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深まりいく秋
【閑話】話し合い
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昨日の昼休み、実花に呼び止められて話をしたことで、朝練が終わって校舎に向かう足が重くなる。実花は好意から言ってきてくれたのはわかる。それを突っぱねたのは俺で、心配する実花にひどいことを言ったのも俺だ。挨拶さえしていいかどうかさえ、気まずい。
あんなことをした俺をずっと無視してくれたらいいのに、実花は気にかけてくれて、あの女――日向(ひなた) 真理の噂を教えてくれた。
俺の勘は間違っていなかった。
夏休み前に俺に声をかけて来た日向 真理は部長――元部長のことや実花のことを聞きたがっていた。
こいつは元部長や実花に何かをするつもりだ。
俺は話しながら、二人をこいつから守らなくてはいけないと思った。
元部長が彼女にすぐ振られるのは有名な話だが、だからといってこんな女と付き合うほどひどいことをしたわけじゃないし、実花のことも調べていたから実花に何かされるのも嫌だった。
俺は二人を守ろうと誘いに乗ったふりをして、日向 真理の行動を監視していた。
それなのに、当の実花を傷付けるようなことを言ってしまった。俺が守りたいのは実花だったのに、自分で傷付けてしまった。
日向 真理と付き合っていなかったら――いや、付き合っていなくても、謝りに行くことなんてできない。俺は実花を裏切って傷付けて、今度も傷付けてしまった。
まだ実花を裏切っていなくて、付き合っていたなら、ひどいことを言ったと謝ることだってできた。
小鳥遊先輩の相談に気軽にのってしまってから、どんどん泥沼にはまって身動きが取れない。
謝ることも説明もできない状態に気分だけじゃなくて、身体も重い。
「春原」
地面を見つめて歩く俺の後ろから声がかけられた。振り返ったら夏川先輩がいた。
三年はレギュラー以外、受験モードになっていたけど、夏が終わって三年が完全に引退して、夏川先輩も朝練にしか出なくなっていた。
「部長?!」
「今は元部長だよ。昨日、実花と話したことは聞いたよ」
あ。元部長だった。
言われてそう思ったが、続く言葉が俺の心を抉った。
知られたくなかった。
夏川先輩だけには知られたくなかった。
夏川先輩に知られたということは、実花が夏川先輩に話したということだ。
「・・・」
実花が夏川先輩を頼ったということは二人が親しくなっている事実だ。そんなのをこんな形で知らされたくはなかった。
自分がどんなに軽率なことをして、大切なものを失ったのか、嫌でも思い知らされる。
夏川先輩が付きまとっていて、嫌々相手しているのを見ている時はまだ大丈夫だと、すぐに二人は別れるから俺にもまだチャンスがあると思っていた。
でも、こんなふうに親しくなって、相談するような仲になってしまうなんて・・・。まるで小鳥遊先輩と俺を別の視点から見ているようだった。親しくなって、相談する仲になって、そのうち友達以上恋人未満なのに流されてセックスをするような仲になってしまって・・・。
まだ、そこまではいっていないよな?
実花はまだ、そんな目に遭っていないよな?
彼女に振られてばかりの夏川先輩だけど、まだあの一回だけだから実花と長続きしているんだよな?
俺は自分に都合の良い望みにすべてを託し、真剣な表情の夏川先輩の話に頭を集中させることにした。
「まずは俺の話を聞いて欲しい。その上で答えを出してくれ、春原」
「答え・・・?」
「お前が付き合っているのは女帝と呼ばれている女で、俺が一年の時に付き合ったことがある女だ」
「部長が?」
女帝と言えば、学校中の男を虜にしたという伝説の女帝だ。乙女ゲームじゃないんだし、そんな女がいるはずがないと思っていた。
伝説だし、信憑性がないだろ?
