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《52》五感すべてで(1)
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そうして季節は進み、三月になった。
厳しい寒さが和らぎ、春の訪れに胸を躍らせる季節だ。
会社では正式に辞令が出て、大和は三月末日で退社。大和の後任には住吉が新たに企画部部長となることが発表された。
瑛美と大和の関係は相変わらずで、会社では上司と部下、着付け教室では師範と子弟、そしてそれ以外では恋人という少し特殊な関係だった。
「瑛美、可愛い。好きだよ」
大和は会社を退社すること、いずれ学院長となり、倭の国きもの会社を背負う重役に就くことを瑛美に話してくれた。
そのうえで瑛美には傍にいてほしいと真っ直ぐに伝えてくれる大和のことを、どんどん好きになっていくのを自覚する。
ベッドの上ですべてを曝け出して、愛を伝え合う。その度にこの時間が永遠と続けばいいのに。大和と二人きりの世界になれたらいいのに……と何度も何度も思った。
しかし時間はすぎ、朝は必ずやって来る。
瑛美は努力し続けた。大和の隣にいたい、誇れる自分でありたいという一心だった。
受験勉強のときですら、こんなに勉強したことはなかったと思う。大きな感情に揺さぶられて、突き動かされた瑛美は、人が変わったかのように筆を握りしめ、幾度となくトルソーに着物を着付けた。
「深谷さん、なんか変わったね」
企画部の社員からもそう言われる機会が増えた。
以前よりも化粧っ気が出て、パーマをあてた髪も編んだりお団子にしたりとヘアアレンジをするようになった。見た目の変化は確かに大きいかもしれない。
「深谷さん絶対彼氏できましたよね?!」
「これは彼氏さんの好みなんですか?!」
白木には会うたびにそう言われて、彼氏の写真を見せてほしいとせがまれている。
「いやぁ、そんなことないよ……」
いつも問い詰められそうになると、誤魔化して化粧室に逃げ込んでいる。
恋人相手が大和だと伝えるのは、大和が退社した後だと二人で決めたので、今はまだ秘密にしているのだ。
そして今日は休日で、国立美術館で開催されている着物展へとやってきた。
大和は利休茶色の着物、瑛美は紅梅色の着物を着て、仲睦まじく手を繋ぐ。
「世界文化遺産にも登録されている貴重な着物が見られるなんて、こんな機会そうそうないですよね」
「千年以上前に実際に使われていたものや、復元したものもあるって。戦国武将が着ていた陣羽織もあるらしい」
「わぁ、楽しみ……!」
あらかじめ予約してあったチケットを握りしめて入場ゲートを通る。着物を召した方がたくさんいて、思わずまじまじと見つめてしまった。
「普段なかなか着物姿の人を見かける機会が少ないですが……こうして見てみると着物愛好家の人は多いのですね」
「そうだな。やっぱり休日のお出かけのときに着物を着たい人、あとは式典のときに自分で着たいと言って習いに来る人が多い」
「それぞれ個性があって、どれも素敵です」
中には長襦袢ではなく、代わりにレースのフリルがついたインナーを着ている人だったり、着物にスニーカーを合わせている猛者もいる。
着付け教室では古典的な昔ながらの着付けを学習しているので、現代の着物の着こなしは見ていると新鮮で、学びが多かった。
「瑛美、他の人ばかり見ていないで。俺とのデートだろ」
厳しい寒さが和らぎ、春の訪れに胸を躍らせる季節だ。
会社では正式に辞令が出て、大和は三月末日で退社。大和の後任には住吉が新たに企画部部長となることが発表された。
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「瑛美、可愛い。好きだよ」
大和は会社を退社すること、いずれ学院長となり、倭の国きもの会社を背負う重役に就くことを瑛美に話してくれた。
そのうえで瑛美には傍にいてほしいと真っ直ぐに伝えてくれる大和のことを、どんどん好きになっていくのを自覚する。
ベッドの上ですべてを曝け出して、愛を伝え合う。その度にこの時間が永遠と続けばいいのに。大和と二人きりの世界になれたらいいのに……と何度も何度も思った。
しかし時間はすぎ、朝は必ずやって来る。
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受験勉強のときですら、こんなに勉強したことはなかったと思う。大きな感情に揺さぶられて、突き動かされた瑛美は、人が変わったかのように筆を握りしめ、幾度となくトルソーに着物を着付けた。
「深谷さん、なんか変わったね」
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以前よりも化粧っ気が出て、パーマをあてた髪も編んだりお団子にしたりとヘアアレンジをするようになった。見た目の変化は確かに大きいかもしれない。
「深谷さん絶対彼氏できましたよね?!」
「これは彼氏さんの好みなんですか?!」
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「いやぁ、そんなことないよ……」
いつも問い詰められそうになると、誤魔化して化粧室に逃げ込んでいる。
恋人相手が大和だと伝えるのは、大和が退社した後だと二人で決めたので、今はまだ秘密にしているのだ。
そして今日は休日で、国立美術館で開催されている着物展へとやってきた。
大和は利休茶色の着物、瑛美は紅梅色の着物を着て、仲睦まじく手を繋ぐ。
「世界文化遺産にも登録されている貴重な着物が見られるなんて、こんな機会そうそうないですよね」
「千年以上前に実際に使われていたものや、復元したものもあるって。戦国武将が着ていた陣羽織もあるらしい」
「わぁ、楽しみ……!」
あらかじめ予約してあったチケットを握りしめて入場ゲートを通る。着物を召した方がたくさんいて、思わずまじまじと見つめてしまった。
「普段なかなか着物姿の人を見かける機会が少ないですが……こうして見てみると着物愛好家の人は多いのですね」
「そうだな。やっぱり休日のお出かけのときに着物を着たい人、あとは式典のときに自分で着たいと言って習いに来る人が多い」
「それぞれ個性があって、どれも素敵です」
中には長襦袢ではなく、代わりにレースのフリルがついたインナーを着ている人だったり、着物にスニーカーを合わせている猛者もいる。
着付け教室では古典的な昔ながらの着付けを学習しているので、現代の着物の着こなしは見ていると新鮮で、学びが多かった。
「瑛美、他の人ばかり見ていないで。俺とのデートだろ」
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