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遊男の恋物語
第二十九話
しおりを挟む「…はぁ」
ひとつため息をついたのは、帳場にいた女将。
「女将、どうしたの?」
そこには胡蝶もいた。
「毎年だけど、冬時期は売上が伸びないわね」
「今日も雪降ってますからね。」
陽凛もやって来て、胡蝶の隣に座った。
「胡蝶もここにいたのね」
「えぇ。」
「女将、新しい羽織がほしいの」
「羽織?」
「うん、ずっと昔から使ってて愛着も湧いてるんだけど…流石に、そろそろ。」
「そうね。新しいのを次々と買わないのは、貴方だけよ。」
「ふふっ!」
「胡蝶も見習いなさいね」
「ふん」
何もかも正反対な二人。女将は面白がって笑った。
「女将、売上、大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないわよ。」
「えーっ」
「特に…立夏の指名が減ってるのよ。」
「立夏姐さんの?」
「えぇ。今日も指名は無かったし……」
「さっき、立夏姐さんの部屋を覗いたら、眠ってましたよ。」
「あら、そう。」
「桃を呼んでおきました。今、桃が一緒にいてくれていますから大丈夫ですよ。」
「なら良かったわ。」
女将は陽凛の気配りに、ほっとした。
「でも……立夏姐さん、とっても綺麗になったから指名増えそうですけどね。」
「それよ、それ。梟楽様からの贈り物のせいよ」
「えっ」
「今まで立夏に通われていたお客様がね、梟楽様からの贈り物たちを見て、自分よりもとんでもない富豪がいるんじゃないかって。立夏には、間夫がいるんじゃないかって。それで。」
「…梟楽市介からの立夏への贈り物は、他の客を寄せつけないようにする役目もあるのね。ここまで徹底するなんて、頭おかしいのね。」
「お、おかしいって」
「よくやるわ、ってこと。」
「それより…あ、あんたたち、夜見世は?」
女将が振り返った。
「「指名が来ないのよ」」
二人は口を揃えて言った。
「せめて格子には出なさいよ!」
「だって、寒いんですもの」
「ちゃんと暖かくしてるでしょうが!」
「どうせ来ないわよ」
「はぁ…」
女将は眉間をつまんだ。
「梟楽市介からの贈り物、全部売ればいいじゃない。 」
「う、売るだなんてそんな。首切られるわよ」
「だって、全部凄いものよ。上質な長襦袢まで贈ったとか。」
「じゅ、襦袢?!」
女将が声を上げたとき、下女が女将の元へ走って来た。
「女将!!女将!!」
「どうしたのよ。」
「あ、あの。梟楽様と猩々緋様がいらっしゃって!」
「あら、指名かしら」
「違うみたいで!」
「違うって何よ、」
「女将と楼主様と話しがしたいと。」
「まぁ、何かしら?」
「と、とにかく!お待たせしているので!」
「……分かったわ。」
女将は慌てて、店の玄関で待っていた二人の元へ走った。胡蝶と陽凛も野次馬するように追いかけた。
「お、お待たせ致しました。」
「女将、突然すまないね」
「いえ。」
「ここの楼主とも話がしたい。」
「は、はぁ…?」
「…今日は、客として来たのではない。役人として来た。」
「え、えっと…!は、はい!どうぞ。」
女将は二人を鶴姫のいる三階へ通した。
「鶴姫、お客様よ」
「はぁい、どうぞ」
迦陵頻伽な声が響いた。
鶴の絵が描かれた襖を開けると、簾越しに見える鶴姫の姿。
二人は目を凝らすように、じっとその姿を見つめた。
「ようこそ、いらっしゃいました。どうぞ、こちらに」
「感謝する」
二人は簾の前に座り、話を始めた。
「八代将軍、京司院鸞鳳様より言伝を預かって参った。」
すると梟楽が懐から取りだした、御朱印状。
「ま、まぁ……」
「……」
愕然とする女将と反対に、動じすに凛としている鶴姫。
「この度は、上様の御所望により、当楼にて御前の宴を催される。ここの鶴色屋の遊男を揃え、そして、この街で一番の高級太夫である鶴姫殿も参られよ、とのお達しだ。」
「……そう。」
「上様の御意向である、くれぐれも粗相のなきように、何卒ご承知くだされ。」
二人は女将と鶴姫に頭を下げた。
「それは、いつ催されるのかしら?」
「五日後の夜だ。」
「まぁ……間に合うかしら」
「上様より、当日はおめかしあれと仰せだ。これはその御支度金、受け取られよ。」
猩々緋が持っていた、桐箱に入っていた大金。思わず目を見開いた。
「恐悦至極に存じます」
鶴姫と女将はそれを受け取り、深々と頭を下げた。
「上様も御覧になる故、殊更に艶やかに装い、晴れやかにお越しくだされ。」
「承知致しました。」
「話は以上だ。では、失礼する。」
二人は立ち上がり、早々に店を出た。
「あっ!背の高いおじちゃん!」
「…桃ちゃん。」
桃が梟楽に気付き、走って来た。
「おじちゃん、耳貸して!」
「ん?」
身体の小さな桃に合わせるようにしゃがみこんだ。
「…あのね、立夏姐さんがおじちゃんにお手紙書いてたんだよ」
「えっ」
「これ。立夏姐さん、きっと恥ずかしくて送れなかったんだよ」
「そうなのかい?」
「だからね、桃が代わりに届けてあげるの」
「そうか。ありがとう、桃ちゃん。」
「立夏姐さんには内緒だよ!」
「あぁ、分かった。」
梟楽が桃から受け取った二通の手紙。
立夏の達筆な字で、書かれていた。
「……」
宛名は無かった。
もし、違う男への手紙だったらどうしようか。梟楽は手紙を懐へ入れた。
「梟楽さん、戻りましょう。」
「あぁ。」
鷹宗と共に、遊郭を後にした。
「梟楽さん、その手紙は?」
「立夏花魁からだ。」
「あぁ…梟楽さんが通われている、身体の大きな…?」
「そうだ。なんとも可愛らしい子だよ。もし遊郭にいなかったら、男ぶりの良い奴だっただろうなぁ」
「……そうですね」
「宛名こそ無いが、桃は俺に向けた手紙だと」
「宛名が無い…?」
「戻ってからじっくり読むとするよ。」
「もう、女遊郭には行かれないのですか」
「生憎、立夏に夢中でな。」
「贈り物もかなりされているとか」
「ははっ!知られておったか!」
「…奥様方もご存知でしょうに」
「いつものことだ。あいつらも俺に呆れているだろう。」
「…もし、手紙の内容が恋文だったら?」
「嬉しいねぇ。」
「身請けは」
「この手紙と、この宴で決める。」
「えっ?」
「…立夏が何と言ってくれるか。内容によっては、すぐにでも身請けするつもりだ。」
「えっと……」
鷹宗は困惑した表情を見せた。
「鷹宗も考えろよ。」
「何をですか」
「紅葉花魁だよ!」
「え」
「紅葉が可哀想だ。」
「紅葉花魁の何をご存知なのですか!」
「はははっ!向きになりよって。…お前は、結婚すらしとらんだろう?傍に居てくれる者を手に入れたらどうだ?お前の顔なら、花魁もころっとだ。」
「……?!」
「はははっ!!!」
梟楽は鷹宗をからかうように、大きく笑った。
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