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憎らしい程の微笑み

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「聖女様! 回復を! このままでは仲間が皆が死んでしまいます。早く、早く……!」

敵を応戦しながら皇太子は叫んだ。

それでも聖女は何もせず、ただ微笑んだと思うと言葉を紡ぐ。まるで、この光景が見えていないかのように美しく小首を傾げ、言うのだ。


「どうして?」

「どうしてって! 仲間が死にそうなのに君は見ているだけなのか!?」


思わず責め立てる皇太子にくすくすと微笑みを絶やさない聖女は、不思議そうに小首を傾げると壁にめり込んでる魔術師と数多に倒れている魔物、そして、腕を斬られ止めどなく流れる血に息の荒い銃闘士を一瞥した。


「仲間とはどちら様の事でしょうか?」

「だから! 怪我している銃闘士と魔術師だ! 助けてやってくれ、聖女。君ならあの傷も直ぐに癒せるいつものように彼等に」


まるで、この場には仲間等、ましてや魔物すら目に映していないとでも言うようにずっと微笑みを絶やさない。皇太子はだんだんと背筋の凍るような悪寒を感じ始めていた。


おかしい、何かがおかしい。


この微笑みはいつもだったら全てを慈しむ女神と謳われた彼女の優しさを体現したような表情だったはずなのに。そもそもこの状況下において、常日頃と変わりない微笑みを浮かべている彼女は明らかにおかしかった。


「何を仰られているのでしょう? 私には仲間と呼べる方何てこの世界には誰一人も居ないのに」

「な、何を言って……?」

「寧ろどうして、仲間だと思っていらっしゃったのでしょうね」

「なっ! 一緒に旅して沢山色んなことを経験してきたでしょう! 本当にどうしたん…ですか? こんな時に貴方らしくもない! だって貴方は聖女でしょう?」


気付いたら辺りはシーンと静まり返っていた。
先程までの魔物の咆哮、奇声、往来はまるで無かったように物静かだった。
不気味な程までの静寂に、ぽたりぽたりと血が滴り落ちる音だけは、戦々恐々だったの幾分か前を呼び起こす。ただ彼女だけは神々しい程に綺麗なまま佇んでいる。


「ああ、本当に皇太子様は何もご存知ではないのですね。いえ、何も見ては居られなかったのですね」
「何故そのような事を……?」


はっと息を飲んだ。
彼女の周りだけが、神聖な程に美しく、血の一滴たりとも着いていない。それどころか汚れすらも一切無く、綺麗でボロボロの3人とは違って明らかに異質だった。


聖女の後ろから魔物が忍び寄ってきた。
守らなければ、だって彼女はどう考えたってか弱いのだ。おかしくなってしまったのは状況が良くないからで、起死回生できれば、きっと今までと同じように清らかで優しい聖女に戻るに違いない。

だが、どうしてだろう助けなければならないのに身体が動かない。皇太子は声を掛けようにも言葉が出ないのだ。



ただ危ないと一言も発せる間もなく、それは、あまりにも一瞬で、聖女に襲いかかろうとした魔物は何の音も無く姿を消した。

何が起きたのか、今のは何だったのか。

魔物の姿はまるで、そこに無かったとでも言うのか。何が起きたのか驚愕する皇太子に、聖女は艶のある桃色の唇を開きまた言葉を紡ぐ。


「ご存知でしたか? 神聖力は瘴気を浄化しますね。人間にとっては癒し、治癒、そして、再生の加護を与えて下さいます。そう私も民への御奉仕、人々への神からの恩恵だと教わりました。
でも、私は考えたのです。それ以上を行えばどうなるのだろうか? 魔物に与えればどうなるのか、と」


コツコツとゆっくり歩く聖女が向かう先は、魔術師のところだった。
しかし、聖女は何もしない。近くで何かを確かめて、次は銃闘士の元に歩み寄る。スっと差し出したかと思われた手に銃闘士は手を取ろうと腕を動かしたようだが、腕すら無いのだ。聖女はただ不気味な程に綺麗に微笑んでいるのだろう。

最後に動けず固まっていた皇太子の元へ歩み寄る。ぞくりと背筋が凍るように冷たくなっていくのを感じていた。


「綺麗になったでしょう? 流石に貴方々が倒された者には瘴気以外作用しませんが」


にこりと微笑む聖女。
さっきの魔物は聖女が恐らくしたのだと言動からわかり、皇太子のところまで歩み寄る間に瘴気もしたようだった。
ただ聖女が何故先程の戦いの間、何もしてくれなかったのは皇太子には理解出来なかった。



「さあ、行きましょう。国を救う為に貴方は魔王を倒しにきたのでしょう?」


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