それが夏川先輩が虜だったと告白してくるなんて、思わなかった。
確かに日向 真理は美人だし、可愛いし、俺だって嫌な予感がしなかったら引っかかったと思う。
これも小鳥遊先輩に引っかかった後だったから、実花を悲しませたくないと強く思っていたおかげかもしれない。
もし、小鳥遊先輩に引っかかる前だったら危なかった。
小鳥遊先輩と違って、日向 真理は俺がすごい人間なんだと思わせてきた。自分のしでかした失敗を知っていなかったら、俺もその気になって、いい気になっていただろう。
俺はすごい人間で、実花と付き合っているのが間違っていて、日向 真理がふさわしいと思い込んでしまって・・・小鳥遊先輩とは違う形で実花を裏切って、捨てていたかもしれない。
そこまで考えが進んだら、ゾッとした。可愛らしくて守りたかった小鳥遊先輩は同情から守りたくなっただけだけど、日向 真理は違う。日向 真理と付き合っていたら、俺は変えられてしまって、人間関係も滅茶苦茶にしてしまって、後になって後悔しても自業自得。日向 真理と浮気をして、日向 真理を選んで、実花を捨てた俺を実花もクラスの女子も許さない。現実を思い知らされた時にはそんな針の筵で痛い奴だったと思い知らされて、クラスの女子全員から無視されて居場所を失くしてる・・・。
「俺は元部長だよ。あの女は付き合っていた当時の部長と浮気するわ、それ以外の部員やテニス部以外でもかなりの数の男に手を出して、退学にならなかったのがおかしいくらいのことをしでかした。そんな女とお前が付き合っていられるとは思えない。遅かれ早かれ、何股もかけられたのを知るか、親友と浮気されて、自尊心も何もかも潰されるのが目に見える。あいつはそれくらい恐ろしい女だ。別れてもしつこく元鞘に戻ろうとして、はっきり言って厄介だった」
俺がゾッとしている間に夏川先輩は自分の知っていることを話していた。
その話は女帝と呼ばれるのにふさわしかった。恋人がいようが、付き合っている相手の親友だろうが、欲しい相手を貪欲に手を出す。それで傷付く誰かがいることなんて考えない様は女帝にふさわしかった。
自分の浮気が原因で別れようが、関係ない。すべては日向 真理が思うように生きていて、周りがそれに振り回される。
「・・・まさかそこまで?」
「ああ。最低最悪な奴だ。未だに退学になっていないのは、教師の何人かとも寝ているからだろう」
「そんな馬鹿な・・・?!」
教師まで?
うちの学校の教師って、ほぼ20代いないだろ?
生徒に誑かされるような年齢じゃないだろ?
マジか?
「あの女はそういう奴だよ。教師なら妻とか社会人の恋人よりも自分の方が上だという優越感を満たせるし、歳の近い若い教師に憧れている女子もいるからな。楽しくてたまらないんだろう」
聞けば聞くほど、最低な理由で教師とまで付き合っていたらしい。
そんな日向 真理に騙されていたと思われたくなくて、俺は夏川先輩に事情を説明した。
「俺は、実花と部長を守りたかったんです。俺だって、彼女が声をかけてきた時におかしいと思いました。俺は特に目立つタイプじゃないし、嫌な予感がして。調子を合わせているうちに彼女は実花と部長のことばかり話そうとしていることに気付いたし、二人に近付かせないようにしようとしていたんです」
夏川先輩は溜め息を吐いた。
「それを実花が見てしまったということか。あの女はお前みたいな善良な奴では太刀打ちできない。人間には向き不向きというのがあるんだよ」
「だって、そうしないと実花と部長に危険なことが起こるような気がして・・・!」
「そういう時は自分一人で解決しようとしないでくれ。女帝は歳上ですら手玉に取る怪物なんだ。相手の実力や戦法を読むのも練習の内だと言ったよな?」
「部長・・・!」
