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深まりいく秋
「女帝?」
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きららは休み時間にも、一緒に帰る時も何も聞いて来なかった。その代わり、駅の近くにあるファミレスでじっくり事情聴取されることになった。
だけど、ファミレスに入ってドリンクバーのジュースを飲みながら注文したデザートを待っていたら、「やあ」と夏川先輩に声をかけられた。
「で、なんでここに夏川先輩が?」
「一人だけ仲間外れにしたらかわいそうでしょ。それに今話しておいたら、また話す手間がないし」
驚いているのは私だけで、きららが夏川先輩に内通していたと白状した。
この薄情者! きららだけは私の味方だと思ったのに!
「いつの間にそんなことになってんの?!」
「先週、ケータイの番号、交換したんだよねー」
「実花の様子がおかしかったから必要だと思ってね」
息の合った様子で互いにアイコンタクトをとっている二人の笑顔がなんとなく悪戯を企んでる子どものように見えるのは私の気のせいだろうか?
「そう! 私たち――実花を応援する会は連絡を取り合う必要があると思ったのです!」
きららは胸を張ってして欲しくない宣言を宣言した。
実花を――私を応援する会なんかいらないよ!!
何を応援する気なの?!
夏川先輩まで入ってるってことは、夏川先輩と付き合うことじゃないよね?!
そっちを応援されても、嫌だし、困るから!
というか、そんなの応援しないよね?!
それに連絡を取り合うって、それまで連絡を取ることなかっただけで、いつできたの?!
夏川先輩が付きまとっていた時?
「いやいやいやいや、それ何?! いつ、そんなのできたの?!」
「先週」
先週って、ちょっと遅くない?!
連絡取り合ったのも先週だし、それまできららは私を応援する気なかったってこと?
私が夏川先輩とあいつのことを迷惑がっていたことも知っていたよね?!
なんでそこで逃げ切れるように応援してくれなかったの?!
「もっと前からなかったの?!」
「だって、ねえ。もっと前は夏川先輩のこと、味方だなんて思えなかったし」
夏川先輩と付き合うほうの応援だったーー!!!
「応援する気はなかったから」
小首をかしげ気味に夏川先輩が言った。
?
夏川先輩が応援するのって、何?
私の何を応援したいのか意味不明だ。
だけど、ちょっと待って。今まで応援する気がなかったって、どういうこと?!
初めてのバイトとか色々あったのに、それすら応援してなかったの?!
「ちょっと! そこでなんで応援する気ないの?! 少しくらい応援する気、持ってよ!」
――って、彼女という名のセフレを必要な時以外、放置している夏川先輩がそんなことを気にしているはずもないか。言ってから気付いた。
「応援する会ができたんだから、いいじゃない」
夏川先輩が良い話風に締めくくろうとする。
「そこで締めくくらないで!」
「まあまあ」
宥めてくる夏川先輩が応援する気になった理由が気になった。
二学期になって、あいつが変わったように夏川先輩も変わった。その変化の原因を今なら教えてもらえそうだ。
「夏川先輩、どういった心境の変化なんですか?」
「秋になったからね」
あき?
秋になったから?
「どうして、秋が関係あるんですか?!」
わけがわからない。
地球外生物――異星人か未確認生物だから仕方ないのか。
「秋の空と同じだよ。男心と秋の空って――違ったか」
自分で言いながら、間違いに気付いてツッコミを入れる夏川先輩。
なんか前はこんなふうにボケてるというより、のらりくらりとしていたような気がする。ああ言えばこう言うで、縦横無尽というかなんというか。
「・・・何、素でボケてるんですか」
夏川先輩の変化に戸惑いながら、とりあえずツッコんでおく。
「まあ、気にしないで」
「気になりますよ、そこ」
変わりやすいものは女心と秋の空だから。
秋になっていきなり心境が変化した夏川先輩の理由を知っておかないと、どう対処していいのか困る。付き合いからのフェードアウトを許してくれそうなら、それはそれで助かるし、あんな関係で付き合うのはやっぱり嫌だ。
まずはお友達からでしょ。
「実花。あんまり追及しちゃダメだよ。動機がなんであれ、味方になってくれたんだから」
「そうだよ。メリットを見て欲しいな」
「メリット?」
夏川先輩を味方にするメリット?
