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《58》五感すべてで(7)大和視点
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激しい蜜夜が過ぎて、目を覚ました時にベッドは冷たくなっていた。
なんとなく気がついていた。けれど、認めたくなかった。
なんとか瑛美の痕跡を探そうと部屋中を駆ける。
ダイニングテーブルに置かれた手のひらサイズの箱と、白い封筒。見覚えのある箱を見て、自分の嫌な予感が的中したのだと確信して、目頭に熱いものがこみ上げた。
白い封筒には何度も見た瑛美の字が書かれていた。
――見たくない。知りたくない。けれど、現実から目を背けてばかりではいられない。
『大和へ。このような形でしかお別れを言うことが出来ない薄情者を、どうか許してください。大和とは結婚できません。一緒に海外へも行きません。大和は何も悪くない、全ては私のせいです。今後の和装業界を支えていく大和の隣に立つ勇気が、私にはありません。本当にごめんなさい。大和と過ごした日々はかけがえのない宝物です。この宝物を胸に抱えて、私も新しい道に進みます。だから私なんかとは違う、素晴らしい女性と幸せになってください。大和の幸せを願っています。どうか健康に気をつけて。さようなら。深谷瑛美』
目の前の丸みのある文字が滲んで霞んでいく。情けなく、床に膝をついた。
自分なりに精一杯愛したつもりだった。ガラス玉のように脆い瑛美の心を何重にも真綿を重ねて守り、温めているつもりだった。
どうしたら良かったのか。
どうしたら瑛美を傍に留めておけたのだろうか。
「自信がない」「私なんか……」が口癖だった瑛美に何度もそのままの瑛美がいいと囁き。
何度も好きだと真っ直ぐな愛の言葉を伝え。
幾度となく肌を重ねて愛した。
自分の御曹司という立場を、瑛美が重く感じていることはなんとなく察していた。
しかし自分の生まれと、背負っている責務から逃れることはできない。
それでも瑛美が良くて、傍にいてほしくて。限られた時間の中で最大限に瑛美を愛したつもりだった。
「俺の想いですら、瑛美にとっては重荷だったのかもな……」
きっかけは強引だった。混乱した瑛美の逃げ場を塞いで俺の彼女になってと、何度も乞うたから。
「ごめん、瑛美……」
自分がもっと器用な男だったら。
もっと瑛美の心に寄り添える余裕のある男だったら。
瑛美が去ることもなかったかもしれない。
リビングの端に積まれた、海外に発送する段ボールを見つめる。
出発は一週間後だ。
荷物の中には瑛美と過ごすことを想定して、ペアの食器や日用品を詰めていた。瑛美に会えない時間、ネットショッピングをして少しずつ集めていた同棲用の雑貨。
それもただの自分勝手な思い上がりだ。
「かっこわる……」
なにが御曹司だ。なにが最高責任者だ。
たったひとりの愛する女性すら手に入れられない、幸せにできない無力な自分。
何不自由なく生きて充実していると思っていた三十四年の人生が、ちっぽけで情けなくてくだらなく感じたのはこのときが初めてだった。
なんとなく気がついていた。けれど、認めたくなかった。
なんとか瑛美の痕跡を探そうと部屋中を駆ける。
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『大和へ。このような形でしかお別れを言うことが出来ない薄情者を、どうか許してください。大和とは結婚できません。一緒に海外へも行きません。大和は何も悪くない、全ては私のせいです。今後の和装業界を支えていく大和の隣に立つ勇気が、私にはありません。本当にごめんなさい。大和と過ごした日々はかけがえのない宝物です。この宝物を胸に抱えて、私も新しい道に進みます。だから私なんかとは違う、素晴らしい女性と幸せになってください。大和の幸せを願っています。どうか健康に気をつけて。さようなら。深谷瑛美』
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自分なりに精一杯愛したつもりだった。ガラス玉のように脆い瑛美の心を何重にも真綿を重ねて守り、温めているつもりだった。
どうしたら良かったのか。
どうしたら瑛美を傍に留めておけたのだろうか。
「自信がない」「私なんか……」が口癖だった瑛美に何度もそのままの瑛美がいいと囁き。
何度も好きだと真っ直ぐな愛の言葉を伝え。
幾度となく肌を重ねて愛した。
自分の御曹司という立場を、瑛美が重く感じていることはなんとなく察していた。
しかし自分の生まれと、背負っている責務から逃れることはできない。
それでも瑛美が良くて、傍にいてほしくて。限られた時間の中で最大限に瑛美を愛したつもりだった。
「俺の想いですら、瑛美にとっては重荷だったのかもな……」
きっかけは強引だった。混乱した瑛美の逃げ場を塞いで俺の彼女になってと、何度も乞うたから。
「ごめん、瑛美……」
自分がもっと器用な男だったら。
もっと瑛美の心に寄り添える余裕のある男だったら。
瑛美が去ることもなかったかもしれない。
リビングの端に積まれた、海外に発送する段ボールを見つめる。
出発は一週間後だ。
荷物の中には瑛美と過ごすことを想定して、ペアの食器や日用品を詰めていた。瑛美に会えない時間、ネットショッピングをして少しずつ集めていた同棲用の雑貨。
それもただの自分勝手な思い上がりだ。
「かっこわる……」
なにが御曹司だ。なにが最高責任者だ。
たったひとりの愛する女性すら手に入れられない、幸せにできない無力な自分。
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