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《6》地味アラサー女は穏やかに過ごしたい(6)

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「ひっ!」

 突然の奇行に驚いて肩を竦める。

「あ、ごめん。やっぱり瑛美は良い匂いがすると思って。前々から思ってたけど、さっき指導していて再確認した」
「ちょっ、駄目です、」

 何度も耳裏に高い鼻が押し当てられて匂いを堪能される。両腕は長襦袢の襟元を抑えていて、大和を突っ張って退けることができない。

「なぁ、瑛美」

 脳に直接響かせるように低く妖艶な声で名を呼ばれて、何故か下腹部がきゅんと疼いた。

「金曜の定時後だけでいいから、俺の彼女にならない?」
「……ぇええっ!」
「どうせ彼氏いないんだろ。いつも一人で直帰しているし」
「それはそうですけど……っ」

 瑛美は友達も少ないし、酒の席は苦手なのでいつも定時に直帰して一人部屋でゆったりと過ごしている。
 それに私服通勤にもかかわらず、いつも服装は白のトップスとデニムパンツで一切洒落っ気がない。そんな瑛美に彼氏がいないことなんてお見通しのようだ。

「瑛美の匂い好きだから遠慮なく堪能したいんだよな。それに恋人に着付け指導する方が俺としてもやりやすいし、上達も早くなるはず」
「でもそんな、こ、こいびと、なんてっ」
「金曜日の十八時以降限定だから。会社ではいつも通りのままだし、何も変わらない。なぁ、瑛美お願い」

 ぎゅっと抱きしめてくれる腕が力強くて優しくて。それに――

(ずるい! 着物姿でそれ言うのずるいいぃ! 色気撒き散らせすぎ……!)

 全てがバランスよく整った美形に目を細めておねだりされたら、強く拒否ができない。大人の優美で妖艶な男着物姿は、瑛美の冷静な思考を奪っていく。

「瑛美、俺の彼女になって」

 どうしようどうしようと慌てふためいている間にも答えを急かされて、もういいやっ! とどこか吹っ切れた。

「あっ、あの、会社の人には秘密ですよ?」
「うん」
「着付けもちゃんと教えてくれますか?」
「もちろん。誰よりも丁寧に教える」
「……うぅ、じゃあ……」
「決まりな」

 ちゅっ耳たぶに唇が触れ、再び鼻を鳴らされる。

「か、嗅ぐのだめっ!」
「あははっ、まあこれから毎週触れられるわけだし。今日はこれくらいにしておこうか」

 ぽんぽんと栗色の髪の毛を撫でられる。
 結局大和に振り回されてドキドキしている自分が悔しい。

(いっそのこと、恋人関係を利用して着付け技術を上達させてみせる! ……なんてそんな技量、私にはないや……)

 近い未来、大和に振り回されている様子が容易に想像できる。しかし一度口にしてしまっては引き返すことができない。

 ――こうして瑛美と大和の秘密の関係が始まった。

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