・・・
思い付かない。
デメリットならわかるんだけど。
その1.元カノにからまれて虐められる(過去に実害二回)
その2.女子から妬まれて陰口を叩かれる(三年生以外)
その3.基本放置
・・・って、これ付き合った時のことだ。
「これでも俺は顔が広いから、色々役立つよ」
役に立つアピールしてきた?!
何、この利用してくださいアピール?!
最近、善人っぽく振る舞ってきたのは、油断させる為なの?!
油断させて・・・? 何になるんだろう?
最低なところは充分見せてもらったし、評価を上げる理由がわからない。
何かおかしなことでもあったんだろうか?
キャトルミューティレーションでもされた?
いや、でも、異星人とか未確認生物とかがキャトルミューティレーションされるもんなの?
宇宙人同士が頭改造してごめんねとか、お腹覗いてごめんねとか、言うんだろうか・・・?
いや、これは地球人以外のにこやかな会話でなされた結果じゃないはずだ。
古典的な悪いものを食べて錯乱した状態に違いない。きっと、そうだ。
「役立てていいってことですか? ホント、何があったんです? 腐ったものでも食べました?」
「何かあったのは実花のほうだろう? 何があった?」
「そうだよ。昼休みのほとんどいなかったじゃん。その間、何があったの? 昼休みになってすぐ、春原に話しかけてそのままいなくなったけど、何があったの?」
夏川先輩だけじゃなくて、きららまで一緒に聞いてきた。
「ぐっ・・・」
逃げ道を探そうとする私だけど、ファミレスの店内に二人の注意を引きそうなものはなかった。
なんでこんな時に騒いでる子どもを放置するママ友の集いとか、馬鹿騒ぎしている学生とかいないのよ?!
諦めてくれそうにない二人の鋭い視線で顔の肌が痛い。
・・・。
腹をくくるか。
溜め息を吐いて、深呼吸を心掛ける。
女は度胸。愛嬌も必要だけど、今は度胸。
何度か深呼吸しようと、うまくいかない浅い呼吸をしてから、私は口を開いた。
「あいつに新しい彼女ができたのは知ってるよね?」
「うん、来なくなったし」
晴れ晴れとした顔できららが相槌を打ち、夏川先輩が頷く。
「その彼女に問題があるから、あいつにそれを教えようとしたわけ」
「問題?」
首を傾げる二人。
だけど、夏川先輩に言っていいものかどうか、一瞬悩んだ。
夏川先輩が初代浮気した彼女をあいつに押しつけるんじゃないかと思っていたけど、別の問題も思い出したのだ。
初代浮気した彼女のことで夏川先輩は傷付いている。彼女のことを話してくれた時、飄々としていた夏川先輩が今の少しボケ気味とかそんなことが問題じゃないくらい別人のようになった。あれは性格がどうというより、小学校のクラス対抗球技大会でクラスが負けた時に相手のクラスにパスをしてしまった自分を責めていたクラスメイトの様子とよく似ていたから、よっぽど辛かったのだろう。
それを思い出したら、言うのが躊躇われた。
「・・・夏川先輩のよく知ってる子だよ」
どうにか出た声は小さかった。
「小鳥遊?」
小鳥遊?
ピンとこなかった。
・・・あいつと浮気した前の彼女か。
「初代のほう」
夏川先輩の表情が変わる。目を見開いた後、夏川先輩は眉を顰めた。
「・・・女帝再臨か」
「女帝? 女帝って、あの女帝? 学校中の男子を虜にしたっていう、あの伝説の?!」
うちの学校には学校中の男子を虜にした女帝の伝説がある。きららが言ったのはこれだ。
「初代が女帝って?! ・・・ああ、うん。なんかわかる気がする」
言われてみたら、初代浮気した彼女はテニス部で夏川先輩からその当時の部長に乗り換え、友達の彼氏にも手を出して夏川先輩と同じクラスの女子たちから不幸を喜ばれるくらい嫌われている。
聞いていたより被害が広がっていて、学校全体までになっていたなんて思わなかった。
「って、初代って何?」
初代と言われても何も知らないきららは私に聞いてきた。
「俺の高校での初代彼女」
夏川先輩は「浮気した」の部分を抜いて説明した。他の彼女の浮気のことは言う気がないらしい。
「初代彼女か。実花を殴った元カノって、もしかして伝説の女帝? 伝説の女帝ってもっと歳上で、とっくに卒業してると思ったのに、まだ在籍してたんだ・・・」
「そうだよ。伝説の女帝って、伝説だからもう学校にいないと思うよね。私もそう思ってた」
伝説だし、まだ学校に在籍しているなんて普通、思わないよね。とっくに卒業していて、アラサーとかアラフォーだと思っていた。
女帝って、昭和臭するし。
「残念だけど、女子全員を敵に回した女帝はまだ学校にいるよ。二年にはまだ実害受けた女子がいるからまだ伝説になっていないけど、一年はまだだからなんだろうね。今年の一年にはめぼしい男子がいないっていうのが理由かもしれないけど」
「めぼしい男子?」
イケメンとか、イケメンとか、イケメンとか?
