5 / 41
第一章 王子様のプロポーズ
④
しおりを挟む
荒い息を吐きながら、思考を巡らす。
違う、エレベーターで先に降りて私を待ち伏せする気だ。
たしかに階段を下りるより、エレベーターの方が早い。考えてみれば当然のことだ。
エレベーターが先か、私が下りるのが先か……。
気がついたら、もう十階分以上は下りていた。エレベーターより先に一階に着く可能性もある。でも、さすがに体力が限界で足が悲鳴を上げている。
ここは確実に勝ちを手に入れよう。
私の頭の中では、勝ち負けになっていた。社長から逃げ切れたら私の勝ち。負けの許されない戦いだ。
フロアに戻り、廊下の反対側へと走る。非常扉を開け、外階段を下りる。ストッキングを履いているとはいえ、ほぼ裸足。コンクリートの冷たさが足裏を突き刺す。
無事に地上に降りたち、オフィスビルをあとにした。
(……勝った)
自分の勝ちを確信したら、どっと疲れが溢れ出てきた。二十三階からノンストップで駆け下りた。火事場の馬鹿力だったのかもしれない。足が疲労で震えている。
ほぼ裸足で歩道を歩きながら、さてどうやって帰ろうかと考える。
暗い夜道は人通りが少ないので、裸足で歩いていても気付かれることはないけれど、明るい電車のホームに入ったらさすがにぎょっとされるだろう。
タクシーか。出費が痛いな。
ただでさえお金がないのに。でも、社長に見つからなかっただけマシと思おう。
タクシーを停めるために立ち止まって車道を見ていると、一台の黒い車が私の前に停まった。
え、これタクシー?
停まったのは、先端にエンブレムがついた黒塗りの高級外車。
戸惑っていると、運転席の窓ガラスが開いた。
「こんな夜中に、裸足でどうしました?」
柔和な声の品がいい三十代中頃くらいの男性だった。甘い顔立ちで眼鏡をかけている。
「いや、あの、ちょっと脱ぎ落としてしまって……」
「へえ、シンデレラみたいですね」
「いやあ、あははは」
満更でもなさそうな顔で照れ笑いをしていると、後部座席の窓ガラスが下りていった。
「なにがシンデレラだ、こんな色気のない靴」
後部座席に座っていた人物は、黒のリクルートパンプスを掲げて言った。
「あ……あ、あ……」
声にならない驚きと恐怖で固まっている私に、その男はさらに追い打ちをかける。
「おい、もう逃げようなんて思うなよ? 逃げたって無駄だからな」
黒の高級車の後部座席に乗っていた人物は、紛れもなく社長だった。
蛇に睨まれたカエルのように怯えている私を見て、不敵な笑みを浮かべている。
(負けたのは、私だった……)
「とりあえず、乗れ」
後部座席のドアが自動で開いた。
終わった……。
パトカーで連行される罪人のような気持ちだ。逃げたい、でも逃げられない。
仕方なく私は全てを諦めて、車に乗り込んだ。
社長と隣同士、並んで腰かけることになった私。パンプスは返してもらえたので、靴は履いている。
さすがは高級車。後部座席はゆったりと広い空間だったのでパーソナルスペースは守られている。ついでに座り心地も抜群だ。
沈黙の気まずい空気は嫌だったので、私から話し出した。
「あの、この度は、逃げるような形になってしまって申し訳ありませんでした」
「逃げるような形? 完全に逃げていただろ」
社長は呆れるような物言いだった。
「いや、遅くまで残業するなと言われていたので、怒られると思いまして……」
「まあ、たしかに遅すぎる時間帯だな。なにをしていた?」
「仕事がたくさん残っていました。仕事ができないと思われるのが嫌で、みんなが帰ったあとにこっそりやっていました」
「タイムカードは?」
「退勤打刻をタップして、いったん家に帰ったあとに再び会社に来ました」
もう全て話してしまった方がいいと思って、嘘をつかず正直に話した。
「それじゃ残業代つかないだろ。駄目だろ、それは」
「はい、おっしゃる通りです」
社長は足を組み、なにやら考え込むように、顎に手を当てていた。
「なるほどな……」
「あの……私、クビですか?」
怯える目で、社長を見つめる。
大丈夫ですよね? 一流企業が、まさかこんなことで社員をクビにするわけ……。
「それは、お前次第だな」
「私次第?」
え、どういうこと?
さすがにこの程度で本当にクビになるとは思っていなかったのに、まさかのクビっていうパターンもあるの?
「実は、今日、いや昨日の俺には、ある重大なミッションが課せられていた」
「は、はあ……」
運転手さんが興味深そうに私たちをバックミラーで見ているのがわかった。
「俺は、昨日中に、結婚相手を見つけなければいけなかった」
「へえ、それは大変ですね」
社長の結婚相手探しなんて心底どうでもいい。携帯を取り出して、ネットサーフィンしたくなるほど、興味のない話題だ。
「正直、もう無理かなと思って諦めていた」
「そうですか」
本気でどうでもいい。私の話はまだだろうか。
「そしたら、お前が期限ギリギリの時間に現れた」
ん? この流れ、どういうこと?
