シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜

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第十ニ章 きっと運命だった

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 大翔に救出された私は、彼の腕の中で昔の記憶を思い出した。

 自殺しにやってきたという、ちょっと生意気な男の子。どうして忘れていたのだろう。私の初恋の相手だったのに。

 あれから辛いことがあっても、あの子も頑張っているのだから、自分も頑張ろうと思って踏ん張ってきた。

 でも、どんどん記憶が薄れていって、大好きだったお母さんとの思い出も、優しかったお父さんの姿も、そして初恋だった男の子すら思い出せなくなっていた。

「大翔、私、どうしてこんな風になっちゃったのかな」

 大翔の顔を見上げながら、自然と涙が零れていた。

「私、昔はもっと強かったのに」

 涙が溢れて止まらない。

『自分の力で幸せを掴み取ってみせる』と言ったのは、私だったのに。

『意地でも死んでやらない』って大口叩いておいて、まるで死に場所を探しているかのようにさまよっていたなんて。

「弱くていい、俺が守るから」

 そう言って、大翔は私を優しく抱きしめた。

「大翔、ごめんね。突然いなくなったりして」

「大丈夫、どこに行ったって、俺が見つけるから」

「離婚届けも……」

「うん、あれ、燃やしといたから」

 え……燃や……燃やしたの?

 なんでもないことのようにさらりと言われて、もし私が本当に離婚したくなっても燃やすのだろうかと心配になった。でも、大翔と本気で離婚したいなんて思う日は来ないと、確信めいた自信がある。

「私、お父さんに言われると反抗できなくなっちゃうの。嫌われるのが怖くて。昔みたいに優しくしてほしくて。でも、今回のことでわかった。私がどんなに尽くしても、お父さんは私を見てくれないって。愛されていないって現実を受け止めたら、なんか、わけわかんなくなっちゃって」

「それは、捺美が悪いわけじゃない。脳なのか心なのか、俺にはよくわからないけど、傷跡が悪化して暴走しただけだから」

「暴走?」

 不思議そうに見上げると、大翔は全てをわかっているような顔をして言った。

「骨折したら歩けなくなるだろ。心だって同じだよ。どんなに強い人間でも、どんなに理性ではわかっていても、正しい行動がとれなくなる。どんなに屈強な男でも、骨折しているのに根性で歩けって言っても無理なのと一緒なんだよ。捺美は悪くない。俺が、これからもずっと捺美を守り続けるから」

 そう言って大翔は再び私を強く抱きしめた。

 突然出て行ったから、大翔はとても怒っていると思っていた。こんな最低なことをして、許してもらえるなんて思ってもみなかった。

 私の居場所は、大翔の側にある。大丈夫、私は一人じゃない。私を愛してくれる人はここにいる。

 そう思うと、心の奥側から温かくなってだんだん力が湧いてくる。

 大翔の優しさに甘えるだけじゃ駄目だ。私はちゃんと向き合って、自らの手で呪縛を断ち切らなければいけない。そうじゃなければ、また同じ過ちを犯してしまうかもしれない。

「私、お父さんにちゃんと自分の気持ちを伝えたい」

「でも、もしもまた戻ってこいって言われたら?」

 大翔はとても不安そうな表情を浮かべた。

「戻らないって言う。私の幸せな場所は、大翔の隣だって伝えないと。わかってもらえるかは自信ないけど、そうしないと先に進めない気がする」

 私の強い意志を感じたらしい大翔は、しばらくの間黙り込んで、決心したように口を開いた。

「わかった。ただ、その場には俺も同席させてくれ」

 私はゆっくりと頷いた。

「大翔が側にいてくれた方が、勇気が出ると思う」

 大翔は優しく微笑んで、私の頭をなでた。心が満たされて、どんどん本来の自分に戻っていくような気がした。

 その後、大翔はすぐに高城さんに連絡して、私と一緒にいることを伝えた。

 お腹が空いていたので、駅前のレストランでご飯を食べたあとは、タクシーに乗って帰ることになった。

 お腹も満たされ、今まで張りつめていた緊張感から解放されると、急激な眠気が襲ってきた。うつらうつらしている私に気がついた大翔は、「寝ておけ」と言って、自分の肩に私の頭を寄せた。

