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醜いアヒルの子は存在していて存在していない者
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「美雪」
ぼんやりしていた美雪はいつの間にか祖母に置いて行かれていた。慌ててその後を追う。
祖母は美雪と同じような地味な色使いの和服に身を包んでいるが、袖や裾には同色系かモノクロの図案が入っている。帯もまた艶を消した金色で、無地に見えるもの。帯飾りだけが一目で見事な作りだとわかる一品だ。
連れ歩く人物の着る物に関しても、連れ歩くほうの値踏みに使われると、美雪の着物も祖母の物と大差ない極上の生地で作られている。ただ、祖母の着物は無地のように見えても細かな模様が入っていたり、よく似た色合いで図案が入っていたり、織り方で模様が付けられていて、美雪のように無地であることはない。今日のように図案がわかりやすく入っていることもあるが、控え目に入っているものばかりだ。
数少ない和服姿を見ても、美雪の祖母は飾り気のないほうだ。それは息子夫婦に近寄らないことからも象徴しているように、彼女は既に引退した身であることを示す。あくまで主役などは現役世代に任せ、自分はその相談役、或いは友人知人との社交を楽しみにしている隠居である意思表示だった。
だが、この友人知人は馬鹿にはできない。現在も第一線に立っている者もいれば、黒幕的な相談役や助言者と言う立場の者もいる。
第一線で活躍する者が主催する場に呼ばれている時点で彼らが影響力を失った老人ではないのは明白だ。
駆け寄る美雪に「何を呆けているの」と言うと、祖母は悠然と移動を再開し始める。美雪は祖母がどこに向かうのか知らされぬまま、ただその後を付いて行くだけだ。
それは美雪の人生とよく似ている。
祖母の中で決められたことを告げられぬまま、美雪は指図を受けて動くだけ。
一つ一つは何の関連性がないことでも、祖母にとっては意味があることらしく、意図を尋ねたり、意見を言えば、忽ち、祖母の機嫌を損ねてしまう。
「こんばんは、上延様。お身体は如何?」
「こんばんは、藤原様。最近の天気は急に寒くなったり、熱くなったりして、年寄りにはきついものがあります。体調を崩さないようにするだけで大変ですわ」
「確かに。すぐに喉に来ますからな」
「お身体を大事になさってくださいな。私のような隠居とは違って、藤原様はまだまだ皆に頼りにされておりますもの。藤原様に何かあればお子様たちが困りますわ」
「いやいや、私もそろそろ身を引いて後進に道を譲らねばならない身。子どもたちにいつまでもあてにされては困りますからな」
「まだお若いのに」
「若い、若いと言われているうちに身を引いておくのが惜しまれる引退のコツでしてね。これから孫やひ孫の相手でもしようと楽しみにしていますよ」
祖母と知人の会話を素知らぬ顔で訊きながら、この会話は既に五年は同じことが言われていると美雪は心の中で思っていた。
子どもたちが無能なのか現当主が有能すぎるのか、財閥の一つである藤原家の当主はまだまだ現役でいるつもりらしい。
すんなり世代交代を行う者もいるが、そう上手くいかないのを美雪はよく見てきた。
美雪は祖母の後に付いて見ているだけの存在。
祖母が別れの挨拶をして移動していく時に会釈をしたが、藤原家の当主は小さく頷くだけだった。
ぼんやりしていた美雪はいつの間にか祖母に置いて行かれていた。慌ててその後を追う。
祖母は美雪と同じような地味な色使いの和服に身を包んでいるが、袖や裾には同色系かモノクロの図案が入っている。帯もまた艶を消した金色で、無地に見えるもの。帯飾りだけが一目で見事な作りだとわかる一品だ。
連れ歩く人物の着る物に関しても、連れ歩くほうの値踏みに使われると、美雪の着物も祖母の物と大差ない極上の生地で作られている。ただ、祖母の着物は無地のように見えても細かな模様が入っていたり、よく似た色合いで図案が入っていたり、織り方で模様が付けられていて、美雪のように無地であることはない。今日のように図案がわかりやすく入っていることもあるが、控え目に入っているものばかりだ。
数少ない和服姿を見ても、美雪の祖母は飾り気のないほうだ。それは息子夫婦に近寄らないことからも象徴しているように、彼女は既に引退した身であることを示す。あくまで主役などは現役世代に任せ、自分はその相談役、或いは友人知人との社交を楽しみにしている隠居である意思表示だった。
だが、この友人知人は馬鹿にはできない。現在も第一線に立っている者もいれば、黒幕的な相談役や助言者と言う立場の者もいる。
第一線で活躍する者が主催する場に呼ばれている時点で彼らが影響力を失った老人ではないのは明白だ。
駆け寄る美雪に「何を呆けているの」と言うと、祖母は悠然と移動を再開し始める。美雪は祖母がどこに向かうのか知らされぬまま、ただその後を付いて行くだけだ。
それは美雪の人生とよく似ている。
祖母の中で決められたことを告げられぬまま、美雪は指図を受けて動くだけ。
一つ一つは何の関連性がないことでも、祖母にとっては意味があることらしく、意図を尋ねたり、意見を言えば、忽ち、祖母の機嫌を損ねてしまう。
「こんばんは、上延様。お身体は如何?」
「こんばんは、藤原様。最近の天気は急に寒くなったり、熱くなったりして、年寄りにはきついものがあります。体調を崩さないようにするだけで大変ですわ」
「確かに。すぐに喉に来ますからな」
「お身体を大事になさってくださいな。私のような隠居とは違って、藤原様はまだまだ皆に頼りにされておりますもの。藤原様に何かあればお子様たちが困りますわ」
「いやいや、私もそろそろ身を引いて後進に道を譲らねばならない身。子どもたちにいつまでもあてにされては困りますからな」
「まだお若いのに」
「若い、若いと言われているうちに身を引いておくのが惜しまれる引退のコツでしてね。これから孫やひ孫の相手でもしようと楽しみにしていますよ」
祖母と知人の会話を素知らぬ顔で訊きながら、この会話は既に五年は同じことが言われていると美雪は心の中で思っていた。
子どもたちが無能なのか現当主が有能すぎるのか、財閥の一つである藤原家の当主はまだまだ現役でいるつもりらしい。
すんなり世代交代を行う者もいるが、そう上手くいかないのを美雪はよく見てきた。
美雪は祖母の後に付いて見ているだけの存在。
祖母が別れの挨拶をして移動していく時に会釈をしたが、藤原家の当主は小さく頷くだけだった。
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