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魔王誕生

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 城のバルコニーからの景色は圧巻だった。眼下には豆粒のように大勢の人集りが見え。全員が口々に『魔王様、魔王様』と連呼している。まさか自分がこんな景色を見る事になるとは思わなかった。
 少し前に王位継承の儀が無事に終わり。俺は歴代の魔王が身に付けたと言われる豪華なローブに身を纏い、国民の前へと姿を見せたのだ。新たな魔王として。

 振り向くと、少し離れた場所でグレイピットと他の推薦者レコメンダー二人。そして大臣のヒューラーが片膝をついて俺に敬意を表した。この瞬間、俺は自分の身分を自覚したのだ。同時にとてつもなく大きなものを手に入れたのだと実感した。
 そういえば推薦者レコメンダーというのは魔王が決まった時点で無くなるんだっけ? 今の彼女達はそれぞれの軍を纏める軍司という立場だ。元の候補者達も同様に、それぞれの役職につくとか……うーん。少なくともあの赤髪とは気が合わないと思うのだが、もう会う事もないのだろうか?

 ちなみにこの場にルカの姿は無い。朝、彼女と話して過去を聞いた後、今まで見た事もない程に泣き出してしまった為、しばらく一人にしておく事にしたからだ。今頃は少し落ち着いているだろうか?


 ◇◇◇◇

「ルカ? 一体どういう事なんだ?」

「私は最低の女です! グレイピットさんの言う通り。ご主人様に魔王になってほしくないと言いながら、本当は心の何処かで自分の復讐が果たせると思ってしまってたんです!」

 復讐────それは、臆病なルカが冒険者をやってる理由でもあった。彼女は、数年前にバリアンテ王国と【ジオルグ王国】の間に存在した小さな国【ペイリス王国】の伯爵家令嬢だったという。
 ペイリスとは、また懐かしい名前だった。確か十年程前に隣のジオルグ王国に吸収されて、今のジュペルヌーグ王国に変わったはずだ。

「元々ペイリスはジオルグの友好国でした。しかし強国バリアンテと軍事同盟を結びたかったジオルグは、バリアンテから1つの条件を付けられたのです。ペイリスも共に軍事同盟を結ぶという条件を」

「それはペイリスにとって悪い話なのか?」

「当時からバリアンテは積極的に他国を侵略して領土を広げてたんです。軍事同盟国となれば戦場に出る事を余儀なくされ、それを望まないペイリス国王は軍事同盟の話を断ったんですよ」

「でも、ペイリスがジオルグに国を渡した結果。ジュペルヌーグになったんだよな?」

「違います! ジオルグが、首を縦に振らないペイリスを攻撃すると言ってきたんです!」

 ルカは高ぶる感情を必死で押し殺していたが、その表情からは相当な憤りが感じられる。彼女らしくない振る舞いだった。
 しかし、それなら彼女が怒りを向けるべきはバリアンテというよりは────と、そこでグレイピットがつっこんだ。

「じゃあ、あなたの復讐の矛先はジオルグ。というかジュペルヌーグにこそ向けるべきじゃないの?」

「それもありますが。屋敷にジオルグの兵が押し入ったあの日。ジオルグの騎士から隠そうと、お父様は私を書斎の隠し部屋に押し込みました。そこで私は聞いたのです。お父様に向かってジオルグの騎士が言った言葉。
〝全てはバリアンテ国王シュゼルフ・レ・バリアレの望んだ事だ。悪く思うな……〟と。そして、お父様は殺された!」

 ルカは凛としたその瞳に大きな涙を浮かべていて、そんな彼女の顔を、俺は美しいと思った。俺が少し異常なのか……いや。きっと彼女の瞳は冒険者のルカではなく、気高き伯爵家のご令嬢だったのだ。

 元々、バリアンテは隣国だったペイリスが邪魔だったという噂を冒険者の時に誰かが話していたのを聞いた覚えがある。ペイリスとは昔からの同盟国であり、戦争には参加しない事が誓約されていた為だとか。

 バリアンテが軍事国家になったのは今の国王になってからで、以前は平和的な国王だった事は有名だ。だからこそペイリスも同盟を結んでいたのだろう。
 しかし、後にそれが逆に邪魔になった今のバリアンテ国王は、ジオルグの要請を利用してペイリスを上手く丸め込む方法を考えたという事だろう。