 優しさに甘えて目を瞑る。大翔の側にいる安心感に包まれると、もう二度と同じ過ちはしないと心に誓った。

「着いたぞ」

 すっかり熟睡し、目を開けると、タクシーは会社のエントランスに停まっていた。もう外は暗くなっている。

 てっきり大翔の家に向かっていたと思っていた私は、不思議そうな顔で大翔を見つめた。

「捺美のお父さんが、会社にいるらしい。家に捺美がいないことを知って、大慌てで探していたそうだ。捺美にとても会いたがっている。どうする? また今度にするか?」

 途端に心臓の鼓動は大きく急速に脈打った。

(怒られるかもしれない。怖い……)

 もう大丈夫だって思っていたばかりなのに、身体が全力で拒絶している。逃げ出したい気持ちを振り払うかのように、軽く頭を振った。

「大丈夫。向き合うって決めたから」

 大翔の目を真っ直ぐに見つめて、力強く言う。大翔は心配そうな顔をしながらも、私の背中に手を回してエスコートするように歩き出した。

「捺美のお父さんは社長室で待っている」

 私は一人じゃない。大翔が側にいる。大翔とずっと一緒にいるためにも、戦わなきゃいけない。弱い自分と呪縛の鎖はあの崖に捨ててきた。私は生まれ変わって、自分の人生を生きる。

 社長室に入ると、高城さんとお父さんが対面する形で応接のソファに座っていた。大翔が声をかけると、お父さんはゆっくりと振り返った。そして、大翔の後ろに私がいることが見えると、お父さんは血相を変えて立ち上がった。

「どうして黙って出て行った。それに、その男とは離婚したのではなかったのか⁉」

 怒りに震えながら詰め寄るお父さんを見て、高城さんがうろたえていた。

「お父さん、私、大翔とは離婚しない。私はもう二度と実家には帰らない」

 言いきった私に、高城さんは驚いた様子で感動していた。でも、お父さんには怒りに火を注がれる形になったようで、カッとなったお父さんは手を上げた。

(ぶたれる!)

 肩に力を入れて、瞼をぎゅっと閉じた。頬に強い衝撃を受けることを覚悟したけれど、一向に痛みはやってこない。怖る怖る目を開けると、大翔がお父さんの手を掴んでいた。

「俺の大事な妻です。たとえお義父さんであっても、傷つけることは許しません」

「なにがお義父さんだ! 結婚の挨拶もしにこなかったくせに! 離せ、俺はお前たちの結婚を認めていない!」

 大翔はお父さんの手を離したけれど、私に再び危害を与えようとしたときは、すぐに守れるように注意深くお父さんを見ていた。

「まあまあ、とりあえず落ち着いて。立ち話もなんですから、座って話しましょう」

 高城さんが促し、みんなが席に着いた。座れば距離ができるし、そうそう殴られるような展開にはならない。

 お父さんは、大翔の顔を見るのも嫌な様子で、身体を背けていた。すると大翔は立ち上がって、深々と礼をした。

「結婚のご挨拶もせず、大変申し訳ありませんでした」

 急に謝った大翔に、お父さんは驚いた様子だったけれど、すぐに体勢を大翔の方へ向け怒りを露わにした。

「謝って済む問題ではない。親の許可も得ず、勝手に娘と結婚するような失礼な奴に、娘を預けられるわけがない」

「違うの、それは私が……」

 お父さんに反論しようとすると、大翔が優しく私を制した。

「いい、悪いのは俺だから。お父さんが言っているのは正論だ。反対に合うとわかっていても、しっかりけじめをつけておくべきだった」

 大翔が形だけではなく、心からの謝辞を述べているとわかったお父さんは、黙ってソファに深く腰をかけた。

「……結婚そのものに反対しているというわけではない」

 お父さんは消え入るような小さな声で呟いた。私と大翔は驚いて目を見張る。

「結婚式にも招待されなかった。捺美の結婚式に出席するのはお父さんの夢だった」

 お父さんの声が少し震えていた。私たちとは目を合わせずに独り言のように呟いたお父さんの本音におもわず胸が痛くなった。

「ごめんなさい」

 自然と謝っていた。お父さんがそんなふうに思って傷ついていたなんて知らなかった。

「結婚に反対じゃないというなら、捺美と一緒にいてもいいってことですよね?」

 大翔が嬉々として聞くと、お父さんは不快な様子で眉ひそめた。

「すぐにということではない。捺美は実家に必要な存在だ。別居という形なら、認めてやらなくはない」

 なにを言っているの?

