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《51》がむしゃらに(4)
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今年初めの着付けの稽古だ。
一月は成人式という着物業界が活気づく式典があるので、着付け教室は二週目以降となる。
一応年末年始の長期休暇中も着付けの自主練習をしていたが、やはり教室で着付けるようには上手くできなかった。着物が違うからなのか……そろそろ一着くらい自分の着物を持っても良いかもしれないと思いながら、教室へと向かう。
エレベーターホールで待っていると、見覚えのあるご婦人がやってきて「こんばんは」と声をかけられた。ホームページで見た、倭の国きもの学院の学院長だ。
「貴女、クリスマスのパーティーにひかりちゃんといらしていた方かしら?」
「えっ、あ、はい。そうです。深谷瑛美と申します」
「わたくしは清澄和歌よ」
「清澄って……大和先生のご親戚、でしょうか?」
「あら、大和の生徒さんだったのね。わたくしは大和の母よ」
目尻にしわをつけながら微笑む学院長は、所作や言葉遣いも美しい貴婦人だった。その整った顔のパーツは確かに大和を思い起こすものがある。
「そうだったのですね。大和先生が学院長の息子さんだったなんて……」
「なかなかそんなお話をする機会もなかったもの。知らなくて当然だわ」
「学院長のお顔はネットで拝見して存じておりました」
「いやだわ、あの昔の写真でしょう? もう十年以上前のものだから恥ずかしいわ。すぐに大和に学院長を継いでもらうつもりだったから、こんなに長い間あの写真を晒す予定ではなかったのだけれど……」
「なぜああいう写真って写りが悪くなってしまうのかしら」と愚痴を言い始めた学院長に相槌を打つ。
(大和がこの会社の御曹司……あぁ、だから有識者が集まるクリスマスパーティーに出席していたんだ。そして三月で退社するのも、きもの学院を含めた会社を引き継ぐから……全て辻褄が合う)
パズルのピースがカチッと合わさる。瑛美は念のため、もう一度訊ねた。
「大和先生が学院長になるのですか?」
「ええ。いずれはね。大和も今年で三十五歳になるのだから、そろそろ良いお家柄のお嬢様と身を固めて、二人で会社を支えていって欲しいわ」
「良い、お家柄……」
「あら、出自でお人柄を決めては失礼だったわね。たとえば優秀な成績を修めている方とか、人とは違う魅力を持った方……母親としてはそういう方と生涯を共にしてほしいわ。まぁ、高望みはしないようにはしているのだけれど。この会社を継ぐ大和の隣に立つことになる女性には、それなりのものは持っていて欲しい……ってこんな話、大和の生徒さんにしたら大和に怒られてしまうわ。秘密にしておいてね?」
口元に指をあててにこりと笑い、学院長は別の階で降りてしまった。
一人エレベーターに残された瑛美は左胸を押さえる。そうしなければ今にも張り裂けそうで、潰れてしまいそうだった。
学院長が大和の結婚相手にそれなりのステータスを求めることは、当然のことだと思う。大和は何人もの従業員を抱える会社のトップに立つことになるのだから、その妻の役割もそれなりの責任を伴うものだ。
でも、自分にその資格はあるのだろうか。
見た目も平凡、学歴も大した経歴ではない。特に役立つような特技もなく、履歴書に書けるような資格も持っていない。可もなく不可もない自分が、キラキラと輝く大和の隣に立つ姿が想像できなかった。
(どうしよう……どうしたらいいの……)
真っ直ぐに大和のもとへ行く勇気がなくて、一時化粧室に避難して気持ちを整理する。
(ううん。目の前のこと精一杯頑張るって決めたもの。今は落ち込むのではなくて、あがいてあがくの……そう、決めたじゃない)
ペチンと頬を強く叩く。ジンジンとした痛みが広がり、目が覚めたような気がした。
一月は成人式という着物業界が活気づく式典があるので、着付け教室は二週目以降となる。
一応年末年始の長期休暇中も着付けの自主練習をしていたが、やはり教室で着付けるようには上手くできなかった。着物が違うからなのか……そろそろ一着くらい自分の着物を持っても良いかもしれないと思いながら、教室へと向かう。
エレベーターホールで待っていると、見覚えのあるご婦人がやってきて「こんばんは」と声をかけられた。ホームページで見た、倭の国きもの学院の学院長だ。
「貴女、クリスマスのパーティーにひかりちゃんといらしていた方かしら?」
「えっ、あ、はい。そうです。深谷瑛美と申します」
「わたくしは清澄和歌よ」
「清澄って……大和先生のご親戚、でしょうか?」
「あら、大和の生徒さんだったのね。わたくしは大和の母よ」
目尻にしわをつけながら微笑む学院長は、所作や言葉遣いも美しい貴婦人だった。その整った顔のパーツは確かに大和を思い起こすものがある。
「そうだったのですね。大和先生が学院長の息子さんだったなんて……」
「なかなかそんなお話をする機会もなかったもの。知らなくて当然だわ」
「学院長のお顔はネットで拝見して存じておりました」
「いやだわ、あの昔の写真でしょう? もう十年以上前のものだから恥ずかしいわ。すぐに大和に学院長を継いでもらうつもりだったから、こんなに長い間あの写真を晒す予定ではなかったのだけれど……」
「なぜああいう写真って写りが悪くなってしまうのかしら」と愚痴を言い始めた学院長に相槌を打つ。
(大和がこの会社の御曹司……あぁ、だから有識者が集まるクリスマスパーティーに出席していたんだ。そして三月で退社するのも、きもの学院を含めた会社を引き継ぐから……全て辻褄が合う)
パズルのピースがカチッと合わさる。瑛美は念のため、もう一度訊ねた。
「大和先生が学院長になるのですか?」
「ええ。いずれはね。大和も今年で三十五歳になるのだから、そろそろ良いお家柄のお嬢様と身を固めて、二人で会社を支えていって欲しいわ」
「良い、お家柄……」
「あら、出自でお人柄を決めては失礼だったわね。たとえば優秀な成績を修めている方とか、人とは違う魅力を持った方……母親としてはそういう方と生涯を共にしてほしいわ。まぁ、高望みはしないようにはしているのだけれど。この会社を継ぐ大和の隣に立つことになる女性には、それなりのものは持っていて欲しい……ってこんな話、大和の生徒さんにしたら大和に怒られてしまうわ。秘密にしておいてね?」
口元に指をあててにこりと笑い、学院長は別の階で降りてしまった。
一人エレベーターに残された瑛美は左胸を押さえる。そうしなければ今にも張り裂けそうで、潰れてしまいそうだった。
学院長が大和の結婚相手にそれなりのステータスを求めることは、当然のことだと思う。大和は何人もの従業員を抱える会社のトップに立つことになるのだから、その妻の役割もそれなりの責任を伴うものだ。
でも、自分にその資格はあるのだろうか。
見た目も平凡、学歴も大した経歴ではない。特に役立つような特技もなく、履歴書に書けるような資格も持っていない。可もなく不可もない自分が、キラキラと輝く大和の隣に立つ姿が想像できなかった。
(どうしよう……どうしたらいいの……)
真っ直ぐに大和のもとへ行く勇気がなくて、一時化粧室に避難して気持ちを整理する。
(ううん。目の前のこと精一杯頑張るって決めたもの。今は落ち込むのではなくて、あがいてあがくの……そう、決めたじゃない)
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