おやすみご飯

水宝玉

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不思議な店

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「…ご馳走様でした」

誰にともなく呟く。

完食。
完食してしまった。
もう米の一粒も残ってない。
…………満腹だ。

腹の底から満たされるって、こういう事なんだろう。
ただ腹にものを詰め込んでいた時とは違う、確かな充足感が体を満たしている。
そうだった。本当に食べたいと思って食べた時ってこんな感じだったな。
仕事の付き合いで高級な店に行く事だって無くはなかった。それは確かに美味かったけど、あくまでも仕事の一環だ。こんなにリラックスして、満たされた食事をしたのは本当に久しぶりだった。

「良い顔」

盆を下げに来た店主が満足そうな顔でニッコリと微笑んだ。

「………ご馳走さま、でした。あの、なんか……すげー美味かった………です。」

月並みな感想しか言えなかったけど。

空になったカウンターの上に新しい湯呑みが置かれた。今度はほうじ茶だ。香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「食べるって、生きるって事だと思うんですよ。………なんて、突然偉そうですけどね」
と言って店主は静かに笑った。
「ああ………なんとなく」
満ちた腹をさする。満ちた腹の中から暖かい空気が体全体を満たしていくようだった。
ほうじ茶を啜る。香ばしい暖かさにほっとする。




あれ。




ぽた。

ぽたぽたぽた。

「あれ………止まんない………」
蛇口が壊れたみたいに目からどんどん水が溢れて来た。

しゃくりあげるでもなく、ただただぽたぽたと落ちる涙を眺める。
ああ、なんだろう。俺、結構辛かったんだな。
驚くでも無く、慰めるでも無く、店主はただじっと微笑んでいた。

「……泣けたなら、もう大丈夫ですよ」

ふんわりした声が耳に届いて、思わずおしぼりで顔を覆った。
何かで抑えないと、子供みたいに泣きじゃくってしまいそうだった。
声を抑えて肩を震わせる俺の肩を、店主が軽くぽん、ぽんと叩く。
大丈夫、大丈夫。そう言ってくれるような手の温もりが酷く暖く感じた。




………………………ひとしきり、泣いて。




最後のお茶を飲み干して。




「………なんか、ほんと、すみませんでした。あの、お代は……その……本当にあれで………?」

「ええ、今日の分は頂きました。次からはきちんとお金で頂きますから、ご安心下さい。」
そういって、店主は少し悪戯っ子みたいに笑った。

「………おやすみなさい。良い夢を」
店主が綺麗なお辞儀で俺を見送ってくれた。


店の外に出るとまだ肌寒い風が、火照った頬を撫でた。


暖かい店の中はまるで温い夢の中にでも居たような時間だった。
狐に化かされたような気持ちで振り返ると、店の灯りは確かにそこにあって、ふんわりと優しい光を放っていた。

ふぁ。
不意に欠伸が出た。
なんだか酷く眠い。酒も飲んでいないのに。
もうずっとピリピリ張り詰めていた神経がふにゃふにゃに緩んでしまったみたいだった。

ああ、そう言えば有給、溜まってたな。

今の仕事が落ち着いたら少し纏まった休みでも取るか。
うーん、と伸びを一つ。


ああ、明日も頑張れる。


今夜は久しぶりによく眠れそうだ。
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