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《幕間3》こじれた初恋(3)ひかり視点
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会場に入ってすぐに文太郎の姿を探す。
企業の重役に就いている人への挨拶も、滞りなくこなしているようだ。
(あんまりビジネストーク、得意じゃないから大丈夫かなぁ。大和くんがいるから、なんとかしてくれるか)
瑛美とビュッフェディナーを楽しみながら、アルコール度数の強いシャンパンを胃に入れる。そうでもしないと、前に踏み出せない気がしたからだ。
挨拶回りを終えたタイミングを見計らい、瑛美とともに声をかける。
「わぁ、ひぃちゃんと瑛美ちゃん。振袖可愛いね~」
「私が瑛美を連れてきたの」
四人で会話をしていても、明らかに文太郎の視線が瑛美に向いている。
(あぁ、やっぱり文ちゃんは瑛美みたいな人がタイプなんだ……)
大学生だったときに一度だけ、文太郎に好みの女性のタイプを聞いたことがあった。
そのときに「うーん。生糸みたいな女の人かなぁ」と答えていた。
(生糸は蚕から紡いだばかりの加工する前の糸のこと。……つまりどんな色にも染まる魅力ある女性、って意味かな。確かに、瑛美に当てはまる……)
瑛美は自分のことをのっぺり顔だと言って卑下しているけれど、整った可愛らしい顔立ちだ。
奥二重のすっきりとした眼で、鼻も口も小ぶりだが形が綺麗で女性らしい奥ゆかしさがある。
派手さはないが本来の素材が良く、身に纏う衣類や化粧で大変身するタイプだ。
「瑛美ちゃんって古風な柄がとっても似合う。色もどの濃淡でも似合う肌をしているし」
「ありがとうございます、」
文太郎はひかりのことを見てもくれない。
瑛美ばかりに構う文太郎にムッとして「文ちゃんっ!」と大きな声を出してしまった。
「俺たちちょっと向こう行ってくる」
そう言って目の前から立ち去る大和と瑛美の後ろ姿を見つめる文太郎。
(文ちゃん、きっと瑛美のこと……)
心臓が張り裂けそうにズキズキと痛む。
何年もずっと文太郎のことだけを見ていたのだ。女の観察眼の鋭さを、こんなときにまで発揮してしまう自分が嫌になる。
「大和と瑛美ちゃんって……」
「うん。付き合ってるんだって。あの大和くんが珍しく嬉しそうに話してくれたよ」
「そう、なんだ」
椅子に座って談笑する二人は、甘い空気に包まれている。文太郎はそれを眩しそうに見つめていた。
「文ちゃん、瑛美みたいな人が好きなんだね」
「えっ、あー。……うん、そうだね」
「前に生糸みたいな人がタイプって言ってたよね。まさに瑛美みたいにどんな色にでもなれるような、そんなひと……」
告白をするつもりだったのに、意気消沈してしまった。もう、失恋したも同然だ。
――私は瑛美みたいにはなれない。
目鼻立ちがくっきりとしていて、どちらかというと西洋人寄りの顔立ちのひかり。パーツの主張が激しいぶん、どうしても似合う色、形、姿が限定されてしまう。
完成されていて、それにしかなれないひかりと、未完成で何にでもなれる瑛美。
瑛美が生糸と例えられるなら、ひかりは既に出来上がった組紐だ。
ものづくりの職人である文太郎にとって、どちらが魅力的に見えるかは一目瞭然だった。
(初めから、私はナシだったんだね。それなのに何十年も片想いして……馬鹿だなぁ私)
はは、と乾いた笑い声が漏れる。そうでもしていないと、今にも泣き崩れてしまいそうだった。
でもこの積年の思いをいきなり捨て去るなんて、できそうにない。だからせめて、断ち切るきっかけが欲しい。
「ねぇ、文ちゃん。私、今日を最後に文ちゃんに告白するつもりだったんだ。もう、振られちゃったけど。でも二十代最後のクリスマスイヴだから……思い出が欲しいな」
「思い出?」
「うん」
ふぅと一度肺の空気を押し出す。
精一杯自分が可愛く見えるように小首を傾げる。お酒の力を借りて、にこりと微笑んだ。
「私と一夜を過ごしてほしいの。もちろん、今日だけだから」
一度でいいから文太郎に触れたい。
愛がなくても良いから、繋がりたい。
