honeybee

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11.不穏な再会

側室の秘密

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「リシャール!リシャール!」

ある日、フレデリックが城の中を全力疾走していた。

「リシャール!孵化したんか!?」

「まるで私が生まれたみたいではありませんか。」
「……リシャール…!!」

フレデリックがリシャールの部屋に飛び込んできた。リシャールが出産した卵が孵化したと知らせを受けたから。

可愛らしい産声が部屋に響いていた。

「…おめでとうございます、陛下。雄蜂でございます。」

そばに居た働き蜂と侍医が頭を下げた。

「雄……?ほんまか…!やった…!やった…!」
「陛下。」
「リシャール…!ありがとうなぁ…!」

フレデリックは嬉し涙を流して喜んだ。

「陛下。」
「なんや?」
「…この子の名前ですが…」
「おぉ、何かええのあるか?」

待望の二人目の息子。泣き止んですぐに眠った顔を覗き込むと、小さな体を母親に抱かれて穏やかな表情を見せていた。

「……陛下のお名前を頂きたいのです」
「…俺の?」
「はい。」

リシャールはこの子供が産まれる前から、ずっと考えていた。

「……セドリック、なんていかがでしょう?」

「…セドリック……?…ええやんか。最っ高やな、…セドリック…!」 
「…セドリック。貴方の父上よ。」

フレデリックはそれを聞いて喜んだ。

すると、フレデリックが公務に呼ばれた。
「陛下…、会議のお時間が…」

「……それどころやないて…」
「お気になさらず。セドリックは私たちが」
「…分かった。すぐ戻るわ」

フレデリックは部屋を出た。

「あら?」

リシャールがふとセドリックの顔を見ると、じっとリシャールの顔を見つめていた。

「……起きてしまったのね、おはよう…セドリック。貴方の母上よ。」
「……!」
「まぁ、笑ったわ」

セドリックに顔を近づけて話すと、にっこりと笑って見せた。

可愛らしい顔はリシャールに似ていた。
そして、瞳は青みの強いエメラルドグリーン。



「リシャール様、どうして陛下のお名前を?」

傍にいたカミーユが聞いた。

「…陛下のようになってほしいからよ」
「偉大なお方に?」

「それもあるけど…。陛下といるとね、自然と笑顔になれるし、元気が出るの。彼の笑顔を見れば、辛いことも…きっとなんとかなるんじゃないかって思えるの。」
「素敵ですね」

顔をじっと見つめる我が子に微笑んだ。

「…セドリック。あなたの父上はとっても素敵な方なのよ。…あなたも父上のように…誰かを幸せに出来るような、素敵な人になるのよ?」
「……ぅ」
「まぁ、お返事したの?」
「………ぁ!」

セドリックは にこにこ笑って、手足を動かした。

「素敵な笑顔なのね、良かった」

小さな子供を抱いて、こんなに嬉しくて穏やかな気持ちになれたのはナタリアとリビオが生まれた時以来だ。

「……元気にしてるのかしら」

ふと、二人を思い出した。
ナタリアは夫と、リビオは妻と一緒に暮らしてるのかな、元気に暮らしてるのかな、何か困ったことはないかな…、リシャールは突然二人が心配になった。