「女帝様は羨望の眼差しが好きなんだよ。俺が一年の時はいくつかの部で期待されるような一年がいて、それが何人も餌食になったし、部長や生徒会役員とかも狙われて、挙句には恋人と仲の良い友達の彼氏まで盗ったからね」
「うわー・・・」
「手あたり次第・・・」
具体的に言われると、きつい。友達の彼氏を盗ったとは聞いていたけど、恋人と仲の良いからってNTRなんてサイテーだ。
初代浮気した彼女はただのイケメン好きかと思ったら、他人の幸せにすら嫉妬する心が狭い人物で、自分が裏切った相手ですらすぐになびくと思い込んでる自信家だから夏川先輩と付き合い始めたと思われた私に別れるように言いに来たようだ。
ホント、サイテーな奴だ。
夏川先輩が逃げたくなるのもわかる。
「狙われたほうも、狙われなかったほうも男子は辛かったよ。翌年は前年の現状がわかっていたから、部長たちも生徒会役員も警戒して近寄らせなかったが、何も知らない一年は餌食になってね。二年と各部の部長が対処した時には何人も犠牲者が出ていたよ。今年はまだうちの学校で被害者が出ていなかったから、てっきり外部で満足していると思ったけど、春原が狙われたか。女帝様の今度の狙いは俺のようだから、この件は俺が預かるよ」
今度の狙い?
前にも相手が違うことを起こしてたの?!
「今度の狙いとか、どういうことですか?」
「そうよ。夏川先輩が狙われてるって、どういうこと?!」
夏川先輩は目を彷徨わせた後、仕方がないとばかりに溜め息交じりで言った。
「女帝様は部長クラスや天才とか言われて才能ある人物に執着しているんだよ。うちの学校に芸能人とかいたら、そっちをずっと追っかけてくれるんだけど、そうじゃないから部長たちは自分が狙われる番がいつまわってくるか怯えるしかなくてね。特に付き合っていたことがあったら、高確率で来るんだ」
「・・・」
「・・・」
私ときららは絶句した――
付きまとわれていたのは夏川先輩だけじゃなかったー!!
同時並行で付きまとっていたなんて、頭がどうかしている。夏川先輩のように一年の時に付き合ってしまったら、三年間も逃げ回っていたことになるし、夏川先輩のように追い払うのも嫌だと思って彼女を防波堤にしていなかったら、実際に付きまとわれることになる。
なんて恐ろしい。一人だけじゃなくて、複数の動向を調べて、彼女と別れてフリーになったら自分が浮気して裏切ったくせに元サヤを狙って付きまとうなんて。(本当は付き合い始めたばかりの彼女すらも暴力ふるって脅すし。)
私には初代浮気した彼女が理解できない。
理解できなくて普通なのかもしれない。
伝説の女帝のことを聞いた時ですら、彼女がやったことを信じられなかったのに、その彼女を理解するなんてできるはずがない。
今まで彼女を途絶えさせたくないからって、告白されたら付き合う夏川先輩のことを好き放題言ってきたけど、初代浮気した彼女が伝説の女帝で、実害まで知らされたら仕方ないと思った。ここまで恐ろしい存在から自分の力だけで逃げるなんて、私には無理。できない。彼女という名の防波堤を欲しがる夏川先輩の気持ちがわかる。
今更になって、あいつと浮気した元カノの面の皮の厚さを思い出して、あれぐらいじゃないと防波堤になれないと何故か感心してしまった・・・。
だけど、ファミレスに入ってドリンクバーのジュースを飲みながら注文したデザートを待っていたら、「やあ」と夏川先輩に声をかけられた。
「で、なんでここに夏川先輩が?」
「一人だけ仲間外れにしたらかわいそうでしょ。それに今話しておいたら、また話す手間がないし」
驚いているのは私だけで、きららが夏川先輩に内通していたと白状した。
この薄情者! きららだけは私の味方だと思ったのに!
