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【39】あなたと前だけを(9)
しおりを挟む今日はセノフォンテの帰りが遅い日。
日中は家事や薬作りに精を出し、日が暮れてからは一人静かな時間を過ごしていた。
「フランに一人で食事させてごめんな……」
仕事で帰宅が遅くなる日は決まってセノフォンテはそう言って悲しそうな顔をする。
仕事なのだから仕方のないことだし、いつまでも一人きりは嫌だなんて幼子のようなことを言ってはいられない。
それに本当の意味で『独りきり』ではないから。昔とは違うのだ。
そう説明してもセノフォンテは頑なに首を縦に振らない。おそらくフラミーニアから魔力を取ってしまったことへの責任を未だに感じているのだろう。何度も気にしなくて良いと言っているのに。
夜遅く疲れて帰宅するセノフォンテのために軽食を用意し、「セノお疲れ様。おやすみ」と書いたメモを添える。
フラミーニアは自室の寝台へ腰掛けながら、この間町で買った経営学の本を読んでいた。
商売の基本、交渉術、消費者の心理や行動など、テーマごとに纏められた本は簡潔で分かりやすい。
薬を作ることが出来るだけでは駄目だ。ただ闇雲に薬を作って売るだけでは商売は成り立たない。
需要を正確に把握し、それに合う供給をしていく。消費者の年齢に合わせて形状を粉末からシロップへ変えたり、甘味をつけたりといった創意工夫も必要なのだ。
嗜好品に比べ、日用品や医薬品は常に需要があり、安定した収入を得やすい。
例えメリッサやセノフォンテと離れて独り立ちすることになっても、後ろ盾や特筆した才能の無い女のフラミーニアでも、ある程度の生活は出来そうだ。
薬学の知識を授けてくれたメリッサには本当に頭が上がらない。
ーーカタ、と物音が聞こえた。
セノフォンテが帰宅したのだと自室を飛び出す。
「セノ、おかえり」
「ただいま。ごめん、起こしちゃった?」
「ううん。本を読んでたから。ご飯、温めるね」
「ありがとう。助かる」
白騎士服の隊服を脱ぎながらはぁ、と息を吐くセノフォンテから疲れを感じる。
軽食のスープを温め直す共に、疲れに効く薬草茶を煎じる。苦いのが苦手なセノフォンテの為に蜂蜜をひと匙加えた。
「疲れが取れる薬草茶作ったよ。甘くしておいたから」
「ん。ありがとな」
湯を浴びて身綺麗になったセノフォンテは食卓につき夜食を食べ進める。
「俺そんなに疲れてるように見えた?」
「少しね。こんな夜遅くまで仕事なんて、王太子さまの護衛は大変なんだね」
「まぁ、それなりに」
一瞬で食事を平らげたセノフォンテは思い出したように腰を上げた。なにやら荷を取りに行っているようだ。
「フラン。メリッサから手紙を預かったよ。あとアルトゥルお勧めの本も」
「わっ……! ありがとう!」
分厚い経営学の本と桃色の可愛らしい便箋を受け取る。
まずはメリッサからの手紙の封を開けた。
妊娠が発覚し、悪阻が重いメリッサは王城で療養中だ。初めての給金で買った懐中時計をセノフォンテ経由でメリッサに渡してもらったから、これはきっとそのお礼の文だろう。
フラミーニアの予想通り、懐中時計のお礼と現在の体調について書かれていた。
『体調不良は大分改善されて、短時間なら散歩も出来るようになってきたわ。最近は少しお腹が出てきて、体の中にもう一つ命があると実感が湧いてきて何だか不思議な気持ちよ。フランは元気にしてるかしら? もう暫くしたら一度そっちへ遊びに行くわ』
メリッサに会える……!
自然と満面の笑顔が溢れた。
悪阻の症状も落ち着いてきたようでホッと安堵する。
丁寧に手紙を仕舞うと、今度は経営学書を開いた。
ペラペラとページを捲り、ざっくりと内容を確認する。
前にセノフォンテと一緒に選んだ本よりも深く掘り下げた内容のようだ。前に買った本と読み比べながら勉強すると、より知識を深めることが出来そうだ。
何百ページとある本を軽く最後まで一通り目を通して、詳しく読むのは明日にしようと本を閉じる。そろそろ寝なければ。
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