色食う鳥も好き好き

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遊男の恋物語

第三十二話

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「…瓶覗、とっても綺麗なお着物を買って貰ったのね。」

「はい!鶴姫様が選んでくださったんです。」

瓶覗の部屋に紅葉が来ていた。鶴姫が新しく購入した瓶覗への着物を見に来たのだ。それは名前の通り、とても上品な瓶覗色。可愛らしい小さな梅の花が描かれていた。

「羽織もいただいたのね。まぁ、綺麗な鶴…。」

瓶覗がそう言った紺色の羽織の背には、鶴が大きく羽を広げていた。

「……貴方に似合いそうだわ」
「ふふっ、とっても嬉しいです。私も着るのを楽しみにしているんですよ」
「…鶴姫様もお喜びになるわ」
「はい。喜んでいただけるように、精進します」
瓶覗は素直に喜んでいた。

「昨日、胡蝶と舞を稽古したそうね?」
「はい。胡蝶姐さんは、舞がとてもお上手ですから。たくさん教わりましたよ。今度、紅葉姐さんにも見ていただきたいです。」
「…まぁ、それは楽しみだわ。」

「…紅葉姐さん、」
「もう私が教えることは無さそうね。」
「えっ、そんなまさか。紅葉姐さんから教わりたいこと、まだ沢山あるのに。」
「ふふっ、そうかしら?もはや、私が教わりたいくらいだわ」
「もう、紅葉姐さんったら!」

「そうだ、お琴や三味線の稽古は?」
「えっと、それが…。立夏姐さんに見ていただきたかったのですが、良い時がなくて。」
「…貴方の言いたいことは分かるわ。」

誰から見ても、今の立夏の姿は複雑だった。

「立夏姐さんらしくないというか。」
「そうね」
「少し、心配なんです。」
「それは皆同じ気持ちよ。」

「…何か、方法はありませんか?」
「その方法も全て、梟楽様に握られてしまっているわね。」
「えっ?そんな」

「…そんなものよ。もし、梟楽様のような旦那様が目の前に現れたら、きっと私も同じ道を辿ったと思うわ。」
「………」
「私もやっと気付いたのよ。私もね、瓶覗と同じ気持ちで、どうにかして手を引っ張ってあげたいと思っていたわ。でも、こればっかりは、どうにもならないのかなって。」
「……そう…ですかね…」

「…瓶覗は案外大丈夫そうだけれど。」
「私、強い人じゃありませんから」

「貴方が知らないだけで、強いわよ。」
首を傾げる瓶覗とは反対に、紅葉は笑った。

「そろそろ時間かしらね。」
「はい。」
紅葉は立ち上がり、瓶覗を連れて格子へ向かった。


「あら、立夏。」
「……?」

前を歩く立夏がゆっくりと振り返った。

「……」
「?」
「ごめんなさい。見とれていたわ」
「えっ?やだわ、恥ずかしい。」
「…そ、そうだわ、瓶覗の稽古に付き合ってほしくて。」

「あぁ。私、もう三味線もお琴も、下手になってしまったわよ?それでも良いなら…明日の朝でも、部屋へいらっしゃい。」
「ありがとうございます、立夏姐さん。」


「寂しいものね」
立夏の後ろ姿を見て、紅葉がそうつぶやいた。

「?」
「…立夏が遠くへ行ってしまった気分よ、私の方も振り返ることもなく。」
「……お気持ち、よく分かりますよ」

「…」
紅葉は言葉が出なかった。

「…、立夏姐さんなら帰ってきてくださるかなって思ったんです。」
「……」

「だから、私たちの大好きな立夏姐さんが帰ってこられるように、道を作ってあげたいというか。もう…全部、私のわがままですね。立夏姐さんも子供じゃないのに。…大人って複雑で難しいわ。」
「…」
「とっても寂しいけれど、紅葉姐さんの言う通りかもしれませんね。やっぱり、遠くから見守っていようかしら。…そうでしょう?紅葉姐さん。」
「え、えぇ……」
「さ、行きましょう。」
「……」