余計なお世話なのだろうけれど。

「……セドリックには…姉上と兄上がいるのよ」

リシャールは、セドリックに二人のことを聞かせた。きっと意味なんて通じないのは分かっていたが、シャンパーニで暮らす二人の姉兄の話を懐かしんで話した。

ロナルドの事も思い出して、小さな巣で暮らしていたこと、楽しかったこと、喧嘩もしたこと…。

「…素敵ですね」

その話を傍で聞いていたカミーユはそう呟いた。

「…そうよ、とっても幸せだったのよ。もちろん今もそうだけど…。」

母親の声を聞いて落ち着いたのか、セドリックはいつの間にか眠っていた。

「姉上と兄上に会えるといいわね」

一言そう言った。






レステンクール王室に新たな王子が誕生したことは、城内だけでなく国中まで 直ぐに伝えられた。


「リシャール様。アルバン王子がお見えです」

「まぁ、来てくれたのね!」


リシャールの元に、アルバンが足を運んだ。自分にできた初めての弟。話を聞いて会いたくてたまらなかったそうで。

「……。」
「…ほら、アルバン王子。祝福の言葉を!」

アルバンは恥ずかしがりながら、お付に背中を押されていた。

「…おめでとう…ございます…」
「ありがとうございます。アルバン王子。」

「…その……」
「えぇ。貴方の弟、セドリックですよ。」

「…弟…セドリック…!!」

アルバンは弟という言葉を聞いて目を輝かせたその姿は、父のフレデリックとよく似ていた。

「アルバン王子。良かったら、セドリックを抱っこしてあげてください」
「……わぁ…!」

アルバンの小さな身体で、もっと小さなセドリックを抱き上げた。

「……セドリック…!兄上だぞ…!」

嬉しそうに笑いかけるアルバンを見て、リシャールも嬉しくなった。カミーユとリアもそれを見て思わず微笑んだ。



それから毎日のように、アルバンはセドリックに付きっきりだった。世話をしたいとリシャールの部屋を訪ねてきた。もちろん、リシャールも喜んで応えた。


蜜蜂の成長というのは早いもので。



「セドリック!こっちだ!」
「あははっ!!」

セドリックはアルバンの後ろを追いかけて走り回る。まだ羽も生えない幼子だが、元気そうな姿を見てリシャールは嬉しく思う。


リシャールにとって3人目の子供。


なんだか、実感が湧かない。


今じゃ、アンドレと結婚するかしないかで騒いでいたあの頃が懐かしく思えた。



「……。」

リシャールが一人、自室にある引き出しを開けた。小さな煌びやかな宝箱。その中には、アンドレとの品が入っていた。貰ったガーネットのチョーカーに、数々の手紙や別荘の鍵。

何度か思い出して箱を開けてみては、そっと仕舞ってをくり返していた。


「…リシャール!!!」
「っ!…陛下。」

突然フレデリックが部屋を訪ねてきたので、慌てて引き出しを閉めた。


「…あのな!」
「どうされたのですか?」

「今度な、シャンパーニとペリシエとの三国同盟の記念式典が!ここで行われることになったんや!」

フレデリックが言ったのは、シャンパーニ・ペリシエ・レステンクールの三国同盟を結んだ日を記念した式典が開催されるという。毎年、それぞれの国を交代しながら行っていたのを、今年はレステンクールで行うとの話だった。



「まぁ、それは嬉しいことですね…」
「せやで!」

「…となると…、二国の国王夫妻がいらっしゃると?」
「そやねん!せやからな、リシャールにも出て欲しいねん!!」

フレデリックはリシャールの手を握り、目を輝かせて言った。


「……それは…、エルビラ王妃のお役目では?」

「…せやけどなぁ、外交っちゅーもんがあってな。…俺は、シャンパーニの国民であるリシャールと結婚したから、それを見せなー思うてな」
「…レステンクールとシャンパーニとの架け橋にと?」
「そそ。今まで、それを担ってたヴァレンティナは居らんしなぁ思うて。」
「……えっと…」