夏川先輩はなんでもテニスと結び付けたがる癖があるから、こんな時まで部活の時のことを持ち出してくるのが懐かしかった。小鳥遊先輩と浮気した件以降、夏川先輩の間はギクシャクしていて、俺は夏川先輩と距離を置くようになっていた。先輩後輩と言っても、テニス部は上下というより兄弟に近い感じだったから、夏川先輩と距離を置いた俺の存在は異様だった。
だけど、それすらも他の先輩たちは気にしていないようで、今まで通りだった。俺のほうが気まずくても、夏川先輩は今まで通りで、他の先輩たちも「気にしなくていい」とまで言ってくれていた。
何がどうなっているのかわからないが、それでも俺は前みたいに話しかけられなくて、話しかけて欲しくもなくて、距離を置いていた。
この時、今まで開けていた距離を感じなかった。
「お前は一人じゃないんだ。前みたいに頼ってくれてかまわないんだから、抱え込むんじゃない」
そう言って、夏川先輩に俺の頭を乱暴に撫でられて、前みたいに頼れる先輩と後輩のような気がした。
「だって、そのせいで部長と実花が付き合うようになってしまったし、また部長を頼ったら、実花に本当に見捨てられてしまう」
「見捨てられたくないからって、こんな馬鹿な事する必要ないだろう?」
「今回だけでも俺は実花を守りたかったんです。知られなくてもいいから、守りたかった」
「それで自分が傷付けていたら、どうしようもない」
夏川先輩から指摘されて、実花とこれから顔をあわせないといけないことを思い出して、気分が重くなった。
「そうっすね。――それじゃあ、俺、別れます。俺が日向 真理と付き合っていることで、実花に心配だけさせて守れないなら、付き合ってる意味、ないです」
「簡単にはいかないよ。お前はあの女と付き合ってしまった。あの女は自分が振られることを極端に嫌がるから、あの女に興味をなくして振らせないと駄目だ」
振ってもらわないと駄目?!
「ええ?! そんな、無茶苦茶な。どうやったら、振ってもらえるんだ・・・?」
「方法がないわけじゃない」
「あるんですか?」
「春原、賭けをしよう。春原のクラスが俺のクラスに負けたら、春原は別れる。俺のクラスが春原のクラスに負けても、あの女の標的が変わるから、春原は別れられる」
「俺が勝っても負けても別れられる? それ、賭けの意味ないじゃ・・・」
「クラス対抗だからな。どちらが勝っても、お前と付き合う意味がなくなる。個人対抗なら自分の為にと有頂天になっていられても、活躍しているのが複数いたらそちらに目が行く。あの女はそういう奴だ」
夏川先輩は自信満々に言うが、俺には信じられなかった。
勝っても負けても別れられるなんて、そんなにうまくいくだろうか?
「そう、うまくいくんですか?」
「あの女は目立っている相手を追っかける。それを利用するんだよ」
「そうなってくれたらいいっすけど」
夏川先輩の想像通りにいってくれることを祈りたい。
祈りたいが、そう、うまくいくんだろうか?
付き合っていたという夏川先輩の経験があるにしても、信じられそうにない。
「お前は変な努力なんかせずに、元鞘になれるように努力しろよ」
「? なんで、部長がそんなこと言うんですか? 実花と付き合っているんでしょ?」
実花との元鞘を応援するような夏川先輩の真意がわからない。付き合っている彼女とその元恋人が元鞘になるように仕向けるか、普通?
「進学して別々の学校に行っても付き合ってる奴なんか、少ないよ」
「でも・・・」
夏川先輩の卒業後は自然消滅することを言われても、現に二人は付き合ってるし・・・。
「俺なんかよりも、別の奴を警戒したほうがいいよ。奴は俺から盗る気満々だからな」
「ええ?! 別の奴って誰ですか?! いつの間にそんなことになったんですか?!」
別の奴?!
それも、夏川先輩から盗る気満々って、どういうことになってんだよ?!
