稀有な魔法ですが、要らないので手放します

鶴れり

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【38】あなたと前だけを(8)

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 ピューッという口笛があちこちから聞こえてくる。「若いっていいねぇ」「愛だねぇ」と野次が飛ぶ。

 そんな周囲のことなんて気にも留めないフラミーニアは平然としたまま、セノフォンテに飾り付けられた箱を差し出した。

「セノ、これ……」
「~っ、ちょっと待った! 先に移動する!」
「ふぇっ」

 フラミーニアを抱き抱えたまま、セノフォンテは全力疾走で走り出した。驚くべき速さで町の通りを駆け抜け、森の中に入り、湧き水がある岩場まで移動する。

「はぁっはぁ……はぁ……」
「だ、大丈夫?」

 額から汗を流し、息を荒げるセノフォンテの背中をさする。

「あそこに、留まるほうがっ……むり……っ」
「ん? そうなの? なんか、ごめんね?」

 よくわからないがとりあえず謝っておく。
 息が落ち着いたセノフォンテは大胆に湧き水を飲むと、岩場に座ってフラミーニアと向かい合った。

「それ。俺にくれるの?」
「うん」

 箱を受け取り、リボンを解く様子をドキドキしながら見守る。

 金色に縁取られた丸い小ぶりな腕時計。黒色の革ベルトで引き締められ、男性らしくシンプルな色合いで纏まっていた。
 中身を見たセノフォンテは、取り出して早速左腕につけて見せてくれた。

「ありがとう。仕事の時も使えそうだよ」
「よかったぁ。安物だから、なにか作業するときにでも使ってね」
「大切にする。フランからの初めての贈り物だから」

 黒い革ベルトにそっと唇を寄せた。
 ひとつひとつ時を刻む針をじっと見つめる。
 フラミーニアはゆっくりと口を開いた。

「私ね、時計って嫌いだったの。屋根裏部屋にいたとき、一日に何回見ても針が進んでいなくて……まだ時間が経たないんだって、時計を見るたびに嫌になった」

 でも、と至近距離で金瞳と視線が交わる。
 ユラユラと揺れる金色が美しく煌る。

「屋根の上でセノと会うようになってからは、時計を見るのが楽しみになったの。あと何時間でセノに会えるって。屋敷を出てから、メリッサと過ごす時間は嘘みたいに早くて、あっという間に針が進んでいて。運び屋の鷹が来る時間にはいつもソワソワして。こんなに充実して楽しい日々が本当に嬉しかったんだ。……だから初めて自分で稼いだ給金は、セノとメリッサに時計を買うって決めていたの。受け取ってくれてありがと……」

 いい終わる前に視界が暗転する。
 力強い腕の力。フラミーニアよりも高い熱。顔を埋めた服からは嗅ぎ慣れた薬草の匂いがほんのりと香る。

「フランは、自分ばかり助けてもらってると思ってるかもしれないけど、そんな事ない。俺もメリッサも、何度もフランに助けられてる」
「そんな、こと……」
「俺はフランの笑顔に何度も救われてる」
「私、何にもしてないよ? なんにも、持ってないし……」

 王太子の側近として同年代の貴族男性からは嫉妬の眼差しを受け、貴族女性からは爵位を継がない欠陥物件だと蔑まれ、セノフォンテの代償を知る家族からは憐れみの目を向けられる。
 屈託のない笑顔と、真の親愛を向けられることがいかに居心地が良く幸福なことか。

 キョトンと目を丸くするフラミーニアは、きっとセノフォンテが伝えたいことの半分も伝わっていないのだろう。

 そんなフラミーニアが可愛くて愛おしい。
 セノフォンテは悪戯を思いついたような表情で訊ねた。

「キスしてもいい?」
「えっ」

 それを言い出すのはいつもフラミーニアの方だった。数少ない絵本やお伽噺を読んで、キスは愛を示す行為だと認識していたから、昔はよく犬に変化したセノフォンテに提案していた。今まで受け入れてもらえたことは一度もなかったのに。

「い、いよ?」

 黒瞳を右往左往させて頬を突き出したフラミーニアの顎を掴んで、唇に触れた。
 ちゅ、と軽やかな音色が鼓膜を揺らす。

「う……え……ぁ……」
「なに?」

 鼻先がぶつかり合う。
 正常運転のセノフォンテとは対照的に、フラミーニアは顔から火が出そうなほど真っ赤になった。

「だ、て。くち、に」
「うん」

 しどろもどろになって混乱するフラミーニアに追い討ちをかけるように再びキスをする。

「ん……!」

 先程よりも熱を持った唇を何度も触れ合わせると、心臓が握りつぶされたように痺れる。
 どうしたら良いのか混乱して、セノフォンテの服をぎゅっと握った。すると拘束していた腕が解かれる。

「せ、の……心臓、壊れちゃうよ……」
「ははっ、さっきの仕返し」
「私、ファーストキスなんだけど……」
「責任なら喜んでとるけど?」

 くしゃりと笑ったセノフォンテに再び胸が締め付けられた。

 なんかもう……色々と爆発してしまいそうだった。

「あ、やべ。本屋へ寄るんだったな。その前に何か食べるか。フランは何食べる?」
「……ナンデモイイデス」

 何もなかったかのように切り替わったセノフォンテを恨めしく見つめる。
 セノフォンテと居るといつもいつも心を掻き乱される。
 二人は手を取り、再び歩き始めた。
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