アンドレが、来る。それにマデリーンも。


それさえ無かったら快諾したのに。どうしても、イエスと言えなかった。

「まぁ…無理にとは言わんけどな。リシャールの美しさは、世界一やから見せない訳にはいかんやろ?」

フレデリックは甲高く笑った。

「……。」
「ほな、また来るわ!」

アンドレと会う訳にはいかない。悶々として、リシャールは考え込んでしまった。

「……。」
「リシャール様?どうされたのですか?」
「いえ……」
「式典に出られない理由がおありで?」
「…は、恥ずかしいのよ」
「えっ!そんなぁ!」

咄嗟に嘘をついたリシャールだが、リアは素直に信じて驚いた。


すると突然、遠くから泣き声が聞こえた。

「うぇぇぇぇん!」



「…セドリック?!」

リシャールは立ち上がり、声のする方へ走った。

「…セドリック、どうしたの?」

「うぇぇん、うぇぇん」
床に座り、泣き続けるセドリック。抱き上げてあやすが、泣きやみそうにない。

「…エルビラ王妃?」

セドリックの先に、エルビラ王妃の後ろ姿があった。側近たちに腕を掴まれるアルバン王子の姿もあった。

「…そんな…。」




「…リシャール妃にそっくりやんなぁ」

リシャールの後ろから、ルチアがそう言った。

「…ルチア妃?」

「…ずうっと泣いてはるわ。」
「…それが私にそっくりだと?」
「いつになっても被害者面しよってるやんかぁ!あははっ!似とる似とる!」

ルチアは笑ってセドリックの顔を覗き込んだ。

「…陛下もセドリック王子も可哀想やわ。こんな貧弱な血を引いてしまって、、、それに雄の子供やもん。縁起悪いなぁ!」


「……っ」
リシャールは言葉に詰まった。

「今度の式典、陛下に言われたんか知らんけど、流石に出ぇへんやろ?身の程弁えなあかんからなぁ。…雄が出るとこちゃうで?エルビラ王妃が出るとこや。…あんたは部屋に引きこもってて。陛下と王妃には伝えとくから~」

ルチアは笑って去っていった。



「…言われなくても分かってるわ」

リシャールはセドリックの背中を摩って、部屋に戻った。


「ままぁ…」

「…セドリック?もう泣いたらだめよ?」
「……うぅ…ひっく…」

「ね、もう泣かない。」
「う…」

セドリックは目と鼻先を赤くして、大粒の涙をぼろぼろと流していた。


「…リシャール妃。言われっぱなしではいけませんよ!」
「…リア。仕方ないわ。…こればっかりは、ルチア妃にも一理ある。」
「そんな、リシャール妃は謙虚過ぎます。」
「…いいの…。」










