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断れない(2)
しおりを挟む蘭木とランチを食べ、会社に戻る。
デスクに向かおうとしていると、「雪原」と大井に呼び止められた。
「五分でいいから、話せる?」
「……わかった」
大井とは修哉とのセフレ関係がバレて以来、二人きりになっていない。もちろん、あの話にも触れていない。
きっと撮られた写真も大井のスマホに保存されたままなのだろう。
エレベーターに乗り最上階へ着くと、屋上ガーデンに続く扉を開けた。昼休憩の終わりの時間ということもあって、人はまばらだ。ビオトープの前にあるベンチへ座る。
「あのさ……雪川修哉とどうするの?」
仕事の話ではないだろうなとは思ったが、あまりにも直球すぎる言葉に体がビクッと反応した。
「もちろん、きっぱりお別れするつもり。言い訳ぽく聞こえるだろうけど、私本当にアスリートだってこと知らなかったの。クライアントとして初顔合わせしたときに知って……そうじゃなきゃ、有名人とこんなことしなかった」
トップアスリートと身体だけの関係を持つだなんて、初めから知っていたら絶対に頷いていなかった。それくらいのリスク管理はできる年齢だ。
「じゃあさ、次の相手に立候補していい?」
「……はい?」
大井の言葉が理解できない。いや、正確には脳が理解することを拒絶している。
「雪原は恋人を作りたくなくて、でもセフレならいいんだろ? その空いた席に俺が座りたいってこと」
「何言ってるの……」
「嫌?」
「嫌に決まってるじゃない。同じ会社の人なんて」
そう答えると、大井に手首を掴まれる。ハッとして横を見ると、真剣な大井の表情があって。
「じゃあ言い方を変えるよ。俺の恋人になって。それが嫌ならセフレでもいいから。そうしないとあの写真をゴシップ誌に売る」
「…………脅すの?」
「そうだよ」
ギリッと歯を食いしばる。
もしあの写真を世に晒されて、修哉の大会出場が取り消しになったら……? スポンサー契約を打ち切られたら……?
それに修哉が手掛けてきたスポーツ施設の開店も間近に迫っているのに、今のタイミングでスキャンダルが暴露されたら、影響がでるのは避けられない。
愛が断れないのをわかってて、大井は選択を迫っている。
「近いうちに、また返事聞くから」
掴まれていた手を離した大井は、先に仕事へ戻っていった。
泣きそうだった。
自分の心を殺して、何も言えずただ舌を噛むことしかできない。
自分はいったい何を間違えてしまったんだろう──。
心が黒く塗りつぶされていくような感覚に陥った。
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