おやすみご飯

水宝玉

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不思議な店

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「おつかれさん」
常連の洋さんが私に声を掛けてきた。
「すみません、お気を使わせてしまいましたか?」
「なぁに。…さっきの兄ちゃん、すげーの背負ってたもんなぁ。もうまっっくろ。」

貸しな、と洋さんは店内にさりげなく祀られている神棚に置かれた、先程の青年から受け取ったタイピンを指して指をくいっと自分の方に向けた。

「ああ、アレくらいなら私の方で」
「良いよ、そん代わりコレ、もう一杯ご馳走してくれたら嬉しいなー、なんて」
「まぁ」
仕方ないですねえ、と洋さんが好んで飲む日本酒を升に入ったコップの中に升から溢れるほどたっぷりと注いだ。
洋さんは一口酒を啜り、コップを升の中から取り出す。

コト、と豆皿に塩を盛って添え、白い絹に載せた先程のタイピンをカウンターに置くと、洋さんはおもむろに2本の指先を升の中の日本酒に漬け、その指で塩に触れた。
そのまま絹の四隅に触れ、簡易的な陣を描く。
2本の指で器用に四隅でタイピンを包み、その上から塩を振りかける。
ジュワ、と小さな音がすると、洋さんはニィ、と笑って絹の端を摘んでヒラヒラと振った。
タイピンはもうどこにも見当たらない。

「相変わらず鮮やかですねぇ」
差し出された升を受け取り、この分、追加します?と聞くと洋さんは小さく頭を振った。
「これで良いよ。しかし、最近増えたねえ」
「まぁ、此所に来るのは稀ですけどねぇ。それでも偶には見掛けますから」
「まぁ、人の業ってやつかね」
そう言って洋さんはちびり、と酒を呑みからりと笑う。
「そう。善意だけじゃおマンマは食えないんですよね」
洋さんの手から絹を受け取り、親指と人差し指で円を作った中にふわりと被せ、その中に升の酒を注ぐ。
酒の重みに合わせて少しずつ円を狭め、注ぎ切った所で円を絞り切る。
再び絹をひらけばそこには円球状の翠玉が一つ。
「相変わらず鮮やかだねぇ」
グビリ。洋さんが酒で喉を鳴らす。

「凄いですね、洋さん達、手品出来るんですか?」
もっと見せて!とせがむ客の一人にふんわりと笑顔を返す。気が向いたらな、と洋さんはヒラヒラ手を振る。

夜は深いが、朝まではまだ遠い。
店のドアがカランと鳴った。
「いらっしゃいませ、こんばんわ」

今日も更に夜は更けていく。
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