私、このどうでもいい話題に関係してくるの?
「お前にしようと思う」
「……はい?」
「お前、俺と結婚しろ」
「はあ⁉」
眉間に皺を寄せて、思いっきり不快感を表す大きな声が出た。
まずい、つい素が出てしまった。相手は社長だというのに。
いや、でも、そりゃ取り乱すでしょうよ。
結婚しろと言われたら、誰だって取り乱すでしょうよ⁉
「ああ、そうきましたか!」
運転手さんはなにやら愉快そうにハンドルを軽く叩いた。
違う、エレベーターで先に降りて私を待ち伏せする気だ。
たしかに階段を下りるより、エレベーターの方が早い。考えてみれば当然のことだ。
エレベーターが先か、私が下りるのが先か……。
気がついたら、もう十階分以上は下りていた。エレベーターより先に一階に着く可能性もある。でも、さすがに体力が限界で足が悲鳴を上げている。
ここは確実に勝ちを手に入れよう。
私の頭の中では、勝ち負けになっていた。社長から逃げ切れたら私の勝ち。負けの許されない戦いだ。
フロアに戻り、廊下の反対側へと走る。非常扉を開け、外階段を下りる。ストッキングを履いているとはいえ、ほぼ裸足。コンクリートの冷たさが足裏を突き刺す。
無事に地上に降りたち、オフィスビルをあとにした。
(……勝った)
自分の勝ちを確信したら、どっと疲れが溢れ出てきた。二十三階からノンストップで駆け下りた。火事場の馬鹿力だったのかもしれない。足が疲労で震えている。
ほぼ裸足で歩道を歩きながら、さてどうやって帰ろうかと考える。
暗い夜道は人通りが少ないので、裸足で歩いていても気付かれることはないけれど、明るい電車のホームに入ったらさすがにぎょっとされるだろう。
タクシーか。出費が痛いな。
ただでさえお金がないのに。でも、社長に見つからなかっただけマシと思おう。
タクシーを停めるために立ち止まって車道を見ていると、一台の黒い車が私の前に停まった。
え、これタクシー?
停まったのは、先端にエンブレムがついた黒塗りの高級外車。
戸惑っていると、運転席の窓ガラスが開いた。
「こんな夜中に、裸足でどうしました?」
柔和な声の品がいい三十代中頃くらいの男性だった。甘い顔立ちで眼鏡をかけている。
「いや、あの、ちょっと脱ぎ落としてしまって……」
「へえ、シンデレラみたいですね」
「いやあ、あははは」
満更でもなさそうな顔で照れ笑いをしていると、後部座席の窓ガラスが下りていった。
「なにがシンデレラだ、こんな色気のない靴」
後部座席に座っていた人物は、黒のリクルートパンプスを掲げて言った。
「あ……あ、あ……」
声にならない驚きと恐怖で固まっている私に、その男はさらに追い打ちをかける。
「おい、もう逃げようなんて思うなよ? 逃げたって無駄だからな」
黒の高級車の後部座席に乗っていた人物は、紛れもなく社長だった。
蛇に睨まれたカエルのように怯えている私を見て、不敵な笑みを浮かべている。
(負けたのは、私だった……)
「とりあえず、乗れ」
後部座席のドアが自動で開いた。
終わった……。
パトカーで連行される罪人のような気持ちだ。逃げたい、でも逃げられない。
仕方なく私は全てを諦めて、車に乗り込んだ。
社長と隣同士、並んで腰かけることになった私。パンプスは返してもらえたので、靴は履いている。
さすがは高級車。後部座席はゆったりと広い空間だったのでパーソナルスペースは守られている。ついでに座り心地も抜群だ。
沈黙の気まずい空気は嫌だったので、私から話し出した。
「あの、この度は、逃げるような形になってしまって申し訳ありませんでした」
「逃げるような形? 完全に逃げていただろ」
社長は呆れるような物言いだった。
「いや、遅くまで残業するなと言われていたので、怒られると思いまして……」
「まあ、たしかに遅すぎる時間帯だな。なにをしていた?」
「仕事がたくさん残っていました。仕事ができないと思われるのが嫌で、みんなが帰ったあとにこっそりやっていました」
「タイムカードは?」
「退勤打刻をタップして、いったん家に帰ったあとに再び会社に来ました」
もう全て話してしまった方がいいと思って、嘘をつかず正直に話した。
「それじゃ残業代つかないだろ。駄目だろ、それは」
「はい、おっしゃる通りです」
社長は足を組み、なにやら考え込むように、顎に手を当てていた。
「なるほどな……」
「あの……私、クビですか?」
怯える目で、社長を見つめる。
大丈夫ですよね? 一流企業が、まさかこんなことで社員をクビにするわけ……。
「それは、お前次第だな」
「私次第?」
え、どういうこと?