「いつの間にそんなことになってんの?!」
「先週、ケータイの番号、交換したんだよねー」
「実花の様子がおかしかったから必要だと思ってね」
息の合った様子で互いにアイコンタクトをとっている二人の笑顔がなんとなく悪戯を企んでる子どものように見えるのは私の気のせいだろうか?
「そう! 私たち――実花を応援する会は連絡を取り合う必要があると思ったのです!」
きららは胸を張ってして欲しくない宣言を宣言した。
実花を――私を応援する会なんかいらないよ!!
何を応援する気なの?!
夏川先輩まで入ってるってことは、夏川先輩と付き合うことじゃないよね?!
そっちを応援されても、嫌だし、困るから!
というか、そんなの応援しないよね?!
それに連絡を取り合うって、それまで連絡を取ることなかっただけで、いつできたの?!
夏川先輩が付きまとっていた時?
「いやいやいやいや、それ何?! いつ、そんなのできたの?!」
「先週」
先週って、ちょっと遅くない?!
連絡取り合ったのも先週だし、それまできららは私を応援する気なかったってこと?
私が夏川先輩とあいつのことを迷惑がっていたことも知っていたよね?!
なんでそこで逃げ切れるように応援してくれなかったの?!
「もっと前からなかったの?!」
「だって、ねえ。もっと前は夏川先輩のこと、味方だなんて思えなかったし」
夏川先輩と付き合うほうの応援だったーー!!!
「応援する気はなかったから」
小首をかしげ気味に夏川先輩が言った。
?
夏川先輩が応援するのって、何?
私の何を応援したいのか意味不明だ。
だけど、ちょっと待って。今まで応援する気がなかったって、どういうこと?!
初めてのバイトとか色々あったのに、それすら応援してなかったの?!
「ちょっと! そこでなんで応援する気ないの?! 少しくらい応援する気、持ってよ!」
――って、彼女という名のセフレを必要な時以外、放置している夏川先輩がそんなことを気にしているはずもないか。言ってから気付いた。
「応援する会ができたんだから、いいじゃない」
夏川先輩が良い話風に締めくくろうとする。
「そこで締めくくらないで!」
「まあまあ」
宥めてくる夏川先輩が応援する気になった理由が気になった。
二学期になって、あいつが変わったように夏川先輩も変わった。その変化の原因を今なら教えてもらえそうだ。
「夏川先輩、どういった心境の変化なんですか?」
「秋になったからね」
あき?
秋になったから?
「どうして、秋が関係あるんですか?!」
わけがわからない。
地球外生物――異星人か未確認生物だから仕方ないのか。
「秋の空と同じだよ。男心と秋の空って――違ったか」
自分で言いながら、間違いに気付いてツッコミを入れる夏川先輩。
なんか前はこんなふうにボケてるというより、のらりくらりとしていたような気がする。ああ言えばこう言うで、縦横無尽というかなんというか。
「・・・何、素でボケてるんですか」
夏川先輩の変化に戸惑いながら、とりあえずツッコんでおく。
「まあ、気にしないで」
「気になりますよ、そこ」
変わりやすいものは女心と秋の空だから。
秋になっていきなり心境が変化した夏川先輩の理由を知っておかないと、どう対処していいのか困る。付き合いからのフェードアウトを許してくれそうなら、それはそれで助かるし、あんな関係で付き合うのはやっぱり嫌だ。
まずはお友達からでしょ。
「実花。あんまり追及しちゃダメだよ。動機がなんであれ、味方になってくれたんだから」
「そうだよ。メリットを見て欲しいな」
「メリット?」
夏川先輩を味方にするメリット?