 娘を思いやるお父さんらしい発言をしたと思ったら、私は実家に必要な存在だから、実家から出ることは許さないってこと?

 怒りで身体が震えてくる。

「私は実家には戻らない。実家にいて幸せだなんて思ったことは一度もない。あそこは私にとっては地獄なの」

「家事をやるのはたしかに負担かもしれないが、その家事能力があるから御曹司と結婚できて、根性や体力がついて大企業に就職もできたのだろ。捺美の力になっているじゃないか」

 どうしてそんな思考回路になるのだろう。こんな酷いことを押しつけてきたのに、さらに恩着せがましいことを言ってくる。私がどんなに傷ついていたかなんて想像もできないの?

「お言葉ですが、僕が捺美さんと結婚したのは家事能力があるからじゃありませんよ。結婚に家事能力は求めていません。僕は家政婦が欲しかったわけじゃない。捺美さんという女性を愛しているからです」

 冷え切った心が、温まっていく。大丈夫、私は呪縛を断ち切ってみせる。

「私は実家には戻らない。どうしても戻らなくちゃいけない状況になったら、私は死を選ぶ。それくらい、私にとって実家は地獄なの」

「死を選ぶっておおげさな」

 お父さんは私の言葉に鼻で笑った。

「本当よ。私は今日、死ぬつもりで実家を出たの。本当は死にたくなかったけれど、もうそれしか逃れるすべがないとさまよっていたところを大翔が救ってくれた」

 私の言葉に高城さんはぎょっとした表情をしていて、お父さんは驚いているのか口を開いたまま固まっていた。

「その話は本当です。僭越ながら言わせていただくと、お父さんは捺美の心の傷に気づくべきです」

 お父さんは両手を組み、目を泳がせながら下を向いた。

「だから私は実家には戻らない。もう二度と」

 はっきりと宣言した私に、お父さんはもうなにも言わなかった。ひどく動揺している様子で、顔が真っ青になっていた。

「さようなら、お父さん。私はもう、お父さんには会わない」

 私は立ち上がってお父さんに背を向けた。その後ろを寄り添うように大翔が続く。

(言えた……!)

 小刻みに震える足で、社長室を出る。私はようやく、実家の呪縛から解放された。

 お父さんは高城さんに任せ、私と大翔はタクシーに乗って家に帰った。

車の中でも外でも、大翔はずっと私の手を握っていた。いわゆる恋人繋ぎで、指をしっかりと絡め、まるでもう二度と離さないと言外に伝えているようだった。

久しぶりのマンション。もう二度と戻ってこられないと思っていただけに感慨深いものがある。オートロックドアを開け、広い玄関に入る。

私には不釣り合いだと思っていたこの場所が、私の帰る場所となった。

手を繋いでリビングへと歩く。その間、なぜか二人とも話そうとしなかった。私は胸がいっぱいで話せなかっただけだけれど、大翔はなぜだろう。大翔の横顔を見ると、大翔も感極まった顔をしていたので、もしかしたら同じ気持ちなのかもしれない。

 暗く静かなリビングに明かりをつける。いつも通り整然としていて、だだっ広い。実家のリビングの倍以上の広さはある。

「捺美がいるだけで、違う家に帰ってきたみたいだ」

 零すように大翔が呟いた。

「どう違うの?」

「温かみを感じる。家も捺美が帰ってきて喜んでいるよ」

 そうだったらいいなと思った。同時に、いきなり出て行ってごめんなさいとも思った。

「ただいま」

 部屋全体に向かって声をかけた。ここが、私の帰る場所だ。

 笑顔で家に挨拶をした私を見て、大翔の目がほんのり赤く潤んでいた。

「捺美、おかえり」

 大翔は私をぎゅっと抱きしめた。腕に力がこもっている。たくさん傷つけたし、たくさん心配をかけさせたのだと思う。それなのに私を無条件の愛で受け入れてくれる。

 大好きな気持ちが溢れだして、胸がいっぱいになった。心が震えて、自然と涙が込み上げてきた。

 もう二度と出て行くことはない。大翔の側を離れない。

「ただいま、大翔」


【完】
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