35 / 39
第二章
手紙
しおりを挟む
エイドリアンは都の中心部から外れたところにある店の倉庫に旅先から持ち帰った商品が収められるのを部下と共に確認してから、店に向かった。
都に入った時にはまだ空高くにあった太陽が沈み、辺りは夕闇に包まれている。
今回の旅では定番商品が安く手に入っただけでなく、新規の商談が纏まって、充分な成果が上がって、エイドリアンは満足する内容だった。
店で留守の間の報告を受けてから、美穂のところに行こうと笑顔の奥で考えた。
「エイドリアンさん。入庫確認なんかせずに先に店に戻ってくれてもよかったのに」
「入庫確認は仕入れの最大の楽しみだよ。それをサボって店に行くなんて、ただの罰ゲームじゃないか」
「そういうもんですか?」
「お前は嫌いなのか? 苦労して手に入れて運んできた商材が倉庫に収められるのを確かめるなんて、バイヤー冥利に尽きる最高の一時だぞ」
「そういうもんなんですね」
まだ売り子の意識が残っている部下には、バイヤーの楽しみがわからないようだ。
エイドリアンはそれが歯痒い。せっかく、バイヤーにできると思って昇進させた部下は目の前で売り上げが上がることでしか、仕事の成果がわからないのだ。
それに売り子だったから、仕入れてきた商品が途中ですり替えられたり、盗まれるなどとは思い至らないのだろう。
バイヤーは仕入れた際だけでなく、倉庫に収めるまで毎日、抜き打ちで仕入れた商材がちゃんとそろっているか確認する義務がある。
部下任せにして、商材の数や種類が異なっていた場合、責任は部下ではなく、義務を怠った自分がとらなければならないので、他人任せになどできないのだ。
「バイヤーができるのはここまでだ。あとは売れる売れないは売り子次第だから、流行ってくれた時ぐらいかな。自分のアンテナが正しかったと思うのは」
売り子だって、売れるように努力するように、バイヤーもこれから売れそうな商材を見極めて仕入れてくるのだ。将来を見据えて客の需要を読むのは、業績の良い売り子だった経験が存分にいかせる。
「へえ、そういうもんなんですね」
まだまだ売り子として仕事を楽しむ部下の生返事にエイドリアンは一人前のバイヤーとして仕事を任せられないと心の中で溜め息を吐いた。
店がまだ開店の時間だったので、エイドリアンたちは通用口から入って事務所に向かう。
「ただいま、リカルド」
事務所には金色がかった赤狐の獣頭の獣人がいた。獣頭をしているが、目は獣の目ではなく、茶色の目をしていて、獣人の美的感からするとかなりの美形だ。
店を任せられているリカルドはエイドリアンよりも歳上で、エイドリアンが独立するまで働いていた店の先輩だ。彼はバイヤーになって10年経ってもエイドリアンのように独立しなかった変わり種である。
エイドリアンたちのいた店では16歳過ぎにはバイヤー見習いになることがある。接客に適さないと思われた者たちがそうなる。
しかし、それは会頭やその親戚に気に入られていない者、というのが前提となる。
気に入られてさえいれば、接客に適さなくてもバックオフィスや秘書などの仕事が与えられ、危険の多いバイヤー見習いになど回されない。
同様に、よっぽどのことがない限り、売り子から志望していないバイヤー補佐に回される者はいない。
売り子からバイヤーを志望してた者は、バイヤー補佐を数年経験して独立する。エイドリアンのように。
リカルドはエイドリアンのような独立心を持ってバイヤーになったわけではない。
元々、接客が好きな性質だった。
だが、会頭は親戚や気に入っている他の若手にバックオフィスの経験を積ませたいと考え、運悪くリカルドは出世の階段から弾き出されてしまった。
家族と一緒にいたいとバイヤーを辞めたがっていても、会頭は彼の希望よりも私情と店の経営を優先した。
そこで、独立することを決めたエイドリアンはリカルドに声をかけて店を任せることにした。エイドリアンは安心して各地を飛び回れて、リカルドも家族との時間がとれるようになった。win-winである。
「エイドリアン、お帰り。今回は予定より遅かったね」
「その分、取引先が増えましたよ」
オーナーと雇われ店長という立場だが、エイドリアンもリカルドも以前と同じように先輩後輩の時と同じ口調で話している。
「それはすごい。あ、そういえば、宰相閣下からお手紙が来ていたよ」
「宰相殿から? なんだろう?」
「心当たりはないのか?」
「さあ」
まったく心当たりのなかったエイドリアンは肩をすくめた。
「宰相閣下のお手紙は無視できないからね」
「確かに」
リカルドが苦笑して差し出した手紙を、エイドリアンも苦笑して受け取る。無視できない相手からの手紙なので、一応、目を通して返事まで出すしかない。
「・・・」
嫌なものはさっさと返事を書いてしまおうと、目を通しているうちにエイドリアンの眉間に皺が寄った。
「エイドリアン?」
呼ばれてエイドリアンはわざとらしい笑顔を浮かべて手紙を握り潰す。
「――いや、なんでもありません」
リカルドはエイドリアンに笑顔を無理矢理作らせた手紙に書かれていた内容が気になった。
都に入った時にはまだ空高くにあった太陽が沈み、辺りは夕闇に包まれている。
今回の旅では定番商品が安く手に入っただけでなく、新規の商談が纏まって、充分な成果が上がって、エイドリアンは満足する内容だった。
店で留守の間の報告を受けてから、美穂のところに行こうと笑顔の奥で考えた。
「エイドリアンさん。入庫確認なんかせずに先に店に戻ってくれてもよかったのに」
「入庫確認は仕入れの最大の楽しみだよ。それをサボって店に行くなんて、ただの罰ゲームじゃないか」
「そういうもんですか?」
「お前は嫌いなのか? 苦労して手に入れて運んできた商材が倉庫に収められるのを確かめるなんて、バイヤー冥利に尽きる最高の一時だぞ」
「そういうもんなんですね」
まだ売り子の意識が残っている部下には、バイヤーの楽しみがわからないようだ。
エイドリアンはそれが歯痒い。せっかく、バイヤーにできると思って昇進させた部下は目の前で売り上げが上がることでしか、仕事の成果がわからないのだ。
それに売り子だったから、仕入れてきた商品が途中ですり替えられたり、盗まれるなどとは思い至らないのだろう。
バイヤーは仕入れた際だけでなく、倉庫に収めるまで毎日、抜き打ちで仕入れた商材がちゃんとそろっているか確認する義務がある。
部下任せにして、商材の数や種類が異なっていた場合、責任は部下ではなく、義務を怠った自分がとらなければならないので、他人任せになどできないのだ。
「バイヤーができるのはここまでだ。あとは売れる売れないは売り子次第だから、流行ってくれた時ぐらいかな。自分のアンテナが正しかったと思うのは」
売り子だって、売れるように努力するように、バイヤーもこれから売れそうな商材を見極めて仕入れてくるのだ。将来を見据えて客の需要を読むのは、業績の良い売り子だった経験が存分にいかせる。
「へえ、そういうもんなんですね」
まだまだ売り子として仕事を楽しむ部下の生返事にエイドリアンは一人前のバイヤーとして仕事を任せられないと心の中で溜め息を吐いた。
店がまだ開店の時間だったので、エイドリアンたちは通用口から入って事務所に向かう。
「ただいま、リカルド」
事務所には金色がかった赤狐の獣頭の獣人がいた。獣頭をしているが、目は獣の目ではなく、茶色の目をしていて、獣人の美的感からするとかなりの美形だ。
店を任せられているリカルドはエイドリアンよりも歳上で、エイドリアンが独立するまで働いていた店の先輩だ。彼はバイヤーになって10年経ってもエイドリアンのように独立しなかった変わり種である。
エイドリアンたちのいた店では16歳過ぎにはバイヤー見習いになることがある。接客に適さないと思われた者たちがそうなる。
しかし、それは会頭やその親戚に気に入られていない者、というのが前提となる。
気に入られてさえいれば、接客に適さなくてもバックオフィスや秘書などの仕事が与えられ、危険の多いバイヤー見習いになど回されない。
同様に、よっぽどのことがない限り、売り子から志望していないバイヤー補佐に回される者はいない。
売り子からバイヤーを志望してた者は、バイヤー補佐を数年経験して独立する。エイドリアンのように。
リカルドはエイドリアンのような独立心を持ってバイヤーになったわけではない。
元々、接客が好きな性質だった。
だが、会頭は親戚や気に入っている他の若手にバックオフィスの経験を積ませたいと考え、運悪くリカルドは出世の階段から弾き出されてしまった。
家族と一緒にいたいとバイヤーを辞めたがっていても、会頭は彼の希望よりも私情と店の経営を優先した。
そこで、独立することを決めたエイドリアンはリカルドに声をかけて店を任せることにした。エイドリアンは安心して各地を飛び回れて、リカルドも家族との時間がとれるようになった。win-winである。
「エイドリアン、お帰り。今回は予定より遅かったね」
「その分、取引先が増えましたよ」
オーナーと雇われ店長という立場だが、エイドリアンもリカルドも以前と同じように先輩後輩の時と同じ口調で話している。
「それはすごい。あ、そういえば、宰相閣下からお手紙が来ていたよ」
「宰相殿から? なんだろう?」
「心当たりはないのか?」
「さあ」
まったく心当たりのなかったエイドリアンは肩をすくめた。
「宰相閣下のお手紙は無視できないからね」
「確かに」
リカルドが苦笑して差し出した手紙を、エイドリアンも苦笑して受け取る。無視できない相手からの手紙なので、一応、目を通して返事まで出すしかない。
「・・・」
嫌なものはさっさと返事を書いてしまおうと、目を通しているうちにエイドリアンの眉間に皺が寄った。
「エイドリアン?」
呼ばれてエイドリアンはわざとらしい笑顔を浮かべて手紙を握り潰す。
「――いや、なんでもありません」
リカルドはエイドリアンに笑顔を無理矢理作らせた手紙に書かれていた内容が気になった。
1
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~
双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。
なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。
※小説家になろうでも掲載中。
※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。
下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~
星森
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。
王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。
そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。
これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。
⚠️本作はAIとの共同製作です。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました
ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。
エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた
ピロ子
恋愛
飲み会に参加した後、酔い潰れていた私を押し倒していたのは社内の女子社員が憧れるエリート課長でした。
普段は冷静沈着な課長の脳内は、私には斜め上過ぎて理解不能です。
※課長の脳内は変態です。
なとみさん主催、「#足フェチ祭り」参加作品です。完結しました。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる