが多すぎた。


また、大粒の雪が降り始めた。
段々と流す涙も枯渇してくる。


雪が薄く積もった地面に倒れ込んだ。

「…何してるんだろう……私。」

静かに一筋の涙を流して、目を瞑った。

肌にあたる雪が溶けていくのが分かる。服に溶けた雪が染み込んで、痛い。


このまま、雪と共に消えてしまいたい。


雪の上に横たわったリシャールに雪が積もっていく。大粒の雪は、肌に乗っては溶けてを繰り返した。


朝方まで、リシャールはその場に倒れ込んでいた。

「……ママ?ママ?」

微かに聞こえた声。

「……?」

肌も冷たくて、もう感覚が無い。


「……ママ!しっかりして!」

リビオだった。

リシャールが居ないことに気付いたリビオが探しに来たようだ。

「大丈夫?ママ、僕だよ、分かる?」
「……リビオ…」

リビオは必死でリシャールに積もった雪を払った。その目には涙が浮かんでいた。

「ママ、立てる?」
「……ん…」

リシャールと似た華奢な身体で、肩を支えて巣に帰った。

「火のそばに…。ほら、着替えよう?」

リビオはとにかく必死だった。自分の母親が身体を震わせて、雪の上で倒れていたと思うと凄く怖かった。

「……ありがとう。」

「良かった…。怖かったよぉ…」

リビオの我慢していた涙が溢れ出した。リシャールは微笑んで、抱きしめた。

「……リビオ、ごめんね」
「うぅ……」


少しだけ自暴自棄になっていたリシャールは、
リビオを見て反省した。

この子の傍には私が居ないと。


私はもうたった一人の白蜜蜂じゃない。今は、ナタリアとリビオの母親だから。


リビオは泣き疲れて、リシャールの膝で眠っていた。暖かい火のそばでリビオの頭を撫でていると、リシャールも眠りに落ちた。

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