・・・
思い付かない。
デメリットならわかるんだけど。
その1.元カノにからまれて虐められる(過去に実害二回)
その2.女子から妬まれて陰口を叩かれる(三年生以外)
その3.基本放置
・・・って、これ付き合った時のことだ。
「これでも俺は顔が広いから、色々役立つよ」
役に立つアピールしてきた?!
何、この利用してくださいアピール?!
最近、善人っぽく振る舞ってきたのは、油断させる為なの?!
油断させて・・・? 何になるんだろう?
最低なところは充分見せてもらったし、評価を上げる理由がわからない。
何かおかしなことでもあったんだろうか?
キャトルミューティレーションでもされた?
いや、でも、異星人とか未確認生物とかがキャトルミューティレーションされるもんなの?
宇宙人同士が頭改造してごめんねとか、お腹覗いてごめんねとか、言うんだろうか・・・?
いや、これは地球人以外のにこやかな会話でなされた結果じゃないはずだ。
古典的な悪いものを食べて錯乱した状態に違いない。きっと、そうだ。
「役立てていいってことですか? ホント、何があったんです? 腐ったものでも食べました?」
「何かあったのは実花のほうだろう? 何があった?」
「そうだよ。昼休みのほとんどいなかったじゃん。その間、何があったの? 昼休みになってすぐ、春原に話しかけてそのままいなくなったけど、何があったの?」
夏川先輩だけじゃなくて、きららまで一緒に聞いてきた。
「ぐっ・・・」
逃げ道を探そうとする私だけど、ファミレスの店内に二人の注意を引きそうなものはなかった。
なんでこんな時に騒いでる子どもを放置するママ友の集いとか、馬鹿騒ぎしている学生とかいないのよ?!
諦めてくれそうにない二人の鋭い視線で顔の肌が痛い。
・・・。
腹をくくるか。
溜め息を吐いて、深呼吸を心掛ける。
女は度胸。愛嬌も必要だけど、今は度胸。
何度か深呼吸しようと、うまくいかない浅い呼吸をしてから、私は口を開いた。
「あいつに新しい彼女ができたのは知ってるよね?」
「うん、来なくなったし」
晴れ晴れとした顔できららが相槌を打ち、夏川先輩が頷く。
「その彼女に問題があるから、あいつにそれを教えようとしたわけ」
「問題?」
首を傾げる二人。
だけど、夏川先輩に言っていいものかどうか、一瞬悩んだ。
夏川先輩が初代浮気した彼女をあいつに押しつけるんじゃないかと思っていたけど、別の問題も思い出したのだ。
初代浮気した彼女のことで夏川先輩は傷付いている。彼女のことを話してくれた時、飄々としていた夏川先輩が今の少しボケ気味とかそんなことが問題じゃないくらい別人のようになった。あれは性格がどうというより、小学校のクラス対抗球技大会でクラスが負けた時に相手のクラスにパスをしてしまった自分を責めていたクラスメイトの様子とよく似ていたから、よっぽど辛かったのだろう。
それを思い出したら、言うのが躊躇われた。
「・・・夏川先輩のよく知ってる子だよ」
どうにか出た声は小さかった。
「小鳥遊?」
小鳥遊?
ピンとこなかった。
・・・あいつと浮気した前の彼女か。
「初代のほう」
夏川先輩の表情が変わる。目を見開いた後、夏川先輩は眉を顰めた。
「・・・女帝再臨か」
「女帝? 女帝って、あの女帝? 学校中の男子を虜にしたっていう、あの伝説の?!」
うちの学校には学校中の男子を虜にした女帝の伝説がある。きららが言ったのはこれだ。
「初代が女帝って?! ・・・ああ、うん。なんかわかる気がする」
言われてみたら、初代浮気した彼女はテニス部で夏川先輩からその当時の部長に乗り換え、友達の彼氏にも手を出して夏川先輩と同じクラスの女子たちから不幸を喜ばれるくらい嫌われている。
聞いていたより被害が広がっていて、学校全体までになっていたなんて思わなかった。
「って、初代って何?」
初代と言われても何も知らないきららは私に聞いてきた。
「俺の高校での初代彼女」
夏川先輩は「浮気した」の部分を抜いて説明した。他の彼女の浮気のことは言う気がないらしい。
「初代彼女か。実花を殴った元カノって、もしかして伝説の女帝? 伝説の女帝ってもっと歳上で、とっくに卒業してると思ったのに、まだ在籍してたんだ・・・」
「そうだよ。伝説の女帝って、伝説だからもう学校にいないと思うよね。私もそう思ってた」
伝説だし、まだ学校に在籍しているなんて普通、思わないよね。とっくに卒業していて、アラサーとかアラフォーだと思っていた。
女帝って、昭和臭するし。
「残念だけど、女子全員を敵に回した女帝はまだ学校にいるよ。二年にはまだ実害受けた女子がいるからまだ伝説になっていないけど、一年はまだだからなんだろうね。今年の一年にはめぼしい男子がいないっていうのが理由かもしれないけど」
「めぼしい男子?」
イケメンとか、イケメンとか、イケメンとか?
