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深まりいく秋

「ほっといてください」

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「今、時間ある?」

 月曜日、夏川先輩の言葉に後押しされた私は昼休みに入ってすぐ、あいつに声をかけた。

「み――秋山」

 名前を言い直され、あいつもまだ慣れていないのかと思ったら、悩んでいたことすらおかしく思った。結局、私はその場の怒りで別れを告げて、自分もあいつもまだ別れたという実感がなくて、その癖、私はあいつの心配を勝手にしていて、あいつはあいつで私を苗字で呼び慣れていない。
 私が意固地になってしまったから、こんなややこしいことになっているのだ。夏川先輩の要求を受け入れた後、あいつを殴って今まで通り付き合うことだってできたのに、
 全部、夏川先輩やあいつが悪いんだけど、私にも悪いとこがあったから、夏川先輩に付け入られてしまったのも事実だ。

「どっちでもいいけど、ちょっと話できないかな?」
「話? いいけど、ここじゃちょっと・・・」

 私からあいつに話しかけたことが珍しいのか、あいつが驚いただけじゃなくて、教室中の注目を引いていた。

「下駄箱でいい?」

 下駄箱に人がいるのは朝と放課後だけだ。授業のある日は放課後にならないと学校の敷地から出ることを禁じられているから、誰もそこに用がない。

「ああ。そこでいい」

 私たちは下駄箱に無言で移動した。私はこれからどう話したらいいのか、頭がいっぱいだったし、あいつも話しかけてこなかった。

「・・・」
「・・・」

 ようやく、下駄箱に着いて、ホッとしたぐらいだった。
 だけど、そうなると今度は話さないといけないわけで、気まずい。元カノが次の彼女の悪口を言うのだ。未練があると思われても仕方ないし、あいつを振っておいて彼女の悪口を言うなんて最低な行為だ。
 いくら夏川先輩の初代浮気した彼女が悪いからといって、言っていいことと悪いことがある。
 あいつが本当に初代浮気した彼女を好きだった場合、余計なお世話にしかならない。
 でも、私は黙って見ていられなかった。
 一度は好きになった相手なのだ。
 そんなあいつを初代浮気した彼女の毒牙にかけさせるわけにはいかない。変態の巣窟テニス部の元祖浮気女なのだ。

「あのさ。三年の子と付き合ってるの?」

 おずおずと話しを切り出したら、あいつは怪訝そうな顔をした。

「それがみ――秋山になんの関係があるんだよ」
「関係大ありだから、言ってるんでしょ? 付き合ってるのがお昼に食堂で一緒にいる人だったら、付き合うのやめて。彼女はとんでもない人だから、亮が傷付くだけだよ」
「どういう意味だよ、ソレ」

 大きくなった声があいつの怒りを伝えてくる。

「だから、彼女はとんでもなく人で、犠牲者がたくさんいるんだよ」
「別れた今になって、余計なことに首を突っ込んでくるなよ!」
「でも、亮のこと、ほっとけないよ! 亮のせいで色々あったけど、だからって、あんな人に傷付けられていいなんて思ってないし!」
「実花は俺のことを怒って、幻滅して別れたんだろう?」
「それはそうだけど・・・」

 だからって、夏川先輩の初代浮気した彼女の毒牙にかかるのを黙って見ていることなんてできない。

「なら、もう俺のことは放っておいてくれ。別れたんだから、口出ししてくんなよ! ウザいんだよ! 忘れたいのに忘れられないだろ?!」
「・・・っ!」

 こんなふうになるのを考えないようにしてきた。でも、泣きそうな顔でそう言うあいつを見て、私は自分が卑怯だったと思った。
 あいつは現実を受け入れようと必死で。そんなあいつに私は付き合っている彼女の悪い評判を教えて邪魔をして。
 復縁を望んでいたあいつを邪険にしたのは私なのに、あいつが離れて行こうとするのを邪魔するなんて、そんな資格はどこにもないのに。言っていいのかどうか悩んでいたけど、そのこと自体間違っていた。
 放っておいてあげるのが私のできる唯一のことなのに、余計なことをしまった・・・。

 気付いたら、あいつはもういなくなっていた。初代浮気した彼女のいる食堂に行ったんだろう。
 ノロノロと重い足取りで教室に戻ったら、きららと夏川先輩が心配そうな顔をしていた。

「こんな時間まで、どこ行ってたのよ、実花!」
「?」

 スマホを見たら、昼休みも終わりかけの時間だった。あいつに声をかけたのは始まってすぐだったから、かなり呆然としていたようだ。

「なんでも――」
「なんでもなくなんかない!」

 早口で言おうとしたのを、きららが遮る。

「そうだよ。そんなひどい顔して、なんでもないはずはないだろう?」

 夏川先輩もきららと同じ意見だったから、本当になんでもないようには見えないんだろう。

「・・・ひどいのは元からです」
「それなら余計にひどい顔だよ」
「ほっといてください」

 余計って・・・。嘘でもそんなふうに言わないでしょうが。

「何があったの、実花?」

 きららが事情を聞きだそうとする。心配してくれるのは嬉しいけど、今は言いたくない・・・。

「ご飯食べてからにしない?」
「夏川先輩!! 実花がこんな時にご飯なんか食べられるわけないでしょうが!!」

 きららは怒っているけど、いつものようにマイペースな夏川先輩の発言に笑ってしまった。

「実花?! そこ笑うとこ?!」
「こんな時でも夏川先輩はブレないんだよ? 笑うしかないよ」
「お褒めに預かり光栄です。ほら、時間ないから食べてしまおう」

 きららの机の上にはまだ手付かずのお弁当が置かれている。

「きららは食べないで待っててくれたの?!」
「当たり前でしょ」
「いい友達を持っているね」

 嫌味っぽいけど悪意がなさそうな夏川先輩の机にはペットボトルしかないのを見て、お弁当を渡し忘れていたことを思い出した。
 あ。お弁当を鞄から出す前にあいつを捕まえようとしたから、夏川先輩のお昼がまだなのは当たり前だ。

「ごめんなさい、夏川先輩。すっかり忘れてた」

 鞄からお弁当を出しながら謝る。

「いいって。早く食べないと授業が始まってしまうよ」

 夏川先輩は早く食べようと主張を続ける。

 夏川先輩がマイペースで助かった。
 でも、ホント、ごめん。



 私たちは急いで食べて、どうにか午後からの授業に間に合った。
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