紅葉は瓶覗の後ろ姿を見つめた。
鶴は選ばれた背にしか止まらないのか。
初めて、瓶覗に嫉妬心を抱いた。

「……紅葉姐さん?」
「ん、ごめんなさいね。今行くわ。」

格子の中は眩しかった。
幾つもの灯りに照らされて、遊男たちを飾る光沢のある着物の模様と簪に反射している。輝く外も彼らからは、見えなかった。どんな人たちが、自分らをどう見ているのかも分からなかった。

〝あれは誰だ?〟
〝立夏花魁だよ〟

〝あの立夏花魁かい?随分と変わったな〟
〝歳をとっただけじゃないのか〟
〝お前知らないのか、とんでもねぇお偉いさんが立夏花魁を口説いてるって話だ〟

〝誰だよ、そのお偉いさんって〟
〝さぁな、俺も知りたいところだ。ただ、噂では将軍様に近しい御方だそうだ。〟
〝ははっ、男好きも多いんだな〟


「……ふぅ……」

格子の外からの会話に、全く聞く耳を持たない立夏は煙管をくわえ、深く煙を吸い込んでゆっくりと吐いた。男ぶりの良い見た目とは裏腹に、可憐な少女のような性格が売りだった立夏は、もうここにはいなかった。

今が一番、立夏花魁 という名が似合うだろう。

「…ここが御前のようね。」
紅葉の隣に座っていた胡蝶がそう呟いた。

「…どういうこと?」
「格子の中って、まるで籠の中の鳥だとよく言われるでしょう?…でも、立夏にとってはが籠の中の鳥なのよ。」
「外の方が…?」
「そうよ。格子の外にいる人々が皆、可哀想に見えているみたい。」

「そうみたいね。」
紅葉は胡蝶の言葉に思わずうなずいた。


すると、女将が紅葉を呼ぶ声が聞こえてきた。
「紅葉、ご指名よ」
「はぁい。」

「…猩々緋の旦那様よ。」
「まぁ、鷹宗様が?」
「えぇ。早く支度を。」
「はい。」

宴の知らせに来た時以来だった。きっと城でも忙しいはずなのに、それでも来てくださるなんて。

「…失礼いたします、赤音彩紅葉でございます。」
「突然すまなかった」

「まぁ、そんな。お忙しいところ、足を運んでいただいてありがとうございます。」
紅葉は鷹宗の隣へ座った。

「何もかも突然であったな。宴も。」
「ふふっ、そうですね。お話をいただいたとき、皆とても驚いていました。私も何かの間違いではないかと、疑ってしまいましたよ。」
「…こちらも驚いていたんだ。」
「えっ?」

「上様が突然、鶴色屋の遊男を全員呼べと仰るものでな。」
「…まぁ、思い切ったことを仰せに…」

「そうなんだよ…。」
鷹宗は猪口に注がれた酒を見つめていた。何か言いたげな様子だったので、紅葉は鷹宗が自ら口を開くまで待った。

「…俺が、鶴色屋の存在を梟楽さんと上様に話をしたんだ。」

「あら、そうだったのですね」
「その顔は、やはり気付いておったか。」
「…えぇ。ですが、そうやって鶴色屋の名前を広めてくださるのは有り難いことですよ。」

「…俺が紅葉の元に通い出してから暫くしたとき、梟楽さんに気付かれてしまってな。俺は遊郭に通ったことすら、これまでに無かったから怪しまれたんだろうな。」
「…」

「いつの間にか、梟楽さんも立夏花魁に通い始めたようで。しかし、俺よりも遥かに梟楽さんはお忙しい方だから、立夏花魁に会いに行ける時間が少ないと悔やんでおられた。」
「……」
、あんなとてつもない贈り物と手紙を送ったそうで」
「会いに…行けないから?」
「ん?」

「本当に、そんな理由で?」
紅葉は徳利を握った。

「ん…、梟楽さんはそう仰っていたが、俺も絶対に違うと感じている」
「会いに行けないからと、渡せるような品物とは思えませんよ。全部上質なもので、紅や簪、羽織に帯、煙管、それに襦袢まで」

「…立夏花魁は、梟楽さんをどう思われているのだろうか」
「きっと、お慕いしていると思いますよ。」

「…梟楽さんは、立夏花魁の手紙を読まれて、本気になったのではないか?」
「…手紙?」
「あぁ、宛名の無い手紙だ」

鷹宗の口から、行方の知れなかった手紙の存在が。紅葉は思わず食いついてしまった。
〝梟楽様が恋しいって書いてしまったの〟
あのとき、立夏は焦っていた。その言葉以外にも、梟楽が知ったら駄目なことも書いてあったのだろうかと、少し心配に思っていた。

