【R18】御曹司とスパルタ稽古ののち、蜜夜でとろける

鶴れり

文字の大きさ
50 / 84

《幕間3》こじれた初恋(3)ひかり視点

しおりを挟む
 会場に入ってすぐに文太郎の姿を探す。
 企業の重役に就いている人への挨拶も、滞りなくこなしているようだ。

(あんまりビジネストーク、得意じゃないから大丈夫かなぁ。大和くんがいるから、なんとかしてくれるか)

 瑛美とビュッフェディナーを楽しみながら、アルコール度数の強いシャンパンを胃に入れる。そうでもしないと、前に踏み出せない気がしたからだ。

 挨拶回りを終えたタイミングを見計らい、瑛美とともに声をかける。

「わぁ、ひぃちゃんと瑛美ちゃん。振袖可愛いね~」
「私が瑛美を連れてきたの」

 四人で会話をしていても、明らかに文太郎の視線が瑛美に向いている。

(あぁ、やっぱり文ちゃんは瑛美みたいな人がタイプなんだ……)

 大学生だったときに一度だけ、文太郎に好みの女性のタイプを聞いたことがあった。
 そのときに「うーん。生糸みたいな女の人かなぁ」と答えていた。

(生糸は蚕から紡いだばかりの加工する前の糸のこと。……つまりどんな色にも染まる魅力ある女性、って意味かな。確かに、瑛美に当てはまる……)

 瑛美は自分のことをのっぺり顔だと言って卑下しているけれど、整った可愛らしい顔立ちだ。
 奥二重のすっきりとした眼で、鼻も口も小ぶりだが形が綺麗で女性らしい奥ゆかしさがある。
 派手さはないが本来の素材が良く、身に纏う衣類や化粧で大変身するタイプだ。

「瑛美ちゃんって古風な柄がとっても似合う。色もどの濃淡でも似合う肌をしているし」
「ありがとうございます、」

 文太郎はひかりのことを見てもくれない。
 瑛美ばかりに構う文太郎にムッとして「文ちゃんっ!」と大きな声を出してしまった。

「俺たちちょっと向こう行ってくる」

 そう言って目の前から立ち去る大和と瑛美の後ろ姿を見つめる文太郎。

(文ちゃん、きっと瑛美のこと……)

 心臓が張り裂けそうにズキズキと痛む。
 何年もずっと文太郎のことだけを見ていたのだ。女の観察眼の鋭さを、こんなときにまで発揮してしまう自分が嫌になる。

「大和と瑛美ちゃんって……」
「うん。付き合ってるんだって。あの大和くんが珍しく嬉しそうに話してくれたよ」
「そう、なんだ」

 椅子に座って談笑する二人は、甘い空気に包まれている。文太郎はそれを眩しそうに見つめていた。

「文ちゃん、瑛美みたいな人が好きなんだね」
「えっ、あー。……うん、そうだね」
「前に生糸みたいな人がタイプって言ってたよね。まさに瑛美みたいにどんな色にでもなれるような、そんなひと……」

 告白をするつもりだったのに、意気消沈してしまった。もう、失恋したも同然だ。

 ――私は瑛美みたいにはなれない。

 目鼻立ちがくっきりとしていて、どちらかというと西洋人寄りの顔立ちのひかり。パーツの主張が激しいぶん、どうしても似合う色、形、姿が限定されてしまう。
 完成されていて、それにしかなれないひかりと、未完成で何にでもなれる瑛美。
 瑛美が生糸と例えられるなら、ひかりは既に出来上がった組紐だ。
 ものづくりの職人である文太郎にとって、どちらが魅力的に見えるかは一目瞭然だった。

(初めから、私はナシだったんだね。それなのに何十年も片想いして……馬鹿だなぁ私)

 はは、と乾いた笑い声が漏れる。そうでもしていないと、今にも泣き崩れてしまいそうだった。

 でもこの積年の思いをいきなり捨て去るなんて、できそうにない。だからせめて、断ち切るきっかけが欲しい。

「ねぇ、文ちゃん。私、今日を最後に文ちゃんに告白するつもりだったんだ。もう、振られちゃったけど。でも二十代最後のクリスマスイヴだから……思い出が欲しいな」
「思い出?」
「うん」

 ふぅと一度肺の空気を押し出す。
 精一杯自分が可愛く見えるように小首を傾げる。お酒の力を借りて、にこりと微笑んだ。

「私と一夜を過ごしてほしいの。もちろん、今日だけだから」

 一度でいいから文太郎に触れたい。
 愛がなくても良いから、繋がりたい。

 二十年以上こじらせてしまった初恋を終わらせる方法は、これくらいしか思いつかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

15歳差の御曹司に甘やかされています〜助けたはずがなぜか溺愛対象に〜 【完結】

日下奈緒
恋愛
雨の日の交差点。 車に轢かれそうになったスーツ姿の男性を、とっさに庇った大学生のひより。 そのまま病院へ運ばれ、しばらくの入院生活に。 目を覚ました彼女のもとに毎日現れたのは、助けたあの男性――そして、大手企業の御曹司・一ノ瀬玲央だった。 「俺にできることがあるなら、なんでもする」 花や差し入れを持って通い詰める彼に、戸惑いながらも心が惹かれていくひより。 けれど、退院の日に告げられたのは、彼のひとことだった。 「君、大学生だったんだ。……困ったな」 15歳という年の差、立場の違い、過去の恋。 簡単に踏み出せない距離があるのに、気づけばお互いを想う気持ちは止められなくなっていた―― 「それでも俺は、君が欲しい」 助けたはずの御曹司から、溺れるほどに甘やかされる毎日が始まる。 これは、15歳差から始まる、不器用でまっすぐな恋の物語。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

処理中です...