 だがペイリスは軍事同盟に応じなかった。そこでバリアンテの国王は、やむなくジオルグにペイリスを吸収する事を指示した。それは武力行使もやむを得ないという強引なもので、殆んど侵略に近いものだったという。
 ジオルグとバリアンテに裏切られたペイリス国王は国民の安全の為にも諦めて国を渡す事を決めた。

 それに反対したのが幾つかの貴族。ルカの姓であるパールゲイツは母方のものであり、正確には彼女はルカストレア・レオドールというそうだ。そのレオドール伯爵家と他にも幾つか名乗りを挙げた権力者全ては、ジオルグ王国の騎士により暗殺されたという。

「あの事件でペイリスの貴族の三分の一が死んだ。お父様だけではなく、お母様も殺された! 生き延びた私は、離れて暮らしていた母方の祖母と密かに街の外れで暮らしました。
 祖母が病気で亡くなってから私は冒険者になったんです。お金を貯めて、力をつけて。いつか王宮に取り入り、バリアンテの国王シュゼルフ・レ・バリアレに一矢報いる事を心の支えに……」

「じゃあルカ。あの時は、操られていたんじゃなくて。本気で国王を殺そうと?」

「あの時の事は私も記憶がないです。でも、バリアンテ国王を見た時、殺意が沸いたのは確かです。でも私は結果的に失敗したから。もうバリアンテに近付く事も……お父様やお母様の仇討ちも、出来ない……から」

 そしてルカは泣き崩れたのだ。

 ◇◇◇◇


「魔王様。あの人間の事をお考えですか? ──まあ、ですよね。では彼女の仇討ちも含めてバリアンテを潰しましょう。その力を今得たのですから」

「グレイピット。君はどうしてそこまで俺にバリアンテを攻撃させたいんだ?」

「それこそが世界の平和の為ですから。この世界に巨大な軍事国家は必要ない。人間は力を得ると争う生き物。一方、我々魔族は助け合う生き物です。前魔王様は常に平和を願っておりました。その為に人間を駆除するのだと」

 なるほどな。その考えに完全同意は出来ないが、確かに力を持つと人は間違った方向に進んでしまいがちだ。だからと言って俺だって力を行使しようとしている事に違いない。だが────今の俺は自分の為だけじゃなく、ルカの為にもバリアンテを滅ぼす理由が出来た。

「グレイピット。この国にバリアンテを攻撃するのに必要な戦力なんて本当にあるのか? 確かにゼッシュゲルトは大きいが、領土自体はバリアンテの半分にも及ばないのだろ? それに俺達だけなら転移出来ても、ここは東の大陸。中央大陸まで軍を移動するのは無理だろ。それまでに他の国と戦争になるぞ」

「ふぉふぉふぉ。魔王様。まだこの国の力は見せておりませぬぞい」

 ヒューラーが悪そうな顔をする。本当に魔族というのは見た目では絶対的に善とは思えないのだが、こんなんで本当に大丈夫だろうか?
 グレイピットも何処か悪そうな顔をしているし、他の女性達も笑みを浮かべている。いやいや、怖いのだが!?

 グレイピットに案内され。丁度、城の反対側にあたる大きなバルコニーに辿り着いた。「そこにお立ちください」とグレイピットに言われるままバルコニーに出て、俺は絶句した。
 城の裏側には広大な敷地が広がっていたが、そこに銀色と赤色と青色に綺麗に分けられた軍隊がいた。その数は、この王都よりも広いであろう平地を埋め付くすものだったのだ。

 かなりの高さから見下ろしているので、大量の虫のように見えるがピクリとも動かない。さっき城の反対側から見た国民達の数より圧倒的に多いし、そもそも街よりも多いとか。どうやって管理してるんだ? ってか、彼らは何処に住んでるんだ?

 驚きはそれだけではない。その軍の更に奥には陸にも関わらず巨大な船が何隻もあった。プロペラが付いているわけではないので飛行するわけではないのだろうが。あの大きさと数なら、この軍の半数は乗せる事も可能だろう。

「ふぉふぉふぉ。魔王様。これがゼッシュゲルトが誇る魔王軍と、最近完成した飛行船ですぞい」

 飛行船? 飛ぶの? プロペラも無いのに? なんかもう人間は魔族とケンカするの止めとけ!っと伝え回るのが俺の使命だとすら思えてきた。
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