「…まぁ、それは…いつ梟楽様に届いたのでしょうか?」
「…宴の知らせに来たときだ。あの…桃色の子が」
「桃が?」
「あぁ。立夏花魁から梟楽さんにと」
「そう…だったのですね。梟楽様はそれをお読みに?」
「分からない。あのとき、すぐには読まれていなかったから」
「……」

立夏が探していた、宛名のない手紙は桃が渡したのだと、その時初めて知った。手紙が盗まれただとか、梟楽が密偵を使っただとか、良からぬことばかりを想定してまった紅葉は自分が馬鹿馬鹿しく思った。

「…しかし、紅葉からは返事が来なかったな」
「えっ?」

鷹宗は笑って話した紅葉への手紙のこと。紅葉は、はっとした。

「忘れておったか」
「い、いえ。立夏と梟楽様のことで夢中になっておりました。」

「…俺が変なことを書いてしまったからか」
「……」

〝君の真の心は一体何処にあるのか〟

紅葉に送られた、ひとことだけ綴られた手紙。机にそっとしまっておいた。

「…あのとき、確か酒を飲んで書いた記憶がある。だから、そんなに深い意味は無い。気にしないでくれ」
「…本当にそうでしょうか?」
「……あぁ」

酒をまたひとくち飲んだ鷹宗の喉元を見ると、少しずつ紅くなっていた。酒がまわってきたのだろう。耳は既に真っ赤で、目も潤んできていた。

「お茶、お持ちしますね」
「……」

紅葉は下女にお茶を持って来させて、酒の代わりにお茶を出した。

「ありがとう。」
「いえ。」

「…梟楽さんに唆されたっけ」
「?」
「唆されたんだ、確か。花魁の手練手管について話をしたときだったかな」
「…手練手管?」

「花魁は嘘の達人だと。」
「……嘘?」
「あぁ……、紅葉や立夏花魁の話ではないから、安心してくれ。花魁の嘘を信じて、痛い目をみた男の話をされて…、それで…梟楽さんと酒を飲んで…紅葉へ手紙を書いた」
「……」

「その話、随分と詳しく話されていたから、きっと梟楽さん本人の話だろう。面白おかしく話されていたが、相当傷付いたんだろうな」
鷹宗は酔っ払いながら、へらへらと笑っていた。

「……」
だから立夏は梟楽を狂わせたのか。
梟楽の言葉や贈り物に、素直に染まっていく立夏が可愛くて仕方なかったのだろう。

「紅葉、今夜は膝を貸してくれないか」
「えっ」

「はぁ……」
鷹宗は紅葉の膝に頭を乗せて目を瞑った。酒がまわって眠くなったのだろう。一瞬で寝息を立て始めたその寝顔は、普段の凛々しい顔とは真逆にあどけなく可愛らしい。


「……」

梟楽は立夏をからかっているのか、本当に可愛がっているのか。紅葉は眉間に皺を寄せて、拳を強く握った。

でも少しだけ想像した。もし自分が梟楽だったら……


「きっと、嬉しかったわね…」
紅葉はそっと優しく鷹宗の頭を撫でた。

手練手管という言葉すら知らないように、真っ直ぐ受け止めくれる立夏が現れて、きっと梟楽は嬉しかったのだろう。



「ん……」

少しすると、顔の紅潮がひけた鷹宗が目を覚ました。

「お目覚めに?」
「すまない」
「いいえ、とっても気持ちよさそうに眠られていましたよ」

「…恥ずかしい限りだ」
寝ぼける姿も愛おしく感じた。

「お仕事でお疲れでしょうから、仕方ありませんよ」
「…せっかく来たのだから、紅葉ともっと話がしたかった。まさか眠ってしまうとはな。…紅葉、また宴で会えるだろうか」
「はい。今度は、私が会いに参りますね」
「それは嬉しい」

〝君の真の心は一体何処にあるのか〟

紅葉に送られたその言葉は、鷹宗自身からの言葉では無かった。あれは、梟楽市介の想いが乗せられた言葉だった。


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