三国同盟の記念式典の数日前。



レステンクール城に、シャンパーニとペリシエの国王夫妻がやって来ていた。

二国の国王夫妻を歓迎して、街は賑やかだった。


「…リシャール様、具合の方は?」
「問題ないわ。」

リシャールは気分が良くないと言って、部屋に籠っていた。



部屋の窓から海だけを見つめていた。



「…はぁ……」

同じ城の中にアンドレがいるなんて、考えただけで胸騒ぎがした。でも、会いたい気もしていた。

…顔が見たいだけなんだけどね。



「リシャール様!リア!」

リシャールの食事を持ってきたカミーユが、息を切らして部屋に飛び込んできた。

「どうしたの?」

「やっぱり!ペリシエ国王はハンサムでした!!!」

カミーユとリアは、アンドレを見かけたと言ってはしゃいでいた。

「え!私もお会いしたい!!」
「今ね、ブッドレアの庭にいらっしゃった!2階の廊下の窓から見える!!」
「行く!!!リシャール様も行きましょう!」

「えっ?!」
リシャールは驚いて変な声が出た。

「いいじゃないですか!隠れて見に行きましょう!ペリシエ 一番のハンサムは見ないと損ですよ!」
「…えっと…えっ、ちょっと!」

リアとカミーユに手を引かれて、リシャールは廊下の窓から恐る恐る庭を覗いた。


「……うわ…ハンサムな人…!」
「おとぎ話に出てきそう!」

リアとカミーユはうっとり見つめていたが、リシャールはアンドレの姿を見て、ほっとした。

「……。」
アンドレはブッドレアの花を見て、庭師の働き蜂と話をしている様子だった。

「…リシャール様。ペリシエ国王、ハンサムなお方でしょう?」

「………そうね…」
リアとカミーユは、リシャールが自分達とは違う感情を抱いていることを察した。

悪く思う訳でもない、恍惚とする訳でもない、様々な感情が駆け巡るような表情だった。


「……っ!」

すると、庭にいたアンドレがふと顔を上げた。目が合ったような気もしたが、その前にリシャールは直ぐ走って自室へ駆け込んだ。



「はぁ……はぁ…」

「…リシャール様、大丈夫ですか?」
「…だ、大丈夫。」

拍動が早くなって、肩で呼吸をする。

「……はぁ…」
ベッドの上で膝を抱えた。

「…リシャール様…?」
リアとカミーユは心配した。

「…リシャール様、まだお食事していませんでしたね。お休みになってください。」
「…ありがとう。」

「お茶、お持ちしますね」
カミーユはリアに頷いて部屋を出た。




「…リシャール様、ペリシエ国王と何か関係があるのかしら。」

カミーユが廊下を歩いていると、庭から出てきたアンドレと鉢合わせした。

「はっ…」
「……?」

「…ぺ、ペリシエ国王にご挨拶を。」
「…楽に。」


アンドレの鋭くも穏やかな紅の瞳。戦で失った左目の傷跡は未だ痛々しい。

「…フレデリックとはぐれてしまったんだ。」
「…そ、そうなのですね。でしたら、ご案内を…」
「必要ない。ここには何度か来ているからな。」
「…はい…。それでしたら、私はこれで」

カミーユは挨拶だけして去ろうと思った。

「…なぁ。」
「はい?」

「…リシャール…妃は、今日は居ないのか?」
「…ご気分が優れないそうで、お部屋でお休みになっていますよ。」
「そうか…。会えなくて残念だ。フレデリックが自慢していたものでな。…一度、お目にかかりたいと思ったのだが。」
「……回復されたら、お会い出来るかも知れませんね。」
「そうだな。」

「……。」
アンドレの背中は寂しげだった。



カミーユはじっと彼の背中を見つめていた。


「アンドレ様…!探しましたよ…!」
「キャロライン。」

アンドレの向こう側から走って来た一人の雌蜂。

「…は…」
リシャールと同じ、白蜜蜂の雌だった。

カミーユは彼女を見て、気付いたことがあった。
「…リシャール妃と似てる…。」


「…あら!ここの働き蜂の方?」
彼女はカミーユに気付いて、近付いてきた。

「は、はい。」
「…初めまして!キャロラインと申します。」
「頭を下げないでください…」

アンドレの第一側室・キャロライン。

働き蜂に対しても、深くお辞儀をしたキャロライン。にこにこと笑顔を見せて、愛嬌のある雌だった。

「……。」
白蜜蜂でも珍しいエメラルドグリーンの瞳。リシャールと似た、綺麗な顔立ち。

「…フレデリック国王が見当たらないのです。」
「それでしたら、きっとお部屋か書斎にいらっしゃるかと…?いつもどちらかにいらっしゃるので。」
「書斎?まぁ!行ってみようかしら!…城を冒険しても良いってフレデリック国王が仰ったのよ。とても面白いお方ね!」

アンドレは黙って微笑んで、楽しそうに笑うキャロラインを見ていた。

「ありがとう、それじゃあまたね」
「…はい…」

カミーユは頭を下げた。


キャロラインはアンドレと腕を組んだ。彼女がアンドレに向ける眼差しは、愛に溢れていた。

しかしアンドレは彼女の顔を見なかった。


「……。」

カミーユはリシャールにお茶を持っていった。


「…リシャール様、お茶をどうぞ。」
「ありがとう。」


カップを両手で持って、小さな一口で飲む。


リアとカミーユは、何故リシャールが式典に出るのを渋ったのか分かったような気がした。

しかし、本人達に聞く気にはならなかった。



フレデリックに絶対知られてはいけない関係であることは、何となく察しがついていた。




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