二十年以上こじらせてしまった初恋を終わらせる方法は、これくらいしか思いつかなかった。
企業の重役に就いている人への挨拶も、滞りなくこなしているようだ。
(あんまりビジネストーク、得意じゃないから大丈夫かなぁ。大和くんがいるから、なんとかしてくれるか)
瑛美とビュッフェディナーを楽しみながら、アルコール度数の強いシャンパンを胃に入れる。そうでもしないと、前に踏み出せない気がしたからだ。
挨拶回りを終えたタイミングを見計らい、瑛美とともに声をかける。
「わぁ、ひぃちゃんと瑛美ちゃん。振袖可愛いね~」
「私が瑛美を連れてきたの」
四人で会話をしていても、明らかに文太郎の視線が瑛美に向いている。
(あぁ、やっぱり文ちゃんは瑛美みたいな人がタイプなんだ……)
大学生だったときに一度だけ、文太郎に好みの女性のタイプを聞いたことがあった。
そのときに「うーん。生糸みたいな女の人かなぁ」と答えていた。
(生糸は蚕から紡いだばかりの加工する前の糸のこと。……つまりどんな色にも染まる魅力ある女性、って意味かな。確かに、瑛美に当てはまる……)
瑛美は自分のことをのっぺり顔だと言って卑下しているけれど、整った可愛らしい顔立ちだ。
奥二重のすっきりとした眼で、鼻も口も小ぶりだが形が綺麗で女性らしい奥ゆかしさがある。
派手さはないが本来の素材が良く、身に纏う衣類や化粧で大変身するタイプだ。
「瑛美ちゃんって古風な柄がとっても似合う。色もどの濃淡でも似合う肌をしているし」
「ありがとうございます、」
文太郎はひかりのことを見てもくれない。
瑛美ばかりに構う文太郎にムッとして「文ちゃんっ!」と大きな声を出してしまった。
「俺たちちょっと向こう行ってくる」
そう言って目の前から立ち去る大和と瑛美の後ろ姿を見つめる文太郎。
(文ちゃん、きっと瑛美のこと……)
心臓が張り裂けそうにズキズキと痛む。
何年もずっと文太郎のことだけを見ていたのだ。女の観察眼の鋭さを、こんなときにまで発揮してしまう自分が嫌になる。
「大和と瑛美ちゃんって……」
「うん。付き合ってるんだって。あの大和くんが珍しく嬉しそうに話してくれたよ」
「そう、なんだ」
椅子に座って談笑する二人は、甘い空気に包まれている。文太郎はそれを眩しそうに見つめていた。
「文ちゃん、瑛美みたいな人が好きなんだね」
「えっ、あー。……うん、そうだね」
「前に生糸みたいな人がタイプって言ってたよね。まさに瑛美みたいにどんな色にでもなれるような、そんなひと……」
告白をするつもりだったのに、意気消沈してしまった。もう、失恋したも同然だ。
――私は瑛美みたいにはなれない。
目鼻立ちがくっきりとしていて、どちらかというと西洋人寄りの顔立ちのひかり。パーツの主張が激しいぶん、どうしても似合う色、形、姿が限定されてしまう。
完成されていて、それにしかなれないひかりと、未完成で何にでもなれる瑛美。
瑛美が生糸と例えられるなら、ひかりは既に出来上がった組紐だ。
ものづくりの職人である文太郎にとって、どちらが魅力的に見えるかは一目瞭然だった。
(初めから、私はナシだったんだね。それなのに何十年も片想いして……馬鹿だなぁ私)
はは、と乾いた笑い声が漏れる。そうでもしていないと、今にも泣き崩れてしまいそうだった。
でもこの積年の思いをいきなり捨て去るなんて、できそうにない。だからせめて、断ち切るきっかけが欲しい。
「ねぇ、文ちゃん。私、今日を最後に文ちゃんに告白するつもりだったんだ。もう、振られちゃったけど。でも二十代最後のクリスマスイヴだから……思い出が欲しいな」
「思い出?」
「うん」
ふぅと一度肺の空気を押し出す。
精一杯自分が可愛く見えるように小首を傾げる。お酒の力を借りて、にこりと微笑んだ。
「私と一夜を過ごしてほしいの。もちろん、今日だけだから」
一度でいいから文太郎に触れたい。
愛がなくても良いから、繋がりたい。
二十年以上こじらせてしまった初恋を終わらせる方法は、これくらいしか思いつかなかった。
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