意外すぎる話になって、滅茶苦茶驚いた。
「体育祭が終わったら教えるよ。だから、頑張っていいところを実花に見せるんだ」
そう言って笑う夏川先輩は俺が知ってる夏川先輩で、俺たちの関係が前のような信頼関係のあるものに戻ったのだとようやく確信した。
あんなことをした俺をずっと無視してくれたらいいのに、実花は気にかけてくれて、あの女――日向(ひなた) 真理の噂を教えてくれた。
俺の勘は間違っていなかった。
夏休み前に俺に声をかけて来た日向 真理は部長――元部長のことや実花のことを聞きたがっていた。
こいつは元部長や実花に何かをするつもりだ。
俺は話しながら、二人をこいつから守らなくてはいけないと思った。
元部長が彼女にすぐ振られるのは有名な話だが、だからといってこんな女と付き合うほどひどいことをしたわけじゃないし、実花のことも調べていたから実花に何かされるのも嫌だった。
俺は二人を守ろうと誘いに乗ったふりをして、日向 真理の行動を監視していた。
それなのに、当の実花を傷付けるようなことを言ってしまった。俺が守りたいのは実花だったのに、自分で傷付けてしまった。
日向 真理と付き合っていなかったら――いや、付き合っていなくても、謝りに行くことなんてできない。俺は実花を裏切って傷付けて、今度も傷付けてしまった。
まだ実花を裏切っていなくて、付き合っていたなら、ひどいことを言ったと謝ることだってできた。
小鳥遊先輩の相談に気軽にのってしまってから、どんどん泥沼にはまって身動きが取れない。
謝ることも説明もできない状態に気分だけじゃなくて、身体も重い。
「春原」
地面を見つめて歩く俺の後ろから声がかけられた。振り返ったら夏川先輩がいた。
三年はレギュラー以外、受験モードになっていたけど、夏が終わって三年が完全に引退して、夏川先輩も朝練にしか出なくなっていた。
「部長?!」
「今は元部長だよ。昨日、実花と話したことは聞いたよ」
あ。元部長だった。
言われてそう思ったが、続く言葉が俺の心を抉った。
知られたくなかった。
夏川先輩だけには知られたくなかった。
夏川先輩に知られたということは、実花が夏川先輩に話したということだ。
「・・・」
実花が夏川先輩を頼ったということは二人が親しくなっている事実だ。そんなのをこんな形で知らされたくはなかった。
自分がどんなに軽率なことをして、大切なものを失ったのか、嫌でも思い知らされる。
夏川先輩が付きまとっていて、嫌々相手しているのを見ている時はまだ大丈夫だと、すぐに二人は別れるから俺にもまだチャンスがあると思っていた。
でも、こんなふうに親しくなって、相談するような仲になってしまうなんて・・・。まるで小鳥遊先輩と俺を別の視点から見ているようだった。親しくなって、相談する仲になって、そのうち友達以上恋人未満なのに流されてセックスをするような仲になってしまって・・・。
まだ、そこまではいっていないよな?
実花はまだ、そんな目に遭っていないよな?
彼女に振られてばかりの夏川先輩だけど、まだあの一回だけだから実花と長続きしているんだよな?
俺は自分に都合の良い望みにすべてを託し、真剣な表情の夏川先輩の話に頭を集中させることにした。
「まずは俺の話を聞いて欲しい。その上で答えを出してくれ、春原」
「答え・・・?」
「お前が付き合っているのは女帝と呼ばれている女で、俺が一年の時に付き合ったことがある女だ」
「部長が?」
女帝と言えば、学校中の男を虜にしたという伝説の女帝だ。乙女ゲームじゃないんだし、そんな女がいるはずがないと思っていた。
伝説だし、信憑性がないだろ?
