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第四章 友人との、取るに足らない会話

次郎丸の話(4)

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 ひとしきり、くだらない、図書館の多々良さんに言わせれば地べたを這いずり回る豚の会話をしたところで、三郎は


「見られたくないもの、見てほしくない、こと。あるよな」


 なんて呟いた。

「多々良さんが多重人格でも、お前にとって、友達なのは変わりないだろ?」

 三郎は一つ頷き、あっけらかんと今までの会話はなんだったのかと問い詰めたくなる言葉を言った。


「ま、そんな可能性なんて、ないと思うけどな」

 どうやら、授業間の休み時間の暇つぶしのためだけに、ここまで大きく会話を広げたようである。

 そもそも。
 彼女と会った、最初の時間。
 
 三か月前の春の日、曇り空が視界を覆う中で、少々特別な出会い方をした僕と多々良さん。そんな彼女が偶然にも多重人格者だったなんてありうるはずがないのだ。
 
 三郎との、ありふれた冗談話なのに、なぜここまで考えているのか、と急に我に返り、教科書を机から取り出す。窓から入ってくる風に揺られ、ページがめくられる。
 
 
 多重人格説、意味をもたないジョークなど、頭の中から吹き飛ばしてしまえばいいのだ。そう、それこそが気の置けない友達との上手な付き合い方であり、友達、三郎との接し方だ。
 
 
 今までだって、数えきれないほどに冗談を言い合い、悪ふざけをしてきたのだから、それは間違ってはいない。
 
 ならば、僕と多々良さんの関係はなんなのだろうか。
 
 そもそも、彼女の完璧の皮をはがしたいと思ったのは、何がきっかけだっただろうか―――いや、これは明確に思い出せる。
 
 彼女の、顔が、ただ単純に見たいからなんだ。
 
 それって、どんな関係だったら説明がつくものなのだろうか。
 
 僕と多々良さんは友達ではないと思う。もちろん、恋人でもない。
 
 多重人格者と、平凡な人間?
 間違っていないと断言できるのは、僕が平凡な人間であるという事である。
 
 多々良さんは多重人格なぞではないはずである、そう、それは三郎の冗談なのだから。であれば僕と多々良さんの関係とは、何か。
 

 完璧と、凡人?
 しっくりこない。
 
 僕はきっと、凡人以下の存在なのだから、これ以下の言葉を探せばいいのだけれど、なかなかどうして思いつかない。
 
 くだらないことを考えている合間に、いつの間にかチャイムは鳴り響き、授業担任が教室に入ってきていた。


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