さすがにこの程度で本当にクビになるとは思っていなかったのに、まさかのクビっていうパターンもあるの?
「実は、今日、いや昨日の俺には、ある重大なミッションが課せられていた」
「は、はあ……」
運転手さんが興味深そうに私たちをバックミラーで見ているのがわかった。
「俺は、昨日中に、結婚相手を見つけなければいけなかった」
「へえ、それは大変ですね」
社長の結婚相手探しなんて心底どうでもいい。携帯を取り出して、ネットサーフィンしたくなるほど、興味のない話題だ。
「正直、もう無理かなと思って諦めていた」
「そうですか」
本気でどうでもいい。私の話はまだだろうか。
「そしたら、お前が期限ギリギリの時間に現れた」
ん? この流れ、どういうこと?
私、このどうでもいい話題に関係してくるの?
「お前にしようと思う」
「……はい?」
「お前、俺と結婚しろ」
「はあ⁉」
眉間に皺を寄せて、思いっきり不快感を表す大きな声が出た。
まずい、つい素が出てしまった。相手は社長だというのに。
いや、でも、そりゃ取り乱すでしょうよ。
結婚しろと言われたら、誰だって取り乱すでしょうよ⁉
「ああ、そうきましたか!」
運転手さんはなにやら愉快そうにハンドルを軽く叩いた。
23
あなたにおすすめの小説
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
ストーカーに狙われたので歳上騎士様に護衛をお願いしました。
ねーさん
恋愛
「氷の彫刻」と呼ばれる美貌の兄を持つ公爵令嬢のクラリッサは不審な視線に悩まされていた。
卒業を二日後に控えた朝、教室のクラリッサの机に置かれた一通の偏執狂者からの手紙。
親友イブを通じてイブの婚約者、近衛騎士団第四分団員のジョーンズに相談すると、第四分団長ネイトがクラリッサのパートナーとして卒業パーティーに出席してくれる事になって───
〈注〉
このお話は「婚約者が記憶喪失になりました。」と「元騎士の歳上公爵様がまさかの××でした!?」の続編になります。
ホストと女医は診察室で
星野しずく
恋愛
町田慶子は開業したばかりのクリニックで忙しい毎日を送っていた。ある日クリニックに招かれざる客、歌舞伎町のホスト、聖夜が後輩の真也に連れられてやってきた。聖夜の強引な誘いを断れず、慶子は初めてホストクラブを訪れる。しかし、その日の夜、慶子が目覚めたのは…、なぜか聖夜と二人きりのホテルの一室だった…。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
恋色メール 元婚約者がなぜか追いかけてきました
國樹田 樹
恋愛
婚約者と別れ、支店へと異動願いを出した千尋。
しかし三か月が経った今、本社から応援として出向してきたのは―――別れたはずの、婚約者だった。
Marry Me?
美凪ましろ
恋愛
――あの日、王子様があたしの目の前に現れた。
仕事が忙しいアパレル店員の彼女と、王子系美青年の恋物語。
不定期更新。たぶん、全年齢でいけるはず。
※ダイレクトな性描写はありませんが、ややそっち系のトークをする場面があります。
※彼の過去だけ、ダークな描写があります。
■画像は、イトノコさまの作品です。
https://www.pixiv.net/artworks/85809405
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
結婚する事に決めたから
KONAN
恋愛
私は既婚者です。
新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。
まずは、離婚してから行動を起こします。
主な登場人物
東條なお
似ている芸能人
○原隼人さん
32歳既婚。
中学、高校はテニス部
電気工事の資格と実務経験あり。
車、バイク、船の免許を持っている。
現在、新聞販売店所長代理。
趣味はイカ釣り。
竹田みさき
似ている芸能人
○野芽衣さん
32歳未婚、シングルマザー
医療事務
息子1人
親分(大島)
似ている芸能人
○田新太さん
70代
施設の送迎運転手
板金屋(大倉)
似ている芸能人
○藤大樹さん
23歳
介護助手
理学療法士になる為、勉強中
よっしー課長(吉本)
似ている芸能人
○倉涼子さん
施設医療事務課長
登山が趣味
o谷事務長
○重豊さん
施設医療事務事務長
腰痛持ち
池さん
似ている芸能人
○田あき子さん
居宅部門管理者
看護師
下山さん(ともさん)
似ている芸能人
○地真央さん
医療事務
息子と娘はテニス選手
t助
似ている芸能人
○ツオくん(アニメ)
施設医療事務事務長
o谷事務長異動後の事務長
雄一郎 ゆういちろう
似ている芸能人
○鹿央士さん
弟の同級生
中学テニス部
高校陸上部
大学帰宅部
髪の赤い看護師(川木えみ)
似ている芸能人
○田來未さん
准看護師
ヤンキー
怖い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる