サンタヤーナの警句

宗像紫雲

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サンタヤーナの警句(第四話)

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                 四

 翌日、吉川と鉾田の手が空くのを見計らって、打ち合わせ用の小テーブルを囲んだ。二人にレジュメを渡し、それぞれの仕事を割り振った。

「何かもっと大きな数字が並ぶのかと思ってました。意外と低いんですね……」
 レジュメに記載した数値を見て、鉾田ななみがもっともな感想を述べた。
「アタシ、スーパーで買い物とかしないんで主婦の感覚とか分からないんですけど……、お菓子とかコスメが値上げしたと聞いてたから、もっとすごいことになってるのかと思ってたのに……」
 実家暮らしの彼女は、基本的な買い物はすべて母親任せにしているそうだ。会社帰りに立ち寄るコンビニでは、値札なんか一々気にしない。隆三の娘も似たようなものだからとくに驚きはしなかった。自分だって独身の頃はそうだった。何も変わらない。

「今は低くとも、この先急に上がらないとも限らない。信用調査会社が実施したアンケート調査によれば、値上げラッシュはこの秋以降に本格化するそうだ。君にはその辺の動向を追って欲しいんだよ」
 鉾田もその役割に関心を持ったようで、隆三が手渡した資料に急ぎ目をはせた。
「へぇ~。円安で原材料価格が高騰した分の原価をいまだ価格に転嫁できていない企業がたくさんあるんですね。そうしたところがこの先、いよいよ値上げに踏み切るということですか……」
 鉾田は隆三の話を復唱するように、自分の言葉でアンケートの趣旨を読み上げた。

「この、『値上げしたいが、できない』って何ですか? 原価が上がったんだから、値上げすればいいのに……」」
「原材料が上がったからと言って簡単に取引先へ値上げなんか持ち掛けると、商売そのものを失っちゃうかも知れないってことだよ」
 隆三と鉾田の隣で素知らぬ顔をしながら携帯をいじっていた吉川が割り込んできた。
「何か日本的っていうか、すごい昭和なんですね」
 スパっとドライに割り切れないことをすべて「日本的」とか「昭和的」という“ゴミ箱”へ放り込んでしまう、若者世代らしい言い方だ。以前なら吉川だって同じことを言っていたに違いない。それが十年も社会人を続けた果てに、すっかり朱に交わったようである。あっけらかんと言ってのけた鉾田へ「世の中はそう簡単じゃないんだよ」と先輩風を吹かせたものだから、隆三は小気味よくなった。

「企画の構成は大きく三つ--。ひとつはいま鉾田に頼んだ今後の値上げ動向。もうひとつはインフレの要因となる原油価格の動向や円安で、これは吉川にお願いしたい。話が大きくなるから、もう少し基礎データを揃えて骨子を明確にする必要がある」
 企画の中で最も重たい役柄になるが、「メインディッシュは君に任す」と大役を仰せつかった若いシェフのように、吉川はまんざらではない顔をした。返す刀で、「それで、羽柴さんは何をされるんですか?」と切り返してきた。
「俺か? オレはな、1970年代を振り返って、あの当時と今回の共通点とか相違点を洗い出そうと思うんだ」
 それでとりあえずの割り振りは決まった。
「ただね……、このインフレ、場合によってはとてつもない波乱の幕開けなのかも知れないって気もするんだ……。今後の動向次第だけどね」
 隆三は含みのある言い方で、場合によっては企画の趣旨を変更する余地を残そうとした。
「何すか? それっ?」
 吉川がすかさず噛みついた。自分で企画を練ると言い出したかと思えば、この先それを変更する可能性もあるなど、随分ヒトを馬鹿にした話ではないか。そんな話に付き合えるか--! おそらく隆三自身でさえ、そう言い放ったことだろう。だが何だかどうも気に掛かる。何がどうなのかは分からないが、何か引っかかるものがあった。
「すまん。あくまで場合によっては--、という“仮”の話さ。何せ事態は進行形だからね」
 慌てて言い繕ってみたがもはや時すでに遅しである。急に空気がよどんだ。
「いいっすね。“自由人”みたいで……」
 “自由人”--。言った側にとっては当てつけのつもりなのだろう。だが言われた側にその自覚がある以上、さっぱりパンチ力のない“甘噛み”程度にしか利かなかった。

「あっ、もうこんな時間か。どう? 昼飯でも行かない?」
 犯した失態への許しを請うような口調で二人を食事に誘った。
「賛成! でもそれぜったい、オゴリですよお!」
 鉾田の屈託のない声が響いた。
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