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プロローグ
プロローグ1
しおりを挟むここはオザリア国と隣国ラシエル国の国境付近にある小さな町カルマ。
戦火が激しさを増す最前戦のこの町には、戦地で怪我を負った負傷者、死体が多く運ばれ、兵士達のうめき声と数少ない医者の緊迫した声が昼夜問わず響いてた。
建物外には十数人入れるような大きな野外テントが十数個設けられ、テント脇には入りきれなかった負傷者で溢れかえっていた。
むしろ、町というより野外病院と言われたほうがしっくりする気もする。
テントの中には特に深刻な重傷者が運ばれては、数少ない医者と国から派遣された医療班が入れ替わり立ち替わりで入って行く。
すると、テントの1つに慌て駆け込む黒のワンピースに白のエプロンと三角巾というなりの医療班の女性。
「ヴィン先生!隣町から重傷者計19名軽傷者35名追加で見てもらえますか?!」
『ヴィン先生』と呼ばれた20代の若い医者ヴィンセントは、声をかけた女性の方を向かずに黙々と治療を続けながら答える。
「分かりました。今縫合が終わったので鎮静剤の投与。第3番テントへ移動をお願います。」
カチャンと縫合器具を置くと、ゴム手袋をパチンと鳴らし意識が朦朧とした患者に向き直す。
「よく頑張りましたね。とりあえず治療はこれで終わりです」
「う…ぅぅ…あ"の…先生」
「はい?」
「左…腕の感覚が…ないんです」
「……焦らなくて大丈夫です。そのうち動かせれるようになりますよ」
一瞬顔を曇らせたヴィンセントだがすぐ元の優しく穏やかな表情に戻してそう答えると、患者からは安堵の声が聞こえた。
「ほん…と…ですか?はは…良かった…」
力のない笑いを見せる患者の姿にヴィンセントはじくりと心が痛んだ。
その言葉に続き、何が良かったのか分からない医者に患者は途切れ途切れの言葉で説明する。
「俺…もうす…ぐ子供が出…来るん…です…だから…抱くことができて…よか…た」
その言葉に大きく目を見開いた。
ここが戦地である以上、希望を捨てさせないようウソをつく必要があった。
それは他の医師達、医療団員達も重々承知していることだが、どれだけの数治療しようがこればかりは慣れない。
少し狼狽え本当の事を言うべきかどうか迷い口を開こうとした時
「あの…」
「移動させます」
と話している暇はないんだ。という意味をもたせた言葉で遮り、少し苛ついた様子で準備を始める職員。
そのまま何も言える事なく、左腕を失くした患者を見送ることしか出来なかった。
「先生急いでください!」
その言葉にハッとして、自分を必要としている患者がまだ大勢いるのだと、慌てて医療器具を鞄に詰めていく。
鉗子に鑷子類。剪刃に鉤、ガーゼ、麻酔薬それらをかき集め、「こっちです」と誘導する医療班員について行くように慌ててテントを出て行った。
"ここ最近、運ばれることが多くなったな"
チラとテント横を見ると、手当てのされてない負傷者が大勢いる。痛さで呻き声を上げる兵士達の横を申し訳なさそうに、間を通り抜けていくヴィンセント。
付近の町が次々に襲われてこうしてこの町に運ばれるので圧倒的な人手不足で医者達は休む間もなく動き続けていた。
ヴィンセントは他の医師達と違い、オザリア国に所属しないただ近隣に自宅兼診療所があっただけの手伝いの医者にすぎない。
それなのに関わらず、働き詰めで真摯に患者の治療にあたるものだから、周りの評判は上々だった。
走りかけるヴィンセントの背中を見て他の医療班員達は口々に噂話を向けた。
「ヴィンセント先生は、ほんといい先生ね」
「患者に1人1人向き合う医者なんかそうそういないわよ」
「私達治療員にも優しいし、おまけにカッコいいんですもの!」
「本当にそれよ!何人か声かけても全部断ってるって噂!優しい上に誠実でまさに完璧な性格。もし、付き合うなら絶対先生が良いわ」
「でも、不思議よね。そんな完璧なのに誰も彼の詳しいことを知っている人がいないもの。未婚なはずなのに夜だけは必ず自宅に戻ってるみたい」
「恋人がいるとかって噂だけど全く姿が見えないし」
「全てが謎だらけ。ま、そこが良いんだけどね♡」
フフフと楽しそうに噂話をした後、満足した年若い女性医療班員達はせせっと持ち場に戻っていくのであった。
♦︎♦︎♦︎
「すっかり遅くなってしまった」
白衣のポケットに入ってた懐中時計を見て、ずっぷり夜に染まった空の下で小走りで自宅に向かった。
途中何人かの医療班員達とすれ違ったが何の疑いももたれず「お疲れ様です」と通り過ぎてゆく。
嘘だらけ。謎だらけ。詳しい私情も知らない。けど、誰にも優しく誰から見ても善良で、誠実で、信用の厚いヴィンセント先生。
──だから誰も気づかない。
「早く会いたい」そういう気持ちをいっぱいに抱きながら、知らない人は迷うであろう暗い目印のない森をスルスルと駆け抜けた。
少し距離を行き森を抜けると古びた煉瓦造りのある二階建ての洋館。
今では戦争で人が住めなくなり閉めた診療所兼自宅である。親の代からあるその洋館はなかなか広く、1人で住むにしてはかなり空間を余らしていた。
重い扉を開け、真っ先に目に映るのは診療所の名残が残ってる蜘蛛の巣を被った数個のベッドに診療台、薬棚。
そこの先にある質素な扉の中には地下へと続く階段をズンズンと進んでいく。
階段の先にあるのは何とも異様な雰囲気を漂わせる1つの扉だけ。
その扉には、夥しい数の外付けタイプの補助鍵が付けられていた。南京錠に鎌錠、シリンダーキー、ダイヤルタイプのものまで。まるで絶対逃さない、入らせない、と言った気持ちが滲み出ているようだった。
それを慣れた手つきで解除していくヴィンセント。
"もう2度と逃さない。誰にも触らせない"
──誰も気づかない。善良な医者である彼が……
人を監禁してるなんて
カチャッ。
少し重い扉を開けた先には1つの小綺麗な部屋。カルテの入った本棚に大量の薬が詰められた薬棚、1つのベッド。
「遅くなってごめんね。会いたかったよレイニール」
ビクッ。
ベッドの上でうずくまってた黒髪の青年は怯えた様子で、白衣を着たままのヴィンセントを見た。
その怯えた表情でさえも恋しくて恋しくてたまらないといった様子で妖しく微笑む。「あーなんて可愛い」声に漏れそうなのを我慢する。
なるべくゆっくりじっくり僕に依存すれば良い。
君はここしか居場所がないのだから。
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