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そして王位継承へ向けての夜が明ける

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 今の俺は強い。俺には力がある。闇の魔法で簡単に敵を捻り潰せる。(殺せはしないけど) そして俺が怒りの感情を発すると、どうも周りにそれが伝わるようで何故か誰も俺に近付いて来なかった。
 あの魔物でさえも動きを止めた。今まで誰に対しても強い怒りを感じた事はなかったが。あの瞬間、俺は俺じゃないみたいだった。

「レクセル!」

 あの場を去った時。誰一人として俺達を追ってくる者はいなかったのだが、声の主はなんとマルコだった。
 ギルドで有名な冒険者とか何とか言っても、所詮今では国王の為に戦う兵士でしかない。母さんを殺したブッシュの仲間であり、母さんを踏みつけた王国の兵達と同じだ。

「レクセル。話を聞いてくれ」

「何しに来たんです、マルコさん。俺はあなたの事も許さない。この国の為に戦う奴は全て敵だ。それ以上近付かないでください。今ここで殺してしまいそうになりますから」

「国を相手にするって本気なのか? 今のお前は別人じゃないか。ブッシュがした事は仕方ないんだ! あの状況じゃ誰だってお前達を攻撃した。いや、するしかなかったんだよ」

 怒りがこみ上げた。攻撃するしかなかった? 無抵抗な俺達を攻撃する必要があったのか。無抵抗な母さんを……。再び怒りが込み上げた。
 俺は感情のままマルコを魔力で宙に持ち上げる。彼の衣類が引っ張られる事で、彼の首が絞まっているようだが、もはや何の感情も湧かない。

「や、やめて……くれ、れ、れくせ……」

「このまま首吊りにしますか? 俺は魔力でマルコさんを宙吊りしてるだけです。結果的に首が絞まって死ぬのはで、俺の攻撃のうちには入らない。つまり、これなら殺せるんですよ」

「な、何を……言ってる……んだ」

 殺そう。一瞬は、そう思ったが。やはりこんなやり方はダメだ。母さんが死んだあの場にいた全員を俺に謝罪させ、命乞いさせて────そして、殺してやる。
 そうじゃないと母さんの死は報われない。やつらを精神的に追い詰めないと俺の心は晴れないのだ。

 マルコがドサッと地面に落ちた。今の俺は憎悪に満ちているのだろう。ルカはそんな俺を何処か切ない目で見ていた。まるで母さんに見詰められているかのように自己嫌悪に陥った。

「ご主人様。もう行きましょう」

 ルカの言葉で俺はその場を後にした。もたもたしていて騎士団の本部隊に来られたら面倒だという事もある。早くバリアンテを離れよう。
 やがて、グレイピットとジルクレイアが合流。レプトを倒した事を伝えるとグレイピットは直ぐに俺達を転移させた。行き先は勿論、ゼッシュゲルトの王都。


 
 バリアンテを離れると俺の気持ちも不思議と落ち着いた。感情をコントロール出来るようにしないと今に暴走してしまいそうだ。

「では。人間はここから先、ジルクレイアに……」

「まて、グレイピット。ルカも連れていく、彼女は俺の仲間だ。異論は許さない」

 グレイピットは一瞬ルカを睨み付けたが、黙って俺に頭を下げた。今の俺には何故かルカが側にいる事が必要な気がする。じゃないと俺は何か大きな間違いを起こしてしまいそうな気がした。

「じゃ。あたしはここでバイバイだね」

「ジルクレイア。あなたは既に私の部下です。直ぐに呼んだら来れるように街から勝手に出ない事です」

 ジルクレイアはブツブツ言いながら街の中に消えていった。あいつもなかなか災難だ。
 そして俺達三人が王城の中に入ると、殆んどの者がルカに視線を向ける事に気付いた。やはり魔族には人間が異質なものに見えるようで、威嚇するように彼女を睨み付けていた。
 そのせいでルカは少し小さくなっている。やはり彼女にはこの場所は負担だったかもしれない。


「よくぞレプトを倒したぞよ。報告は既にジュリアから受けておるぞい。いよいよ明日の昼、王位継承の儀を行うぞ。それまで城の部屋で休まれるがよいぞよ」

 玉座の横には、いつもこのじいさんがいる。確か、ヒューラー大臣だったか。魔王になる条件を満たした、と言った時にクシャクシャの笑顔を見せたのが少し意外だった。前に来た時はあまり表情を出さなかったからだ。
 そういえば彼は一体何歳なのだろう? 比較的見た目の若い魔族でも百年以上生きているらしいので、老いぼれじいさんに見える彼は数百年は生きているのかもしれない。
 俺はこの国の事を何も知らないな。そんな俺が魔王とか本当になれるのか。というか本当にこんな感じで魔王が決まってしまうのか? 

「ヒューラー大臣。一つ聞きたいのですが。どうしてあなたは魔王をやらないのですか?」

「ホッホッ。魔王は推薦者レコメンダーにより候補者を決めて選ぶものぞ。ワシは選ばれん。明日からは、そなたが若き魔王となる。心して玉座に座るがよいぞよ。敢えて答えるなら、魔王様に仕えるは全魔族至高の喜び。ワシは生涯、喜びを得る立場でいたいのだぞい」

 ヒューラーは魔王に仕える為に、魔王になりたくないという事か。仕える事が全魔族の喜びか──そんな感情を抱く人間はどれだけいるのだろうか? 

 城の者に部屋を案内されて俺は驚いた。その部屋はかなり広大な部屋で、その部屋には真ん中に一つ無駄に大きなベッドだけがある。つまり王の寝室といった所か。そのベットに思わず俺は寝転んだ。かなり疲れていたのだろう。おそらく精神的な部分が殆んどだと思うが。

「では、レクセル様。明日の朝に再び参りますので、ごゆっくりお休みください。この人間にも別に部屋がありますのでご安心を」

「グレイピット。ルカの事をそんなに嫌うなよ。同じ仲間なんだから。俺だって人間として生きて来たんだし、この街にも人間は暮らしているだろ」

「はい。別に人間がそこまで嫌いなわけではありません。ただ、人間の分際でレクセル様に特別な好意を抱いているようなので気にいらないだけです」

「な、何を言い出すんですか。グレイピットさん! 私そんな事一言も言ってないのに」

 本当に突然何を言い出すのやら。しかも言うだけ言ってグレイピットは部屋を出て行った。ルカも赤い顔をしてグレイピットを追いかけて行った。ルカが顔を赤くして怒るのは珍しい光景だ。
 扉の向こうではルカがグレイピットに大きな声でまだ何か言ってるのが聞こえる。あいつら少し仲良く出来ないのか? と、そんな事を考えていたが、やがて俺は柔らかなベットに意識を奪われていった。



「おはようございます。レクセル様……いえ、魔王様」

 耳元で囁く女性の声で目を覚ました俺は、目の前のグレイピットの姿に目を疑った。

「おい、グレイピット。どうして裸なんだ?」

「それは勿論。私も間もなく推薦者レコメンダーではなく、魔王の補佐プレミアになるのですから。魔王様の下の世話を行うの事もやぶさかではありません」
 
 何か問題でも? と言いたげな表情でグレイピットは俺を見て首を傾げた。おいおい、ちょっと待て! と、思った矢先。寝室の扉が勢いよく開き、少し明るめの声が響いた。

「御主人様。そろそろ起きる時間です……よ。って、な、何してるんですか! どういう事ですか。どうしてグレイピットさんが裸なんですか!?」

「ま、待て、ルカ。変な誤解はするな」

 何だこの最悪のタイミングは! そして、グレイピットは怪訝そうな顔をしている。

「魔王様は既に起きてるわよ。私が何してるか? 魔王様を気持ちよく目覚めさせているに決まってるでしょ。あなたごとき人間が朝から魔王様に何の用ですか?」

「わ、私は御主人様の奴隷です! わ、私にだって。そ、そんな……御主人様を気持ちよくするくらいは────」

「おい、落ち着けルカ。考え方を間違えてるぞ!」

 この二人の言い合いは、まだ続いていたのか? まったく朝から頭が痛い。
 しかし俺は本当に魔王になるのか? 思えば、ルカはあまり望んでいないようだった。確かに感情のまま動いて良いものかと思う部分もいまだにあるのだ。
 しかし────
 
「奴隷ねぇ。奴隷のわりに、あなたは良い事だらけなのね。魔王様に気に掛けてもらって、お世話も出来て。ついでにバリアンテまで滅ぼしてもらえるのですからね」

「それは別問題です!」

 そう大きな声で叫んだ後、ルカはどうにもばつの悪い顔をして顔を背けた。別問題? ルカは、確かに俺が魔王になる事には反対していたが。バリアンテの崩壊自体は望んでいるという事だろうか。
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