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確かに日向 真理は美人だし、可愛いし、俺だって嫌な予感がしなかったら引っかかったと思う。
これも小鳥遊先輩に引っかかった後だったから、実花を悲しませたくないと強く思っていたおかげかもしれない。
もし、小鳥遊先輩に引っかかる前だったら危なかった。
小鳥遊先輩と違って、日向 真理は俺がすごい人間なんだと思わせてきた。自分のしでかした失敗を知っていなかったら、俺もその気になって、いい気になっていただろう。
俺はすごい人間で、実花と付き合っているのが間違っていて、日向 真理がふさわしいと思い込んでしまって・・・小鳥遊先輩とは違う形で実花を裏切って、捨てていたかもしれない。
そこまで考えが進んだら、ゾッとした。可愛らしくて守りたかった小鳥遊先輩は同情から守りたくなっただけだけど、日向 真理は違う。日向 真理と付き合っていたら、俺は変えられてしまって、人間関係も滅茶苦茶にしてしまって、後になって後悔しても自業自得。日向 真理と浮気をして、日向 真理を選んで、実花を捨てた俺を実花もクラスの女子も許さない。現実を思い知らされた時にはそんな針の筵で痛い奴だったと思い知らされて、クラスの女子全員から無視されて居場所を失くしてる・・・。
「俺は元部長だよ。あの女は付き合っていた当時の部長と浮気するわ、それ以外の部員やテニス部以外でもかなりの数の男に手を出して、退学にならなかったのがおかしいくらいのことをしでかした。そんな女とお前が付き合っていられるとは思えない。遅かれ早かれ、何股もかけられたのを知るか、親友と浮気されて、自尊心も何もかも潰されるのが目に見える。あいつはそれくらい恐ろしい女だ。別れてもしつこく元鞘に戻ろうとして、はっきり言って厄介だった」
俺がゾッとしている間に夏川先輩は自分の知っていることを話していた。
その話は女帝と呼ばれるのにふさわしかった。恋人がいようが、付き合っている相手の親友だろうが、欲しい相手を貪欲に手を出す。それで傷付く誰かがいることなんて考えない様は女帝にふさわしかった。
自分の浮気が原因で別れようが、関係ない。すべては日向 真理が思うように生きていて、周りがそれに振り回される。
「・・・まさかそこまで?」
「ああ。最低最悪な奴だ。未だに退学になっていないのは、教師の何人かとも寝ているからだろう」
「そんな馬鹿な・・・?!」
教師まで?
うちの学校の教師って、ほぼ20代いないだろ?
生徒に誑かされるような年齢じゃないだろ?
マジか?
「あの女はそういう奴だよ。教師なら妻とか社会人の恋人よりも自分の方が上だという優越感を満たせるし、歳の近い若い教師に憧れている女子もいるからな。楽しくてたまらないんだろう」
聞けば聞くほど、最低な理由で教師とまで付き合っていたらしい。
そんな日向 真理に騙されていたと思われたくなくて、俺は夏川先輩に事情を説明した。
「俺は、実花と部長を守りたかったんです。俺だって、彼女が声をかけてきた時におかしいと思いました。俺は特に目立つタイプじゃないし、嫌な予感がして。調子を合わせているうちに彼女は実花と部長のことばかり話そうとしていることに気付いたし、二人に近付かせないようにしようとしていたんです」
夏川先輩は溜め息を吐いた。
「それを実花が見てしまったということか。あの女はお前みたいな善良な奴では太刀打ちできない。人間には向き不向きというのがあるんだよ」
「だって、そうしないと実花と部長に危険なことが起こるような気がして・・・!」
「そういう時は自分一人で解決しようとしないでくれ。女帝は歳上ですら手玉に取る怪物なんだ。相手の実力や戦法を読むのも練習の内だと言ったよな?」
「部長・・・!」
