稀有な魔法ですが、要らないので手放します

鶴れり

文字の大きさ
30 / 52

【30】新しい変化(4)

しおりを挟む

 繋いでいた手を解き、アルトゥルは立ち上がりメリッサに寄り添った。

「フランごめんね。暫くこの家を離れるから、薬草の管理をお願いしても良いかしら」
「私からもお願いします。メリッサのお腹にいる小さな命を守るために、今は設備の整った王城で療養するべき時なのです」
「いのち……」
「はっ? お前らいつの間に……っ」

 頭の中にある医学の知識をひっくり返す。
 嘔吐、吐き気、眠気、倦怠感。今思えば医学書で読んだ妊娠の初期症状と一致している。

 メリッサが妊娠……!

 全てを理解したフラミーニアは、一気に感情が溢れ出し勝手に目から雫が溢れた。

「めりっさ、めりっさ……!」
「フラン、何泣いてるのよ。私は病気じゃないんだから」
「うん、うん、っ……!」

 寝台の隅に顔を伏せてわんわんと泣くフラミーニアの頭をそっと撫でてくれた。

「よがっだ、病気じゃ、なく、て」
「うん」
「おめでどう」
「ありがとう」
「めりっさ、幸せ?」

 涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。
 一瞬紫瞳を丸くし、目尻を細めて笑顔になった。その表情は天使のように美しくて光を纏っていた。

「ふふ。なんとなくアルの前では言いたくないから、また今度ね」
「何だよイチャイチャすんなよ。おめでとう。メリッサ、アル」

 はにかんで礼を言うメリッサの表情が幸福を物語っていて、フラミーニアはまた涙が伝った。

 自分の大切な人が幸せそうにする姿を見ることが、こんなに嬉しいことだなんて知らなかった。
 垂れそうになる鼻水を思い切りすすり、顔をくしゃくしゃにして笑う。

「不在の間は任せて! メリッサは安心してゆっくり身体を休めてね」
「こんな森の中一人じゃあ不安なこともあるでしょう。セノもここで暮らしたら良いじゃない。フランの料理は美味しいわよ、多分」
「いやいや……!」
「メリッサほど確証のない美味しい、はありませんね」
「えっと、レシピ通りだから多分大丈夫だよ……?」

 三人の視線がセノフォンテに集まる。セノフォンテは深緑色の髪を掻き乱して頬を赤く染めていた。

「いや、俺と二人暮らしは駄目だろ!」
「何が駄目なのです?」
「常識的に!」
「セノ、またフランを独りぼっちにするつもり?」

 メリッサの言葉に虚を突かれたように固まる。
 一瞬部屋が無音になった。

「…………フランは俺がいない方が良い?」
「ううん。私はセノと一緒にいたい。……一人で食べるご飯は美味しくないから」

 フラミーニアの屈託のない笑顔を見て、セノフォンテは覚悟を決めて息を吐き出した。

「ぅ…………分かったよ」

 セノフォンテの一言にフラミーニアの心が浮き足立った。嬉しいと言葉にすると、何故か「黙って」と怒られてしまった。

「セノが居るなら私も安心だわ。フラン、セノの変な匂いが家に染みつかないように、頻繁に香を焚いておいてね」
「おい」
「わかった! でもセノは変な匂いなんてしないよ?」
「フラミーニアさんはセノの匂いをよく嗅ぐのですか?」
「頬を擦り付ける時とか、抱っこした時とか、んんっ!」
「言い方! 語弊がありすぎる!」
「へぇーそれは是非とも見て記憶しておきたいですね」

 フラミーニアの鼻口を両手で塞いでくるセノフォンテの腕をパシパシと叩く。

「あっ、ごめん」
「うぅー、窒息するかと思った……」

 「こういうことよ」「成程、理解しました」と言い合うメリッサとアルトゥルを見て、再び顔を赤くしたセノフォンテが再び声を荒げていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

ある公爵令嬢の死に様

鈴木 桜
恋愛
彼女は生まれた時から死ぬことが決まっていた。 まもなく迎える18歳の誕生日、国を守るために神にささげられる生贄となる。 だが、彼女は言った。 「私は、死にたくないの。 ──悪いけど、付き合ってもらうわよ」 かくして始まった、強引で無茶な逃亡劇。 生真面目な騎士と、死にたくない令嬢が、少しずつ心を通わせながら 自分たちの運命と世界の秘密に向き合っていく──。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

処理中です...