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一章
1,いつも通り①
しおりを挟むもし、愛する人を失い誰からも愛されなくなった時、辛い記憶を消してしまいたいと強く願うだろうか?
それとも、記憶を失いたくないと一生の負い目を抱えたまま記憶と共に生きるだろうか。
少なくとも俺は──
♦︎♦︎♦︎
「寒くなりましたね、窓閉めます」
夕暮れ時、窓向こうが綺麗なオレンジ色で染まった雲と共に秋風が部屋を通ると俺は気を利かせて窓を閉めようと手をかけた。
「そのままでいいよ、レイニール。夜風に当たると少しは気が紛れるんだ」
「……わかりました。体に障ると良くないので無理はなさらないで下さいね」
大きな屋敷の中でも特に方角が良く、2階からの景色も抜群な広く豪華な装飾で飾られた部屋。今では使われず綺麗な状態で放置された机、ソファ、タンス、本棚、スツールなどといった高級家具達。
その部屋の中で一際目を引くキングサイズの広すぎるベッドに横たわる痩せ細った青年に目を向ける。
"今日は特に顔色が悪い"
レイニールと呼ばれた黒髪の青年は、その青年…子爵家の令息アルベルトの世話役兼相談役として仕えている。
アルベルトがポンポンとベッドの端を叩いて、座るよう促すとレイニールはそれに従うようにベットに腰掛けた。
「今日はね、新しい医者が来たんだ」
息苦しそさを残した声でゆっくりとその日にあった出来事を話し始め、それを静かに聞くレイニール。
1日の終わり、それを聞くのが俺の仕事であり彼にとっても楽しみのように見えた。
「今日は鳥の親子が窓を覗いていた」とか「新しい本を読み始めた」とか「新聞の記事について」だとかたわいもない話。
特にアルベルトは、迫害され今では失われたとされる魔術に関して深い関心を示していた。
どうやら、最近来たばかりの医者がかなりの変人らしく魔術師に関して詳しいらしいのだ。
「それでね、ボクは思ったんだ。記憶は誰のものかって。もし、記憶を消せる魔術師の末裔がいたなら、それは侵害に当たるのだろうか?何の記憶が正しくて、どれが自分の記憶か分からなくなるとそれは誰のものでもなくなるのではないか?って。
"グラジオラス"が本当にいるのだったら──」
「ゲホッッ!!ゴホゴホ」
意気揚々と話すアルベルトだったが突然発作が始まり重い咳が出始めてしまったのだ。
「! 大丈夫ですか?今先生を」
「ごめ…ッ ゲホ…!待っ…だはッ …ゲホッ!」
慌てて立ち上がり主治医を呼びに行こうとしたレイニールの手を咄嗟に掴むアルベルト。
驚き振り返ると、このまま息が止まってしまいそうな程さらに激しく咳き込みヒューヒューと、か弱い息をする彼だが決して手を離そうとしない。
心配で今すぐにでも助けを求めたいけど「いかないで」と言っているような彼の視線を無視できず、優しく手を引き剥がした後、元のようにベッドに腰掛ける。
「分かりました。側にいます」
引き剥がした手を彼の膝の上に戻し、半分体を起こしゴホゴホと空咳を苦し紛れに咳き込む彼の背中をさする。「ありがとう」と無理やり笑って見せる姿に息苦しさと同時に、"体は弱っていても生まれ持った金髪と緑色の瞳はあいからわらず綺麗だ"と思った。
さすっている手がゴツゴツと骨ばった背骨に当たる。
"また痩せた"
直感的に分かる。
彼はもう長くない。
12の時から使えてる自分から見て、容態は一目瞭然で、日に日に痩せこけ今では一歩も歩くことが叶わなくなってしまったのだ。
自分と同じぐらいの年なのに食べ物を受け付けない体のせいで、手足は細く体はだいぶ小さい。
これまで、子爵は大切な跡取り息子を治そうと世界各国から有名な医者を集めては皆匙を投げ出ていくことを何度も目撃した。
