色食う鳥も好き好き

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遊男の恋物語

第十一話

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「……っ!驚いた。あんた達何してるのよ。」

瓶覗の部屋を出た紅葉は、廊下にぞろぞろと集まった姐女郎たちに驚いた。

「だってぇ、心配で…!」
「瓶覗は大丈夫なの?」
「あんな客、私がぶん殴って来るわ!」
「瓶覗に手を出すなんて、酷すぎる!」

立夏に胡蝶、陽凛、鶯まで皆が瓶覗を心配して部屋を覗き見ていたという。

「はぁ全く、世話焼きな姐だわ…私も貴方達も」

紅葉も皆、瓶覗を心配したのは同じ気持ちだった。



「瓶覗が やっと目を覚ましたわ。」

「良かったよぉ…死んだかと思ったぁ…!!」
「陽凛、やめなさいよ。縁起でもない。」

陽凛は心配し過ぎるあまり、涙でぐしょぐしょになっていた。それに呆れる胡蝶と、陽凛の背中を摩る鶯。


「……早速こんな客が来るなんて、想定外だったわ」
一番泣きそうな立夏は冷静だった。

「…そりゃあ、値段だって私たちより手頃だからそれくらいの客が興味本位で来るわよ。」
「初めて見る顔だったから、女将も止めるに止められなかったそうよ」
「そう。」

紅葉は腕を組み、ため息をついた。



「あの。」


「「「わっ!」」」

瓶覗が部屋から出てきた。


「ごめんなさい、聞こえてた?」

「はい。…ご心配、お掛けしました。」
瓶覗は姐女郎たちに深々と礼をした。


「そんな!瓶覗が謝ることじゃないわ!」
咄嗟に鶯が口を開いた。

「生きてるだけで良かったよぉ……!」
「…感謝して欲しいくらいよ。この通り、陽凛は泣きすぎて化粧もめちゃくちゃだわ。」

「はい。姐さん達には、とても感謝してます。」
瓶覗は笑って見せた。


「でも、まだ少し休んでるといいわ。」
紅葉がそう言うと、瓶覗は首を横に振った。

「いえ、必要ありません。十分休ませていただきましたから。」
「……そ、そう…。」

まさかの返事に紅葉も姐女郎の皆が驚いた。


「…只今、準備しますから。」
そう言って瓶覗は自分の身支度を始めた。

「……大丈夫、なの?」

「…本人が良いって言うのよ、私たちは従うしか無いわ。」
「そう、ね……」
「さ、皆も戻って。昼見世に間に合わないわよ」
「はぁい」

皆は自室に戻り、昼見世の準備を始めた。




そんな中、ある事に気付いた立夏が胡蝶を引き止めた。

「…胡蝶。」
「……ん?」

「藤菫は?兄がこんな事になってるのに、どうして顔も出さないの?」

「さぁ。相当不仲なのかしらね。…でも、前より顔を見る頻度が少なくなったわ」
「どうして?」
「分からないわ。まぁ最低限の仕事はしてるけど、最近は客取るのも断ってるみたいだし。」
「……そうなの?」
「…どうしたのか聞くのも、なんか……ね。」

胡蝶も多少は心配しているようだった。

「様子を見て来るわ。」
「あぁ、そう。」

立夏は藤菫の元へ向かった。


「……あら」

「…おはようございます、立夏姐さん。」
「…お、おはよう。」

丁度、藤菫が部屋から出てきた所だった。


「……?」

藤菫は立夏に背を向けて歩き始めた。珍しい。普段、挨拶なんて自分からはしないのに。立夏は首を傾げた。得に体調は悪そうな訳でもなく。

「…気にしすぎ、かしら?」
それでも気になったので、藤菫を呼び止めた。

「藤菫。」
「はい…?」

「…瓶覗に会いに行ったらどう?」
「……どうしてですか?」
「どうしてって…、傷付いてるだろうから。私たちも様子を見に行ったけど、藤菫も来てくれたら、喜ぶかなって。」
「…それは、後ほど。」
「えっ、ちょっと…。」

藤菫は颯爽と去ってしまった。


「いつまでも無愛想なのね…、」
ちらりと見えた藤菫の手が目に止まった。

「…待って!」
立夏の声は届かず、藤菫は去ってしまった。


立夏は裾を捲り上げて、走り出した。


「っ、驚いた!…立夏?そんなに急いでどうしたの?昼見世の支度はできたの?」

「…はぁっ…紅葉!」
「ん?」

廊下で鉢合わせた紅葉。立夏は涙目になっていた。

「…どうしよう」
「何が?」
「…鶴姫様に伝えてくる」
「えっ?何を?…ちょっと…!」

立夏が動揺していたようで、紅葉も心配になった。






「鶴姫様、立夏にございます」

店の三階。鶴の描かれた襖を立夏は息を切らしながら、素早く開けて入った。

「まぁ、そんなに慌てて。急用かしら?」
鶴姫は袖を振り払った。


「…藤菫の手に、…赤い発疹が。他は隠れて分からず…気付くのが遅くなり、申し訳ありません。」

立夏は頭を下げた。その話を聞いた鶴姫は、黙って立ち上がった。

「……それは誠か?」

「はい。…以前、脱ぐことを拒んだのも、見られないようにするためだったのかと。」

「立夏。藤菫は今どこに?」
「…昼見世の支度をしているかと」
「そう。貴方も来なさい。」
「はい……」

鶴姫は偉い方が鶴姫を呼ぶか、遊男に何かあった時にしか、三階から降りてこない。鶴姫が降りてくる時には、とても大事おおごとであるのは周知の事実。

「はっ…。鶴姫様…。」
廊下を颯爽と歩く鶴姫。店で働く者達が皆、次々と頭を下げる。その横目で美しい姿を捉えていた。



「……藤菫。」
部屋の片付けをする藤菫がいた。

「……えっ」
初めて見る楼主、鶴姫の姿に目を丸くした。


「手を見せなさい。」
「……!」
鶴姫は藤菫の手を力ずくで開かせた。

「…………」

藤菫の手のひらにまで広がる楊梅やまももに似た赤い発疹。

藤菫はそれを必死に隠していた。

「何でもありません。ただの出来物です。何か悪いものを食べたか、触ってしまったのかと。すぐに治りますから。この前だって、口に出来たものも直ぐに治りましたし…!」

藤菫は次々と言葉を発し、弁明しようとした。

「やめなさい、藤菫。」

「え…?」

藤菫は鶴姫の美しい黒の瞳をじっと見つめた。

「これは……病よ」

「…そんな訳ありません。私、こういうの直ぐに治るんです。痛くも痒くもないし、だから…!」
「いい加減になさい!」
「……」
藤菫は唖然とした。

鶴姫の後ろにいた立夏は見るに堪えなかった。
病など、言われても実感が湧くはずなどない。

「……藤菫。私が持っている薬を貴方に渡すから、きちんと飲むのよ」
「……治るんですか?」
「きっと、治るわ。」

治る、と言い切れない。
鶴姫は嘘をつく事も出来なかった。

「…良い?分かった? 」
「……はい」
「…貴方を信じてる。」
鶴姫は静かに頷く藤菫を優しく抱きしめた。

「…この事は、周りにはあまり知られないように。特に客には、ね。」
「はい」

鶴姫は優しく微笑んで、藤菫の元を離れた。


「……はぁ…。」

鶴姫はひとつ息を吐いてから、また歩き始めた。


「……鶴姫様?」
「紅葉。胡蝶。」

鶴姫が三階から降りてきたと聞きつけ、紅葉と胡蝶がやって来た。

「…丁度良かった、話があるわ。」
「はい。」
「何でしょうか」
「…三階へ。」

鶴姫は立夏と共に、紅葉と胡蝶を連れて三階へ上がった。簾の向こうへ鶴姫が座り込み、その向かい側には三人が膝を着いた。


「…藤菫が瘡毒そうどくに罹った。」

「……」
紅葉と胡蝶は言葉を失った。


「私が唯一持っているこの薬は、ただの民間療法でしかない。これで完治するなど、殆ど聞いたことが無い。…でも、藤菫は若いから…まだ望みはあると信じてる…。」

鶴姫が珍しく早口に話していた。

「もし、治らなかったら?」
「…緩やかな死が待っているだけよ。私は今までにも、瘡毒で死んだ子達を目の当たりにしてきたわ。」
「…………。」

鶴姫は遠回しに、藤菫の寿命が尽きるのは時間の問題だ と言っていた。

「申し訳ありません。藤菫の姐女郎である私がもっと…早く…!」
胡蝶が咄嗟に手をついて、頭を深々と下げた。

「謝るな。結果は変わらない。」

鶴姫は淡々と話すが、徐々に震える声になっていたのは三人には分かっていた。


「…藤菫は当分、客の前に出さない。胡蝶の身の回りと、店の事をやらせるわ。女将にも話しておく。陽凛と鶯は…何か取り乱しそうだから言わないでおくけど…。…貴方たちが頼りよ。姐女郎の貴方たちが藤菫の傍にいてあげてほしい。」

「はい」

高級遊男の三人は床に手をついて、楼主に頭を下げた。


「瘡毒など、どうして…あんなに可愛い藤菫に…。」
鶴姫はそう呟いた。

「……」
三人は黙って俯くだけだった。

「…ごめんなさいね、もう下がっていいわ」

鶴姫は無理に笑って見せた。簾越しにでも分かる、彼の辛そうな微笑み。三人は楼主のその表情が脳裏に焼き付いた。






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