「女帝様は羨望の眼差しが好きなんだよ。俺が一年の時はいくつかの部で期待されるような一年がいて、それが何人も餌食になったし、部長や生徒会役員とかも狙われて、挙句には恋人と仲の良い友達の彼氏まで盗ったからね」
「うわー・・・」
「手あたり次第・・・」
具体的に言われると、きつい。友達の彼氏を盗ったとは聞いていたけど、恋人と仲の良いからってNTRなんてサイテーだ。
初代浮気した彼女はただのイケメン好きかと思ったら、他人の幸せにすら嫉妬する心が狭い人物で、自分が裏切った相手ですらすぐになびくと思い込んでる自信家だから夏川先輩と付き合い始めたと思われた私に別れるように言いに来たようだ。
ホント、サイテーな奴だ。
夏川先輩が逃げたくなるのもわかる。
「狙われたほうも、狙われなかったほうも男子は辛かったよ。翌年は前年の現状がわかっていたから、部長たちも生徒会役員も警戒して近寄らせなかったが、何も知らない一年は餌食になってね。二年と各部の部長が対処した時には何人も犠牲者が出ていたよ。今年はまだうちの学校で被害者が出ていなかったから、てっきり外部で満足していると思ったけど、春原が狙われたか。女帝様の今度の狙いは俺のようだから、この件は俺が預かるよ」
今度の狙い?
前にも相手が違うことを起こしてたの?!
「今度の狙いとか、どういうことですか?」
「そうよ。夏川先輩が狙われてるって、どういうこと?!」
夏川先輩は目を彷徨わせた後、仕方がないとばかりに溜め息交じりで言った。
「女帝様は部長クラスや天才とか言われて才能ある人物に執着しているんだよ。うちの学校に芸能人とかいたら、そっちをずっと追っかけてくれるんだけど、そうじゃないから部長たちは自分が狙われる番がいつまわってくるか怯えるしかなくてね。特に付き合っていたことがあったら、高確率で来るんだ」
「・・・」
「・・・」
私ときららは絶句した――
付きまとわれていたのは夏川先輩だけじゃなかったー!!
同時並行で付きまとっていたなんて、頭がどうかしている。夏川先輩のように一年の時に付き合ってしまったら、三年間も逃げ回っていたことになるし、夏川先輩のように追い払うのも嫌だと思って彼女を防波堤にしていなかったら、実際に付きまとわれることになる。
なんて恐ろしい。一人だけじゃなくて、複数の動向を調べて、彼女と別れてフリーになったら自分が浮気して裏切ったくせに元サヤを狙って付きまとうなんて。(本当は付き合い始めたばかりの彼女すらも暴力ふるって脅すし。)
私には初代浮気した彼女が理解できない。
理解できなくて普通なのかもしれない。
伝説の女帝のことを聞いた時ですら、彼女がやったことを信じられなかったのに、その彼女を理解するなんてできるはずがない。
今まで彼女を途絶えさせたくないからって、告白されたら付き合う夏川先輩のことを好き放題言ってきたけど、初代浮気した彼女が伝説の女帝で、実害まで知らされたら仕方ないと思った。ここまで恐ろしい存在から自分の力だけで逃げるなんて、私には無理。できない。彼女という名の防波堤を欲しがる夏川先輩の気持ちがわかる。
今更になって、あいつと浮気した元カノの面の皮の厚さを思い出して、あれぐらいじゃないと防波堤になれないと何故か感心してしまった・・・。
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