夏川先輩はなんでもテニスと結び付けたがる癖があるから、こんな時まで部活の時のことを持ち出してくるのが懐かしかった。小鳥遊先輩と浮気した件以降、夏川先輩の間はギクシャクしていて、俺は夏川先輩と距離を置くようになっていた。先輩後輩と言っても、テニス部は上下というより兄弟に近い感じだったから、夏川先輩と距離を置いた俺の存在は異様だった。
だけど、それすらも他の先輩たちは気にしていないようで、今まで通りだった。俺のほうが気まずくても、夏川先輩は今まで通りで、他の先輩たちも「気にしなくていい」とまで言ってくれていた。
何がどうなっているのかわからないが、それでも俺は前みたいに話しかけられなくて、話しかけて欲しくもなくて、距離を置いていた。
この時、今まで開けていた距離を感じなかった。
「お前は一人じゃないんだ。前みたいに頼ってくれてかまわないんだから、抱え込むんじゃない」
そう言って、夏川先輩に俺の頭を乱暴に撫でられて、前みたいに頼れる先輩と後輩のような気がした。
「だって、そのせいで部長と実花が付き合うようになってしまったし、また部長を頼ったら、実花に本当に見捨てられてしまう」
「見捨てられたくないからって、こんな馬鹿な事する必要ないだろう?」
「今回だけでも俺は実花を守りたかったんです。知られなくてもいいから、守りたかった」
「それで自分が傷付けていたら、どうしようもない」
夏川先輩から指摘されて、実花とこれから顔をあわせないといけないことを思い出して、気分が重くなった。
「そうっすね。――それじゃあ、俺、別れます。俺が日向 真理と付き合っていることで、実花に心配だけさせて守れないなら、付き合ってる意味、ないです」
「簡単にはいかないよ。お前はあの女と付き合ってしまった。あの女は自分が振られることを極端に嫌がるから、あの女に興味をなくして振らせないと駄目だ」
振ってもらわないと駄目?!
「ええ?! そんな、無茶苦茶な。どうやったら、振ってもらえるんだ・・・?」
「方法がないわけじゃない」
「あるんですか?」
「春原、賭けをしよう。春原のクラスが俺のクラスに負けたら、春原は別れる。俺のクラスが春原のクラスに負けても、あの女の標的が変わるから、春原は別れられる」
「俺が勝っても負けても別れられる? それ、賭けの意味ないじゃ・・・」
「クラス対抗だからな。どちらが勝っても、お前と付き合う意味がなくなる。個人対抗なら自分の為にと有頂天になっていられても、活躍しているのが複数いたらそちらに目が行く。あの女はそういう奴だ」
夏川先輩は自信満々に言うが、俺には信じられなかった。
勝っても負けても別れられるなんて、そんなにうまくいくだろうか?
「そう、うまくいくんですか?」
「あの女は目立っている相手を追っかける。それを利用するんだよ」
「そうなってくれたらいいっすけど」
夏川先輩の想像通りにいってくれることを祈りたい。
祈りたいが、そう、うまくいくんだろうか?
付き合っていたという夏川先輩の経験があるにしても、信じられそうにない。
「お前は変な努力なんかせずに、元鞘になれるように努力しろよ」
「? なんで、部長がそんなこと言うんですか? 実花と付き合っているんでしょ?」
実花との元鞘を応援するような夏川先輩の真意がわからない。付き合っている彼女とその元恋人が元鞘になるように仕向けるか、普通?
「進学して別々の学校に行っても付き合ってる奴なんか、少ないよ」
「でも・・・」
夏川先輩の卒業後は自然消滅することを言われても、現に二人は付き合ってるし・・・。
「俺なんかよりも、別の奴を警戒したほうがいいよ。奴は俺から盗る気満々だからな」
「ええ?! 別の奴って誰ですか?! いつの間にそんなことになったんですか?!」
別の奴?!
それも、夏川先輩から盗る気満々って、どういうことになってんだよ?!
意外すぎる話になって、滅茶苦茶驚いた。
「体育祭が終わったら教えるよ。だから、頑張っていいところを実花に見せるんだ」
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