今回の医者はかなりの変わり者らしいが、各国の貴族達御用達の腕の立つ名医らしい。だけど、他の医者達と同様投げ出すことが目に見えてしまう。
何とかしたいけど出来ない、やるせない気持ちのまま落ち着くまで背中を摩り続けた。
俺は医者でもなければ、特別な関係でもない、ただの従者に出来ることと言えば話に耳を傾けることだけ。
少し呼吸が落ち着いた頃、またゆっくりと話し出す。
「……また国境付近の村が被害にあったみたいだね」
「ええ。そうみたいですね」
綺麗な庭に静かな空気、綺麗な屋敷。遠くにある街から聞こえる賑やかな声を聞くかぎり、知りえるはずない事を知っているのはベッドサイドにある読み潰した新聞のせいであろう。
王都中心部に近い場所だからこそそんな素ぶりは見えないが、現在ラシエル国と隣国は戦争をしていて、今でも国境付近では負傷者、死亡者が絶えないと聞く。
街に行くとちらほら召集のかかった少年達を目にするもののそれ以外では戦争しているといった様子は感じられなかった。
「……レイニールも召集かかってるよね?」
1つ呼吸を置いて恐る恐るそう聞くアルベルトの目からは不安が溢れていて、ドキリとする。
先週国から届いた一通の手紙を思い出した。
そう、俺にもかかってるのだ。
20の男となれば戦争に徴兵命令が出るのも当たり前。それをずっと逃れ続けているのは彼、アルベルト様の相談役として貴族家で仕えてるからだろう。
もし相談役を終えた時真っ先に戦地に向かうことになるはずだ。
「……はい。ですが私はずっと貴方の相談役としてお側にいますから」
そう笑って見せると、嬉しそうに安堵の笑顔を見せるアルベルト。
「ありがとう。そのままボクが死ぬまでずっと一緒にいてくれると嬉しいよ。あと少しだと思うけど」
「っ!!そんなこと!ずっと一緒にいます。戦争に行かなくていいようにずっと生きててください。それこそ戦争が終わるまで、いやこの先何十年も」
「はは。ならこのまま行かなくて良いように生きなくちゃだね」
アルベルトは自分が死んだらレイニールが戦地に出向くことになるのを知っている。だから、無理やりにでも延命させようと毎日必死に生きてる姿がより一層レイニールを苦しめる。
アルベルトの熱の薄い手が自分の手に触れた。
それがあまりにも自然で優しく乗せる手に驚いて、つい引っ込めてしまいそうになるのを我慢し彼の方を見るとアルベルトは悲しそうに笑った。
「少しでも長い時間好きな人と一緒にいたいからさ。もう少し頑張らなくちゃ」
「大好きな人を死なすわけにはいかないから」と付け加える言葉。
まただ。最近時々思わせぶりな言葉を口にすることが増えた。冗談を言えるようには思えないけど、そんなことあってはいけない。あるはずない。なぜなら、この世界は同性愛は罪も同然。好意を持つことさえも許されない。特に貴族と平民である自分なら尚更だ。
もしそうであっても、その気持ちを受けることは出来ない。仕えてる以上この方を守るのは当然だから。
ただ、彼の心を拒否して突き離せないでいるのは貴族である前に生きる糧を奪ってしまいそうで怖かった。
それが忠誠心からくるものか分からないが、たとえどんな理由でもいいから少しでも生きたい、と思って欲しい。
だからほんの小さな嘘を混ぜる。
「私も貴方のことが好きですよ。大切な貴方様の側にずっといますから。安心して下さい」
嘘は罪だけど嘘は事実を混ぜることで、嘘じゃなくなる。だから、俺は嘘をついてない。そう思うことにしたレイニール。
微笑みながら言われたアルベルトは、少し狼狽えるよう言葉を詰まらせた後ごくり生唾を飲み込み重苦しそうに口を開いた。
「レイニール…実はずっと前から言わないといけないことが」
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